世界が終わる少し前<下>
その後バスを経由して遊園地に着くと、彼はフラフラと恋人を探して居なくなってしまった。辺りには見知った顔が集まっており、結構な人集りを形成しているので僕はあまり動かないことにした。
クラス会とはいえ、みんなそれぞれの恋人を招いているので単純に二倍近くまで参加人数が膨れ上がる。
当初、みんなで固まってアトラクションを楽しもうという案があった。幼稚園の遠足じゃないんだからそんなことまでしなくてもいいだろうと僕は思ったが、あのメッセージがある今、クラスの思い出としてみんなで行動という案が通りかけたものだった。
しかしこの人数では却って邪魔になろう。結局否決されて良かったと思う。
「お早よ」
と、立ち尽くす僕に声が掛けられた。振り返って見ると、芹沢さんが片手を小さく挙げて立っていた。オレンジのダッフルコートに白のマフラーと手袋がとても似合っている。見とれるのもそこそこに僕は挨拶を返した。
「お、お早よう」
ヤバい、どもった。
くそう、改めて告白しようなんて思い立ったから変に意識してきちゃって、緊張してきたらしい。
「人多いね。私の友達なんてみんな恋人居るから、取り残されちゃったよ」
「そ、そうなんだ」
ダメだ、頭がなんかピンク色に染まってうまい返しが思いつかない。せめて真っ白になってくれよ僕の頭ん中。
芹沢さんは僕の挙動不審ぶりをようやく不審に思ったらしく訝しげに訊ねてきた。
「どうかした? なんか変だよ。風邪でも引いた?」
「いや別に特に異常はありませんが」
ウワー! 何敬語になってんだ僕?!
いよいよダメだ、芹沢さんの心配そうな顔がキュート過ぎて思考が毒されてきた。しばらく頭が硬直してたリバウンドが今ここに!
と、周囲の人波が方向性を持った。芹沢さんの視線がそちらに向けられ、ホッとしたのも束の間。
「あ、開いたみたいだよ。行こう、橋本くん」
「うん」
返事が短すぎたかな、と心配になる僕をよそに芹沢さんは楽しそうな足取りで遊園地へとずんずん歩いていく。それを見て僕は思わず微笑んだ。
芹沢さんも楽しみなんだな、遊園地が。
一旦園内の邪魔にならなさそうなトコロにみんなを集めて、適当に注意事項等を述べたあと一応は自由行動で解散ということになった。だが一同はなかなか散開せず結局いくつかのグループに分かれモタモタとみんなでアトラクションを楽しもうという雰囲気になっていた。いつのまにか。
かくいう僕も芹沢さんもグループの一員となってプラプラと楽しんだ。幸い僕達のグループには過激なアトラクションが苦手という人が集まっており、穏やかで堅実なアトラクションを回った。
ちなみに、腐れ縁の彼のグループは逆に過激なアトラクションが大好きなグループだったらしく、絶叫マシン類のなかでも一際コワいアトラクションをハシゴしているらしい。彼からそんな悲鳴じみたメールが来て、子供向けアトラクションに乗りながら芹沢さん共々笑わせてもらった。
そして密かに僕はそのグループでなかったことに深く安堵するのだった。
「あ、ゴーカート」
最初にそれを言ったのは誰だったか。
やがてみんなでゾロゾロとゴーカートに乗ろうと列を形成した。これは遊園地を丸一周する長距離を走れるゴーカートらしく、思ったより人気で同時に時間も掛かった。僕達の番が回ってくるまでに三十分強かかったのだ。もう乗り終え、グループみんなの終了を待つ人々と他のグループが合流を果たすほどだった。
そして待ちかねた僕達の番がやってきた。やかましいエンジン音を立てるそれは二人乗りで、傍らに居るのは芹沢さんで……、などと僕が考えているうちに芹沢さんが僕に言った。
「私運転しなくていいよ。きっと壁にぶつけまくっちゃうし」
「そうかな、じゃあ僕が」
僕がどうするの?
