第12話 武器商人としての美学
――翌日。
(テストなんて適当でいいんだよ!
……などと思ってはいけない。
自分の立場と地位を忘れるなフランク。
書記長の地位を失うぞ)
心の中で自分を必死に宥めながら、最後の一問を埋め終える。
「……ふぅ」
「そこまで! テスト終了! 後ろから解答用紙を回すように!」
先生の厳しい声とともに、教室中に安堵と絶望の溜め息が広がった。
答案用紙を後ろへ送り届け、ようやく背もたれに体を預けたその時……
「ねえテスト、どうだった?」
後ろの席から、ひそひそ声でそう話しかけてくる少女がいた。
名はコレット。
鮮やかな紫色の短髪と、明るく活気のある笑顔が特徴的な、我が学園の風紀委員長だ。
「まずまずだよ、そっちは?」
「赤点すれすれかな?勉強し忘れちゃったから!」
「ははは……君らしい!」
「そこ!私語は慎むように!」
「あ、申し訳ありません」
「……ごめんなさい」
「全く!謎の男の襲撃を受けたからと言って、勉学を疎かにしていい理由にはならんのだぞ!?……では、授業を始める!」
不精髭を生やした教師が黒板に汚く文字を書きなぐる。
「ええと……この世界は神によって創造されたのではない……ここまで進んだな?
では、誰によって創造されたか……わかる者はいるか?」
前の生徒が手を上げて答えた。
「はい!堕天使ルシファーです!」
「その通り!ルシファーは神の中でもっとも強欲な女神であった。父であるゼウスの地位を奪う為、この世界を創造した……では、ルシファーは次になにを創造したか……わかる者は?」
次に後ろの生徒が手を上げて答える。
「はい!多数の悪魔たちです!」
「それだけか?」
「え?それだけって……」
「トロル、ゴブリン、オーク……そして、我々、人間もだろうが!!全く!!こんな簡単なこともわからんのか!?ちゃんと予習はしたのか!?」
「も、申し訳ありません!」
(……違う……)
たち、ではない。
ルシファーが創った悪魔は2体。
暴虐の槍ザルドと妖計の盾エキドナだ。
そのあとにオーク、ゴブリン、トロルがルシファーによって創られたわけだが……
「……そして神々とルシファーの戦争末期! 戦場に突如として現れたエルフ族とドワーフ族の援軍により、ゼウス率いる神々が圧倒的優勢となったのだ!」
(オーク、ゴブリン、トロルたちには重大な欠点があった。魔法が使えない。だから、遠距離魔法攻撃で次々と倒されたわけだ。そこでエキドナは考えた。……魔法を扱い、肉体も柔軟な『弾除けの駒』――すなわち、人間を創り出したのだ)
「……勝利は目前まで迫っていた。しかし、そこに悪魔によって産み出された我ら人間が立ち塞がったのだ。とても恥ずべき行いだと思う!」
(……また始まったよ。自分の考えを押し付ける高圧的な演技……いや、誰かを模倣したもの?いずれにしろこれほど醜いものはない。そのことに、あの教師はいつ気付くのだろうか)
「1000年ほどこの世界が闇に覆われた。
暗黒の時代と呼ばれ、多くの善ある神々、エルフやドワーフたちがこの世界で眠っている。
その事をどう思う、フランク?」
「え?……御愁傷様、ですかね?」
「馬鹿者!!」
教壇を指し示していた指導用の長鞭が、しなりを上げて俺の机を……いや、頬を浅く掠めるように叩いた。
痛くも痒くもないが、不快な音が教室に響き渡る。
「なんと不敬でなんと不埒な発言か!!
我々のせいで死んだのだぞ!?
