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 とは、言っても。

 杉浦と美雪は、毎日、会っているわけではない。

 美雪は学校があるし、彼にも仕事がある。

 結局、彼の仕事が何なのかを聞きそびれてしまったけれど、話を聞いている限りでは、結構忙しいらしい。

 美雪から彼の携帯にかけてみても、圏外だったりすることも多い。そういう時は、少しだけ寂しいような複雑な気持ちになる。

 けれど。

 それは、その前に感じていたもやもやした気持ちとは、全然違う。

 これって、『恋人の余裕』とかいうものなのかも、しれない。なんて、馬鹿なことを考えながら、美雪は帰ろうとして校門へ向かおうとした。

 そして、昇降口から見えた風景に、美雪は自分の目を疑ってしまった。

 校門の、真正面。

 たぶん、自分が乗って来たのだろう車に寄りかかって、見るからに暇そうに突っ立っているのは、改めて確認するまでもなく杉浦だった。

 初めて会った時のような服装ではなかったけれど、黒のスーツに深い青のシャツ、クリーム色のネクタイ、そしてサングラスという格好は、普通の高校の前に立っているにしてはそぐわないものに違いなかった。そのうえ、停めてある車は赤いスポーツタイプだったりして。

 彼にはとても似合ってはいるけど、めちゃくちゃ目立つ。

 しかも、髪は見事な栗色なのだ。

 一体どこの誰? とでも言いたげな様子で、下校して行く学生たちがちらちらと見て行く。

 これが全然知らない人だったら、美雪もじろじろと見てしまったかもしれない。

 だけど、あの人が自分の恋人だったりするんだよなぁ、と、思ってしまって。

 それでも、美雪は、こそこそと裏門から帰ろうと方向を変える。 

 何となく、知り合いだと思われたくなかった。気恥ずかしくてたまらなかったのだ。

 だが、裏門の方向に行く前に杉浦が美雪を見つけてしまったので、それはあえなく失敗した。

 彼は、美雪を見つけるなり、やたらと嬉しそうに手を振った。

「やっほー!」

 ……何か、違う。

 そう思ってしまったのは、美雪のせいではないだろう。

 そのかっちりとした格好には不似合いすぎるほどの、ハイ・テンションな声。

 どこか人とずれているようにしか思えない杉浦は、やっぱり不思議な人だというのは間違っていないと思う。

 そもそも、杉浦は自分の外見をどう思っているのだろう。

 落ち着いて客観的に見てみると、杉浦はかっこいいと思う美雪である。

 最初に会った時にも思ったことだったが、彼は、男性としてはかなり綺麗な顔立ちをしているのだ。

 だが、やっていることはその外見とは全然合っていない。どうにもちぐはぐな感じがして戸惑ってしまうのは、美雪だけではないはずだ。

 記憶している限り、彼が着ているのはスーツっぽい服装が多い。今日にしても、見た目はシックな感じの服なのだから、もう少し違った声のかけ方でもいいと思う。人を見つけるなり、ぶんぶんと両手を振って「やっほー!」だなんて、高校生でもあまりやらないような気がする。

