2異世界転生したけど記憶がないので、取り敢えず決闘したいと思います!!
突如突きつけられた言葉に、ルノの思考は完全にフリーズした。周囲を見渡せば、物珍しそうに群がる生徒たちの野次馬がどんどん膨らんでいる。
「あれが今学年の『勇者候補』の一人か。…所詮は平民の生まれ、直ぐに決闘とは優雅さの欠片もない」「シュバルツ家の令嬢であれば実に優雅に彼女を倒すだろう」
どうやら決闘を拒むのではなく、決闘を受けてその上で優雅に倒す。それがルノに求めれていることらしい。
(第一にこの世界の戦い方になんて知らないよ。……あの子は杖を持っているけど、魔法を使えるのかな…?)
「さぁ決闘よ!!」
勇者候補の少女は誇らしげに胸を張り、年代物の杖をぴんとルノへ突きつけた。その手元がかすかに震えているのは、大勢の貴族たちに見守られている緊張からだろうか。
(どうしよう……魔法の使い方も出し方も、何一つ知らないのに!)
すがるような思いでポケットに手を突っ込むと、昨夜自室の机で見つけて何気なく入れておいた、指先ほどの小さなドライフラワーに触れた。
(形だけでも何か構えないと……!)
ルノは意を決してポケットから手を取り出し、その小さな花をそっと胸の前にかざした。
「ふ、ふん! 何よそれ、お花で私と戦う気!? 舐められたものね!」
少女は顔を赤くして杖を大きく振りかぶり、甲高い声で呪文を唱え始める。先端にぽつりと小さな赤い火花が灯った。中級の火属性魔法を放つ気だ。
(逃げたい……!でも、ここで避けて後ろの人に当たったら大変だし……消えて、お願い……)
覚悟を決めたルノは固く目を瞑り、手の中の花に「とにかくこの火を消して」と必死に祈った。
――その瞬間。
ルノの手元から、言葉通り何もない漆黒の魔力が静かに広がり炎を飲み込んだ
ドカンという音も、華やかな光もない。ただ、少女が必死に練り上げていた火花が一瞬で弾けて消え、周囲の空気ごと異様な静寂に包まれたのだ。
「え……? 私の魔法が……消えた……!?」
杖を構えたまま呆然と立ち尽くす勇者候補の少女。
ルノ自身も「え、何が起きたの?」とそっと目を開け、自分の手の中の花を見つめて首をかしげている。ただ花を持っていただけなのに。
しかし、周囲の生徒たちの反応はルノの想像を絶するものだった。
ざわめきは波のように広がり、尊敬と畏怖の視線が津波となってルノに押し寄せてくる。
(違うの! 私はただ、お願いだから消えてって祈っただけで……!)
ルノが心の中で冷や汗をダラダラと流していると、先ほどまで息巻いていた勇者候補の少女は、完全に威圧されてガクガクと膝を震わせていた。
「嘘……私の全魔力を込めた魔法が、何の反動もなく消されるなんて……。これが、本物の貴族の力……?」
少女は悔しそうに唇をかみ締めながらも、自分の敗北を悟ったように深く頭を下げた。
「私の……負けよ。シュバルツ家の令嬢……この屈辱は、いつか必ず晴らしてみせるわ!」
そう言い捨てて走り去っていく少女の背中を、ルノはただただ呆然と見送ることしかできなかった。
「素晴らしい……! 流石はシュバルツ侯爵家だ!」 「歴史に名を残す天才の誕生に立ち会えたぞ!」
(お願いだから放っておいて……! 私はただ、平穏に過ごしたいだけなのに……!)
熱狂する新生たちから割れんばかりの拍手が送られる中、ルノは引きつった笑みを浮かべながら歩き出す。
――平穏な学園生活。
その淡い希望は、入学式すら始まる前に見事に打ち砕かれたのであった。
(しかも……なんで学園長まで『流石はシュバルツ家。この世界の希望だ!!』とか言って涙ぐんでるの!? 私、本当に何もしてないのに――っ!)