僕は状況をまだ飲み込めていなかった。しかし芹沢さんは頷いてナチュラルに助手席に乗り込み、コチラを見上げる。
……どうやら先程の状況が解らないなりに放ったテキトーな発言のおかげとは言わないが、僕が運転することになったらしい。
まあ、結果オーライか! と僕は自分にイイワケして運転席に乗り込んだ。右がアクセルだよな。
「橋本くん運転大丈夫?」
芹沢さんが笑いを含んだ調子で訊ねてきた。この際別に僕が運転下手でもよさそうだったが、あいにくとこう見えて僕は、
「こう見えて僕は結構運転うまいつもりだよ」
芹沢さんがへぇー、と返事してるのを聞きつつ僕は母親が教習所で習ったといい、日々念仏のように唱えていたことを確認する。
右よし、左よし、上(信号)よし、下(ペダル、サイドブレーキ、メーター類、ギアなど)よし! もう一度左右確認、よし!
と、見回してみるけれどゴーカートにはそんなチェックするような箇所なんてアクセルペダルがどっちかくらいのもんである。無意味なことをしたことに気付き僕は沈黙した。
係員が『どうぞ』と言うのを耳の片隅に覚えつつ僕はアクセルペダルをゆっくりと踏み込んだ。カートはスルスルと滑るように加速していく。
「うーん……。確かに凄く運転上手いんだけど、なんか地味だねぇ」
芹沢さんが笑いながらぼやいた。僕は唸る。確かに他の人なんかはいきなりアクセル全開にしてドカンとばかりに蹴り飛ばされたようなスタートだったから、スマート過ぎる通常の安全運転は面白みに欠けるかもしれない。
「ところで、今ってアクセル全開?」
芹沢さんが風に髪をなびかせながら訊いてきた。僕は踏み込み具合を確認し、素で返す。
「いや、多分七分くらいじゃないかな」
「ブッ」
突然芹沢さんが吹き出した。かと思えば急に体ごとコチラを向いて平手でばしばし叩いてくる。
「なんでよ!? フツー全開でしょゴーカートなんだから!」
「うわっ、ちょ! 危な、狂う狂う手元が狂う!」
フラフラと蛇行したカートはとうとうガガガガッ、と壁にバンパーを擦り付け激しく車体を振動させ、大幅に減速した。原因を作った芹沢さんが思い切り悲鳴を上げる。
僕は一旦アクセルを放してブレーキを踏み、カートを停止させる。左右の林が風に揺られザワザワと鳴った。僕はやつれた声で問い掛ける。
「……最高速度で、いいんだね?」
「うん、そのほうが楽しそうじゃん」
了解、と返して僕はハンドルを切った。
「きゃはーっ! 酔う酔う酔う! かっ飛ばせー!」
今度はアクセルを限界まで踏み込んで走行している。カーブのときにスピードを緩めなくても大丈夫な程度の速度しか出せないのだがカーブの度に気を使う。低いコンクリ壁に衝突するのはもう懲りた。
芹沢さんはカーブの度に振り回されて言葉通り酔いそうだった。僕はちらちらと芹沢さんと前とに視線を動かしながら言った。
「芹沢さん、カーブは振り回される方向と逆に体を向けると酔わないよ。カーブの内側に体を傾けるふうにするといいらしい」
「へえ、……こんな感じ?」
言ってすぐにカートがカーブに差し掛かり、芹沢さんは早速履行した。訊いておいて勝手に頷き、納得する。
「確かにちょっと楽かも」
「かつてテレビが言ってたことは確かなんだなあ」
僕が調子いいことを言いながらハンドルを切る。芹沢さんは神妙に唸って、体を傾けた。と、落ち葉がヒラヒラと舞っていたかと思っていたら
「ぐはっ?」
「プッ! あはははは」
枯葉が僕の額と正面衝突した。僕は枯葉の『ぺち』という感触に驚いて思い切り仰け反ってしまう。そんな僕を芹沢さんは指差して大爆笑していた。僕はむっつりと緩めてしまったアクセルを再び踏み込む。
そんなふうに楽しくドライブを楽しんでいたが、気付けばもう終わりだった。乗降口が見えてくる。僕がアクセルを緩めて走っていると、係員のひとが寄ってきてアクセルペダルをロックした。これで僕の運転は終わり、係員が慣れた手つきで乗降口までゴーカートを運び僕達を降ろした。
