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世界が終わるまあまあ前

 朝は今日もやってきた。

 こうしていつも通り朝を迎えると、まさかあと一週間ちょっとで世界が終わるなんて思えない。やはりあんなメッセージは悪戯だったような気がしてくる。


「……さあね」


 僕は適当に呟き我を取り戻すと、支度を済ませた。

 学校は今日で終わりだ。僕個人はもちろん、世界に何があっても月日というのはかわらず流れていき、日常と言うものも同時に続いていくようだ。

 僕は普段通り、コートを着込みマフラーを巻いて学校に向かう。風に舞い上がる落ち葉がいくつか僕とすれ違っていった。

 僕はT字路に辿り着くと足を休めた。昨日、芹沢さんと笑顔で別れたこの場所。悲しい笑顔と、壊れた笑顔。

 僕は今になっても、あのとき自分が何を思ったのか解らない。解らない以上後悔もなにもしない。

 僕はコンクリート壁に寄り掛かった。黒い車が僕の前を通り過ぎて走り去る。

 と、芹沢さんが向こうに見えた。僕は壁から背を離す。彼女は僕の傍らに辿り着くと寒さにかじんだ口を開く。


「あ……、お、おはよ」

「お早よう」


 僕は短く返した。僕にとっても意外なほどに弾んだ声が出た。芹沢さんは僕の声色に安堵の様子を見せたので、僕は結果オーライだと思うことにした。

 だが、和やかなのも始めの挨拶だけだった。歩く間は無言に陥る。芹沢さんは口を開きかけては何も音を発さずに閉じるを繰り返す。そのたびに辛そうな顔をするのはたまらない。止めてほしい。

 僕は現状から逃げるために口を開いた。打開ではなく、逃避。


「今日で学校は終わりだね。明日からようやく冬休みだ」

「そうだね」


 思ったより普通な調子で切り出せた僕に、芹沢さんも普通に返した。

 信号を無視して横断歩道を渡る。車両がないのは確認済みだ。そしてここを渡ってしまえば学校へは道を真っすぐ行くだけ。


「休み中、暇だなあ。一週間以上寝て過ごすのは勿体ない気がするよ」

「……そうだね。私も特に予定ないな」


 僕の言葉に芹沢さんは一瞬だけ言葉に詰まり、しかし普通に返してくる。

 僕は普通に続けた。


「今日は寒いね。また体育館で校長の話かな。まあ、うちの学校は漫画みたいに校長の話長くないけど」


 芹沢さんも普通に返した。


「カイロ持ってきてよかった。体育館は寒いもんね」

「ああ、カイロ忘れた。やだなあ」


 僕達は普通に取り留めもないことを話して教室に着いた。親友にて腐れ縁の彼が話ながら入ってきた僕達を注目している。芹沢さんと教室の中頃で別れたところを見計らって声を掛けてきた。


「お早よう。なんだ何かあったな? 芹沢と同伴登校なんて。あ、遂にコクったのか?」

「違うよ。コクったりなんかしてない」


 僕はぶっきらぼうに言った。僕の言葉に彼は一瞬口ごもり、なにか言おうと口を開いた。

 チャイムが鳴った。

 もとが生真面目な彼は躊躇ったあとついと顔を逸らし、僕に一言だけ告げて席に戻った。


「あんま芹沢にひどい事すんなよ」


 どういう事だ、と問いたかったが彼はとうに席に着いたあとだった。僕は肩を竦めて席に座る。それと同時に先生が入ってきた。

 軽く終業式の説明をして、世界の終末を告げたメッセージのことを交えて話を少しした。そして廊下に整列させると体育館に向かう。列になって入った体育館はやはりとても寒かった。

 校長が体育館の舞台に立ち、話をする。それは三分ほどで終わった。次々と先生が舞台に上がり、休み中の生活などの話をした。宿題はないらしいが、誰も露骨に喜びはしなかった。


 式は一時間ほどで終わり学年クラス順に退場していく。僕達のクラスが去った跡に、誰かのカイロが忘れられていた。

 教室に戻った僕達は次に掃除を行った。これも三十分ほどで終わり、最後に成績表が返される。僕は可も不可もなく平凡な成績だった。

 そしてホームルームが終わり解散が許可された。にもかかわらず僕達のクラスは教室に残っていた。


「イヴの日にみんなで遊園地行こうぜ!」


 ということの子細を話し合っていたのだ。話し合うといっても、みんなの都合がいい時間帯を選び行きやすい遊園地のアンケートを取り、その結果を通告するだけだった。

 イヴの日なんてカップル勢が大量に辞退するかと思ったが、昼はクラスのみんなと遊び、夜は恋人だけで過ごすという話らしい。解散が早めになっただけで多くのカップルが乗り気だった。

 話し合いも終わり、クラスも解散した。僕は恋人のもとに向かおうとする彼を捕まえてようやく問う事が出来た。


「今朝の、どういうことだよ」

「あ? ……ああ。まんま、だよ。芹沢を傷つけんなって事。悪い、彼女に待ってもらってんだ。またな」

「あ、あ……。じゃあまた」


 彼の答えはよく解らないが、そのままつい別れを告げてしまった。去っていく彼の背に、僕は声に出さず疑問を投げた。

 僕が芹沢さんを傷つけると思ったのは、何故?


「橋本くん?」


 それが僕を呼ぶ声だと認識するのに半秒を要した。僕は慌てて背後に居た芹沢さんに返事をする。


「あ、何?」

「えっと、一緒に帰らない?」

「ああ、うん。帰ろっか」


 僕は自分の席に戻りカバンを取って、教室の出入り口で待ってくれた芹沢さんとともに帰った。

 帰り道は話をすることが出来た。……なんの話をしていたかは、思い出せないけれど。

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