 と言うか、呼ばれるこちらが恥ずかしくてたまらない。

 それでも、そんな行動が彼らしいと言えば、そうなのかもしれないけど。

「す、杉浦さん」

 気恥ずかしさをこらえて美雪が駆け寄ると、杉浦は寄りかかっていた車から身体を起こした。

「やっ」

 にっこり笑って、彼は車のドアを開ける。

「乗って」

 そう言って、エスコートするようにそこを示した。

 車の種類に疎い美雪にはわからない代物だったが、何だか、すごく高そうな車だった。助手席が自分の家の車と逆だ、というだけでものすごい高級な感じがしてしまうのだ。

 緊張して座っていると、小走りで運転席に回り込んで来た杉浦が、ドアを開けて運転席に乗り込んできた。

 慣れた感じでエンジンをかけ、車は滑り出す。

 今までとはちょっと違う杉浦に、また、美雪はどきどきして来てしまう。

 彼は、こういう車に乗るのか、と、新たな発見が嬉しかった。

 意外なような、似合っているような、不思議な気持ちだ。美雪は思わず車内をきょろきょろ見回して、小さな密室の中の杉浦の趣味を観察する。

「今日、バイトないよね?」

 ハンドルを握って、前を見たままで杉浦は言った。

「ないです。今日は定休日だから」

「……実を言うと、計算済み。バイトがあるのに美雪ちゃんを遊びに連れて行ったりしたら、俺が恵梨に殺されてしまうです。それで、どこに行こうか?」

「どこって言われても……。急だからすぐには思いつけないです」

「んー、じゃあ、台場の方にでも行ってみる? ほら、この前の慎のアルバムのジャケット撮影していた所とか。美雪ちゃん、あいつのファンでしょ?」

「ファンですけど……」

「けど?」

「いえ、別に。どこでもいいですよ。適当に連れて行って下さい」

 何となく誤魔化してしまったのには、理由があった。

 慎のことには、触れないほうがいいような気がしたのだ。

 だが、杉浦は美雪が誤魔化した方が気になったらしく、拗ねたように口を尖らせた。

「何だよー。一度言いかけたことを途中でやめるなよ。消化不良を起こすだろ」

 何だそれは、と思ったけれど、美雪は何も言わなかった。

 言う必要はないと思ったからだし、杉浦もそれ以上は聞いて来なかったからだ。

 慎とのことが気にならないと言えば、嘘になる。

 杉浦と慎との間に何があったのか、どういう関係なのか、それを知りたいと思う。けれど、いつか、杉浦の方が話してくれる時が来たら、それでいい。そんな気もしていた。

 今は、自分と杉浦との距離を縮めることの方が、大事だと思うから。

「あ、後ろの座席に箱があるでしょ。その中にCDが入っているから、好きなのかけていいよ」

 杉浦がそう言うので後ろを振り返ると、確かに箱が放り出してあった。それを取って蓋を開けると、中にはいろんなCDがごちゃごちゃになって入っていた。

 よく言えばバラエティーに富んでいるけれど、悪く言えば統一性のない取り合わせ。今、流行のアイドル・ポップスから、美雪は名前すらほとんど聞いたことのないような海外のアーティストまで、たくさんのものが詰め込まれている。

 その中に慎のアルバムを見つけてしまって、美雪は一瞬どきっとした。デビュー・アルバムの『LEGEND』から、発売されたばかりの一番新しい『FANTASTIC REVOLUTION』まで、そこには全てのCDが揃えられていた。

