第10話 【佐藤の恋】
翌日の放課後。
ナオが明日提出の課題をカバンに詰め込んでいると、ガラリと教室の扉が控えめに開いた。
「あ、ナオ。ちょっと、今よか?」
声をかけてきたのは、隣のクラスの佐藤だった。
中学時代、部活の合同練習で何度か言葉を交わしたことのある、温厚で人当たりの良い同級生だ。
「お、佐藤くん? 珍しかね。何かあった? 深刻そうな顔して」
ナオが手を止めると、佐藤は少し周りを気にするように間を置き、意を決したように切り出した。
「ナオ、実は相談があっさ。神之浦さんのことなんやけど」
「英理? え、佐藤くんが神之浦のことで相談って、なんか意外なんやけど」
「ああ、いやその、変な意味じゃなかとよ。ただ、最近よく見かけるけん、気になっとって」
佐藤は照れくさそうに頭をかきつつ、ストレートに核心を突いた。
「ナオ、神之浦さんと仲よかやろ? やけん、聞きたかとやけど。
神之浦さんって……今、好きな人とか、付き合っとる人とかおるとかな」
その質問に、ナオはニヤリと口角を上げる。
先日、高橋の告白騒動でパニックになっていた英理の姿を思い出し、少しいたずらっぽく目を細めた。
「英理? そうやねぇ今のところ、付き合っとる人はおらんよ。
でもさ、好きな人がおるかどうかは、本人に直接聞いてみたら?」
「お願いがあるんやけど、明日の放課後、体育館の横まで神之浦さんを連れてきてくれん? 俺と、二人で話したかとよ」
さらに、佐藤は申し訳なさそうに頭を下げる。
「それとさ、厚かましかとは分かっとるんやけど…ナオ、もしできたらでよかけん、俺たちのこと、ちょっと取り持ってくれんかな。
俺、神之浦さんとちゃんと仲良くなりたかと。
ナオが間に入ってくれたら、少しは話しやすかかなって」
またしても英理にアプローチしたい男子が現れたこと、そしてそれが根は真面目な佐藤であることに、ナオは苦笑した。
「取り持ってほしい、か。あの子、天然すぎて話の通じん時があるけん、間に入る方も結構ハードル高かよ?
ま、分かった。
あんた高橋とは違って誠実そうやね。明日の放課後、体育館の横まで連れて行ってあげる。
けど、あの子がどんな反応しても責任は持たんけんね」
「本当にありがとう! 助かるよ!」
ナオは本人も気づかぬうちに男心を惹きつけてやまない親友の
「天然の魔性」に、改めて大きく溜息をついた。
翌日の休み時間。
英理が次の時間の教科書を机に出していると、隣の席のナオが何気ない様子を装って話しかけた。
「ねえ英理。昨日の放課後、隣のクラスの佐藤くんとちょっと話したとよ」
消しゴムを弄びながら、横目で英理の反応を探るナオ。
英理は「へえ?」と首を傾げ、何のことか分からないといった様子でペンを置いた。
「佐藤くん? …ああ、ナオ、中学の頃からの知り合いなんと?」
「そうなんと。部活の合同練習で結構話したことあってさ」
英理が佐藤のことを全く認識していないことに苦笑しつつ、ナオは話題を慎重に進める。
「それでね、佐藤くんのことなんやけど。
英理から見て、佐藤くんってどんな感じに見える? まあ、単純に興味あるんかなーと思って」
「どんな感じって」
英理は少し困ったように考え込んだ。
「そう言われても…あんまり意識したことなかし、どんな人かあんまり分からんかも。
でも、ナオが仲よかなら、悪い人じゃなかとやない?」
そのあまりの無関心さと無防備さに、ナオは「やっぱりか」と小さく肩をすくめた。
そして、消しゴムをいじる手を止めると、少しトーンを落として尋ねた。
「ねえ、英理。さっきの話の流れで聞くとばってん…英理自身は、今、好きな人とかどうなの? 」
ナオから投げかけられたその言葉に、英理の心臓がトクンと小さく跳ねた。
「え…」
とっさに視線をそらし、机の上のノートの端を指でなぞり始める英理。
英理は必死に表情を繕い、わざとらしく明るい声を絞り出す。
「…別に、おらんよ」
その声は、自分でも驚くほど不自然。
その一瞬の躊躇と、わかりやすすぎる動揺。
ナオは、英理の言葉の裏にある「本命」の存在を瞬時に見抜く。
(……あ、これ。完全に凪くんやん)
ナオは一瞬だけ、佐藤の頼みを安易に引き受けてしまったことを後悔した。
明日の体育館裏での呼び出しは、今の英理にとって、ただの「困惑する呼び出し」にしかならないだろう。
「……ふーん、そうなん。まあ、別によかけどね」
ナオはそれ以上突っ込まずに引き下がったが、頭の中は少し頭を抱えたい気持ちでいっぱいだった。
佐藤の純粋な気持ちは尊いけれど、今の英理にとって、彼は「廊下ですれ違うだけの人」。
その段階を飛び越えて気持ちをぶつけるのは、あまりに無謀だとナオは判断した。
放課後、ナオは体育館へ向かう佐藤を見つけ、声をかけた。
「佐藤くん、ちょっとよか?」
「お、ナオか。どうやった、神之浦さんの反応は?」
「佐藤くん。正直に言うね。明日、いきなり英理に告白するつもりなんと?」
「え…いや、まずは話したいだけだけど、いつかはちゃんと伝えたくて」
「佐藤くん。いきなり体育館横で待ち伏せとか、ちょっとハードル高すぎるよ。
今の英理は全然ピンときてないけん警戒とかはしとらんのやけど、
『なんで急に?』って、ただただ驚かせて距離を置かれるのがオチやね」
ナオは佐藤の肩をポンと叩く。
「いきなり呼び出しじゃなくて、まずは私が紹介するけん、明日のお昼休み、うちの教室に来て話してみん?」
「え…いいのか、そんなことして」
「あんたのよかところ、英理に全然伝わっとらんのよ。
まずは会話して、あんたがどんなに誠実てことを知ってもらうのが一番の近道やと思うとよね。ね? 急がば回ればい」
「そっか。俺、焦ってたかも。ナオ、背中を押してくれてありがとう。お昼休み、行くよ!」
「そうそう、その調子。まずは自然に話すことからやね」




