第2話 最弱のヴィラン
「うっ!? うわあああーーー!!」
余裕を失った太一は、狂ったように手を掲げ、何度も「ファイヤーボール!」と叫ぶ。
洞穴の暗闇を、無数の赤黒い火球が埋め尽くした。
しかし――。
『ギキキキキキキキッ!』
メタルゴーレムは、その成人男性ほどの身体をあり得ない角度に傾け、羽毛のような軽やかさで火球の嵐をすり抜けていく。
直撃コースのはずの魔法が、掠りすらしにない。
質量を無視した超高速のステップ。
金属の擦れる不気味な音を響かせながら、ソレは一瞬で太一との距離をゼロにした。
「ヒッ!?」
メタルゴーレムが太一の胴体に蹴りを入れようとした瞬間、ギースが割って入る。
自身の盾で太一を守った。
キィィィィィィンッ――!!
洞穴の闇に、鼓膜を裂くような金属同士の衝突音が響き渡る。
ギースは奥歯を噛み締め、メタルゴーレムの鋼鉄の蹴りをその盾で完璧に受け止めた――はずだった。
「……な、に!?」
ギースの目が見開かれる。
普通、これほどの金属塊の直撃を受ければ、重戦車に撥ねられたような凄まじい衝撃が腕に伝わるはず。だが、手応えがあまりにも軽すぎるのだ。
メタルゴーレムは、盾に蹴りが当たった瞬間の反発力を利用し、まるで重力など存在しないかのようにフワリと上空へ跳躍した。
衝撃を後ろへ跳ぶことで100%いなし、ダメージを完全に無効化したのだ。
「上だッ! ギース副長、上で……がはっ!?」
部下の剣士が叫び声を上げた瞬間には、すでに遅かった。
天井を蹴り、弾丸のような速度で真上から急降下してきた銀色の質量が、ギースの部下の一人を無造作に踏み潰した。
『ギキキキキキッ!!』
武器など持たない。ただの剥き出しの金属の拳と脚が、羽毛のような軽やかさで縦横無尽に跳ね回り、ギースの部下たちを次々と自慢のスピードですり潰していく。
「お前たち! 何をしている、早く魔法で援護を……」
ギースの怒号も虚しく、女性魔法使い二人は恐怖のあまり杖を落とし、ガタガタと震えることしかできない。
わずか数十秒。
誇り高き毒蛇の牙のエリート部下たちは、血だまりの中でピクリとも動かなくなった。
残されたのは、息を荒くするギース、腰を抜かした太一、そして後方で息を呑むクイーンの三人だけ。
「ひ、ひいぃ……っ! ば、化け物……!」
膝をつき、股間を濡らしながら無様に後退りする太一。
その目の前に、一滴の返り血すら浴びていない銀色の等身大ゴーレムが、音もなく着地した。
「ククク……格好だけだとは思っていたが、文字通り格好だけの中身のない集団だったか!!」
「グッ! くそがぁ!」
「……なんだよお前……ずるいぞ!!
何者なんだよお前!!」
「おや?まだわからないのかい?
俺の正体が……君と同じ世界から来たというのに……いやはや、なんと悲しいことか」
「……え?」
「ククク……では、改めて!」
ヴィランは玉座から華麗に立ち上がると、まるで上客を歓迎するかのように優雅に一礼してみせた。
「我が名はヴィラン!お前たちの敵だよ!」
「て、敵?」
(敵……悪、悪党……ヴィラン!?)
「ヴィラン!?漫画とか出てくる悪役!?」
「そうそう!その通り!やっと気付いてくれた!嬉しいよ……太一君。
1ヶ月と3日……君たちにひたすら媚びを売り続けた買いがある」
ヴィランはドクロの仮面の奥で、邪悪に目を細めた。
「目的はなんだ!?金か!?金なんだろ!?
バックの中に徴収した金貨が入ってる!!
それで、俺だけ見逃してくれ!!」
恐怖で我を失った太一が、ヴィランが背負っている荷物袋を指差して絶叫する。自分だけが助かるために、身を挺して守ってくれた仲間を切り捨てる、あまりにも無様な命乞い。
「なっ!? なに言ってやがる!!
