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「美雪ちゃんに聞きたいんだけどさぁ、あれから晃と付き合っているわけ?」

 お客さんの波も引いて一息ついた隙に、恵梨がいきなりそう言い出した。

 少しびっくりしたけれど、別に、わざわざ否定するほどのことでもない。美雪は、そのまま正直にうなずいた。

「……まあ、一応。そういうことになるみたいです」

 付き合ってはいるのだろう、きっと。それは、嘘ではないはずだ。

 あの後、何か特別に進展があったわけではないけれど、電話もメールも頻繁にしているし、時間が合えば会っているのだし。

 ただ、以前に考えていたほど、ロマンチックな展開じゃないだけだった。恋人ができたら、もっと違う生活が待っているように思っていたのに、美雪の生活は杉浦に会う前とほとんど変わらないままだ。

 それが、何となく残念なような気はする。

「なーに、頼りない答えねぇ。せっかくあの馬鹿に譲ってやったのよ。私は美雪ちゃんを愛してるのにっ。ほら、こう、胸ときめいて心躍るような展開があったり」

「え、あ、いや、その……」

 それにどう答えたらいいものやら、美雪は答えに困ってうろたえた。

 恵梨のこれが毎度のことであるのは、バイトを始めた当初からなので今更だ。可愛がってくれているのはわかるから、却って何を言ったらいいのかわからなくなる。

 とは言え、付き合っていると言うにしては、美雪と杉浦の間に恵梨が期待しているような劇的な展開があるとは言えない状態だった。

 元々、美雪とはあんまり接点を作りようのない生活の人なのだ、杉浦晃というのは。

 たまたま、杉浦と恵梨とが知り合いだったから、ここで会うことができた。けれど、そうでなかったとしたら、絶対に会うことなどなかった言える相手だ。

 だから、生活している時間がすれ違ってしまうことは諦めるしかないのかな、と思ったりもする。

 ただ、携帯も圏外になってしまうというのは、少し納得が行かない。職業柄、仕方がないことは認めるけれど、だったら、もう少し向こうから連絡をしてくれてもいいじゃないか、なんて考えている。

 そういう意味では、勝手な人なのかもしれない。

 自分の都合だけで、生きている。そんなふうにも思える。

 それでも、嫌いになれない。

 本当は、とても気になる。毎日でも電話をして欲しいし、電話が無理なら、メールだけでも欲しい。だけど、それを言い出す勇気がない。

 それは、杉浦に嫌われるのが怖いだけなのとは、ちょっと違う感情だった。

 どう言えばいいのだろう。

 今は、このまま現状維持の方がいいような、そんな気がしていた。

 それは、美雪のただの直感にしか過ぎなかったけれど。

「美雪ちゃんはさ、ちょっと、違うかなって思っているんだけどね。晃って、結構強引で勝手なタイプだし。自分の都合だけで世界が廻っていると思っているような部分があるから、大抵はすぐに終わるのよねぇ。私が知っている最短記録は、一週間かな。外見の人懐っこさとは逆に、かなりクールなとこもあるから、ついて行けないって言われるらしいわよ。それで、どうなの。興味はあるのよね、晃の恋愛事情って。ちゃんと連絡はくれてる?」

「一回だけ、学校まで迎えに来てくれましたけど、その後は数回会っただけです。電話は、たまに来ますよ。こっちからかけても、圏外のことが多いんですけど」

 圏外なのは、スタジオに入っていることが多いからだと言っていた。それはそれで、彼の職業的に納得できる答えで、疑う理由はない。それでも、恵梨は少しばかり眉をひそめた。

「自分から電話しろってのよね、そういうのは。ホント、気が利かないんだから。まあ、でも、あいつにしては上出来なスタートかもしれないわね」

 そうなのか、と、美雪は複雑な気分になる。

 恵梨の言うことが本当だとすれば、今までの杉浦の恋人というのは、結構可哀相かもしれない。

 美雪が考え込んでいると、恵梨は人の悪そうなにやにや笑いを浮かべて美雪を見ていた。けれど、美雪は正直それどころではなかった。

 あれで上出来だとしたら、自分も少しは自信を持ってもいいのかもしれない、と、考えたりしてしまうのだ。

 でも、やっぱり杉浦というのは変わった人なのだなぁ、と改めて思った。

 業界関係者には変わり者が多いという噂話は聞いたことはあったけど、それは、実は全くのでたらめではないのかもしれない。

 それが嘘か本当なのかは、実は、美雪にはどうでもいいことだった。それでも、杉浦が変わっていることは間違いのない事実なのだ。

「あの、恵梨さん?」

「ん?」

「杉浦さんって、音楽プロデューサーをやっているって聞いたんですけど、どういうきっかけがあってそっちの仕事を始めたんですか? そういうの、私、まだ聞いてなくて」

「それは……」

 と、恵梨は困ったように視線をさまよわせ、曖昧な笑みを浮かべる。

 そんな反応を見てしまえば、自分が少しばかりまずいことを聞いたことくらいは察することができる。それくらいわからないほど、美雪も鈍くはなかった。

 とは言え、杉浦に関して、何がタブーなのか未だによくわからない。

 とりあえず、慎のことには触れない方がいいのかもしれないということくらいは、美雪にもわかる。だが、それ以外のことに関しては、うっかりすると地雷を踏みそうだった。

「それはさ、晃に直接聞いた方がいいと思うよ。差し支えない範囲でなら、教えてくれるだろうし」

 それは、どういう意味なのだろう。

 聞いてもいいのか、それとも聞かない方がいいのか、どっちかはっきりしない。

 とりあえずは、このままで行くしかないのだろう。今まで通り、深く追求することなく、当たり障りのない会話だけをしていればいいだけの話だ。

 だが、本当にそれでいいのだろうか。

 不安になってしまうのは、否めない。

それに、美雪が完全に杉浦のペースに振り回されていることだけは、確かなのだ。

「なぁんか、前途多難かも……」

 思わずそうつぶやいたら、それはしっかりと恵梨の耳に届いていたらしく、美雪はかなり大笑いをされた。

 それでも、その通りだと思うのは本当だ。

 杉浦と付き合うと決めたはいいけれど、早まったのではないかと思ってしまうのだ。

 そういえば、恵梨にとって杉浦はどういう存在なのだろう。友だちだとは言っていたけど、店長ともそれなりに親しいみたいだから、何だか謎なのだ。

 恵梨は、『私が一番大切にしていた人の、一番大切な友だちだった』と言っていた。だったら、恵梨の父である店長と接点があるのもうなずける。だが、何となく、友人の父親というだけの関係では、なさそうな気もするのだけれど。

 まだまだ、美雪にはわからないことが多すぎる、杉浦晃という存在。

 それでも、彼の一番に、なれたらいいと思った。それだけは、美雪の本当の気持ちだった。


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