封印の鍵
それから数日。
ルークとリゼットは、伝説のドラゴンを目覚めさせる方法を探し続けていた。
研究室の机には、古書。
亜人領から持ち帰られた石碑の写し。
そして、ルークが書き写した古代文字が所狭しと並んでいる。
「……ここまでは合ってるはずなんだけど」
ルークは一枚の紙を持ち上げた。
竜。
眠り。
封印。
その意味までは、かなり確実になっている。
問題は、その先だった。
「この部分だけ、何度読んでも分からないな……」
封印されたドラゴンの挿絵。
そのすぐ下に、同じ文字列が何度も現れている。
さらに。
文章の横には、小さな円形の物体が描かれていた。
「これ、何だろう」
ルークは顔を近づける。
球体。
表面には複雑な模様。
中央には、何かを象徴するような印が刻まれている。
単なる装飾品にも見える。
けれど。
ドラゴンを取り囲む封印らしき模様の中にも、同じものが描かれていた。
「……重要そうだな」
ルークは別のページを開いた。
そこにもある。
さらに次のページ。
そこにも。
「何度も出てくる……」
偶然とは思えない。
ルークは、円形の物体が描かれた箇所だけを書き出していく。
すると。
そのすべての近くに、同じ古代文字が存在していることに気づいた。
「この文字……」
以前調べた資料を引き寄せる。
似た表現。
古い時代の言葉。
「鍵……?」
正確には分からない。
扉を開くための鍵というより。
何かを開放する。
あるいは。
閉じられたものを解く。
そんな意味に近いらしい。
「……封印を解くために必要なのか?」
ルークはもう一度、挿絵を見る。
封印されたドラゴン。
その近くに描かれた球体。
「リゼットさん」
呼びかける。
少し離れた場所で資料を読んでいたリゼットが顔を上げた。
「何?」
「ちょっと見てもらえますか?」
リゼットが机へ近づく。
「何か分かった?」
「多分ですけど」
ルークは古書を指差した。
「ドラゴンの封印を解くには、これが必要なんじゃないかと思います」
「これ?」
「はい」
リゼットが挿絵を見る。
その瞬間。
表情が変わった。
「……これ」
「知ってるんですか?」
リゼットは答えず。
さらに顔を近づける。
「もう少し大きく描かれてるページは?」
「あります」
ルークは別のページを開いた。
球体だけが大きく描かれた挿絵。
表面を走る模様。
中央の紋章。
リゼットはしばらくそれを見つめた。
「……似てる」
「何にです?」
「魔王城にある宝玉よ」
「宝玉?」
「ええ」
リゼットは古書を手に取る。
「昔から魔王家に伝わってる神器があるの」
「神器……」
「城の奥に祀られてるわ」
「これと同じなんですか?」
「完全に同じかは分からない。でも」
リゼットは中央の紋章を指差した。
「この模様はかなり似てる」
ルークも見比べる。
「じゃあ……」
「確かめる必要があるわね」
◇
翌日。
ルークとリゼットは、魔王城を訪れていた。
以前来た時とは違い。
今回は正面の大広間ではなく、城の奥へと進んでいく。
「……本当に僕も来てよかったんですか?」
「比較する人間がいないと意味ないでしょう」
「それはそうですけど」
ルークは周囲を見る。
通路の至るところに兵士が立っている。
以前よりも警備が厳しく感じられた。
「宝玉って、そんなに大事なものなんですか?」
「かなりね」
「何に使うんです?」
「何にも」
「……何にも?」
「少なくとも、今はね」
リゼットは歩きながら答える。
「昔から魔王家に受け継がれてきた神器。それ以上の意味は知られてないわ」
「じゃあ、使い方も?」
「分からない」
「それなのに厳重に守ってるんですか」
「魔王家の象徴だからよ」
リゼットは言う。
「代々の魔王が受け継いできたもの。王冠みたいなものだと思えばいいわ」
「なるほど……」
それなら。
簡単に持ち出せるものではない。
通路を曲がる。
そこには、それまで以上に多くの兵士が配置されていた。
さらに。
石造りの壁には複雑な術式が刻まれている。
ルークがそれを見る。
「この辺り、魔力が強いですね」
「分かる?」
「少しだけ」
「防御用の結界よ」
リゼットは壁を見る。
「外部からの侵入を防ぐもの。それと転移対策」
「転移も?」
「この辺りでは使えないわ」
ルークは思わずリゼットを見る。
「あの転移魔術でもですか?」
