7異世界転生したけど記憶がないので、トイレに閉じこもりたいと思います!!
女子トイレの個室に飛び込み、カギをガチャンと閉めた瞬間、ルノは壁に背中を預けてズルズルと崩れ落ちた。
(ううう……もう無理! キャパオーバーだよ!!)
膝を抱えてハアハアと息を荒らげる。
ただ目立たず平穏に生きたかっただけなのに、適性判定で『判定不能』を叩き出し、門前で決闘を挑まれ、学園長に涙ぐまれ、挙句の果てには実技授業で『虚数魔力』なんて大層な名前を付けられてクラス筆頭に担ぎ上げられてしまった。
(虚数魔力って何なの!? 打ち消しの性質を持ってるとか勝手に分析されてたけど、出す訓練なんてできるわけないじゃん! 打ち消す魔力で何かを出せって、マイナスにマイナスを掛けてプラスにしろってこと!? 私にそんな高等な算数(?)ができるわけないでしょーーーっ!!)
ポケットからドライフラワーを取り出し、ジッと見つめる。ただの小さな、ちょっと押し潰された可愛らしい花だ。
(逃げ出したい……今すぐこの学校から逃げ出して、どこかのどかな田舎でパン屋さんとか始めて暮らしたい……)
そんな現実逃避に浸っていたその時――
「――ねえ、聞いた? さっきのシュバルツ家の令嬢の話」
「見たわよ。ガルド教官の火属性魔法を、一瞬で消し去ったでしょう?」
コト、と静かな足音がして、洗面台の方から女生徒たちの話し声が聞こえてきた。個室の中でルノはピクリと肩を跳ねさせ、息を殺す。
「教官は『虚数魔力』なんて言ってたけど……本当かしら。あの人、杖も使わずにポケットの中に手を突っ込んでいただけじゃない」
「ええ。それに、あの余裕に満ちた表情……。きっと私たち凡人のことなんて、底辺の虫ケラか何かだと思っているのよ」
「嫌ねえ、貴族の天才様は。アリスみたいな平民と仲良くしてるのも、ただの『懐の広い優雅な私』を演出するためのポーズじゃないの?」
(ち、違う! 全然違うから!! 私が怯えて白目むいてたのを『余裕』に見誤らないで! アリスちゃんとは本当に友達になりたかっただけなの!!)
個室の中で叫び出したいのを必死に堪えるルノ。
だが、女生徒たちの会話はそこで終わらなかった。
「でも、もし次の訓練で彼女が失敗したら……」
「くすくす、楽しみね。高慢な鼻を折ってやりましょうよ」
軽薄な笑い声とともに、足音が遠ざかっていく。
静まり返ったトイレの中で、ルノは膝に顔を埋めた。
(やっぱり……。目立つとロクなことがないよ……)
他人の嫉妬や悪意は、前世の記憶がないルノにとっても十分に胸を刺す痛いものだった。
やっぱり自分は天才でも何でもない。ただの知識も魔法も使えないポンコツなのだ。このまま教室に戻れば、遅かれ早かれメッキが剥がれて笑いものになるだけ。アリスにも「騙していたのか」と失望されるかもしれない。
(……でも)
ルノは、胸の奥がキュッと締め付けられるのを感じた。
さっき、握手したときのアリスの温かい手の感触。
「私みたいな平民の味方になってくれる人なんて、ここにはあなたくらいしかいなさそう」と言っていた、強がりな彼女の寂しげな瞳。
(私はポンコツだけど……アリスちゃんを一人にするのは、嫌だな)
助けると口走ってしまった以上、ここで逃げ出すわけにはいかない。
ルノは深呼吸を一つすると、頬を両手でパンッと叩いた。
「よし……! 失敗して笑われたっていい。とにかく、正直に『できませんでした』って言おう! 嘘をつき続ける方が絶対に苦しいもんね!」
腹をくくったルノは個室のドアを開け、手洗い場で顔を洗うと、覚悟を決めて教室へと足を進めた。
――そして、教室の扉を開けた瞬間。もう教室は誰もいなかった。
「もう授業終わってるじゃん!! 覚悟決めるの遅すぎでしょ私!!