俺が命懸けで盾になって守ってやったのに、俺を裏切るのかよっ!?」
満身創痍のギースが、血の滲む奥歯を噛み締めて激怒する。
「まぁまぁ……仲間割れはよしたまえ、見苦しい」
ヴィランはくつくくと肩を揺らし、優雅に両腕を広げた。
「もちろんソレ(金貨)は有難く頂戴するが……俺の目的は、そんなはした金だけではないのだよ」
「じゃ、じゃあ何なんだよ……っ!」
「このメタルゴーレムの性能テスト。そして……佐藤太一、君を無傷で捕縛することさ」
「ほ、捕縛……? な、何のために……っ!?」
「なぜ?バカかね君は。そんなの決まってるじゃないか。君を完全に完璧に綺麗に解体して、神によって与えられたチートとスキルを解明する為だよ」
「か、解体?」
「そう……君でもう10人目かな?
そうだったよな?クイーン」
「11人目でしょ? 数も数えられないのぉ?
キャハハハ!!マジウケるんですけどぉ!!」
「そう言ってくれるなクイーン。同じことを何度も繰り返すと思考がボヤけるんだよ。やはり、単純作業というのは俺には向かないようだ」
ヴィランは怒る風でもなく、困ったように肩をすくめて見せた。その仕草はどこまでも優雅で、まるで上流階級の夜会でジョークを交わしているかのようだ。
「え? え? クイーン……? お前、何を……」
太一は思考が完全にフリーズしていた。
さっきまで自分の後ろでガタガタと震え、助けを求めていたはずの、あの大人しくて無口だった奴隷のクイーンが、今、自分たちを蹂躙したバケモノと親しげに笑い合っている。
「貴様ッ、初めからこいつの仲間だったのか……っ!?」
ギースが血を吐きながら叫ぶが、クイーンは一瞥すらしない。ただ楽しそうにヴィランの隣へと歩み寄り、その細い指先で、血だまりに転がっていた太一の仲間の杖をコツンと蹴った。
「仲間っていうかぁ、私はこの人の手足なんだよね。1ヶ月もこのクズどものお守りさせられてマジ退屈だったよー。あとで慰めてねボスぅ」
「あ、あ……あぁ……っ!!」
「くそっ!!死んでたまるかぁぁ!!」
ギースは足に隠していた短刀をヴィランに向かって投げる。
――ドスッ!!!
「がふっ……!?」
鈍い音が響き、ヴィランの胸の真ん中――心臓スレスレの位置に、短刀が深く突き刺さった。
ドクロの仮面の隙間から、大量の鮮血が溢れ出る。
『ギィッ!?』
「ボ、ボス?……てめえ、ギースこの野郎!!」
クイーンの片腕がみるみる大きな鎌へと変化していく。
「ばっ!?化け物!!」
ギースが驚愕に目を見開いた瞬間、激昂したクイーンの鎌腕が一閃し、ギースの身体を横に真っ二つにした。
「ヒィィィィィィ!?」
「ヴィラン、大丈夫!?」
「だ、大丈夫だ!……それより、太一を研究室に連れていけ!ようやく、手に入れたんだ!
くれぐれも丁重に運べよ!いいな?」
『ギィ!』
「うわあああ!やめろやめてくれ!助けてくれぇぇ!」
メタルゴーレムは太一を乱暴に引きずりながら、奥の方へとむかった。
「バカ者が……丁重に運べと命令しただろうが。……まぁ、いい。クイーン、いや、クイーンスライム」
ヴィランは胸の短刀を押さえ、溢れる血を呪詛を吐くように吐き捨てながら、隣の少女を睨んだ。
「お前は先方に謝りに行け。期日通りに品物を納品出来ないとな!」
「……わかったよ。で、新しい納期はいつにするの?」
「……3日だ。3日以内に、あのクズからチートスキルを剥ぎ取り、メタルゴーレムに組み込む」
クイーンスライムは、痛みに顔を歪める主人の胸元を見て、少しだけ眉をひそめた。
「わかった……でも、本当に大丈夫? 心臓、いってそうだけど」
「……ククク、心配するな。前に言っただろ?
俺が死ねばお前らモンスターも死ぬ。なんたって俺の魂と悪霊の魂を混ぜ合わせて、お前らを作ったんだ。お前らばかりに良い思いはさせねえ。死ぬときは一緒、だ!」
ヴィランはドクロの仮面を外すと、血に染まった手で懐から使い古されたメスと縫合糸を取り出した。
「相変わらずの減らず口だね、ボス。
安心したよ……くたばりそうになったときは言ってね。あんたの死に顔、目にやきつけたいからさ」
そう言ってクイーンは闇の中へと消えて行った。
「……この程度の傷、ドラゴンの心臓を作るより簡単だ」
自分の胸を平然と切り開き、心臓の傷を自らの手で修復し始める最弱の武器商人。
そのあまりの異常性と執念に、洞穴の闇だけが静かに深く、彼を包み込む。
「死んでたまるかよ……這いつくばってでも生きてやる!」




