8異世界転生したけど記憶がないので、授業頑張りたいと思います!!
「あはは……。まあ、こうなるよね……」
誰もいない静まり返った教室に、ルノの乾いたつっこみが虚しく響き渡る。
黒板には、ガルド教官が力強く書き殴った『虚数魔力』の四文字と、幾つかの魔法陣の図形が残されたままだ。
(あんなにトイレで格好良く『正直に言おう!』って頬パンまでして覚悟を決めたのに……! 決意を固めるまでに20分くらいかかってたんだ、私……!)
自分のポンコツぶりにガックリと肩を落とし、教壇の前にとぼとぼと歩み寄る。
だが、次の瞬間――ルノは教室の隅にある教官用の机の上に、ポツンと置かれた一枚の羊皮紙と小さな袋に気づいた。
羊皮紙には、ガルド教官の豪快な筆跡でこう書かれていた。
『シュバルツへ。
己の試練と向き合うための退室、見事であった。お前の高潔な精神に敬意を表し、本日の訓練用の貸出備品(初等実技用杖)を置いておく。
なお、お前の親友であるローウェルは、お前を心配して最後まで残ろうとしていたが、次の「魔術史」の講義があるため俺が強制的に移動させた。
遅れて来るようであれば、放課後教官室に来い。追加の課題を与える』
「き、気遣いが重い……! そしてやっぱりものすごい誤解をされたままだーーーっ! 試練と向き合うどころか、ただの現実逃避だよ!!」
頭を抱えて叫ぶルノ。
しかし、同時に胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。
アリスは、授業が終わった後もルノを待とうとしてくれていたのだ。
そして、あの強面で容赦のないガルド教官も、ただの厳しい教官というわけではなく、生徒の体調(誤解だが)や事情を汲み取ってくれる優しさを持っている。
(……この学校、スパルタで戦争の士官学校みたいだけど、悪い人ばかりじゃないのかも)
洗面洗面所で聞いた女生徒たちの陰口に少し傷ついていたルノだったが、教官のメモとアリスの優しさに触れ、引きつっていた表情が少しだけ柔らかくなった。
「とにかく、早く次の教室に行かないと! 『魔術史』の授業だよね!?」
ルノは机の上の貸出用の杖を拾い上げ(結局ドライフラワーと一緒にポケットに突っ込み)、教科書を抱えて大急ぎで廊下へ飛び出した。
◇
「ハァ……ハァ……! ご、ごめんなさい! 遅くなりました……!」
講義室のドアを勢いよく開けると、そこには階段状の広い教室に整然と並ぶ生徒たちと、壇上に立つ眼鏡をかけた知的な雰囲気の女性教師の姿があった。
「あら、シュバルツさんね。ガルド教官から連絡は受けていますよ。体調はもう良いのですか?」
「え、あ、はい! おかげさまで!」
(ガルド教官、わざわざ連絡まで回してくれてる!? どんだけ手厚いの私の勘違いフォロー!?)
女性教師の優しい言葉に冷や汗を流しながら、ルノは空いている席を探して視線を走らせた。
すると、中段の席からぶんぶんと激しく手を振る金髪の少女が目に入った。
アリスだ。
彼女の隣の席が、しっかりと用意されている。
ルノが小走りでアリスの隣に滑り込むと、アリスは顔を近づけて、周囲に聞こえないような小声でまくし立ててきた。
「ちょっとルノ! 大丈夫だったの!? お腹壊したってガルド教官から聞いて……すごく心配したんだからね!」
「あはは……ごめんねアリスちゃん、心配かけて。もうすっかり平気だよ」
「ふ、ふん! 別に心配なんてしてないわよ! ただ、友達が初日からトイレに籠城して留年なんて笑えないから声をかけただけなんだから!」
ぷいっと横を向くアリス。だが、その瞳にはあからさまな安心の色が浮かんでいた。
ルノは思わずクスッと笑ってしまう。
「……ありがと、アリスちゃん」
「~ッ! だ、だから感謝されるようなことはしてないって言ってるでしょー!」
赤くなるアリスの耳たぶを見ながら、ルノはそっと胸を撫で下ろした。
前世の記憶も知識も何もない。魔法の使い方も知らないし、この世界がどれほど危険な場所なのかもまだよく分かっていない。
けれど――
(流されるままやってきた世界だけど……少なくとも、ここには私のことを心配してくれる友達がいる)
「では授業を始めます。本日は『100年前の魔王侵攻とシュバルツ家の英雄譚』について説明します」
(え、また私の家の話!? 勘弁してよーーーっ!!)
先生の第一声に、ルノは再び白目をむきそうになるのだった。ポンコツ令嬢ルノ・シュバルツの平穏とは程遠い学園生活は、まだまだ波乱含みで続いていく。




