世界が終わる少し前〈上〉
光陰矢の如しとはこのことを言うのだろう、と電車に揺られながらふと思う。
終業式から瞬く間に数日が過ぎ、今日はクリスマス・イブだ。クラスで集まって遊園地でワイワイやろうぜと言うやや無謀な計画の日。僕がこうして電車に揺られているのも、詰まる所そういう理由である。
さしものイブと言えど午前中から人が多いわけでもないだろうと軽んじていたが、甘かった。ちょっと辺りに目を走らせれば夜な夜な睦言を語らってそうなカップルがそこかしこに居る。傍らの人影が呆れたように言った。
「人が多いな。それぞれが熱いから町中も電車もサウナなんじゃないか? ホワイトクリスマスは望めそうにないな」
僕は溜め息吐き吐きくっだらないコトを言った腐れ縁の彼に言葉を返す。
「黙ってなよ。男同士で語ってても虚しいだけだ」
恋人持ちの彼は当然このクラス会に恋人を招いている。だが不思議な事に、彼は恋人とは現地集合としてこの僕と遊園地に向かうことを是としたのだ。断る理由が『何考えてんだか解らない』と『気色悪い』しかなく、論理の力不足によって僕は彼と遊園地に向かうことを余儀なくされた。
彼はそんな僕を横目で見ると嘆息し、話し始める。
「そうだな、早いトコ橋本なんかと一緒にきた理由を話すとしますか。朝っぱらから辛気臭い話するが、必要なことだから文句言うなよ」
なんだそれは、と僕は彼を横目で見る。彼は窓の外を眺めながら呟くように言った。
「俺さ、芹沢を傷つけんなって言っただろ? どうしてか解るか?」
「知ったことか。そもそも芹沢さんを傷つけるなんて濡れ衣だ、僕はそんなことしない。絶対に」
その話か、と思いつつ僕は彼同様に窓を見た。ビルが高速で流れていく。
彼は僕の答えに頷いてみせ、続けた。
「お前は少なくとも悪いヤツじゃないからな、故意にそんな事はすまいよ。けどもお前、精神的に柔なトコロがあるからな」
彼は窺うように僕を見た。僕は無言で続きを促す。電車がゆっくりと減速し、停車した。僕らの下車駅はまだ先だ。
彼はちゃっかり空いた席に座り、続きを話す。
「芹沢のようすに気付けてないのはよっぽどだな。お前、彼女がどんな気持ちで橋本をフったと思う?」
僕はなお無言。だが先程と違い、回答を持ち合わせていないが故の無言だ。
彼は初めから答えを期待していなかったかのように続ける。
「だのにお前、本当に何事もなかったように『普通に』芹沢と接してるだろ。それが逆に芹沢を追い詰めてるんだ。その証拠に」
ほれ、と言いながら僕を顎で示した。
「お前を誘ってないだろ。実はお前が誘ってて断られてたとかは知らんが、現に今一緒に居ないな。そいつが証拠だ」
僕は彼をねめつけ、低い声で問いならぬ問いを発した。
「ずいぶん詳しいな。芹沢さんが言った台詞までそっくり把握してるって感じの話だぞ今の」
「あ、言ってなかったか? 俺の彼女って、芹沢の親友なんだぜ」
初耳だ。なんだその都合のいい裏設定。そして自分の言った内容をそのまま友達に横流しするって何がしたいんだ芹沢さん。
「そう胡散臭そうな顔すんなって。芹沢だって自分の行動が良かったのかを誰かに相談したかったから話したんだろ、きっと」
「……さあ、どうかね」
僕は適当に返しつつ、誰か座るだろうと気を使って座らなかったが結局誰も来ない空き席に腰掛けた。
そして適当に目線を動かし吊り広告を見るでもなく見回す。彼はそれを咎めもせず自分の話を続けた。
「ともかく。芹沢はお前を気に入ってな、フったとはいえ親友くらいには思ってる。つまり俺の彼女と同じ椅子だな。憎いなおい」
「話が脱線してるぞ」
僕はやれやれと突っ込んだ。彼はおっと危ねえなどとほざき、話を続ける。
「芹沢の親友勢はみんな恋人との同伴集合だから、本来お前を誘わないはずがないんだ。それなのに誘われない。今のお前はそれくらい嫌われてる。嫌われてるっつうか、引け目を感じさせてるとでも言おうか」
詳細はともかく芹沢さんが僕を避けてるってコト自体はとうに知ってる。僕はぶっきらぼうに言った。
「要するに何が言いたい。お前は僕に芹沢さんがいかほどに僕を疎んじているかを改めて言うために僕とここに居るのか?」
だとしたらさすがに怒るぞ、と思う僕に彼は苦笑を返した。
「まさか。そんな馬鹿馬鹿しい事をするために彼女との貴重な時間を割くかよ」
確かにそうだ、と何故かそこで納得した僕に彼は、いいかよく聞けよ、と前置きして言った。
「今はひどく嫌われてるが本質的には芹沢はお前に好意を抱いてる。つまりお前の行動態度如何で芹沢の好感度バロメータが変動するんだ」
恋愛ゲームみたいに言いやがった彼を横目で睨みつつ僕は嘆息した。要点を確認する。
「芹沢さんに親切にしろってことか。別にそんなこと言われずとも」
言い掛けた僕を簡単な肯定とともにさえぎった。
「まあそうだが、少し解釈が間違ってる。いいか? よく聞け、これこそ耳の穴をかっぽじってようく聞けよ? この講釈のメインどころはズバリここに集約されてるんだからな」
「はよ言え」
僕は急かす。彼は聞いていなかったかのように反応を見せず、だが従った。
「まだ芹沢にはコクってない状態だ。だからこそ、まだ望みはある。さり気なさを以てアピールを続けて、ガツンといけばきっと落とせる。いいか、つまりだ」
男ならいつまでもウジウジせずに、根性見せて告白くらいキチンとしとけ。
彼が言いたいことは、そういう事だった。
回り道にも程があろうというくらいにクドクドと大回りをして、それで本題はたったそれだけ。バカらしくて思わず笑ってしまうが彼のそんな説明下手さ加減が逆にその言葉を僕の脳裏に染み入らせた。彼の恋人がそこまで計算して彼を寄越したのだとすれば、ちょっと凄い。
でも、おかげで僕はこう思うのだ。
「これで世界が終わるとしたら、最後になるとしたならば、告白すら出来ずに終わってしまうのは絶対に後悔するだろうね」
終わらないなら、玉砕したなりに失恋の悲しみを噛み締めよう。自棄酒でもやってみようじゃないか。
僕がそう言ったら、彼は安心したように目を細めて、
「自棄酒って、バッカ、犯罪は止めろよ」
そう言うのだった。
そして電車は幾度目かの減速、停車する。ここが僕らの下車駅だ。
降り立った駅舎の上に広がるのは、うそ寒いくらい突き抜けた冬晴れの空。




