第11話 【紹介者ナオの手腕】
翌日の昼休み。
教室の窓際の席で、英理とナオは机をくっつけてお弁当を広げていた。
英理は少し苦手な野菜を残そうか迷いながら、ナオが出した卵焼きをつついて笑っている。
「ほんま、今日の卵焼きちょっと甘かやね」
「あんたが好きかと思って砂糖多めにしたと。あ、そういえばさ」
廊下の窓ガラス越しに、佐藤が何度もチラチラとこちらを窺っているのが見えた。
ナオと目が合うと、佐藤は慌てて視線を逸らし、また数秒後に恐る恐るこちらを覗き込んでくる。
その、落ち着きなく右往左往している様子に、ナオは思わず吹き出しそうになるのを必死に堪えた。
(ほんま、分かりやすか奴やね)
ナオは英理が手元のおかずに夢中になっている隙を突き、佐藤に向かって「今よ!」と言わんばかりに、彼だけに聞こえるような仕草で小さく手招きをした。
「ん? ナオ、どうしたと?」
「ううん、なんでもなか!」
ナオは佐藤が近づくのを確認すると、わざとらしく声をかけた。
「おっ、佐藤くん!」
英理はキョトンとして、パクついていたおにぎりを飲み込んで振り返る。
佐藤は緊張で少し顔を引きつらせていた。
「あ、……ナオ、お疲れ」
ナオは内心で「よし!」と拳を握りしめつつ、あくまで自然を装う。
「ん? どうしたと、こげんなところまで。あ、丁度よか! 佐藤くん、英理、ちょっといい?」
「英理、この間ちょっと話したやろ? 私が中学の時、部活で一緒やった佐藤くんなんと。佐藤くん、こっちが私の親友の英理」
「あ……その、神之浦さん、こんにちは。隣のクラスの佐藤です」
「あ、こんにちは」
英理は少し驚き、小さな会釈を返す。
ナオは明るい仲介者として振る舞った。
「佐藤くんもせっかく来たんやし、ちょっとくらい喋っていきなっせ。
ほら、佐藤くん、英理もこのおにぎり美味しゅうって言っとったよ」
英理は突然の訪問者に、箸を持ったままキョトンと目を丸くする。
その無防備な表情を至近距離で見つめてしまった佐藤の心臓は、今にも口から飛び出しそうだった。
(……うわ、本物だ)
遠目に見るよりずっと、英理の顔立ちははっきりしていて、まともに目を合わせるだけで息が詰まりそうになる。
(やばい、近くで見ると余計に……!)
「普通に会話しよう」という事前の決意はどこへやら、佐藤はただ立ち尽くす。
そんな彼の硬直ぶりに、ナオは苦笑しながらも、すかさず「紹介者」としての手腕を発揮した。
「ちょっと佐藤くん、そげん棒立ちにならんで、ちゃんと座り。
英理、佐藤くんね、中学の時は剣道部のエースでさ、すっごい練習熱心やったとよ」
ナオはわざとらしく英理の肩を肘でつつき、さらに畳み掛ける。
「それに佐藤くん、料理も結構できるげなよ? この間、お弁当の手作りおかずの話で盛り上がったとよね。
英理も好きそうな、家庭的なメニューとか詳しかと。な、佐藤くん?」
「あ、うん! 簡単なものなら、たまに自分で作ったりするんだ」
(よし、これで佐藤くんの株は爆上がりやろ!)
「すごいね、剣道も料理もできるなんて……私、剣道してる人ってなんかカッコいいイメージあるし、料理ができる男の人って、すっごい尊敬するとよ」
変に飾ることなく、思ったままを口にする英理の真っ直ぐな言葉は、佐藤の胸を強烈に撃ち抜いた。
(やばい、今の直球すぎる……!)
