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第02話 運命の夜会(2)

 礼服の衛士が護る扉の先。本来、高位貴族たちの権威を示す芸術品が展示されている絢爛華美な貴賓館のホールは、その多くが撤収され、夜会に適した雅な空間となっている。

 そんな空間に集う人々の視線が、入り口に現れた人物に注がれた。

 扉脇に控える衛士や傍の美しい歌姫さえも霞む、圧倒的な威圧感。王者の風格さえ漂わせる、この国の皇子シド、その人に。


「殿下っ」


 そんな貴人に、不敬にも駆け寄り声をかける者がいた。

 背中まで伸びた艶のある栗毛、素朴ながら人を惹きつける優しい容貌。身に纏う使い古された型遅れのくすんだ白いドレスさえ気にならない、清浄で神気さえ感じさせる気配。

 今夜のもう一人の主役。田舎生まれ、庶民の少女。後に聖女と謳われる予言の子。


「あぁ……ファーナ」


 自らを呼び止める無作法を咎めるでもなく、皇子は少女の手を取る。傍らに立つソアラを顧みることもなく。

 その表情は、先ほどまでの剣呑なものとは打って変わり優しさに溢れ、同じように微笑む聖女と二人で春が芽吹いたような気配を醸している。

 二人の気に中てられたのか、周囲の貴族たちは、その様子に「お似合いの二人だ」「絵画のようだ」と褒めそやしている。

 そんな光景、そんな状況、そんな行為を、本来ならば激しく糾弾するであろうソアラはしかし、青い顔で震えながら彼らを見つめていた。

 そこにあったのは皇太子の婚約者ということに対する自尊心(プライド)ではなく、これから自分へと降りかかる結末に対する恐怖。結末の先に待ち構える未来に対する恐怖だった。


「あっ……」


 ソアラの様子に気が付いた聖女が、小さく声をあげ、表情を曇らせ視線を迷わせた。

 いかな無垢な聖女であろうと……いや、純真だからこそ、自分と皇子の関係はソアラの前では負い目を感じるのだろう。

 皇子の手を解き、聖女が一歩下がって目を伏せると、今度は皇子の表情に影が差す。

 聖女の様子の原因は明らか。

 振り返り、自らの婚約者の表情を捉え、そして……


「ソアラ、貴様は結局どこまでもその目で私を見るのだな」


 誰にも聞こえないほど小さく失望を吐いた皇子は、一度大きく溜息、そしてついで投げ捨てるように大きく言葉を発する。


「……もういい」


 その言葉に、音楽も、ざわめきも、息を呑む音さえも凍りつき動きを止めた。


「陛下がおいでになってから、と思っていたが」


 言葉を続ける皇子は視線を切り、一歩引いた聖女の腕を掴み、その華奢な身体を再び引き寄せ、抱き止める。


「「殿下ッ⁈」」


 ハッと、二人の女性から声が上がった。

 歌姫と聖女。

 聖女は皇子と、相対して立つ歌姫を、困惑した顔で交互に見つめ。

 ソアラは、相対する皇子へと咄嗟に手を伸ばす。

 しかし――


 パァン


 無慈悲な乾いた音がホールに響いた。

 その音と現実に理解が追い付かず、自分の手と皇子の顔を交互に見つめたソアラの表情が徐々に崩れていく。


「殿下、どうして……」


 今にも泣きそうなソアラの問いに返ってきたのは、皇子の氷のような視線と、そして残酷なまでの決別の言葉だった。


「今日、この時をもって、貴様との婚約を破棄する」

「――ッ! そんな、ご再考をお願いします‼︎」


 早かった。

 周囲の誰もがその言葉の意味を理解するよりも早く、ソアラは反応し、即座に翻意を請おうとする。まるで、その言葉を発せられると分かっていたかのように。

 しかし、縋ろうとするソアラを突き飛ばすように振り払い、皇子はさらに語気を強めた。


「くどいッ! 私の婚約者は、このファーナをおいて他にない!」

「そんな、何故――」


 今日この日、この結末を避けるために生きてきたのに。

 ソアラは叫び出したい衝動を飲み込み、唇を強く噛むと、滲んだ血の味が口内に薄く広がってゆく。

 皇子の助けとなるよう、妨げとならぬよう、婚約者として相応しく努めてきた。そんな努力もあり、陛下からも皇妃様からも覚えがめでたい。そんな自負がソアラにはあった。

 だからこそ受け入れられなかった。

 婚約破棄される謂れも、相応の失態の記憶もない。


「へ、陛下はご存じなのですか?」


 尊称を口にしたのは、ソアラの悪あがきのようなものだった。だが、その迂闊な親に告げ口をする子供のような足掻きが、逆に皇子の怒りの炎に油を注ぐ。


「貴様はこの私が、太子たる私が婚約を破棄するという国家の大事を、怒りに任せて独断で行う愚か者だと思っているのか‼︎」


 その怒りは、もしも皇子の手元に武器の類があったのならば、ソアラの頭上に振り下ろされていたであろうことが容易に想像できるほど。

 その怒りに当てられ、思わずへたり込んでしまうソアラの後ろで、ホールの扉が開いた。

 扉を守る礼服の衛士が至尊の到来を告げる。

 助けを求めるように振り返ったソアラが見たのは、いつもの温かい眼差しの皇帝の顔ではなかった。

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