スコーンを届けに来たはずが、執務室で尊いものを目撃しました。
「ギル。いい所に行かないか!?」
執務室――
ギルバートは厨房から戻ると、執務室で一通の手紙に目を通していた。
――――――
ギルへ。
久しぶりだな。元気にしているか?
最近、星見に付き合わされていてな。
そこで妙なことに気づいた。
本来、第七星区で最も美しく輝くはずの星が見えなくなっている。
その代わりによく似た星が、まるで最初からそこにあったかのように輝いているんだ。
だが、どうにも空の巡りが噛み合わない。
周囲の星々も、その違和感に気づいていないようだ。
ほら、こういう星の歪みを見抜くのは君の得意分野だろう?
周囲に余計な不安を与えたくない。この件は俺と君だけの秘密ということで頼む。
至急、空を確認して欲しい。
エルヴィル
―――――
「おい、聞いてるのか……」
ハンスは返事のないギルバートに近づくと、彼の顔を覗き込んだ。
いつもなら適当に受け流す男が、珍しく真剣な顔をしている。
「……何かあったのか?」
ハンスはギルバートの肩を軽く揺すると、ようやく彼は手紙から視線を上げた。
「あぁ、ハンスか……。何があった?」
「何があったって……それはこっちのセリフだ。」
ギルバートが心ここに在らずの状態は珍しい。
何が起きても表情ひとつ変えずに淡々とこなす男だ。
それが戦場で人間相手だったとしても――
「あぁ、すまない……それで、面白いこと……だったか?」
ハンスはギルバートがそれ以上話す気がないことが分かると、小さく息を吐いてから話を元に戻した。
***
(……ククッ、あの珍獣……厨房まで行くとはな。)
ハンスが戻る数分前――
ギルバートは厨房から執務室に戻ると、白髪でガタイのいい男が待っていた。
「ベンジャミンか……」
「ギルバート坊っちゃま。楽しそうなところ申し訳ございませんが……」
「坊っちゃまと言うなと言っているだろ?それにいつもと変わらないはずだ。」
ギルバートが眉を寄せると、ベンジャミンは白い髭を揺らして楽しそうに笑った。
「ふぉっふぉっふぉ……坊っちゃまはいくつになっても坊っちゃまですから。せめて結婚でもしてくれれば別ですが……」
「今話す話じゃないだろ?」
呆れたようにため息を吐くギルバートに、ベンジャミンはどこ吹く風だ。
(食えないやつだ……)
「そうですかな?それよりもこちらを……」
ベンジャミンは、懐に手を入れるとすっと一つの封筒を取り出した。
「手紙か……。」
「はい、お手紙が届いております。」
封筒には、Lの一文字だけが記されていた。
(……嫌な予感しかしないな。)
「後で見る。」
ギルバートが机の上へ手紙を置くと、ベンジャミンの目がすっと細まった。
「坊っちゃま……」
ギルバートを見るだけで、それ以上何も話そうとしない。
(この空気……苦手だ……)
「わかったよ……読めばいいんだろ。」
ギルバートは肩を竦めると、観念したように手紙を手に取った。
そんなギルバートに、ベンジャミンは無言のまま、ペーパーナイフを差し出す。
「はい、相手が相手かと思いますので、急いだ方がいいと思います。」
「はぁ……差出人は……エルヴィルか……」
エルヴィル――
またの名を、レヴィール・アルキューネ。
この国の第一王子殿下だ。
(わざわざこの名前を使うということは……厄介事か……)
レヴィールは、昔から内密で動いて欲しいことがあると必ず偽名を使う。
……今回のように。
ギルバートは小さく息を吐くと、手紙へと視線を移した。
(……また暗号か……)
読みづらい手紙に思わず眉を寄せる。
「解読するのに時間がかかるんだよな……」
そう呟いた直後――
執務室の扉が勢いよく開いた。
「ギル、いい所行かないか!?」
(うるさいのが戻ってきた……)
ギルバートは手紙から視線をそらすことなく、執務室に入ってきた男を適当にあしらう。
「おい、聞いてるのか?」
聞いてはいるが、それどころではない。
(見ればわかるだろうが……)
ハンスは近づいてくると机に肘を付いて覗き込んだ。
「何か……あったのか?」
そこで初めて、ギルバートはハンスが傍まで来ていたことに気づく。
「あぁ、ハンスか……。何があった?」
「何があったって……それはこっちのセリフだ。」
さっきまでいたはずのベンジャミンの姿がない。
どうやら、いつの間にか部屋から出ていったらしい。
ギルバートはハンスに視線を移すと、手紙を机の上に置いた。
「あぁ、すまない……それで、面白いこと……だったか?」
「って……近いな!!」
ギルバートは顔のすぐ傍にあったハンスを押し返した。
その瞬間――
ガチャリ
「ギルバート様!!お待たせいたしま――」
ベアトリーチェはそこで言葉を止めた。
「ベル……」
「きゃあああああ!!申し訳ございません。」
ベアトリーチェの声と同時に、甘い香りが鼻腔を擽る。
「わたくしとしたことが……お邪魔してしまいましたわ。」
ベアトリーチェは持っていたカップとポット、それに焼きたての香ばしい何かを机へ置くと、二人に視線を向ける。
押し返されたとはいえ、至近距離にいる男二人。
しかも、ハンスは机に肘をついたままこちらを見ていた。
一瞬、部屋の空気が止まった。
ベアトリーチェの顔がみるみる赤くなっていく。
「ご、ご安心くださいませ!わたくし、何も見ておりませんので!!(きゃあああああ!!最高よ。目の保養だわ!!)」
ベアトリーチェは手で目を隠しているが、指の隙間からしっかりこちらを見ていた。
「待て。絶対何か勘違いしているだろう。」
ギルバートが眉間を押さえると、ベアトリーチェはふるふると首を横に振った。
「勘違いなんて……そんな……二人が親密なのは……知っていますので……ふふっ。こちら紅茶とスコーンです。良ければお二人で食べあいっこ……いえ、お召し上がりになってください。」
ベアトリーチェはギルバートとハンスを交互に見て、頬を赤く染めながら、机の上へ紅茶を並べていく。
その肩は小刻みに震えていた。
「いや待て、何を想像した!?」
ハンスが慌てたように声を上げる。
しかし、ベアトリーチェは意味深に微笑むだけだ。
「いえ、想像なんて……ふふっ……そんな……」
「絶対想像しただろ!!」
「ハンス、お前は黙っていろ。ややこしくなる……」
ギルバートは深いため息を吐きながら額を押さえた。
「それではごゆっくりお楽しみくださいませ。」
「待て。お前もここにいろ。これ以上ややこしくするな。」
「ぐえっ……」
ギルバートはベアトリーチェの首根っこを掴むと、近くにあった椅子に座らせた。
そこには、いつの間に滑り落ちたのか――
レヴィールからの手紙が置かれていた。




