19
水原慎コンサート・ツアー〝FANTASTIC REVOLUTION〟in東京。
大阪を初日にして、全国主要都市を廻って来たこのツアーは、今日が最終日だ。今回は大規模な会場がメインになっているから、そこに集まるファンの数も半端ではない。
その中には、本当に遠くからしか慎の姿を見ることしかできない人だっているわけで、美雪は、自分の運のよさをつくづく噛みしめてしまった。あんなラッキーな偶然、美雪の人生では二度とないかもしれない。
慎と、対等に話せるということ。ファンとしてではなくて、彼の友だちの恋人として美雪は慎と対等に話していた。夢にも思ったことのなかった、それは夢以上の現実だ。
あれからも、杉浦からの連絡は一切ない。
自分で踏ん切りがつくまでは無理かもね、と、恵梨は寂しそうに言っていた。
結局、私たちは助けにならないってことなのね、と、付け加えて。
ステージの上に立つ慎は、完全に別の世界の人に見える。この前、美雪の前で話していた人とは、やはり別の人のようだった。美雪には手の届かない、そこには見えない壁が立ちふさがっているような感覚さえある。
「始まった時はまだまだって思っていたけど、もう今日でこのツアーも終わりです! 寂しいですかー?」
最初のMCは、そんな感じで始まった。
言葉遣いは結構丁寧だけれど、時折、妙におかしなリアクションを交える慎のMCは、割と好評だ。そのMC聞きたさにライブに来る人だって、少なくないだろう。
そうしてライブを見るたびに、彼の歌を聴くたびに、美雪たちは彼の魅力を思い知らされる。慎のライブには、そういう力がある。
そんな慎の隣に杉浦がいたら、きっと、それはとても素敵なことだと思う。
ギターの音が聞こえる。一瞬、耳を掠めて行くのは、あの時に聞いた《BE》の音。鳴り響くギターの音は掻き消えて、その代わりに杉浦が奏でる音色が聞こえるような気がした。
それは、慎が心のどこかで望んでいるはずの最終的な到達点へのビジョン。慎が求めている音を奏でるギターは、いつしか杉浦のサウンドをなぞり始める。
不意に涙が溢れてしまいそうになる自分に、美雪は気づく。どこかでそれを期待している自分に気づいて、美雪は、思わず後ろを振り返った。
そこに、杉浦がいるような気が、したからだった。
これは、東京のライブだから。
これは、慎のライブだから。
だから、何となく杉浦はこの会場に来ているような気がした。口先で紡ぐ言葉よりも正直に、杉浦は慎のことを認めている。慎の声を聞きたいと思っているはず。それは、ひょっとすると慎も感じていた予感なのかもしれない。
ふとステージの慎を見上げると、彼は、誰かを探すように客席を大きく見渡していた。誰かを探すその瞳は、前にも見たことがあった。
誰を探しているのだろう。と、思う。
自分の隣に立つはずの、それを誰よりも望んでいるギタリストを、慎は探しているのだろう。こんなにも人の多い会場で見つけられるはずがないのに、美雪が、思わず振り返ってしまったように。
ラスト。
慎は、いつもよりも抑えた静かな声で、話を始めた。
「最近、ラストにはずっと〝さよならをは言わない〟を入れて来たわけなんだけど、今日はツアー最終日ということで、ちょっと趣向を変えてみようと思います。昨日になって突然言い出したりしたんで、スタッフやメンバーにはすっごく迷惑をかけてしまったんですが、この曲をどうしてもここで歌いたかった理由があって、俺の我儘を聞いてもらいました。この曲に込められたメッセージは、たぶん、皆にも伝えたいことなんで、静かに聴いて下さい。歌詞の意味を、よく考えて欲しいです。まあ、人それぞれにいろんな事情があるわけで、ファンレターなんかでも、悩みとか書いてくれる人がいたりするんだよね。それで、そういう人たちにも当てはまるかな。広い意味での応援歌、ということで。これはね、個人的に作った曲です。披露するのは今日が初めてで、まだ本人たちも知らせてないという大冒険だったりするんですが、俺の親友とその恋人のために作った曲なんです。でもね、誰にでも言えることなんだからね。だから、皆へのメッセージを込めています。では、聴いて下さい。『ENDLESS LOVE』」
優しげなメロディー・ライン。その音の軸に絡みつくように奏でられる、ギターの音。そこに重厚なベースがリズムを刻んで、新たなサウンドを作り出して行く。
これは、杉浦へのメッセージだ。
美雪は直感した。
慎は、杉浦を呼んでいるのだ。そう、確信する。
自分の歌う歌に想いを託して、彼が戻って来るのを待っている。そうでなければ、こんな、《BE》そのままの曲をここで歌うはずがなかった。
この歌が杉浦に届くのか、届かないのか、そもそも、杉浦がこの会場にいるのかどうかさえもわからない。それでも、慎が歌に託して伝えたかったのは、今でも杉浦のことを必要としている、本音。妥協することのできない、たったひとつの想いだった。
それは、大きなメッセージだった。
自分に視線を向けるこの会場の全てのファンに、そして、ここではないかもしれないけれど、どこかにいるはずの杉浦に、慎が送るメッセージ・ソングだった。たった一言「頑張って欲しい」と、その想いが込められた、歌。
美雪は、待っていようと決めた。
もう一度、杉浦に会いたいから。
今度、杉浦に会った時に、今と同じ気持ちで彼と接したいから。
杉浦と話したいことは、まだまだたくさんあるから。
だから、美雪は、杉浦が自分から戻って来る気になるその日まで、待っていようと決めたのだ。
そうして、一年が過ぎた。
初めて杉浦と会った時には高校一年生だった美雪も、高校二年生になっていた。




