(50) 事実
「リューへー君なんでここに……、それに、それにッ、それにッ!」
早朝。東の空がようやく白み始めた時間に。
王国騎士団の兵舎の裏で、ひとり木剣を振っていたザークの元に。
そこへとやって来たのは。
「おはようザーク君。ホラ、昨日溢していたじゃないですか。雑用ばかり押し付けられて、こんな時間にしか訓練できないって。それで」
「だからなんでだよ、なんでその人がッ」
「ああ、たまたまそこで出くわしたんです。それで」
「だからなんで、なんでッ」
ザークは悲鳴のように。
「なんでこんなところに剣聖様がッ!」
剣聖。
それは武の道の頂点に君臨する存在である。
昨日、騎士団のお偉いさんがペコペコ頭を下げてやっと来てもらった偉人中の偉人である。
この兵舎ではその後もずっと、この剣聖の話題で持ちきりだったのだ。
そこに年少の従卒たちが彼の新技「百歩神剣」の話を仕入れて戻ったものだから、なお一層盛り上がったりもして。
「さあさあザーク君、せっかく剣聖様が見てくださるのです。時間がもったいないですよ?」
「そんな、剣聖様が俺の剣を……」
ザークが戸惑うのも当然である。
騎士団のお偉いさんがペコペコ頼み込んでも兵舎での歓待が精一杯であったのだ。
その宴席すらすぐに帰ってしまった剣聖だったのだ。
その目で訓練を見てもらうなど、本来ならばありえないことなのだ。
それを今。
騎士でもない一介の従卒の剣を、直々に見てくれるというのだ。
ザークは夢に浮かされたように、それでも気合いを込めて木剣を振って、振って、振ろうとして。
それで。
「お主に剣は向かぬ」
剣聖にピシャリと断言されたのだ。
「剣だけではない。おそらく槍も弓もお主には向かぬだろう」
武の道の頂点に、そう断言されたのだ。
それにザークは、青痣のザークは誰に殴られたよりも強く打ちのめされて。
蒼白なほどに凍りついて。
「そんな! 剣聖様はまだほんのちょっとしか見ていないではないですか」
しかし竜兵の抗議に、剣聖は黙って首を振ったのだ。
それが事実だからだ。厳然と動かぬ事実であるからだ。
剣聖には、その事実がはっきりと見えてしまうからだ。
「でも、これから鍛錬を積めばザーク君だって……」
「リューへー殿」
剣聖は揺らぐことなく、ただ事実だけを伝えるのだ。
これまでの生涯で何百人何千人に伝えたように、ただ動かぬ事実だけを伝えるのだ。
「人には生まれ持った天稟というものがあります。生まれながらに優れて足の速い者、逆にとりわけ遅い者とがあるように」
「でも、でも、努力すれば、何年も何年も頑張って鍛えれば……」
「生来足の遅い者は、努力を何年積み上げたとて人並以上に速くなることはありません。武の道もしかり。この者がこの先に余人の何倍努力したとて、人並以上の武人になることはありません」
「しからばこれで」と去り際に剣聖は。
「御令弟」と声を落として。
「大恩ある御令弟の願いであれば、ワシは何なりと聞きまする。この者をばここの平民騎士に据えることも、どこか貴族家の騎士団にねじ込むこともできまする。ですが、それはけしてお勧めできません」
そしてまた。
剣聖は揺らぐことなく、ただ事実だけを伝えるのだ。
今度は、ザークにもはっきり聞こえるように伝えるのだ。
「この者は騎士であっても兵士であっても、最初の戦場で死にます。運良く生き残れたとしても、その幸運が三度続くことはありません」
「そんな……」
剣に天稟のないザークは、戦場に三度も行けば確実に死ぬ。
剣聖はそれを断言したのだ。
つまりそれは、動かぬ事実であったのだ。
「剣聖様、ありがとうございます」
そして。
ザークは何事もなかったように再度木剣を振りはじめて。
剣聖は振り向かずそれにただ無言の背中で応えて、去って行ったのだ。
「そうか、俺は最初の戦場で死ぬのか」
ビュン、ビュンと剣を振りながらザークは。
「そんな顔するなよ、リューへー君。剣に向いてないことくらいとっくに知ってたし」
「ザーク君……」
「俺さ、本当は剣なんて嫌いなんだ。だってこれ、人殺しのための道具だぜ?」
ビュン、ビュンと剣を振りながらザークは続けるのだ。
「まあ俺はその人殺しをしなきゃならんのだけどさ。戦功を積まないと騎士にはなれないものな」
でもなあ、と続けて。
