第8話 絶望の開会式
体育館内は、普段の開会式とは明らかに違う重苦しい空気に包まれていた。
整列する全校生徒たちの前方、中央に設置された一段高い台座。
そこには神妙な面持ちの校長をはじめ、今日学園へとやってきた異例の参列者……マッシュ、ボビー、レイラたち『毒蛇の牙』の面々が重々しく腰を下ろしている。
その傍らには教員たちが居並び、台座のすぐ横にはローズを先頭とした生徒会役員たちが凛とした佇まいで控えていた。
さらに生徒たちの後方には、厳格な眼差しで我が子の立ち振る舞いを見守る、帝国の上流貴族(保護者)たちがズラリと席を埋めている。
まさに神炎学園の権力と異物が一堂に会した、異常な空間。
(なんなの?この冷たい感じは……見られてる?)
一瞬だが、ローズは思い出した。
あの時のフランクの冷たい眼光を。
(……まさか、ね)
ローズはマイクを取り、淡々と式の進行を始める。
「では、これより開会式を執り行います。
始めに校長先生からお願いします」
そう言って校長にマイクを渡した。
「皆さん、休み明けでたるんでませんか?
先程、廊下にゴミが落ちてました……」
といった感じで始まり、最後はこう締めくくった。
「……最後になりますが、皆さんもご知の通り、昨今の魔王軍との戦況は決して芳しくありません。
ですが安心しなさい! 我が神炎学園には、あの聖騎士団よりも上の権限を持つ最高の救世主がお越しくださっております!
帝国最強の特務組織……毒蛇の牙の皆様です! 一同、盛大な拍手を!」
パチパチパチパチパチッ!!
校長からマイクを受け取ると、マッシュはゆっくりと立ち上がり、壇上の中央へと歩み出た。
「えー……毒蛇の牙、リーダーのマッシュです。
まずはご出席されているご父兄の方々に……深く、深く謝罪を申し上げたい。本当に……本当に申し訳ない!そう思っております!」
そう言ってマッシュは深々と頭を下げ、体育館に集まった貴族たちに向けて事の顛末を語り始めた。
「ゲルハ草原での戦いは……まさに地獄でした。我らも死力を尽くし、傷だらけになりながら戦いました……! ですが……ですが、あまりにも凄惨な猛攻の前に、我々の力は届かなかった……! 未来ある尊い命を……救うことができなかったのです……!」
マッシュの言葉に、後方に座る貴族たちの間から漏れ出るすすり泣きと、重々しい悲痛な溜め息。
「……ご遺族の皆様の悲しみ、痛切に胸に迫るものがあります。彼らは我が身を挺して平和を守った、帝国の誇り高き英雄です。どうか……どうか我が子を誇ってあげてください」
暗記した原稿の通り、完璧な間と感傷的なトーンで語りかけるマッシュ。
その言葉が終わるや否や……
『おお……なんという温かいお言葉……!』
『我が子も……これで報われます……!』
客席のあちこちから、あからさまに感情を揺さぶられたような大声とすすり泣きがさらに上がる。
これは保護者席に潜ませていたサクラたちの声だ。
彼らが大袈裟に拍手を始めると、体育館全体がここで感謝し、涙するのが正解なのだという強制的な空気に一瞬で飲み込まれていく。
疑念や不満を抱いていた貴族たちも、その同調圧力に気圧され、ただ俯いて拍手を合わせるしかなかった。
異論も批判も一切挟ませない、完璧なお膳立て。
(……フン、ミカエルの原稿通り完璧にこなしてやったぜ。サクラの配置も全部指示通り!)
マッシュは心の中で口元を歪める。
貴族どもを完膚なきまでに支配した手応えを得ると、彼はそのまま堂々と次の言葉を紡ぎ始めた。
「神炎学園の生徒諸君!
俺に……俺たち毒蛇の牙について来い!
