第1話 対等
翌日。
薄暗く不気味な風が吹き抜ける悪魔の洞穴の入り口に、ヴィランたちは立っていた。
「おいヴィラン、モタモタすんじゃねえよ。さっさと中に入れ」
「ひ、ひえぇぇ……! わ、分かりました太一様ぁ!だから、押さないでくださいよぉぉ」
そして、恐る恐る歩くヴィランを先頭に太一たちも歩き始める。
「おまえたち……周囲の警戒を怠るなよ?」
「はい!」
「お任せください!」
太一、ギース、クイーン、ヴィランの他に女性魔法使い2人、男性剣士4人も同行していた。
彼らはギースの部下たちである。
「ほら!キリキリ歩きなよ!ヴィラン!
そんな歩き方じゃ日が暮れちゃうよ!」
「わ、わかってるよクイーン!ちゃんと歩くよ!」
(フフフ……さぁ、出てこいモンスター!
エサは目の前だぞ!早く食いつけ!)
太一たちは悪魔の洞穴を奥へ奥へと薄暗い道を歩く。
「……どうやら、ここが終点のようですね」
「……チッ。そうだな。期待外れもいいとこだぜ」
太一は忌々しげに舌打ちをし、エサ(ヴィラン)が食われなかったことに露骨に不機嫌な表情を浮かべる。
『……フゥ~~!……フゥ~~!』
「……唸り声が聞こえますね」
「全員、武器を構えろ!前方にナニかいる!」
ギースは剣を抜く。
他の者たちも杖や剣を抜く。
「なんだありゃ……ゾンビか?」
ソレは玉座に座っていた。
全身は銀色に光り輝き、顔には鼻も耳も、声を出すための口すら存在しない。
にもかかわらず、その滑らかな銀の皮膚を歪ませながら、不気味な呼吸音を響かせている。
溶岩のような真っ跨な目で、ソレは太一たちを見下ろしていた。
「……へへっ!おい、ヴィラン!」
そう言って太一も剣を抜いた。
「出番だぞ!お前の勇姿を俺に見せてくれ!」
「……え?」
「太一様、遊んでいる場合ではありません!
アイツは……なんかヤバいです!」
「黙れギース!……さぁ、行けヴィラン!
お前には期待しているんだ!」
(お前の醜い死様をなぁ!)
「……わかりました。あなたのご期待に応えますよ、太一様」
ヴィランはそれまでの涙声を綺麗さっぱり消し去り、冷徹な声でそう告げた。
だが、興奮で脳が焼き切れている太一は、その声の異変にすら気づかない。
ヴィランは銀色のモンスターへと歩み始める。
(さぁいけ!そらいけ!
残酷ショーを俺に見せてくれ!
弱いやつが死ぬ瞬間は……
いつも、俺の心を踊らせる!
前の世界でも、同級生をいじめまくって自殺に追い込んでやったっけ。あれは楽しかったなぁ。
もう1度あの光景が見たい!あの表情が見たい!
さぁ、死ね!死ね死ね死ね死ねぇぇぇ!)
しかし……その瞬間が訪れることはなかった。
「……なんだ?
もう……モンスターと目と鼻の先だぞ?」
(なぜ、襲わない!?)
『グルルルルルゥゥゥ!』
「……誰が座って待っていろと言った?
……立て!」
『グギギギギギィィィ!』
銀色のモンスターはいやいや立ち上がり、ヴィランに席を譲った。
ヴィランは当然のようにその玉座へ腰を下ろし、深く背もたれに身を預ける。
そして、フードの奥のドクロの仮面を傾げ、絶望に顔を歪ませる太一を見下ろした。
「……ふむ。これでようやく対等に話せるねぇ……太一君」
「……は?」
(……たいち……君、だと?対等だと!?)
「お下がり下さい太一様!全員、前へ!」
「ふっざけんな!こんな最弱にビビんなよ!
おいこら、ヴィラン!随分偉そうに喋りやがるなぁ?雑魚のくせに!……優位に立ってるつもりかぁ?」
「クハハハ!まさか!……対等だよ」
「あ?……なんだって?」
「対等だと言ったのだよ。わからないか?今、この時、この瞬間、この場をもって……君と俺が対等となったんだ!」
「……ッ!!」
太一の顔が、怒りと屈辱で真っ赤に染まる。
「弱者がほざくんじゃねえッ!!」
太一は手を前に掲げ、叫んだ。
「ファイヤーボール!」
火の玉が太一の掌に現れる。
次の瞬間、猛烈な熱風と共に、赤黒い炎の塊がヴィランを目がけて一直線に放たれた。
凶悪な笑みを浮かべる太一。直撃すれば、荷物持ちの貧弱な身体など一瞬で消し炭になる威力だ。
『ギィ!?』
突如放たれた熱量に、背後の銀色モンスターが思わず身構える。
「狼狽えるな」
ヴィランは静かに立ち上がり、優雅に、その漆黒のマントをひらりと揺らした。
まるで、猛り狂う猛牛をいなす闘牛士のように。
……フッ、と。
空間を焼き尽くすはずだった赤黒い火球は、マントの影に吸い込まれるようにして、音もなく綺麗さっぱり消滅した。
「……は?」
太一の、マヌケな声が洞穴に響く。
煙すら残らない圧倒的な虚無の空間を前に、太一も、剣を抜いたギースも、ただただ目を見開いて硬直するししかたなかった。
暗闇の中、ドクロの仮面の奥で、ヴィランの瞳が怪しく、そして邪悪に輝く。
「俺が装備しているマントの名は冥界の衣と言ってね……ある魔法以外の全ての魔法を防いでしまうんだ。さっきのように跡形もなく、ね」
「ず、ずるいぞ!? なんだよそりゃ!!
そんなのチートじゃねえか!!ルールを守れよ!!俺に逆らうな!!
俺が……俺たち毒蛇の牙こそがこの世界の絶対の存在なんだ!!」
「……呆れた論理だな。実にくだらない」
ヴィランは杖で地面を一回叩くと、銀色のモンスターが動く。
『グルルルルルル……ッ!!』
その瞬間、成人男性ほどの背丈をした銀色の身体が、重さを一切感じさせない異様な軽やかさで跳躍した。
風を切る音すら置き去りにする超高速の移動。
気づいた時には、ソレは太一たちの唯一の退路である背後の道を、文字通り一瞬で塞いでいた。
「お前の晴れ舞台だ、メタルゴーレム。
この戦いでお前の真価が問われる!」
『ギキキキキキ!!』
主の命令に応え、メタルゴーレムの溶岩のような真っ赤な瞳が、禍々しい殺気を放って太一たちをロックオンする。
逃げ道を失い、圧倒的な殺威に気圧された太一は、ガタガタと無様に膝を震わせた。
そんな太一たちを、ヴィランはピクリとも動かないドクロの仮面の奥から見つめ……そして、歓喜に満ちた歌うような声で、両腕を広げた。
「そうだ……そうとも! 喜ぶがいい! お前たちという存在がメタルゴーレムの土台となり、それが何千何万と世界に広がり、俺に富を与えるのだぁ!」
一切表情の読めないドクロの仮面。
そこから響く、およそ人間が命のやり取りをしている場とは思えないほど無邪気で、冷酷な商人の歓喜。
「ヒッ!? な、なんだこいつ!? イカれてやがる!!」
「いけぇ!メタルゴーレム!
貴様の価値を示せぇ!」
『ゴオオオオオオ!』




