第3章 第107話 【孤独な愛の結末】
2016年、12月24日。
冷たい朝。
英理は撮影現場へ向かうロケ車の中で、何度もスマホを確認していた。
凪に送った『ありがとう』のメッセージ。その横には、一晩経っても「既読」の文字は現れなかった。
(……凪くん、怒っとるんかな。それとも、もう……)
胸元で、服の下に隠したネックレスが冷たく肌に触れる。
♢
その夜、テレビのニュースは、昨夜のマンション火災での「奇跡の救出劇」を繰り返し報じていた。
「幼い少女を救い出したレスキュー隊員は、現在も意識不明の重体です」
そのニュースを、棟方との食事中に目にした英理は、言いようのない胸騒ぎに襲われた。
画面に映し出された、焼け焦げたオレンジ色の救助服。その背中越しに見える、不器用で強靭な肩のライン。
「……勇気あるね、この隊員。でも、まあ僕たちとは住む世界が違うからね。家族もいないのかな」
棟方の何気ない、どこか他人事のような言葉。それが、今の英理には耐えがたいほど冷酷に響いた。
♢
一方、救急病院のICU(集中治療室)には、重苦しい機械音だけが響いていた。
凪は人工呼吸器に繋がれたまま、一度も指先さえ動かさない。
医師の見解は厳しいものだった。
「……火傷や外傷などの身体的な損傷もさることながら、意識が戻るかどうかは全く予断を許しません。深刻な酸素欠乏による影響もあり、このまま深い眠りから覚めない可能性もあります」
そして、凪には東京で連絡を取れる家族がいなかった。
万が一の緊急連絡先は長崎の祖母の家。
だが祖母は他界しており、空き家の状態で、連絡を取れる者はいなかった。
英理への影響を恐れ、親しい友人の連絡先も、彼のロッカーのどこにも記されていなかった。
「……あいつ、家族はおらんのか?」
署の仲間たちは、現場で回収された黒焦げになったスマホと、灰になりかけた財布を前に途方に暮れていた。
誰にも連絡先を残さず、誰にも知らせることなく、凪は病院のベッドで眠り続けていた。
♢
一方、撮影現場へ向かうロケ車の中。
英理はスマホの「未読」の画面をじっと見つめていた。
(……凪くん、どこにおるん? なんで、何も教えてくれんの……?)




