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「美雪っ! ちょっと聞きたいことがあるんだけどっ」

 別に遅刻しそうなわけでもないのに、鈴子が勢いよく教室に駆け込んで来た。そのまま、鈴子は美雪の所まで来て、机の上に鞄を置く。

「……どうしたの、鈴子」

 その勢いに気圧されて、美雪はたじろいだ。

 と言うか、その鞄をどけて欲しいなー、なんて、ちらりと思ったりして。

 昨日の夜、英語の予習をするのを忘れた美雪は、珍しく早めに学校に来ていた。そのやりかけのノートの上に鞄を置かれてしまっては、続きをすることもできない。とりあえず、話を聞いてしまわないことには、どいてくれないだろう。仕方なく、話を促すように目の前の鈴子を見上げる。

 学校までのあの坂までも駆け上がって来たのか、やたらと息を切らせた鈴子は肩で大きく息をしている。

 一体、何事だと言うのだろう。

 こんなにも鈴子が慌てているというのは、ちょっと珍しいことだ。いつも落ち着きがないタイプであるとは言え、ここまで騒々しいのはあまり見かけない光景だった。

「あのね、本当は昨日のうちにあんたに電話しようと思ったんだけど、電話じゃよくわからないと思ったからっ」

 はあはあと息を切らせながらそれだけ一気に喋って、もう一度息を吸い込んで。

 電話ではわからないとは言うものの、今の時点では、やっぱりわからないままだ。

 早く言いなよ、と急かすように美雪が見ていると、ようやく息を整えた鈴子はいつものように美雪の前に席に陣取った。

 ……だから、そこは自分の席じゃないでしょうに、と、美雪は心の中で突っ込みを入れる。その席の主が登校して来たらどうするのか、と。

「で、何が言いたいのかって言うと」

「うん?」

「この前の慎のライブの時のことなんだけど」

「慎の?」

「そうそう、あの時さ、楽屋口から出て来た人、いたでしょ。後から慎も出て来て、何か喧嘩していたみたいだったけど。美雪、あの人に一度だけ会ったことあるって言ってたじゃない。あの人の名前、わかる?」

 ……どうして、ここでそういう話が出て来るのだろう?

 あの時のことはうやむやにして終わったはずだし、杉浦と付き合い始めたことは鈴子には話していない。だから、ここで杉浦の話が蒸し返されるとは、思ってもみなかった。

「ちょ、ちょっと待ってよ、鈴子。最初から順番に説明してくれないかな。それ、どういう意味? どうして、今更そんなことを言い出すの?」

「……あの人の正体、わかったかもしれない」

「正体って……」

 何だか、物騒な言い方だと、思う。

 鈴子の、言おうとしていること。

 それは、もしかしなくても杉浦が隠そうとしている過去そのものなのかもしれない。

 杉浦が今の仕事を始めるまでに何かがあったことは、彼自身は何も言わない。けれど、恵梨のあやふやな言葉の隙間から見えているものは何となくあるものだし、そこから、少しくらいは察することはできる。何か、重大なきっかけがあったのだ、ということを。

 それが具体的にどんなことであるのか、美雪には知るはずもなかった。

 たぶん、それは、間違いなく慎に関係していることのはずだ。そうでなければ、慎がわざわざ杉浦を追って来る必要もない。それは、わかるのだけれど。

 そして、だからこそ、鈴子がここでこの話を持ち出して来たわけだから。

「そう! 昨日、メールが来てたんだ。前からの知り合いで、結構古くからの慎のファンらしい女の子でね。その子が、最近手に入れた写真を添付で送って来てくれたんだよ。ほら、これ! 慎のアマチュア時代のライブ写真! ここ、慎の隣でギターを弾いているの、あの人じゃない?」

