第16話 夜叉蜘蛛
――同時刻。
セシルたちは馬を走らせ、ようやく『嘆きの館』へと到着していた。
鬱蒼とした森の奥深くに佇むその館は、かつて山賊に襲われて命を落とした花嫁の怨念が渦巻いていると噂される不気味な廃墟だ。風が吹き抜けるたび、まるで女のすすり泣きのような甲高い音が枯れ木を揺らす。
「うわぁ……昼間でも気味が悪い場所だけど、夕闇が迫ると輪をかけてヤバいわね……」
馬の手綱を木に括り付けながら、コレットが露骨に眉をひそめた。
「ごめんね、コレットちゃん。ブレスレット探すの手伝ってくれて」
「いいのいいの! 幼なじみじゃん! 昔みたいに頼ってよ! ね?」
「……うん!」
「へへっ! それじゃ、行こっか!」
「うん!」
彼女たちはギィと重い音を立てて館の扉を開けた。
「……ここに落としたの?」
「ううん、もっと奥……ダンスホールだったと思う」
「わかった」
二人は館の奥へ奥へと進んでいく。
この館は、花嫁の呪いによりダンジョンと化していた。数百という部屋が生み出され、構造がランダムに変化する。だが、二人は何度もここへ通い、嘆きの花嫁を幾度も倒して経験値を稼いできた。故にこのダンジョンの性質を熟知しており、本来なら攻略など容易であるはずだった。
「……この部屋も違う」
「書斎か……じゃあ、右の部屋ね!」
「うん!」
扉を開けると、そこには異様なまでに広い空間が現れた。
「ダンスホール発見! 前に来た時より広くなってる……あの花嫁、ここがお気に入りだったのかな?」
「そうかも……あ!」
「どしたの、セシル?」
「あの扉……花嫁の寝室の扉じゃない?」
「……だね。でも、開けなきゃ大丈夫でしょ。さっさと見つけて帰ろ!」
「うん!」
彼女たちはダンスホールの床へ視線を落とし、手分けしてブレスレットを探し始めた。
「……ないなぁ。この部屋だったはず、なんだけどなぁ……」
「ねぇねぇ! こうしてるとあの花畑のこと思い出さない?」
「花畑?」
「うん! ほら! 白タンポポの花冠を作ろうって!」
「ああ! 幸運の白いタンポポね! あったあった! ……あれ?」
(なんで……作ろうとしたんだっけ?)
「楽しかったよね~~! 私もセシルも顔が泥だらけでさ!! 顔を見合わせて笑い合ってた!!」
(誰かに……そう、黒髪の綺麗な女性に……プレゼントしようと……)
「痛っ!?」
「どうしたの?」
「な、なんでもない! ちょっと頭が……」
「大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ。もうなんともないから」
「なら良いけど……ん?」
ふと、ダンスホールの隅にあった破れかけたカーテンの足元で、青い輝きがひっそりと光を反射した。コレットは目ざとくそれに気づき、駆け寄って拾い上げる。
「あった! あったよ、セシル!!」
「ホント!?」
頭を振って駆け寄ってきたセシルに、コレットは自慢げに手のひらを差し出してみせた。
「これでしょ?」
「うん!! これだよコレ!! ありがとう!! コレットちゃん!!」
そう言って、セシルはコレットに満面の笑みを向けた。
(ヤバっ!? なにこの子可愛い……!!)
「コレットちゃん?」
「な、なんでもない!! ほら、ブレスレット着けてあげるから、ちょっと腕出して!!」
「えっ!? いいよいいよ!! 自分でできるから!!」
「いいから!! ほら!!」
「……もう……そうやって子供扱いするんだから……」
「フフ……」
小さな手首に留め具をはめてあげながら、コレットは必死に胸の高鳴りを抑えていた。
(……変だよね、私。女の子同士なのに……あの子をぎゅっと抱きしめたいとか、キスしたいだなんて思っちゃうなんて)
もし気持ちを伝えて、気味悪がられたら? 距離を置かれたら?
――嫌われたくなかった。だから、この衝動だけは絶対に胸の奥にしまっておこうと、コレットは心に誓っていた。
(でも、あと1つだけ……これだけは聞いておきたい!!)
「……ねぇ、セシル。私のこと……好き?」
「え? そんなの決まってるよ!! 大好きだよ!! コレットちゃん!!」
その言葉を聞いて、さらにコレットは胸が高鳴った。
(友達としてなんでしょうけど……凄く嬉しい。ああ……幸せだ)
「……私も……」
『ガアアアアアアアアアッ……!!』
「ひっ……!?」
「セシル!! 私の後ろに!!」
突然、静寂を切り裂くように響き渡った異様な咆哮に、コレットは反射的にセシルを背後へかばい、身構えた。
ガシャアアンッ!!! と激しい音を立てて、今まで固く閉ざされていたはずの『花嫁の寝室』の扉が内側から乱暴に蹴破られる。
「きゃああっ!?」
暗い寝室の中から飛び出すように、ぼろぼろのウェディングドレスを纏ったスケルトン――このダンジョンのボスである『嘆きの花嫁』が上半身だけを這い出させてきた。
その白骨化した頭蓋の奥で、蒼い鬼火が恐怖に狂ったように激しく揺れている。
『タスケテ……! アアア……タスケテ……!!』
花嫁はカタカタと顎を鳴らしながら、コレットたちに向かって必死に骨の腕を伸ばした。
その姿には、経験値稼ぎで何度も倒してきた『ダンジョンボス』としての威厳など微塵もない。ただ死を恐れ、逃げ惑う惨めな犠牲者の姿だった。
「なっ、嘘でしょ……!? 花嫁が、怯えてる……?」
セシルが青ざめた顔で一歩後ずさった、その瞬間。
『ギチギチギチ……ッ!』
暗い寝室の奥から、乾いた骨と骨が擦れ合う不気味な音が響いた。
暗闇の中からヌッと現れたのは――太い腕の骨が6本。
『イヤッ! 来ナイデ……! タスケテ、誰か――っ!!』
花嫁が伸ばした手の先、コレットたちの指先が届くか届かないかというその刹那。
ガシィッ!! と冷酷な音を立てて、6本の骨腕が、一斉に花嫁の足の骨やドレスを掴み取った。
「キャアアアアアアアアアッ――!!」
ガリガリと床を引っ掻く虚しい音を残し、花嫁の骨の身体は凄まじい力で暗い寝室の奥へと引きずり戻されていく。
バタンッ! と扉が閉ざされた直後、暗がりの中から響いてきたのは、固い骨がバリバリと噛み砕かれる凄惨な音だった。
『メキメキッ……ゴチャッ……バキバキッ……!』
「……っ……!!」
「……に、逃げましょう! 今す――!?」
花嫁の部屋の扉がギイッという音とともに静かに開いた。
そして出てきたのは――ボロボロの和服を着たスケルトン。
それを見た瞬間、2人は青ざめる。
「や、夜叉蜘蛛!?」
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