第08話 冬至祭
ぱちぱちと、薪の爆ぜる音が聞こえる。
窓は戸板で塞がれ、壁の隙間も苔や泥を詰めて塞いでいるため、昼間だというのに室内は薄暗い。
そんな中、火の灯る暖炉だけが柔らかく辺りを照らし出し、その前に陣取るソアラとレミィを薄闇の中に浮かび上がらせている。
衣服のほつれを直しているレミィ。
それを優しい眼差しで見つめるソアラ。
穏やかな時間が二人を包んでいた。
「お嬢様、ご覧になられていても何も面白いことはありませんよ?」
「そんな事ないよ。レミィの働いている姿、好きよ」
微笑むソアラだったが、もとより選択肢はあまりなかった。
二人の初めて経験する厳冬期の寒村での生活。
都で暮らしていたソアラにとって、娯楽すらないこの時期の生活は、まさに暇との戦いだった。
そんな中でのレミィの姿。
軽快に踊る針は、目で追うだけで楽しく、いつかは自分も……そんな気持ちをソアラに抱かせた。
……おそらくレミィはさせてはくれないのだろうけれども。
――だんだんだんッ!
そんな二人の静かな時間を破るように、家の扉が激しく打ち鳴らされた。
「――私が出るわ」
「お嬢様ッ⁉︎」
「レミィは針仕事してるでしょ。これくらい、手伝わせてよ」
立ち上がり扉に手を掛けたソアラ。
レミィの制止よりも早く、閂に手を掛け、躊躇なく扉を――
開くソアラの脳裏に、一つの言葉が何故か浮かんだ。
ずっと恐れていた【彼女のその後を知る者はいなかった】その一言。
肩から首筋にかけてピリピリと嫌な感覚がはしる。
咄嗟に止めようとした手はしかし、慣性を止めることができず扉を開く。
その不用意さに、ソアラの口から悲鳴が上がったのは必然だった。
凍てつく風が部屋の温もりを攫い、思わず細めた目の先には――
「やぁ、ソアラ」
少しはにかんだ、春まで会えないと思っていた友人の姿。
照れくさそうに頭を掻いて笑っていた。
「キャ……ビィ? どうしたの、ウチまで来て」
「へへへ。今日、村の冬至祭だから……ソアラも呼ばないとって思ってさ」
「冬至祭?」
「冬ごもりの前の、最後の寄り合いだよ。歌ったり踊ったり、ご馳走も出るんだ!」
彼が身体全体で示す興奮にあてられたソアラは、背後でこちらを窺っているだろうレミィを振り返った。
「キャビィさん、大人の方々は各々なにか持ち寄られるのでしょうか?」
「ウチは毎年、肉とチーズだよ。ハティヴのところはお酒とかかな?」
「なるほど……ではお嬢様、キャビィさんと先に行っていただいてよろしいですか?」
「いいの⁈」
喜色を隠さないソアラに、レミィは微笑む。
「勿論ですよ。それに、村の寄り合いには参加しないと大変ですからね。私は少し準備をしてから参りますので。それと、お嬢様も着替えてから行ってくださいね」
レミィの言葉に、ソアラは自分の服に目を落とす。
下着姿というわけではないが、外出用の服ではないというのも確かだ。
「はぁ~い」
その返事は、不承不承という色ではなかった。
◇◇◇
村の中央、家々の間にある少し開けた場所に篝火が作られ、村人たちはその周りに設置したテーブルに持ち寄った品々を並べ、雑談に花を咲かせていた。
酪農と牧羊を営むキャビィの家からは羊肉とチーズが。キャビィがハティヴと呼んでいた少年の家は採取と狩猟を営み、果物と果実酒が。もうひと家族、おそらく木こりなのだろう家からは、冬でも動けるようにと雪具が持ち寄られてきている。
「お嬢様、キャビィが粗相をいたしませんでしたか?」
出迎えた、今日は村長の役割の老灯台守に恐縮されたが、ソアラは朗らかに笑う。
「やめて村長、粗相なんて……私はそんな大層なものじゃないわ」
「閣下には長年たいへんな厚遇をいただいております。そのご息女であらせられるお嬢様であれば……」
「もう……村長」
「いえいえ――」
譲ることなく礼を示そうとする村長に、ソアラも特別扱いをしないよう申し出るが、さり気なく祭の上席へと誘導する村長の方が一枚も二枚も上手なようだ。
やがて気付いたときには、それほど多くない村人の視線を一身に受ける位置に座らされた自分に気付くソアラだったが、かつて社交界で浴びていた裏のある粘ついた視線ではなく、温かさの籠った村人たちの視線――その理由が、自身が築いたキャビィとの関係性であるということは、ソアラは知らない――に、そう悪くない気分を覚えたのだった。
やがて、荷車に大量の保存食を乗せたレミィが現れ、村人たちから大きな歓声があがった。
冬至祭が始まる。
「レミィ……私、この村に来られて良かった」
篝火に照らされた村人たちの姿を見ながら、ソアラはぽつりと呟く。
大人たちは肉を焼き、酒を浴びながら笑い合い、子どもたちは篝火の周りで手を繋ぎながら歌い踊っている。
その言葉に、レミィは優しく笑った。
彼女の視線の先には、輪の中から抜け出し、駆け寄って来る少年の姿。
「ソアラ、座ってないで一緒に踊ろうよ」
その手を取り、踊りの輪に加わるソアラの背中に、レミィは先ほどの呟きに答えた。
「えぇ、そうですね」
そうして、宴の夜は更けていった。
遠い春の訪れまでの、村の無事を祈って――




