11異世界転生したけど記憶がないので、寮で寝ようと思います!!
「初日からすっごく疲れた気がする!!」
そうまだ初日。
入学式前のアリスとの決闘(という名の事故)。
学園長からの過度な期待。
そして実技戦闘の授業で見せた、制御不能な爆発的魔力。
全てがこの一日の出来事。
多忙な初日を乗り越えたルノはアリスと別れ、寮に帰るとそのまま寝台に寝っ転がるのだった。
「お疲れ様です。ルノお嬢様」
完全に生気が尽きたルノに労いの言葉をかけたのは、メイド服を美しく着こなす女性だった。肢体は綺麗な曲線を描いており、一切の装飾品を身に着けていたのに彼女からは華やかさを感じる。
「あ、ありがとうございます。ノエルさん…」
ノエル。それがルノの従者の名前だ。この学校は全寮制であるが、一名のみ従者がつくことが許されている。
そしてノエルは、ルノが生まれる前からシュバルツ侯爵家に仕え、幼い頃からルノの身の回りのお世話をしてきた専属メイドだ。
「今日の一日にて、お嬢様が学園内で打ち立てられた数々の『偉業』については、既に私の耳にも届いております」
ノエルは静かに微笑みながら、銀のトレイに載せた温かい紅茶をベッド脇のテーブルに置いた。その動作には一切の無駄がなく、洗練された美しい所作だ。
「はい……? い、偉業……?」
ルノは嫌な予感がして、ベッドの上でガバッと跳ね起きた。
「ええ。勇者候補の挑戦を戦うことなく退け、実技教官の一撃を無に還し、更には難解な古代魔導遺物の結界を一瞬で解き明かしたとか……。流石は我がシュバルツ家の誇る至高の才能。旦那様も奥様も、知らせをお聞きになればさぞやお喜びになるでしょう」
「待って待ってノエルさん!? なんでそこまで全部筒抜けなの!? というかお父様とお母様に報告しないで!! 本当に大したことしてないの!! ただの事故なの!!」
必死に手を振って否定するルノ。
しかし、ノエルは優しく目を細め、まったく信じていない様子で深々と一礼した。
「ふふ、どこまでも謙虚でいらっしゃるのですね。ですが、ご安心ください。お嬢様が記憶を失われても、偉大な方であることは皆分かっています」
ルノは彼女や両親には記憶喪失だと伝えている。そうでなければこのルノ・シュバルツとして転生したことによる、元のルノとのギャップや行動の違和感を説明できなかったからだ。
「旦那様にも『ご記憶を失われてなお、シュバルツの血脈は健在です』と、既に一番鳩を飛ばしてご報告いたしました」
「一番鳩飛ばさないでーーーっ!? 恥ずかしいでしょーーーー!!」
頭を抱えてベッドの上でゴロゴロと転がり回るルノ。
だが、ノエルは穏やかな顔つきでルノを見守る。
「お戯れを。お嬢様がどれほど『己の力を隠し、平穏を装いたい』とお考えであっても、私めは一番近くでそのお背中をお支えいたします。それが専属メイドたる私の使命ですから」
(ちがーーーーう!! 謙虚とかハッタリじゃなくて、本当にただの超絶ポンコツなのーーーっ!! 記憶喪失を隠れ蓑にして逃げ切る作戦も封じられたぁぁぁ!!)
心の中で血の涙を流しながら、ルノは諦めてベッドにドサッと倒れ込んだ。
「一番鳩の脚力が無駄に優秀なのが恨めしい……。お父様、絶対に『さすが我が娘! 今すぐ魔王討伐の遠征軍に推薦しよう!』とか言い出すタイプなんだから……」
「旦那様なら、間違いなくそう仰るでしょうね。明日には激励の特大花輪が学園に届くかと」
「やめてぇぇぇ!? これ以上目立たせないでーーーっ!!」
ベッドのクッションに顔をうずめてジタバタと暴れるルノ。
だが、ノエルは至って静かに、ベッドサイドの紅茶をそっと差し出してくる。
「お嬢様、温かい紅茶が入っております。心を落ち着かせてくださいませ」
「……うぅ、いただく……」
降参したルノは体を起こし、温かい紅茶を一口すすった。じわっと広がる甘みに、張り詰めていた心の糸が少しだけ解けていく。
(初日からこんなに勘違いされまくって、明日からどうなっちゃうの……? 私の『目立たずギリギリの成績で無難に卒業する計画』は、初日にして跡形もなく消滅したよ……。取り敢えずこの世界で生きたいだけなのにさ!!)
心の中で何度目か分からない叫びを上げ、ルノは再びベッドへドサリと倒れ込んだ。
前世の知識も経験もない。 この世界で使える魔法は「消えて」と祈ることだけ。 それなのに、初日にして周囲の評価は「未知の虚数魔力を操る至高の天才」であり、学園の「至宝」だ。
(これ、明日からどうやって授業受ければいいの……? 実技だけじゃなくて、魔法の理論だって何一つ分からないのに……!)
明日になれば、きっと「さすがシュバルツ様!」と期待に満ちた眼差しを向けられる。 逃げ出したい。けれど、逃げ出せば大好きな友達になったアリスを一人にしてしまうし、ノエルの期待(という名の巨大な勘違い)も裏切ることになってしまう。
「お嬢様」
天井を見つめて絶望に浸っていたルノに、ノエルが優しく声をかけた。
「明日もお忙しくなるかと存じます。本日はゆっくりとお休みくださいませ。どのような困難が待ち受けていようとも、私めは常にお嬢様の味方でございます」
「……うん。ありがとう、ノエルさん」
勘違いは激しいけれど、ノエルの言葉には一切の嘘も偽りもない、純粋な温もりがあった。
ルノはポケットから小さなドライフラワーを取り出し、そっと手のひらで包み込む。
(平穏な学園生活なんて夢のまた夢になっちゃったけど……。ハッタリと、この謎の『虚数魔力』と、ポンコツな私なりに……明日もなんとか生き残ってみせるんだから!)
ぎゅっと目をつむり、ルノは深い眠りについた。
――そして翌朝。
「お嬢様、お望み通り旦那様より特大の祝賀花輪と、親衛隊派遣の打診が届いております」
「届くの早すぎるでしょーーーーっ!?」
朝一番のルノの悲鳴が、寮の部屋中に響き渡るのであった。
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