1異世界転生したけど記憶がないので、取り敢えず生きたいと思います!!
―― 異世界に転生した。
だが、前世の記憶はない。
普通なら前世の後悔や野望を持って、異世界で生きていくのだろう。
だが侯爵家の人間として転生した彼女には前世の記憶はなく、ただ自分がこの世界の人間ではない――それだけの奇妙な違和感だけが、胸の奥に薄っすらと残っているだけだった。
「……まあ、ないものは仕方ないよね。…そんなふうに諦められないけど」
ふかふかの天蓋付きベッドの上で、十二歳ほどの幼さを残した少女――ルノ・シュバルツは小さく息を吐いた。
前世の知識を使った劇的な魔法の発現も、知識チートによる領地改革の野望もない。あるのは目の前にある豪華な自室と、明日からシュバルツ侯爵家の令嬢として『王立魔法学園』に入学するという、あまりに重すぎる現実だけだった。
「……まぁ前世の記憶ないし、取り敢えずこの世界で生きてみようか」
前世の記憶がない以上、自分には特別な知識も、伝説の英雄としての経験もない。あるのはどこか他人事のような違和感だけだ。
どうやらこの世界の貴族は、十二歳になると性別に関係なく何らかの大学へ進学し、貴族としての気品や実力を身につけないといけないらしい。
ルノは知らないが忌まわしい魔族との戦争のためだ。
「そんな場所で行けるわけないよ……。せめて前世の知識でもあれば役に立ったのかもしかもしれないのに……まぁ取り敢えず流されるまま流れてみようか」
容赦なく朝はやってきた。
翌朝、豪奢な馬車に乗せられて到着した王立魔法大学の門前には、王国の未来を担う名門貴族の若者たちが一堂に会していた。
誰もが自らの才能と野心を隠そうともせず、互いを牽制するような鋭い視線を交わし合っている。
(目立たず、出世も望まず、ギリギリの成績で無難に卒業しよう)
そう心に誓ったルノだったが、入学直後に行われた『適性判定の儀式』で、その目論見は早くも崩れ去ることになる。
古びた羊皮紙に手をかざした瞬間、ルノの魔力特性を示す欄に浮かび上がったのは、どの属性にも分類されない『判定不能』の漆黒の文字だった。
「判定不能……!? 属性が存在しないのではない。既存の魔法体系のどれにも属さない、未知の魔力だと……!?」
測定を担当する講師の驚愕の叫びに、会場の貴族たちが一斉にざわめき立つ。
本人は「適性なしの落ちこぼれか。ラッキー、これで目立たずに済むね」と胸を撫で下ろしていたのだが、周囲の解釈は真逆だった。
「あらゆる属性を超越した未知の力……さすがは名門シュバルツ侯爵家の令嬢だ」 「あえて手の内を見せず、我々の実力を見定めているのか……!」
(いや、本当に何も分かってないだけなんだってば……)
冷や汗を流しながら、人の波を抜けて入学式の会場へ向かおうとしたその時――背後から甲高い怒声が彼女を襲った。
「生意気なやつがいたものね! この『勇者』候補の私を置いて人気をかっさらうなんて容赦しないわ!! 私と決闘しなさい!!」
振り向くと、そこには金髪をなびかせ、どこか年代物の杖を突きつけてくる一人の少女が立っていた。周囲の生徒たちが「あ、あれは……!」と息を呑む。
(……取り敢えず平穏に生きたいだけなのに、初日から詰んでない?)
前世の記憶も未練もないルノ・シュバルツの、波乱に満ちた学園生活の幕が上がろうとしていた。
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