もっと心の底から贖罪の念を持てんのかぁ!!」
「……も、申し訳ありません!以後……発言に気を付けます」
「フンッ!……さて、そんな時代、この世界に新たな神が現れた。名をミカエル……偉大なるゼウスの息子……彼が暗黒時代を終わらせた!」
悪霊山のふもと……そこで2人の男女がルシファーの背後を襲った。
名をアダムとイヴ。
「現皇帝とお妃様であるアダム様とイヴ様は、ミカエル様のお言葉で正義に目覚め、ルシファーの背後を襲った! その心臓を貫き悪霊山の火口へ落としたことで、魔王軍は一気に弱体化したのだ!」
教師は神の導きによる正義の勝利として熱っぽく語り、黒板に『正義の覚醒』と大書する。
俺はそれを、死んだような冷ややかな目で見つめていた。
(正義の目覚め、ね……たぶん、大半の連中はそう教えられたんだろう)
創造主である我が師エキドナによって、ただの『弾除けの駒』として創られた人間。
戦いのためだけに生み出された二人が裏切った本当の理由……それは『正義』などという大層なものではない。
『愛』だ。
ただ生贄として使い潰される戦場の中で、二人は互いを愛してしまった。
互いを生かすために戦いに疑問を抱き、狂気の戦場から逃げ出すために主の背中を刺したのだ。
神の啓示でも、正義への覚醒でもない。
己の愛を守るための、泥臭く切実な裏切り。
(愛、か。そういう物語は大好きだ。しかし、皮肉な話でもある。愛に目覚めた人間たちによって、主人であるルシファーの心臓を打ち抜き、魂と肉体を分断させたのだからな)
人類の英雄の原点が「正義」ではなく「個人的な愛による裏切り」であるという真実を、教室の誰も知らない。俺ひとりを除いて。
(愛とは糧であり、凶器であり、縛る鎖である)
俺が創り上げたモンスターに、そのような感情は必要ない。そんな感情を与えてしまったら、愛に対する冒涜だ。
破壊、殺戮、狂喜、憎悪、怒り……
そして、買い主に対しての絶対なる忠誠心。
これだけでいい。生きた使い捨ての兵器なのだからな。
(エキドナ……あなたは心を軽んじたのだ。
だから、裏切られた)
「あの……10年ほど前に、魔王を名乗る者が現れませんでした?確か名前は……ザルド?だったかな?」
「お、おい!?コレット!!」
俺は小声で注意した。
だって、あの教師は授業の邪魔をすると……
「知らん!!なんだそれは!!くだらぬ妄言で私の授業を遮るな!!」
「ご、ごめんなさい!!」
「ほう……ウジ虫のくせに謝罪を口にするか!!だいたい貴様は風紀委員のくせに!!」
キーンコーンカーンコーン!
「ぬぐっ!?今日の授業はここまで!!
それと128ページから157ページを宿題とする!!明日までに提出するように!!」
「ええ~~~!」
「マジかよ……」
「ふざけんな!」
「……フンッ!」
「……あ、ははは!!本当、あの先生って短気だよねぇ~~!!」
「気安く話かけないでくれる?私、あなたのような無能だと思われたくないから」
「うわっ!?こわっ……」
「はっはは……嫌われちゃったね」
「別にいいけどさ……ね?昼食一緒にどう?
あなたのおごりで!!」
「いいよ。奢ってやろう。
俺は……紳士だからな」
「わーい! やったぁ! じゃあ学食の一番高いスペシャルランチね!」
「おいおい、調子に乗るなよ」
ぱっと表情を明るくして走り出すコレットの後ろ姿を追いかけながら、俺は苦笑いを浮かべた。
書記長としての立ち回りは、これで十分だろう。
(――さて。昼飯を済ませたら、放課後の『仕事』の準備を始めるとするか)
ドイル伯から持ちかけられた、古代遺跡の宝物回収。
そして、冒険者たちの始末。
(俺は殺し屋じゃない。だが、マスターの願いとあらば仕方ない)
恐怖と絶望を叩き込み、屈服させた先にこそ……彼らが新たな『商品』や『顧客』へと変わる商機があるかもしれない。
ただ命を奪えば良いという訳にはいかないのだ。
取引の余地を残す可能性だってゼロではないのだから。
あらゆる可能性を計算し、リスクに備え行動することこそが、俺の武器商人としての美学だ。
(まだ、時間はある。
彼らの排除手順はなるべく精査しなくては)
俺はポケットの中で黒い指輪をそっと撫で下ろし、表の笑みを深く貼り直した。
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