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第10話 【佐藤の恋】

翌日の放課後。


ナオがプリントを束ねてカバンに押し込んでいると、教室の前門からひょっこり顔を覗かせる男子がいた。


隣のクラスの佐藤だ。

肩にエナメルバッグをかけ、ちょっと気まずそうにモジモジしている。


「あ、ナオ。ちょっと今、よか?」


「ん、佐藤くん? 珍しかね、なんかあった?」


手を止めたナオに、佐藤は周りの目を気にするように廊下をチラッと見てから、意を決したように声をひそめた。


「あのさ……ちょっと相談のあるっちゃけど。神之浦さんのことで」


「英理? 佐藤くんが英理のことって、なんか意外やね」


「あ、いや、変な意味じゃなかよ! ただ、最近よく見かけるけん、気になっとって……」


佐藤は耳まで真っ赤にして、エナメルバッグのストラップをギュッと握りしめた。

先日の高橋みたいな気取った態度とは真逆の、必死で真面目なテンパり具合だ。


「ナオ、英理と仲良かやろ? やけん聞きたかとけど……あの子、今付き合っとる人とかおると?」


(またかよ……)

ナオは内心で頭を抱えた。


「付き合っとる人はおらんよ。今のところはね」


「ほんと!? じゃあさ、お願いがあるっちゃけど」


佐藤はすがるような目で身を乗り出してきた。


「明日の放課後、体育館の横まで英理を連れてきてくれん? 俺と二人で話したかとさ。

あと、できたらでよかけん、俺たちのこと、ちょっと取り持ってほしいというか……」


「取り持ち?」


「俺、神之浦さんとちゃんと話したくて。ナオが間に入ってくれたら、助かるなって……」


必死すぎる佐藤の姿に、ナオは呆れつつもフッと肩の力を抜いた。


「あの子、天然すぎて会話が噛み合わん時あるけんね。

間に入る方だって相当疲れるとよ? まあ、あの高橋先輩よりは、あんたの方が断然ましやけど」


「ほんと!? サンキュ、マジ助かる!」


「明日の放課後ね。体育館の横。

けど、あの子がどんなトンチンカンな返事しても、あたしは責任持たんけんね」


「おん! 頼むわ!」


深々と頭を下げて走り去る佐藤の背中を見送りながら、ナオはカバンのチャックをジッと閉め、溜息をついた。


(当の本人はなんにも分かってないのが、一番タチ悪いとよね……)


♢

 

翌日の休み時間。

英理が次の時間の教科書を机に出していると、隣の席のナオが何気ない様子を装って話しかけた。

 

「ねえ英理。昨日の放課後、隣のクラスの佐藤くんとちょっと話したとよ」

 

消しゴムを弄びながら、横目で英理の反応を探るナオ。


英理は「へえ?」と首を傾げ、何のことか分からないといった様子でペンを置いた。

 

「佐藤くん? ……ああ、ナオ、中学の頃からの知り合いなんと?」

 

「そうなんと。部活の合同練習で結構話したことあってさ」

 

英理が佐藤のことを全く認識していないことに苦笑しつつ、ナオは話題を慎重に進める。

 

「それでね、佐藤くんのことなんやけど。

英理から見て、佐藤くんってどんな感じに見える? まあ、単純に興味あるんかなーと思って」


「どんな感じって」


英理は少し困ったように考え込んだ。


「そう言われても……あんまり意識したことなかし、どんな人かあんまり分からんかも。

でも、ナオが仲よかなら、悪い人じゃなかとやない?」


そのあまりの無関心さと無防備さに、ナオは「やっぱりか」と小さく肩をすくめた。

そして、消しゴムをいじる手を止めると、少しトーンを落として尋ねた。

 

「ねえ、英理。さっきの話の流れで聞くとばってん……英理自身は、今、好きな人とかどうなの? 」

 

ナオから投げかけられたその言葉に、英理の心臓がトクンと小さく跳ねた。

 

「え……」

 

とっさに視線をそらし、机の上のノートの端を指でなぞり始める英理。


英理は必死に表情を繕い、わざとらしく明るい声を絞り出す。

 

「別に、おらんよ」

 

その声は、自分でも驚くほど不自然。


その一瞬の躊躇と、わかりやすすぎる動揺。

ナオは、なんとなく察してしまった。

 

(やっぱり、凪くんなんや)

 

ナオは一瞬だけ、佐藤の頼みを安易に引き受けてしまったことを後悔した。 

明日の体育館裏での呼び出しは、今の英理にとって、ただの「困惑する呼び出し」にしかならないだろう。

 

「ふーん、そうなん。まあ、別によかけどね」

 

ナオはそれ以上突っ込まずに引き下がったが、頭の中は少し頭を抱えたい気持ちでいっぱいだった。


佐藤の気持ちは純粋だ。

けれど今の英理にとって、彼はまだ「廊下ですれ違うだけの人」。

いきなり気持ちをぶつけるのは、さすがに無謀だとナオは思った。


♢


放課後、ナオは体育館へ向かう佐藤を見つけ、声をかけた。


「佐藤くん、ちょっとよか?」


「お、ナオか。どうやった、神之浦さんの反応は?」


「佐藤くん。正直に言うね。明日、いきなり英理に告白するつもりなんと?」


「え……いや、まずは話したいだけだけど、いつかはちゃんと伝えたくて」


「佐藤くん。いきなり体育館横に呼び出すとか、ちょっとハードル高すぎるよ。

今の英理は全然ピンときてないけん警戒とかはしとらんのやけど、

『なんで急に?』って、ただただ驚かせて距離を置かれるのがオチやね」


ナオは佐藤の肩をポンと叩く。


「いきなり呼び出しじゃなくて、まずは私が紹介するけん、明日のお昼休み、うちの教室に来て話してみん?」


「え…いいのか、そんなことして」


「あんたのよかところ、英理に全然伝わっとらんのよ。

まずは会話して、あんたがどんなに誠実てことを知ってもらうのが一番の近道やと思うとよね。ね? 急がば回れやけん」


「そっか。俺、焦ってたかも。ナオ、背中を押してくれてありがとう。お昼休み、行くよ!」


「そうそう、その調子。まずは自然に話すことからやね」

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