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悪役令嬢四面楚歌  作者: 青木あくあ
第一章 追放・冬の季節
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第03話 追放

 不整地の道を木製の車輪が転がり、車軸を通してその振動、音が車内に伝わる。

 馬車の窓に映る景色は驚くほど変化なく、痩せた土地と重たい色の空が広がっていた。

 その光景を眺めながら、少女――レミィは盛大な溜息を心の中で吐く。

 帝都を発ち、馬車に揺られること十日以上。彼女は果てしなく続くこの状況に心底飽き飽きとしていた。

 普段は仕事で忙しなく走り回っているからこそ、何もしない時間に感じる苦痛はひとしおというものだ。

 だが、だからといって騒いだり暴れたりするわけにもいかない。

 それというのも、レミィの目の前に座る一人の少女。彼女が長年――というか、物心ついた頃からずっと仕え続けている彼女が彫像のように微動だにせず座っているからだ。

 レミィは少女に、侍女という立場で仕えながらも、その長年の関係から密かに姉妹のような感情を抱いている。天涯孤独なレミィにとって、いわば家族……いや、それ以上に大切な存在。

 そんな少女が絶望に顔を染め、目の前に座っている。

 あの日、少女の身に降りかかった現実は、今の姿に値する絶望的なものだったのは間違いない。

 幼少時からの婚約者、この国の皇太子シド・ファン・ティシムとの婚約破棄。

 その後、最愛の両親からも、懇意にされていた皇帝からも見放され、辺境の地へ身一つでの追放。

 貴族令嬢として生きてきたレミィの主であるソアラにとって、それはまさに未来の断絶、人生の終了に他ならない出来事だったことは間違いない。

 レミィ自身もそのあおりを受け、追放先に着いて行かざるを得なかった――ソアラのために買われ、育てられ、躾けられたレミィは共に行かないのであれば処分される可能性が限りなく高かった――が、別にそれは良い。

 レミィにとってソアラは、そう育てられたことは別としても、自身の全てと思えるほどに大切に思っていたからだ。

 女性としての主の振る舞い、考え方、民衆との接し方、そのどれも素晴らしく尊敬に値するもの。そして同時に、皇太子の婚約者として相応しい女性であろうとする三つ年下の主の過酷な努力を最も傍で見続け、時にサポートし、共に積み上げていった。

 いわばレミィにとってソアラは、主であり、妹であり、友であり、半身であり、生涯をかけた作品でもあった。いまさら離れることなど考えられるはずもない。

 そんなわけでソアラと共に辺境へ行く事を選んだレミィだが、道中、この状況を改善しようと動いていないわけではなかった。

 話しかけ、慰め、景色や地域の解説をしたりもしてみた。

 だが、状況は改善する兆しすら見せない。


(この期に及んではどうすることもできないんだし、お嬢様も気持ちを切り替えて今後のことを考えれば良いのに)


 そんなことを考えながら、まるで断頭台に向かう罪人のような表情の主の顔を見つめる。

 気品と意志の強さを感じさせていた美しい瞳は虚ろに床を見つめ、絶えず歌を紡いでいた薄い唇は真一文字に結ばれていた。

 希望も光も歌も喪われ――


(そうだよ、歌だ。いつもお屋敷はお嬢様の歌で満たされていたのに……)


 レミィは気付いた。

 今、この状況が耐え難いのは、世界からも未来からも隔絶されたような密室の中のような状況ではなく、スフォルザンド家に溢れていた歌が喪われているから。自分の大好きな歌が聞こえないからだった。

 仕事で忙しい時、辛い時、失敗した時、慰め励まし癒してくれた歌。嬉しい時、楽しい時、喜びを分かち合ってくれた歌。

 主人が辛い今こそ、自分が歌って励ます番じゃないのか。

 レミィはそう思い立ち、いつも耳に届いていた歌の中から、自分が一番好きな歌を歌い始めた。


 <さあ、始まりの鐘が鳴る。飛び出そうボクらの新しい未来へ〜>


「あれ? 何か音程が??」


 しかし、どこか違う。思うように上手く歌えない。何か違うという感覚に首を傾げていると、初めて絶望以外の表情を見せた主と目が合った。

 驚いたように丸くなった目を見て「しめた」と思ったレミィは、ソアラの手を取り、一緒に歌うことを促す。


「お嬢様、一緒に歌ってもらえませんか? 何か上手くいかなくて……」

「レミィ……?」

「ほら、<さあ、始まりの〜>」


 しかし、主人のソアラはぱくぱくと何度か口を閉じたり開いたりするのみで、美しい歌声は紡がれない。その両目からポロポロと大粒の涙を溢し始める。


「あぁ……ごめんなさい、レミィ。私……」

「お嬢様、泣かないでくださいよ」


 涙を流させてしまった罪悪感や焦りよりも不思議な愛おしさが湧き上がり、レミィは不敬にも主を抱き締めていた。

 今まで様々な重圧を支えていた小さな肩が、多くの期待を背負っていた背中が小刻みに震えている。

 優しくその背を撫でると、遂に主は声を上げて泣き出してしまった。


「怖い……怖いよレミィ……」


 これまで光り輝く一本橋を上手く渡ることを強いられてきた主にとって、この先の未来に広がる暗闇の広野は恐怖でしかないのだろう。周りに侍っていた者たちも、将来を見据えて諂っていた者たちもいなくなった。

 もはや主は何者になることも許されない存在。

 だけど、華やかでない、劇的でもない、余生とも言える穏やかな日々くらいは許されるはずだ。

 だからこそ――


「大丈夫ですよ、私はいつまでも一緒です」


 自分がいる。

 小さな、素朴な、家族ごっこのような日常くらいは築いてみせる。

 レミィは、自分の大切を抱き締めながら強く、そう心に誓った。

 いつの間にか、車内に伝わる振動の感じが変わっている。

 辺りには岩肌の目立つ荒れた牧草地が広がり、遠くの崖の上には雰囲気に似つかわしくない厳めしい石造りの巨大な灯台が見えた。

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