9異世界転生したけど記憶がないので、友達を守るの頑張りたいと思います!!
「――それでは授業は終わります。皆さん、ちゃんと復習をしてくださいね」
女性教師が優しく微笑み、授業は終了する。それと同時、ずっと溜めていたものを放出するように多くの生徒がルノの元にやって来る。
「ねぇさっきのシュバルツ家の話もっと聞かしてもらえる!?」
「え、えぇっ……!?」
授業終了の号令と同時に押し寄せてきた生徒たちの波に、ルノは引きつった悲鳴を上げた。
目の前には、瞳をキラキラと輝かせた名門貴族の男子生徒や、両手を胸の前で組んでうっとりとした表情を浮かべる令嬢たちが群がっている。
「ガルド教官に認められた『虚数魔力』を見さしてもらってもいいでしょうか!?」
「教えてください、シュバルツ様! 詠唱すらなしに魔法を無に還す秘訣とは一体……!」
(秘訣なんてあるわけないでしょーっ!? 私はただ『消えて!』ってドライフラワーを握りしめて祈ってただけなの!!)
冷や汗が背中を滝のように流れ落ちる。
何とかこの場をごまかそうと「あ、あはは……それは、その……企業秘密というか……」と後ずさりするが、生徒たちの熱気は増すばかりだ。
その時、ルノの前に勢いよく立ち塞がる影があった。
「ちょっと! あんたたち、いい加減にしなさいよ!」
アリスだ。彼女は自慢の年代物の杖を両手で構え、群がる生徒たちを威嚇するように睨みつけた。
「質問攻めにして彼女の休息を邪魔する気!? 向上心があるなら、本人に頼らず自分で文献でも調べなさいよ!」
ツンと顎をそらし、堂々と言い放つアリス。
一瞬、周囲の貴族生徒たちの顔に不快感が走った。
だがそんなもの知らんぷりして、アリスはルノの手を握った。
「ほら食堂行くわよ!! お腹が空いたわ!!」
二人はそのまま生徒たちの人波をかき分け、講義室を飛び出した。
「ふぅ……! まったく、あいつら調子いいんだから!」
広々とした廊下を歩きながら、アリスは繋いだ手にギュッと力を込めて怒りくべた。
「ルノがすごいって分かった途端に群がってきてさ! あんたが困ってるのも気づかないで……本当、貴族の連中は嫌になっちゃうわ!」
「あはは……。助けてくれてありがとう、アリスちゃん。本当に助かったよ……」
心から胸を撫で下ろすルノ。もしアリスが強引に引っ張り出してくれなかったら、今頃は「虚数魔力の極意」について適当なハッタリを口走り、さらなるカオスを引き起こしていたに違いない。
「お礼なんていいわよ。友達なんだから当たり前でしょ」
アリスはぷいっと横を向きつつも、繋いだ手を離そうとはしない。そのツンとした横顔に、ルノの心はじんわりと温かくなる。
「それより、次は食堂よ! この学校の食堂は平民も貴族も同じものを食べるらしいんだけど……どんなメニューがあるのか楽しみね!」
「うん! 私もお腹ペコペコだよ~」
重苦しい勘違いや期待から解放され、二人は楽しげに会話を交わしながら階段を下りていく。
――だが、広大なキャンパスの中央に位置する大食堂へと足を踏み入れた瞬間、ルノはその圧倒的なスケールに口をぐうの音も出ず挟まれた。
「うわぁ……すごい……ここ、本当にお城のパーティー会場みたい……」
吹き抜けの高い天井には豪華なシャンデリアが輝き、何百人もの生徒が一堂に会せるほどの長いテーブルがズラリと並んでいる。厨房からは芳しい肉の焼ける匂いや、甘いスープの香りが漂ってきて、ルノのお腹が「ぐぅ」と可愛らしい悲鳴を上げた。
「へへん、すごいでしょ! さあ、好きな料理を取って……」
アリスが意気揚々とトレーを取ろうとした、その時だった。
「――おや、平民の分際で、もうシュバルツ様の『側近』気取りですか?」
不快な嘲笑を含んだ声が、二人の頭上から降ってきた。
振り返ると、そこには豪華な装飾の施された制服を着た、取り巻きを連れた高慢そうな男子生徒が立っていた。胸元には高級そうなバッジが光っている。
「先ほど講義室でシュバルツ様を連れ去るなど、不敬にも程がある。シュバルツ様も、このような平民の浅知恵に惑わされるなどお可哀想に……」
「なっ……! あんたたち、なんですって!?」
アリスの顔が瞬時に真っ赤になり、怒りで身を震わせる。
「事実を言ったまでですよ。この学園では身分差がないことになっていますが、血統の尊さは変わりません。平民は平民らしく、隅っこで冷えたパンでもかじっていればいいのです」
周囲にいた他の貴族生徒たちからも、クスクスと不躾な笑い声が漏れ聞こえてくる。
アリスはギュッと唇を噛み締め、悔しそうに拳を握りしめた。自慢の年代物の杖を持つ指先が、かすかに震えている。
(……アリスちゃんが、私のために怒ってくれたのに……今度は私のせいで、こんな酷いことを言われてる……)
ルノの胸の奥が、ぎゅっと痛んだ。
前世の記憶もない、魔法も使えない、ただのポンコツな自分。 けれど、せっかくできた大好きな親友が傷つけられるのを黙って見ているほど、落ちぶれてはいない。
(ハッタリでも何でもいい……! 私が、アリスちゃんを守るんだから!)