「でしょ? 英理、今度佐藤くんにおすすめのレシピとか聞いてみたら?」
ナオがニヤニヤと後押しすると、英理も無邪気に微笑んだ。
「へぇー、レシピかぁ。今度ぜひ教えてほしか!」
「お、おう! 俺でよければ、いくらでも!」
佐藤は舞い上がりながらも、意を決して次の問いを投げかけた。
「あの、神之浦さんは、ナオと、その、すごく仲が良かとだね?」
英理は、佐藤の少し震える声に気づくこともなく、おにぎりを頬張りながら嬉しそうに頷く。
「うん、そうよ! ナオとはずっと一緒。私にとって、ナオは一番の親友なんと」
その瞬間、佐藤は英理の真っ直ぐな瞳と、自分に向けてくれた微笑みにあてられ、顔は湯気が出そうなほど真っ赤に染まり。先ほどまでの「会話を頑張る」という意志はどこへやら、英理の可愛さに完全に脳がショートした。
佐藤は助けを求めるように、反射的に隣にいるナオの方を向いた。
「……っ!」
その表情を、英理は横から見ていた。
赤面して、自分の方ではなくナオを真っ直ぐに見つめる佐藤。そして、それをニヤリといたずらっぽく、あるいは満足げに見守るナオ。
(えっ……?)
英理の脳内で、とんでもない誤解が組み上がった。
(そういえば、ナオはこの間からやたら佐藤くんの話ばっかりしとった……。今日の昼休みも、わざわざ私に佐藤くんを紹介して、いいところをたくさん教えてくれた……もしかして全部、佐藤くんのためじゃなくて、自分のため?)
(今のこの佐藤くんの顔……完全にナオのこと見て真っ赤になっとる! ナオが私に佐藤くんをアピールしとったのは、親友の私に「この人いい人でしょ?」って、自分の好きな人を認めてほしかったから……?)
自分は何も知らずに、二人の恋の成就に協力させられていた「邪魔者」だったのではないか――。
そう思い込んだ瞬間、英理の顔からスッと血の気が引いた。
「……あ、あの!」
英理は、二人の間に漂う(と英理が勝手に解釈した)甘い空気を壊してはいけないと、慌てて立ち上がる。
「……私、ちょっと用事思い出した! ごめん、二人で……ゆっくり話してて!」
英理は慌ててお弁当箱をカバンに詰め込み、佐藤とナオの顔を交互に見た。
「……ナオ、気が利かんくてごめんね。二人の邪魔しちゃって……あとは二人きりで、楽しんで!」
言い残すと同時に、英理は教室から走り去った。
(……は? 今、なんて言ったと?)
親友である英理が、ナオと佐藤を「お似合いのカップル」だと勘違いして身を引いた。
その天然すぎる誤解に気づき、ナオは額に手を当てて深く深くため息をついた。
一方、佐藤は英理が去り際に見せた切なげな(と佐藤には見えた)笑顔に、また別の意味で頭が真っ白になっている。
「……な、今のって、どういう……?」
佐藤が呆然と呟くのを横目に、ナオは「はぁ……」と長い溜息を吐き出した。
「佐藤くん……あんた、今の英理の勘違いっぷり、分かった? ……あの子、うちたちのこと『そういう仲』って完全に勘違いして、身を引いたよ」
「はぁっ!? な、なんでそうなるんや!」
「あんたの赤面した顔が悪かったとよ。……もう、これだから英理は。放っておくと思いがけん方向に話が進むっちゃんね」
「……ナオ。……神之浦さんって、もしかして、その……かなり天然なところ、あるんか?」
「今さら気づいたと? 何を言い出すかと思えば」
ナオは机に置かれた自分の弁当箱を片付けながら、補足するように続ける。
「あの子はね、真面目なんだけどピントが絶妙にズレとるとよ。今は完全に『自分は邪魔者だった』って信じ込んで、うちのために気を遣ったつもりっちゃんね。……まあ、そういう真っ直ぐでピュアなところが、あの子のいっちゃん可愛いところなんだけどさ」
「……なんか、思ってた以上に手強いな。俺、普通にアピールするのさえ難しそうやんか」
「そうよ。普通のアプローチじゃ、あの子には一生届かんとよ。……ま、心配せんでいいけん。あんたの誠実さは、時間はかかっても絶対に伝わるからさ。ただ、これからは英理の『天然フィルター』をどうにかせんといかんね」
ナオはニヤリと笑い、佐藤の背中をバシッと叩いた。
「明日からは、うちの彼氏役じゃなくて『佐藤くん自身』として、改めてあの子の勘違いを解いていく作戦で行くよ。あんたも大変だろうけど、頑張りなさいね!」