「これからの時代、きっと剣の訓練なんてしても意味ないんだよなあ」
「どうして……」
「リューへー君、知ってるかい。帝国で火薬を使った兵器が使われたって話を」
ビュン、ビュン、ビュン、ビュン……。
「今はまだ大した戦果はないみたいだけど、きっとそのうち火薬を使ったもの凄い兵器が出てくるんだ。剣も槍も弓も魔法もまるで相手にならないほどのすごい火薬兵器が戦場を席巻してさ、そしたら騎士なんてまるで時代遅れになってさ」
「どうして……」
「だからさ、こんな騎士団とか、剣の訓練とか、まるで無意味な時代がそのうちやって来るに決まってるのにさ」
ビュン、ビュン、ビュン、ビュン……。
「でも問題は火薬の製造方法なんだよな。昔、大賢者が少量入手して分析してみたけど、結局材料は分からなかったって。なんか主原料は未知の鉱物らしくて。本にはそう書かれててさ」
「ザーク君、ザーク君ッ」
「俺さ、この兵舎にある本は全部片っ端から読んだんだ。そんで大賢者アリストメデスに憧れてさ、本当は俺、学者になりたくてさ」
「だったら! だったら学者になればいいじゃないですか! こんな騎士団なんて辞めて、学者を目指せばいいじゃないですか!」
ビュン、ビュン、ビュン、ビュン……。
その剣は、剣聖ならぬ竜兵の目にもいかにも拙くて。
ビュン、ビュン、ビュン、ビュン……。
それを知っているのに。
この少年は自らに才の無い事を知っているのに。
ビュン、ビュン、ビュン、ビュン……。
「人殺しなどまっぴら」とも「剣など無意味」とも言ってるくせに。
ビュン、ビュン、ビュン、ビュン……。
顔をグシャグシャにしているくせに。
「ザーク君、なぜですか……」
ビュン、ビュン、ビュン、ビュン……。
「なぜ騎士なのですか……」
「俺のクソ親父がさ……」
「え」
「なあリューへー君、本当はもう知ってるんだろ? 俺のクソ親父のことを。俺のクソ親父がしでかしたことを」
「!」
「ははは。リューへー君は顔に出やすいよな」
「ごめん……」
「いやぁ、突然あの三人が俺に謝ってきてさ。変な兄ちゃんに俺のことを聞かれたって。ちっとも似てない兄弟に、俺のことを喋っちまったって」
「ごめん……」
「ははは……」
けして知られたくはなかった、そんなふうに悲しく笑ってから。
「そんでそのクソ親父にもさ、いつも言われてたんだよ。おまえは剣に向いてないって。おまえじゃ騎士にはなれないって」
ザークの父親。
ザークの言うクソ親父。
竜兵はその平民騎士のことをたしかに知っていた。
それはあのダンジョンでの首狩りに同行していた騎士のひとりだったから。
それはあのダンジョンで自分を殺そうとした連中のひとりだったから。
そう。
ザークの父親とは、あのときの年長騎士であったのだから。
「クソ親父はそれで誘いに乗っちまったんだろうな。自分がちゃんとした騎士になれば、こんなダメ息子でも騎士にしてやれるなんて、そんな馬鹿な事を考えちまったんだろうな」
ザークの言うちゃんとした騎士とは、平民騎士ではなく騎士階級を指すものである。
騎士階級の子弟であれば自動的に従卒に、そして自動的に騎士になれるのだ。
そして身分制度の固まったこの国において、平民が騎士階級になれる道などそうそうあるものではない。
もしあるとすれば、それは平民ガタナーが上級市民になったのと同じ手法。
すなわち。
王または王太子による勅許である。
本来、騎士階級の者しか任じられない近衛。
その近衛に、王または王太子から直々に任じられること。
それが叶えば、平民騎士とて正式に騎士階級として認められるのだ。
「あのクソ親父、これで近衛になれるなんて言いやがって……、王宮の赤絨毯に膝をついて最敬礼をするんだって、そこで王太子殿下から直々に剣を賜わるんだって、そんなこと言いやがって……」
「……」
「これでおまえを騎士にしてやれるなんて言いやがって……、酒に弱いくせにベロベロに酔って潰れて、泣きながら言いやがって……」
「ザーク君……」
「俺のクソ親父は平民騎士だから、いつも汚れ仕事を押し付けられて、曲がった仕事も押し付けられて」
ビュン、ビュン、ビュン、ビュン……。
「おまえにはそんな事はさせたくないって言ってたくせに、本当は曲がった事が大嫌いだったくせに」
ビュン、ビュン、ビュン、ビュン……。