ルノは深呼吸を一つすると、ポケットの中に突っ込んでいた手をそっと出し、胸の前で腕を組んだ。 そして、冷や汗をダラダラと流す内心を殺し、最高に冷徹で、底知れぬ余裕を漂わせた「天才貴族の顔」を作り上げた。
「……何か問題でも?」
「っ! ス、シュバルツ様……?」
冷ややかなルノの第一声に、煽ってきた貴族の男子生徒が思わず言葉を詰まらせる。
ルノはゆっくりと歩み寄ると、まるで相手をただの雑草か何かを見るような、深淵のような瞳で見つめ返した。
「私は今、非常に空腹で、友人と静かに食事を楽しみたいと思っています。……それ以上、私の大切な『友人』を侮辱し、私の邪魔をするというのであれば――」
ルノはポケットの中で、すっかり相棒となったドライフラワーをキュッと握りしめた。
(お願い……! なんでもいいから、凄そうな雰囲気だけ出てーーーっ!!)
――ズズ……ッ。
ルノの命がけのハッタリの祈りに応えるように、彼女の足元から、光すら吸い込むような漆黒の影が一瞬だけゆらりと揺らめいた。 先ほどガルド教官の火炎を飲み込んだ、あの『虚数魔力』の気配だ。
「ヒッ……!? い、意思を持った虚数魔力が……波動となって溢れ出している……!?」
「し、失礼いたしましたシュバルツ様! 行きましょう、皆様!」
ルノの放つ圧迫感(実際は極度の緊張による威圧感)に耐えかねた生徒たちは、顔を青ざめさせてクモの子を散らすように逃げ出していった。
静まり返る食堂の入口。
「ふぃ~~~……死ぬかと思った……」
ルノは一気に肩の力を抜き、その場にへたり込みそうになるのを必死で耐えた。
「あ、あんたねぇ……!」
呆然としていたアリスが、顔を真っ赤にしてルノに詰め寄ってくる。
「なによさっきの! 『私の大切な友人』だなんて……! あ、あんた、恥ずかしくないの!? 臭いセリフ言っちゃって!」
「うう……だってアリスちゃんが嫌なこと言われてたから……。カッコつけるしかなかったんだよぅ……」
「~っ!!」
アリスは真っ赤な顔のまま言葉を詰まらせ、ぷいっと明後日の方向を向いた。しかし、その手はしっかりとルノの制服の袖をキュッと掴んでいる。
「……ありがと。でも、無理して私を庇わなくていいんだからね。私は平民だけど、自分で自分を守るくらいできるんだから」
「ううん。友達だもん。当たり前だよ」
へらりと笑うルノを見て、アリスは深々とため息をついた。
「本当、食えないやつ……。……あ、そうだ。ご飯食べた後、教官室に行くんでしょ? ガルド教官に追加課題をもらうってメモにあったし」
「げっ……! そうだった……!」
ルノはがばっと跳ね起きた。 すっかり忘れていたが、ガルド教官の手厚すぎる勘違いフォローのおかげで、放課後は教官室呼び出しなのだ。
「私もついていってあげるわ。あんた一人だと、また変な勘違いされて地獄のトレーニング追加されそうだし」
「アリスちゃん……! 神様……!」
「か、神様とか言わないでよ恥ずかしい! さあ、ご飯食べるわよ!」
二人は手を取り合い、美味しそうな匂いの漂う食堂へと進んでいく。
前世の記憶も知識もない。魔法の出し方も分からないポンコツ令嬢。 けれど、隣で強がりながら歩く親友の温もりを感じながら、ルノ・シュバルツは「この世界で、もうちょっと頑張ってみよう」と心の中で小さく呟くのだった。
「……でも教官室に行く前に、本当にトイレ行っていいかなアリスちゃん……?」
「だ、ダメに決まってるでしょ! どんだけトイレ好きなのよあんたは!」




