第109話 【開けられた秘密の缶】
意識が戻らぬまま半年が過ぎ、消防署の仲間たちは身内を特定する手がかりを求めて、凪の住むアパートの立ち入り許可を得た。
代表して部屋に入ったのは、佐伯だった。
扉を開けた瞬間に広がっていたのは、驚くほど何もない、殺風景な部屋だった。家具は最小限。
「……何よ、これ。修行僧の部屋じゃないんだから」
佐伯は、整然と並べられた棚を一つずつ確認していく。
やがて、クローゼットの奥に、古びた、けれど大切に保管されていた一つの缶を見つける。
中に入っていたのは、凪が誰にも見せなかったものだった。
一番上にあったのは、2006年の日付が記された「写ルンです」の写真。
そこには、逆光の中で最高に幸せそうに笑う黒髪の少女と、照れくさそうに顔を背ける少年――若き日の凪の姿があった。
さらにその下には、何十枚もの雑誌の切り抜き。
すべてが、国民的女優・英理の活躍を報じる記事だった。
「……そういうことだったの」
佐伯の手が止まる。
さらに缶の底には、ある一通の手紙。
それは、彼が消防庁への入庁を決めた際、自分の決意を記した走り書きだった。
『もし、あいつが光の当たる場所へ行くのなら、俺は一番深い闇の中で、あいつがいつでも戻ってこれる場所になりたい。あいつを守り抜くための誓いだ』
佐伯は、ICUで眠る凪の、あの煤けた無骨な顔を思い出す。
「……あんた、これを見られたら、きっと怒るんでしょうね」
佐伯は写真を缶に戻すと、静かに蓋を閉じた。
その時、佐伯のスマホに、署からの連絡が入った。
『佐伯さん、病院に……自称・家族と名乗る女性が現れました』




