世界の終わるそこそこ前〈下〉
僕は沈黙する。言葉が見つからない。芹沢さんも黙ってしまった。
僕達は既に別れ道のT字路に辿り着いていたが、芹沢さんが話し続けていたので正面のコンクリート壁に二人して背を預けていたのだ。背にしたコンクリートが冷たいことに僕はやっと気が付いた。
「……ぁ、……」
僕は何か言おうと声を出すが、言葉は出ず声は続かない。数俊のあと結局口を閉じてしまった。閉じた口というのはとても重い。
倉橋がそんなロクデナシだったんて知らなかったし、芹沢さんへの仕打ちに対する憤りは確かにある。だが言葉にならない。僕はただ芹沢さんが男性不信だったために浮いた噂が立たなかったのか、と妙に納得していた。
我ながら情けないと思うが、その思考さえもどこか他人事のように虚ろだ。僕は彼女の話に大した感想さえ抱いていなかった。
要は、僕は衝撃を受けているのだ。失語症という程ではないに決まっているが今の僕はどんな言葉も浮かばない。
それでも、今芹沢さんがこんな話をした理由、それだけはうっすらと分かっていた。
車が風切る音とともに僕達の目の前を横切った。赤い車だった。
「だからさ、私が今こんな話をしたのはね、その」
芹沢さんが躊躇いがちに口を開いた。聞いてて気持ちいい綺麗な声使いで彼女の意志を乗せたどこか迷いを含む旋律が紡がれる。
僕はそれをなにか音楽でも聞くような心持ちで聞いていた。
「橋本くんが私に対して純真な好意を持ってくれたのは凄く嬉しいし、私にはある意味衝撃的だった。倉橋の言葉、まだ尾を引いてたのかな」
そう言って、ハハ、と羽が風に流れるような儚く脆い笑みを浮かべる。
「橋本くんなら倉橋みたいなヒドイ事は絶対しないって確信できるし、事実いい人だし。それに一緒に居て気が楽っていうか、素で居られる? うん、安心できるんだよね」
ひょっとしたら凄まじく栄誉なことを言われているのではということに気付くが、今の僕にはなんの感慨も起きなかった。今日まで彼女のことを見ていたから解る、狂信的なまでの確信があるせいかもしれない。
僕は耳を傾けていた。
彼女はそれを口にした。
「でも、その……ゴメン。橋本くんとは、付き合えない。私はやっぱり、まだ駄目だから」
風が吹いた。道の枯葉を転がしながら過ぎていくそれは芹沢さんの髪を撫でていき、揺らす。
僕は小さく頷いた。言葉はない。芹沢さんが僕の首肯を見ていたかどうかは解らないが、この状況で僕が言うことなどないから反応なんて始めから無くて良かったのかもしれない。
芹沢さんは深くこうべを垂れる。彼女の口から紡がれる旋律は続いた。
「でも、その……すごく残酷なのかもしれないけど、橋本くんとはまだ友達をやってたいんだ」
ダメかな、という躊躇いがちな音色で彼女の旋律は終わった。今度は僕が返さなければならない番だ。言葉は浮かばないかと思ったが、意外にも口からは言葉が出ていた。
「それは確かに残酷だね。要するに『よいお友達で居ましょう』っていう、こっちの気持ちまで無かった事にして現状維持にするフォローの言葉だよね?」
僕は自分の言葉を面白いと思っていた。自分の気持ちと状況判断の思考がズレている。僕は自分がなにを思ってこんなことを言っているのか分かっていない。
けれど、彼女は僕の言葉に答えを返した。
「う、まあそうなのかも……」
僕はまた、彼女に言葉を返した。
「そうだと思うよ。まあ、別にいいよ。僕は分別のある人間だと自負してるし、うん、これからもヨロシクね」
「あ、うん。ありがとう」
そして目の前の、決して僕の手が届かないと知らされた少女はどこか悲しげに笑った。僕を振ったことを気に病んでるのかもしれない。僕は彼女を卑怯だ、と思った。
告白もしてないのに振られた人間を気遣うなんて卑怯だ、と。
絶対に届かない場所に立って、そんな絵画的なほどに悲しくて綺麗な笑顔を見せるなんて卑怯だ、と。
僕は去っていく彼女を見送った。彼女へ向けて軽く手も振った。
僕は、たぶん笑顔だったと、思う。