 それを見て、美雪は余計にわからなくなった。

 杉浦は、慎のことをどう思っているのだろう。ライブ会場で彼を見かけた時から、ずっと頭の片隅にあった疑問。それは、また少し大きくなったような気がした。

 杉浦は、慎のことが嫌いなのだろうか。それとも、好きなのだろうか。

 律儀に買い揃えられているそのCDは、その状態から言ってかなり聴き込んであるように見える。普通は、嫌いなアーティストの曲を聴き込んだりはしないはずだ。

 杉浦は、慎のファンなのだろうか。そう、ちらりと考える。

 けれど、そういう言葉で片付けるには、ムードは最悪だったと思う。そして、そんな簡単な言葉では言い表せないような気も、しないでもなかった。

 彼らがどういう関係にあるのか、聞けるものなら聞きたい。

 今は聞かないほうがいいような、そんな気がするけれど。

 そんなふうにいろいろと考えて、結局、ここで慎のアルバムを聴くのはやめることにした。別に、家に帰れば好きなだけ聴けるのだし、そんなことはどうでもいいことだった。

 たくさんのCDを睨んで散々考えた挙句、美雪が選んだのは、流行りのアイドルだった。

 杉浦のイメージから考えると、どうしてもこういう曲を聴くような人には思えない。けれど、これも全部揃えられていたからだった。

 不思議な趣味だなぁ、などと思いながら美雪が選んだ曲が流れ出す。その音に驚いたのか、杉浦はちらっと美雪を見た。

「……慎じゃ、ないんだ」

 すぐに前に視線を戻して、杉浦は意外そうにつぶやいた。けれど、美雪が思っていた以上に、その表情はほっとしているように見える。

 美雪は、自分の選択が間違っていなかったことを確認して安心した。

「だって、慎のはうちにもあるし。それより、違うものを聴きたいなって」

「そう? 美雪ちゃんは、最近の流行りものは何でも聴くタイプ?」

「ううん、別に、そういうわけじゃないけど。まあ、聴いてみて良ければって感じ。これはね、この前TVで見ていいかなって思ったから」 

 美雪が選んだのは、いわゆるアイドルと言われている二人組のアルバムだ。

 この前、珍しく慎が出ていた音楽番組に一緒に出ていて、それで、初めて知った。アイドルなんて、と思っていたけれど、曲の感じが好きだな、と、その時に思ったのだ。

 何となくだけれど、聴いていると元気になれそうな気がしたからだった。



  ♪ほら ここにおいでよ 一緒に踊ろう

   二人でならきっと乗り越えられる

   だからいつも笑顔を見せて



「……人生ってのはなぁ、いつでも笑っていられる時ばっかじゃないんだよ、お子さまめ」

 歌詞に対して、ぶつぶつと杉浦は悪態をつく。

 ひょっとして、一人でドライブをしている時もこの調子なのだろうか。だとしたら、かなり危ない人に見えるかもしれない。

 そういえば、と美雪は思い出した。

 まだ、杉浦がどんな仕事をしているのか聞いていなかった。今日こそは聞かなくては、と、気を取り直す。別に、聞いておかしなことでもないはずだし、聞かれて困るようなものでもないと、思うから。

「あの、杉浦さん?」

 運転の邪魔にならないよう、こそっと声をかける。

「え?」

「ひとつ、聞いていいですか?」

「何? 答えられることなら答えるよ」

「杉浦さんって、何の仕事をしているんですか?」

 美雪の問いかけに、杉浦は一瞬押し黙った。そして、気まずそうに美雪を窺い見る。

「……俺、言ってなかったっけ?」

「聞いてないですよ。恵梨さんは、何だかよくわかんないことを言ってたし」

「……えーと、ねぇ」

 杉浦は戸惑ったように首を傾げて、沈黙した。

 まずいことを聞いてしまったのだろうか、と思っていると。

「KOU-Fって、知ってる? まあ、いわゆる音楽プロデューサーってやつなんだけどさ。その、今、流れてるアイドルのプロデュースがメインで、他にも何人か面倒を見ていたりするんだけど、それが、俺の仕事」

 美雪は一瞬意味がわからなくて首を傾げ、それから、はたと気づく。

 KOU-Fというのは、最近、よく聞く名前だ。Fはファクトリーの略で、アイドルを中心に楽曲などのプロデュースをしているはずだ。本人が表に出て来ることはないけれど、最近のヒット・チャートの中には当たり前のように出て来る名前なのだ。

 それって、もしかしなくて、もしかしなくても有名人ではなかろうか。

 どういうわけか、場違いにも思えるアイドルのCDがここにある理由というのは、そういうことだったのだと納得する。自分が関わった相手のCDだと言うのなら、全部持っていても当たり前だろう。

「杉浦さんって、有名人だったんですね……」

 何だか、自分の方が場違いのような気がして、美雪は居た堪れないような気持ちになる。

 そんなふうに思いながらつぶやくと、杉浦はくすくすと笑った。

「美雪ちゃんが思っているほど、大袈裟なことじゃないよ。ただ単に、曲を作って歌詞を書いているだけだしね。俺が表舞台に出て行くわけじゃない」

「でも、KOU-Fって、すっごい名前聞きますよ! 若手の敏腕プロデューサー、とかって言われているじゃないですか。雑誌で見ましたもん。このグループが、デビュー曲からいきなり売れたのだって、プロデューサーの売り方がうまいからって書いてあっ……」

 そう言いかけて、美雪はそこで言葉を止めた。

 杉浦の表情が、ほんの一瞬の間に強張っていたからだ。

 驚いた。それしか、言えなかった。

 自分の言った何が悪かったのか、すぐには考えることができなかった。

 消えてしまった笑顔の裏に何が隠されているのか、美雪にわかるはずもなかった。ただ、その時に気づいたのは、その仕事に対して思う何かが彼の中にあるということ。

 でも、その意味を、隠されている彼の気持ちを美雪が知るのは、まだ先のことだった。

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