 そう言って鈴子は携帯を取り出し、ディスプレイに一枚の写真を表示させる。そして、次々に数枚の写真を見せた。

 元々さほどいい画質ではないものを何度もスキャンを重ねたものなのか、その写真も結構画像は悪い。

 だが、画質は悪くても、そこに写っている人物の顔がわからないほどのものではなかった。

 ライブハウスらしいステージで演奏している、四人の姿。それが三枚。そして、楽屋らしき場所を背景にして、全員で収まっているものが一枚。

 ステージ写真は遠めな上に動きがあるせいでぶれていて、顔はよくわからなかった。だが、メンバー写真にははっきりと顔が映っている。

 そこに写っているのは、四人だった。

 その中心にいるのは、慎だ。今よりもかなり幼く見えるけれど、間違いはない。そして、慎を囲むようにして三人がいる。ベースを持ったやんちゃそうな少年と、スティックを持っておどけたポーズを取っている少年、そして。

 慎の隣にいて、ギターを持って気取ったポーズで写っているのは、間違いなく杉浦だった。当然ながら今よりも若いし、かなり感じは変わっているけれど、眼差しが今も変わらない。だから、わかった。それが、何年か前の杉浦晃なのだ、と。

 全員が屈託なく笑っている。

 音楽が好きで好きでたまらない!

 このメンバーと一緒にいるのは、楽しくって仕方がない!

 そんな声が、聞こえて来そうな写真だ。

 だけど。

 これは、明らかにかなり前のものだ。

 この後、このバンドはどうなったんだろう。今の慎のステージ・メンバーの中に、この写真に写っている人は一人もいないはずだ。どうして、ボーカルだった慎だけがデビューして他の人たちとは別れてしまったのか、この写真からそこまで考えることは不可能だった。

 この写真からわかるのは、彼らの間には信頼と友情が存在しているということだ。くだらない喧嘩でもめて、解散してしまうようなバンドにはとても見えなかった。

「その人って、多少は追っかけの子とつながっているらしくてね。その中に、慎のアマチュア時代からの古参の追っかけの人と知り合いの子がいて、その子が教えてくれたんだって。あの人、絶対に慎の関係者だって! 慎がデビューする前に組んでいたって言うバンド《BE》のギタリストだと思う。でもね、彼らがどうして解散することになったのか、誰も知らないらしいよ。どういうわけか、《BE》は自然消滅みたいな感じで解散することになって、そのうえで慎が単独でデビューしたことについては、当時のファンもけっこうパニクったらしいって話でね。最初の話では《BE》としてデビューするよって、ファンには言っていたみたいだし」

 慎がデビュー前にバンドを組んでいた話は、かなり有名だ。古くからいるファンの子は当然のように知っているし、彼自身もその頃の想い出話をすることがある。だが、そのバンドの詳しい話や事情は謎のままだったことは確かだった。

 本当に、《BE》は彼らにとって単なる思い出なのだろうか。本当は、現在進行形で引きずっている大きな問題なのではないだろうか。

 そして、《BE》のギタリスト。それが、杉浦晃であることに間違いはない。写真を見れば、すぐにわかることだ。

 でも、どうしてなのだろう?

 この写真で見る限り、彼らの間に何か問題があったとは思えない。ただ、楽しい気持だけが伝わって来るような、そんな写真なのに。

 どうして、ああなってしまったのだろう。どうして、《BE》は解散してしまったのだろう。どうして、杉浦は慎から逃げるような真似をするのだろう。

 何もわからなかった。わかるはずもなかった。

 美雪の知らない、杉浦の過去。慎との関わり。それは、知らずにいた方がいいのか、それとも。

「まあ、私にも詳しいことはよくわからなかったりするわけだけどさ、昔からの追っかけの人が言うには、別に何か喧嘩をしたから解散したとか、そういうわけではないみたい。事故か何かがあったって噂があったらしいけど、誰も本当のことは知らないんだって。その話を慎がすることもないし、追っかけの子たちも意味がわからないって。だから、その噂もどこまで本当か怪しいけど」