「――ふぅ、助手席も案外楽しいね」
芹沢さんが伸びをして、脱力の後に僕に言った。僕は運転をたっぷり楽しんだので余韻が体に残っていることを感じながら笑って返した。
「それは良かった。僕の運転はどうだった?」
「まあまあじゃない?」
訊ねる僕に芹沢さんは笑顔を返し、酷評を下した。ちょっとへこむ。
と、にこにこと笑顔を浮かべて弾むように歩いていた彼女がふと足を止めた。僕はどうしたのかと彼女の顔を見る。彼女は驚いたように目を見開いていたかと思うと、つらそうに顔を逸らした。
僕は顔を前に向け、彼女が見たものを探す。簡単に見つかった。
クラス一美人の女子に笑いかけてる軽薄そうなハンサム男。背が高くしっかりした体躯。フリーの女子や他人客の目線を一度くらいは引き付ける美男子。
倉橋だ。
どうやら彼は別グループで回ってたらしいがゴーカートに興じているうちに合流してしまったらしい。倉橋は本来余所のクラスだが、このクラスの人と付き合っていてこのクラス会に招かれていたのだろう。
招いた人を責めるつもりはないが、やりきれない気持ちもある。
「芹沢さん、どっかで座って休もうか」
「……ん、うん」
芹沢さんは僕の提案に頷いた。僕は彼女を促しベンチへと歩いていく。誰もそれを見咎めはしなかったし、倉橋は芹沢さんに気付きもしなかった。
芹沢さんをベンチに座らせ、僕は飲み物を持ってくると言い残し立ち去った。少しくらいは、一人で居たいだろうと思ったのだ。
メリーゴーラウンドのすぐ脇にあるベンチなので、ファンシーなメロディーが流れている。場所の選択をしくじったかなと心配になるが、あまり遠くまで歩かせるのも不粋かと考えるのを止めた。自販機に五百円玉を投入し『あったか〜い』なるコーナーからテキトーに選んで押した。外より割合高いが仕方あるまい。
温かい缶を取り出すとベンチへと取って返す。芹沢さんは居なくなったりする事無く素直に座り込んでいた。俯いたその様子は少し寂しげで、知らず僕は足を速める。
僕は芹沢さんの前に立ち缶を差し出した。
「はい、温かいやつ」
「……ありがと」
芹沢さんは受け取り、缶の温かみを噛み締めるように両手で握った。僕はその傍らに付かず離れずの距離で座る。背もたれに体を預けて、空を見上げた。今朝と変わらず晴れ渡った青空である。
と、芹沢さんが消え入りそうな声でつぶやく。
「……私……ダメなの」
「え?」
僕が聞き返すと、彼女は切ないような困ったような曰く言い難い微妙な笑顔で僕に振り向いた。
「私、コーヒーダメなの。全然呑めなくて……」
「えっ!? ウソ、本当に?! うわ、ゴメン全然知らなかった!」
僕は本気で焦りまくる。モノスゴク余計な事をしてしまった。
僕の焦り様に芹沢さんは大笑いし、身をよじってお腹を抱えた。コーヒーを落としてしまい、笑いながら『缶落としちゃった』と言うものの拾う余裕はないらしい。ガクガクと震えるばかりで拾う気配がない。
落ち着いた僕が憮然として缶を拾うと、ようやく芹沢さんは笑いを収める。
「はー、笑った笑った。ふふ、それ橋本くんが飲みなよ」
「……そうするよ」
僕は缶のプルタブをこじ空け一気に呷る。自分の分ケチっておいて良かったと思う。二人分飲むほど僕の咽喉は乾いていない。
僕がまだ温かいコーヒーを飲み下したのを見届けた芹沢さんは、ある方向を指差した。僕は首を捻ってそちらのほうを見る。
「絶叫系……?」
そちらは、絶叫マシン系のアトラクションがある方向である。僕の背筋をイヤナヨカンが駆け抜けた。
芹沢さんはにっこりと笑顔を浮かべて言う。
「行こっ!」
悪魔の一声だった。生まれて初めて彼女の声を恨めしいと思った。
スキップで歩きだす彼女の背を追って、僕は複雑な気分で歩きだした。




