12異世界転生したけど記憶がないので、引き続き頑張りたいと思います!!
「ねぇあんた大丈夫? 朝から死にそうな顔をしてるけど?」
「……大丈夫に見える……?」
げっそりと頬をこけさせたルノは、幽霊のような足取りで教室の自席へと辿り着いた。
「全然見えないわよ! むしろ今にも魂が口から飛び出しそうじゃない!」
アリスが呆れ半分、心配半分といった様子で身を乗り出し、ルノの顔を覗き込んでくる。
無理もない。ルノの頭の中は、今朝届いた悪夢のような報告でいっぱいだったのだ。
学園の校門前には、今まさにシュバルツ侯爵家から贈られた「祝賀・至宝ルノ様」の文字が派手に躍る巨大な花輪が鎮座しており、登校する生徒たちの注目の的となっていた。それどころか、「お嬢様の身の安全を保障するため」という名目で、厳めしいフルフェイスの鎧に身を包んだ侯爵家の私兵部隊が、学園の敷地外を重々しく巡回し始めているという。
(目立たず平穏に生きるはずだったのに、入学二日目にして学園最大の名物スポットになっちゃってるよ……!)
「あはは……ただちょっと、家の人が熱心すぎるというか……」
「ああ、あの門の前の凄まじい花輪と私兵のこと? 登校するなり度肝を抜かれたわよ。周囲の貴族たちも『さすがシュバルツ侯爵家、学園の権威にすら臆さぬ堂々たる圧迫面接ならぬ存在感……!』って畏怖しまくってたわ」
(やっぱり凄まじい勘違いをされてるーっ! 権威に臆してないんじゃなくて、単にお父様が暴走してるだけなのーっ! 花も兵も撤収するようにちゃんと言おう!! そうじゃないともうこの学校に通えない!!)
ルノが心の中で血の涙を流していると、教卓の扉がガラリと開き、今日の座学『初等魔法理論』を担当する知的な眼鏡の男性教師が入ってきた。
「全員、席に着け。本日は魔法の最小構成要素である『魔力』の循環理論について解説する」
(一旦切り替えて、ちゃんと授業を聞こう!!)
心を切り替えてルノは教師が黒板に書いていく内容(まったく分からない)を板書をしていく。
隣のアリスといえば、ウンウンと頷いていて話を理解しているようだった。
「……つまり我々の体内には絶え間なく魔力が循環しており、それは先天的に属性を持っている。『炎』、『水』、『風』、『土』、『雷』の五つです。その魔力を増強し外部に放出するのが『魔法』と呼ばれるものです」
(けどそれじゃぁ自分の持っている属性以外の魔法は使えなくない…?)
「その疑問、極めて鋭い指摘です」
(ひぇえええっ!? また声に出ちゃってた!? というか、なんで教壇の先生まで私の呟きを拾うのーーーっ!?)
ルノの内心の悲鳴をよそに、教師は眼鏡のブリッジをクイと押し上げ、感心したように深く頷いた。
「通常、魔法はその者の魔力属性に依存します。ですが我々の循環魔力の一部は、なんの属性を持っていない「無属性」の魔力です。…ですので無属性の魔力の加えることによって、属性を変えて他属性の魔法も放てます」
ルノの顔からスーッと血の気が引いていく。
(えっ……無属性の魔力を足せば属性を変えられる……!? ということは、普通の人でも工夫次第で色んな魔法が使えるってこと……!?)
教師の説明を聞きながら、ルノの思考はぐるぐると迷走を始めた。
(でも待って。私の魔力って『無属性』どころか『判定不能』の『虚数魔力』とかいう謎の代物なんだよね……? 属性を変化させるどころか、触れた魔法を片っ端から存在ごと消し去っちゃってるんだけど……!)
「なるほど……素晴らしい補足です、シュバルツさん」
(補足なんてしてない! 心の中でパニックになってただけーーーっ!!)
教壇の教師は、一人で深く納得したように大きく頷いた。
「属性の書き換えという基本的な概念を提示しつつ、自身の『虚数魔力』がいかに既存の魔術体系を超越しているかを暗に示しているのですね。五大属性の循環も、無属性による補正すらも受け付けない……まさに『次元の異なる魔力』と言わざるを得ない」
「えっ、あの、私そんなつもりじゃ……」
「謙虚にならなくても結構ですよ。教え子にこれほどの見識を持つ者がいるとは、教師冥利に尽きます」
教師の目がキラリと光り、クラスの生徒たちからも「凄すぎる……」「概念そのものを否定する領域……!」と、感嘆の吐息が漏れ聞こえてくる。
隣のアリスも、誇らしげに胸を張ってルノの肩をぽんと叩いた。
「やるじゃないルノ! 先生の理論をさらっと上書きしちゃうなんて、やっぱりあんたは本物ね!」
(アリスちゃんまで信じ切ってるよぅぅぅ……! 私、本当に何も分かってないの! 算数で言うなら足し算の途中でノートを消しゴムで全部消してるだけなのーーーっ!!)
心の中で悲痛な叫びを上げながら、ルノは引きつった笑みを貼り付けるしかなかった。
「……ではシュバルツさん、せっかくですから一つ実演していただきましょうか。体内の無属性魔力を意図的に固定し、手元に小さな『光』を生み出してみてください」
教師の無慈悲な一言が、ルノの頭上に振り下ろされた。
(光!? 何かを出すの!? 打ち消すことしかできない私に、光を出せだなんて……そんなの無理に決まってるでしょーーーーっ!!)
絶体絶命のピンチに、ルノ・シュバルツの脳内麻痺メーターは早くも限界を迎えようとしていた。