「無理ね」
あっさりとした答えだった。
「無理に使えば?」
「結界に弾かれるか、転移先がずれる」
「……危なそうですね」
「危ないわよ」
リゼットは足を止める。
通路の先。
巨大な扉があった。
その両脇を、武装した兵士が守っている。
「この先よ」
「宝玉が?」
「ええ」
リゼットは兵士へ近づいた。
「中を確認したいのだけれど」
兵士が姿勢を正す。
「リゼット様」
「宝玉について調べたいことがあるの」
「申し訳ありません」
兵士は頭を下げた。
「神器保管区画への立ち入りには、魔王陛下、あるいは管理責任者の許可が必要です」
「私でも?」
「はい」
「見るだけでも?」
「規則ですので」
「そう」
リゼットはそれ以上言わなかった。
「分かったわ」
踵を返す。
ルークも慌てて後を追った。
◇
「……見られませんでしたね」
城内の別室。
ルークが小さく言う。
「そうね」
「どうします?」
「調べるわ」
「何を?」
「保管記録」
リゼットはすでに別の資料を開いていた。
「直接見られなくても、宝玉の形状くらいなら記録に残ってるはずよ」
しばらくして。
古い王家の記録が運び込まれた。
歴代の魔王。
継承の儀式。
神器。
その中に。
「あった」
リゼットが一枚の古い図を机へ置いた。
ルークも古書を並べる。
「……似てますね」
大きさ。
球体の形。
表面の模様。
そして。
中央に刻まれた印。
「ほとんど同じです」
「やっぱりね」
「偶然とは考えにくいです」
「ええ」
ルークは記録を読む。
「名前は……?」
「『王玉』としか書かれてないわね」
「用途は?」
「不明」
「いつから魔王家に?」
「少なくとも、今残ってる最古の記録より前」
ルークは古書を見る。
「……これ、かなり可能性高いですよ」
「私もそう思う」
「だとしたら」
ルークは少し考える。
「これがないと、ドラゴンの封印を解けない」
「そうなるわね」
「じゃあ、借りれば……」
言いながら。
ルーク自身、無理そうだと気づいた。
リゼットもこちらを見る。
「借りられると思う?」
「……思いません」
「でしょうね」
◇
その日の夕方。
リゼットは魔王城の廊下を歩いていた。
ルークとは一度別れ。
一人で、さらに城内の情報を集めている。
「リゼット」
背後から声がした。
足を止める。
「姉様」
そこにいたのはイザベラだった。
「随分と城の奥を歩き回っているようね」
「そう?」
「神器の記録まで調べたと聞いたわ」
リゼットの表情は変わらない。
「耳が早いのね」
「何を調べているの?」
「昔の資料よ」
「見れば分かる」
イザベラはリゼットを見る。
「なぜ今になって、王家の神器を?」
「少し気になることがあっただけ」
「何が?」
「まだ確証がないの」
「なら話せない?」
「ええ」
短い沈黙。
イザベラの目が細くなる。
「……最近のお前は、妙なことばかりしているわね」
「そうかしら」
「人間の研究者を連れてきて」
リゼットは黙る。
「軍とは関係のない研究に予算を使い」
さらに。
「今度は神器?」
「全部つながってるとは限らないでしょう」
「そうね」
イザベラは静かに答える。
「だから、今は聞くだけにしておくわ」
リゼットを見る。
「ただし」
「何?」
「あまり勝手なことはしないことね」
それだけ言い残し。
イザベラは廊下の奥へ消えていった。
リゼットは、その背中をしばらく見ていた。
「……勘がいいのよね」
◇
そのまま部屋へ戻ろうとした時。
「お姉様」
今度は別の声がした。
振り返る。
廊下の窓辺に、一人の少女が立っていた。
「……ミレーユ」
魔王家の三女。
ミレーユだった。
「珍しいわね。城にいるなんて」
「たまには帰ってくるよ」
ミレーユはそう答えると。
リゼットの顔を見る。
「イザベラお姉様と、何を話してたの?」
「別に」
「ふーん」
ミレーユは少し考える。
「何かやってる?」
「何も」
「そう?」
「そうよ」
リゼットはそのまま通り過ぎようとする。
「リゼットお姉様」
「何?」
ミレーユは笑う。
「面白いことする時は、教えてね」
「……何の話?」
「何でもない」
リゼットは少しだけ眉を寄せ。
そのまま歩き去った。
後ろでは。
ミレーユが興味深そうに、その背中を眺めていた。
◇
夜。
リゼットは研究室へ戻っていた。