 この後に、何があったのか。

 知りたい。知って、どうにかなるものでもないかもしれないけど、知りたかった。

 このバンドが自然消滅して解散になって、そして、慎が単独でデビューしたその理由。杉浦が慎を避けようとしている、その意味。

 純粋にファンだというだけでなくても、知りたい事実であることに間違いはなかった。

「このギターの人さ、あの時の男だって思うでしょ? 美雪は、何か知らない?」

「そんなこと言っても……」

 どこまでを鈴子に話してもいいものなのか、まだ判断できなかった。

 実を言うと、鈴子は何度か杉浦に会っているのだ。

 杉浦は学校まで迎えに来ていたりするわけだから、会わないでいる方が難しい。でも、杉浦の雰囲気があまりにもあの時と違うから、鈴子は同一人物だと認識できていないらしい。

 それは、今の展開からすればありがたいことだった。

 慎とは無関係ではないことがはっきりしてしまった以上、美雪と杉浦との関係を追及されたら何も答えられないからだ。

 一応、友だちだよとは言ってあるけど、それ以上のことをあんまり追及されたくない。

 と言うよりも。

 鈴子に追求されても、美雪自身も何も知らなかったりするわけで。

「……ねえ、鈴子。慎のアマチュア時代のバンドの音源とかって、手に入らないのかなぁ? 聴いてみたくない?」

「そうだねぇ。あちこち聞いてみれば、誰かが持っているかもしれないね。でも、思ったんだけど、慎の組んでいたバンドのことって、特にメンバーの話なんかは、古くからいるファンでもあんまり口にしないような気がしない? 何か、言わないことが暗黙の了解って感じがする。もしかすると、タブーなのかも……。ファンとしては知りたいけど、本人が何も言わない以上は隠しておくべき、みたいな」

「……そうなの、かな……」

「とりあえず、何人か聞いてみるね。古参に怒られるかもしれないけど」

 古くからのファンは昔のことを言わない、と言うのは確かにそうかもしれない。

 それは、《BE》の解散は、ファンにとっても、本人たちにとっても不本意なものだったから?

 それとも、何か深い理由があるから?

 美雪は、窓の外に視線を向けて、溜め息をついた。

 杉浦は、今、どこで何をしているのだろう。今日の予定は、仕事で地方に行くと言っていたから、今頃は新幹線の中かもしれない。

 杉浦がプロデュースしているのは、二人組みのアイドル、TURBO。ツイン・ボーカリスト、という触れ込みでデビューしたのは、確か去年のことだったはずだ。デビュー曲こそ、それなりだったものの、あっという間にトップ・アイドルの仲間入りをした彼らのトータル・プロデューサーとして、KOU-Fは名前を知られていた。表立って出て来ることはないけれど、この二人が成功したのはこの人のプロデュースだったから、という記事を見かけた。

 それが、杉浦晃なのだ。

 でも、美雪にとってはあまり現実感のない事実だった。

 美雪が見て来た杉浦のイメージとはかけ離れた曲を、彼らは歌っている。何となく、杉浦が作る曲はもっと違うものなのではないかと、そう思えてならなかった。

 耳に馴染みやすくて覚えやすいメロディーと、身近に思える歌詞。軽やかなテンポのポップス。だからこそ支持される、流行のラブ・ソング。

 それは、杉浦が作りそうな曲とは、違う気がして。

 だから、杉浦という存在は謎なのだ。

 こんなことを一人でうだうだと考えていても仕方がないとは思っていても、気がつくとそのことばかり考えている。

 悩んで何かが解決するわけでもないのに、何だか不健康な思考の堂々巡りで。

 答えなんて、誰かが用意してくれるわけではないけれど。

 自分で、知ろうとすれば見えて来るのかもしれない。

 聞くことを怖がっていないで、聞いてみようと思った。

 もしかすると、それは以外に簡単なことだったりするのかもしれない。

 美雪が思っているよりも、ずっと。

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