魔族共なんざ片っ端から踏み潰して、俺たちの強さを世界中に見せつけてやろうぜ!!」
そう言った瞬間、生徒たちは立ち上がり、惜しみない拍手をマッシュたちに浴びせる。
これにも勿論、サクラがいる。
ワーー!ワーー!ワーー!
『さっすが俺たちの勇者様!』
『キャー!素敵!格好いい!』
「はっはは!俺様は最強!俺様は無敵!」
「ち、ちょっとマッシュ!?
……ねぇボビー!あいつ、最近調子乗りすぎじゃない?」
「ああ……そうだな!
あの恥さらしめ!……ん?」
――――キィィィィィィィンッ!!!
空間そのものを歪ませるような、耳障りで不快な音が体育館中に突き刺さる。
「うぐっ!? な、なんだこの音は!?」
「耳が……耳が張り裂けそうだわ!」
思わず耳を押さえる生徒や貴族たち。
その不気味に歪んだ音の中に、しわがれた声が混じり始めていた。
『……タ……ス……ケ……テ……』
人ならざるものへと変貌させられた、歪んだ悲鳴。
「なっ!? 声……!? どこからの音だ!?」
「助けてって言ってるの……!? 可哀想に、早く助けてあげないと!」
会場全体がパニックに陥る中、マッシュはその異様な声の『主』に心当たりがあった。
「……太一?……お前なのか太一!?
どこだ!?どこにいやがる!?」
『タスケテ!』
「返事をしろ太一!!どこにいるんだ!!」
マッシュが怒号を上げた、まさにその時だった。
パァン! パァン! パァン!
マッシュたちのすぐ後ろ……壇上の影から、どこか冷ややかな高笑いと乾いた拍手が響き渡る。
驚愕して振り向くマッシュたちの背後に立っていたのは、漆黒の衣装とドクロの仮面を纏った男……ヴィランだった。
「はっははは!流石は勇者様の演説だ!
話がうまい!
だが、お前みたいな外道が考えた言葉とは思えんな。誰かの入れ知恵かな?」
「誰よ、あの骸骨は?道化師?」
「校長!なんだあいつは!?説明しろ!!」
「え?ええ!?わ、私にも何がなんだか……」
「何者だ!!貴様!!」
「我が名はヴィラン!お前たちの敵だよ!」
「ヴィラン?」
「ふざけた名前だ。よほど俺たちに殺されたいんだな!」
「……答えになってねえ。
俺は、何者かと聞いている!!」
「バカかね君は。敵だと言っただろう?
耳が腐ってるのか?それとも、頭か?
どっちかな?やはり、頭か!!」
「……敵なら殺すだけだぜ!!」
そう言ってマッシュは鞘から剣を抜く。
「まぁまぁ待てよ、マッシュ!
まずは、佐藤太一を帰してやる!
話はそれからだ」
「なに!?」
「クククッ!」
指をパチンッ、と鳴らす。
その合図とともに、体育館の天井の暗がりから、巨大な漆黒の怪鳥……大ガラスが悠然と舞い降りてきた。
大ガラスは足元に抱えていた『何か』をマッシュの胸元へ放り投げる。
マッシュは反射的にそれを受け止めた。
手の中に残った、冷たく死後硬直した異様な感触。
視線を落としたマッシュの目に飛び込んできたのは……完全に血の気が引き、無残に切断された佐藤太一の生首だった。
「なっ……!?」
愕然とするマッシュの肩へ、大ガラスがズシリと重く舞い降りる。
そして、マッシュの耳元にそのくちばしを近づけると、人の言葉を模した歪んだ声で鳴いた。
『タスケテ!タスケテ!』
「……た、太一?」
「はっははは!!……ほら、どうだ?
お前の……仲間を帰してやったぞ?」
手の中に残された、無残な太一の首。
その冷たさと感触にマッシュの顔から血の気が一気に引き、激痛のような屈辱と怒りが全身を駆け巡る。
「この野郎……!! ぶっ殺してやる!」
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