「どうでした?」
ルークが尋ねる。
「駄目ね」
「やっぱり?」
「宝玉は、魔王家の権威そのものみたいな扱いになってる」
「……」
「正式に持ち出すなら、父上の許可が必要」
「魔王様に頼むのは?」
「理由を聞かれるわ」
「ですよね」
ドラゴンの存在。
封印。
さらに。
そのドラゴンを、魔族側の戦力にはしないという計画。
正直に話して。
許可が下りるとは考えにくい。
「それに」
リゼットが続ける。
「姉様にも怪しまれ始めてる」
「イザベラさんですか」
「ええ」
「じゃあ、どうします?」
ルークは尋ねる。
リゼットは即答しなかった。
机の上の古書。
魔王家の神器を描いた記録。
その二つを見比べる。
やがて。
「持ち出すわ」
「……はい?」
「宝玉」
「持ち出すって」
ルークは嫌な予感がした。
「許可なしで?」
「ええ」
「それって」
「盗むことになるわね」
「やっぱり!」
ルークは思わず立ち上がった。
「魔王家の神器ですよ!?」
「知ってるわ」
「リゼットさんも魔王家ですよね!?」
「だから保管場所も知ってる」
「そういう問題じゃないですよ!」
ルークは頭を抱えた。
だが。
リゼットの表情は真剣だった。
「ほかに方法がないの」
「……」
「父上に話せば、ドラゴンを魔王軍の兵器にしようとする」
「……そうでしょうね」
「姉様も同じ」
リゼットは言う。
「そうなったら、戦争を止めるどころじゃなくなる」
ルークは黙った。
その通りだった。
もし伝説のドラゴンが本当に存在し。
その力が伝承通りなら。
人間側も。
魔族側も。
自分たちだけで使おうとするはずだ。
「……でも」
ルークは小さく息を吐いた。
「盗んだら、ただじゃ済まないですよね」
「当然でしょうね」
「リゼットさんでも?」
「王家の神器を勝手に持ち出せばね」
「……」
ルークは古書を見る。
少し前。
リゼットに協力すると決めた。
その時は。
まさか魔王城から神器を盗むことになるとは思っていなかった。
「……僕も行くんですか?」
「嫌なら残ってていいわよ」
リゼットが答える。
ルークはしばらく黙った。
「……行きます」
「いいの?」
「ここまで調べたのは僕ですから」
それに。
「宝玉が本当に古書のものと同じか、最後に確認する必要もあります」
「そう」
リゼットは小さく頷いた。
「なら、決まりね」
◇
それから二人は。
魔王城の警備について調べ始めた。
神器が保管されているのは、城の地下に近い区画。
入口は一つ。
常に複数の兵士が警備している。
さらに。
周囲には転移を阻害する結界が張られている。
「つまり」
ルークが地図を見る。
「リゼットさんの転移で、直接宝玉のところへ行くのは無理なんですね」
「ええ」
「取った後に、その場から逃げるのも?」
「無理」
「……かなり厳しくないですか」
「普通に入ればね」
リゼットは警備表を見る。
「でも、警備の交代がある」
一定時間ごとに。
兵士が入れ替わる。
そのわずかな間だけ。
通路を守る人数が減る。
「そこを通るんですか?」
「そう」
「鍵は?」
「私が持ってる権限で、最初の扉までは開けられる」
「最初の?」
「その先は現地でどうにかする」
「……」
ルークは不安しかなかった。
それでも。
もう引き返すつもりはなかった。
◇
翌日の深夜。
魔王城。
人の少なくなった廊下を。
二人は静かに進んでいた。
ルークは最低限の荷物だけを背負っている。
古書。
書き写した解読記録。
それだけだった。
「……本当にやるんですね」
「今さら?」
「確認です」
「やるわよ」
リゼットは足を止めない。
地下へ続く階段を下りる。
一段。
また一段。
周囲の魔力が強くなっていく。
転移を封じる結界。
ここから先。
リゼットの得意な魔術は使えない。
少し進むと。
前方に、二人の兵士が見えた。
やがて。
交代の兵が現れる。
「……今よ」
リゼットが小さく言った。
二人は物陰から出る。
まだ。
誰も異変には気づいていない。
その先にあるのは。
魔王家が代々守ってきた神器。
伝説のドラゴンの封印を解くかもしれない。
一つの宝玉。
リゼットとルークは。
その保管場所へ向かって歩き始めた。
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