「最後の最後に目一杯曲がりやがって、この俺のためにとんでもなく曲がりやがって」
ビュン、ビュン、ビュン、ビュン……。
「そしたら俺は……、残された俺は……、あのクソ親父のために、俺のために曲がりやがったあのクソ親父のために、ちくしょう、ちくしょう……」
ビュン、ビュン、ビュン、ビュン……。
「俺は、俺は、騎士になるしかねえじゃんかよぉ……」
いつしか朝日が昇っていて。
世界が白く照らされていて。
残酷な運命もまた白く照らされていて。
やりたくもない人殺し、最初の戦場で死ぬ人生。
そんな人生しか選べない少年が、白く白く照らされていて。
そしてこの朝は。
竜兵にとってのこの朝は。
バーミヤとともに街を出ていく朝なのだ。
「ちくしょう、ちくしょう……」
そんなザークの顔すら見れずに。
掛けてやる言葉も見つからずに。
残酷な運命にすっかり打ちのめされて。
竜兵は、その場から逃げることしかできなかったのだ。
零細商会に勤める少年と、落ちこぼれ従卒の少年と。
それは身分を隠した王子と、かつて彼を殺そうとした男の息子でもあって。
生まれも、育った環境もまったく異なるはずなのに。
本来ならば、出会うこともなかったはずなのに。
この街でたまたま声を掛けられて、なぜか気が合って、もっと話をしたいと思って。
ともに便所掃除をしながら、とりとめもなくあれこれと話をして。
愚痴を言いあったり、笑ったり、感心したり、こうして泣いたりして。
その関係に名前をつけるなら、どうしても名前をつけるとしたなら。
それは友としか呼べなくて。
兄の指摘どおり、やはり「友だち」以外の何物でもなくて。
それなのに。
こうして別れのときが容赦なくやってきて。
そしておそらくもう会うこともないはずで。
この先、二度と会うこともないはずで。
結局、ただ一日限りの数奇な巡り合わせは。
お互い、別れの言葉もないままに。
お互い、別れの言葉すら言えないままに。
こうして終わる。終わってしまう……。
そのはずだったのだ。
◇◆◇◆◇
朝。
俺がサイゼのとこから戻って。
エーロクの着陸場所には爺さんがひとり俺を待っていて。
その爺さんがエーロク相手に特訓するのに、ちょっとだけ付き合ってやって。
そんで宿所に帰ってきたら、ちょうど女盗賊の家来の人が来ていて。
ガタナーさんが「本日予定していた出発はしばらく延期となった」なんて言われてて。
なんでも厩舎に繋いでいた馬たちが皆グッタリして使い物にならないとかで。
いったい何があったのか、ガタナーさんも従業員の皆さんも大いに動揺していたけれど。
だけどそんなことよりも、そんな些末なことよりも。
「おい竜兵、いったい何があった!」
ちょうど帰ってきた竜兵を、その酷い顔を、その赤い目を。
見た瞬間に腹が煮えたのだ。
そう。
頭に浮かんだのは、昨日の膝蹴り騎士みたいなクソ野郎。
もし竜兵が、あんなクソ野郎にあんな酷いことをされたのであれば。
そう想像しただけで腹が煮えたのだ。
通報とか児相とか温い話ではなく、文字通りにぶち殺してやろうと思ってしまったのだ。
あのダンジョンでキング豚男にしたように、四人のクソ野郎どもにしたように、この手でぶち殺してやろうと思ってしまったのだ。
だから。
突然の出発延期も、ガタナーさんの驚いた顔も、女性陣のテレパシーですらも。
すべてが吹き飛んで、俺は竜兵を問い詰めていたのだ。
「なんだ、そんなことかよ」
ガタナーさんたちの視線から逃げるように、冷え冷えの空気から逃げるように、人目のないところまで竜兵を引っ張って。
そこで事情を聞いてみたところ、どうやらあの膝蹴りさんは無実であった模様。
ふう、よかった殺さなくて。
「兄様、そんなことって……」
だけど竜兵の奴は泣きそうな顔のままで。
「戦場に行けばザーク君は死んでしまうんですよ?」
「剣がダメなだけだろ? それなら剣でなくても」
「槍でも弓でも一緒です! 戦場に行けばザーク君は死んでしまうんです!」
「じゃあ鉄砲でいいじゃん。鉄砲隊で戦えよ」
「え、何ですかそれは」
「はあ? おまえ、鉄砲を知らんの?」
「初めて聞きましたけど……」
えええ、どういうこと?
だってさっき、火薬兵器とか言ってたじゃん。
どこか外国で火薬が発明されて、その火薬を使った兵器も発明されたってさぁ。
「ああ、焙烙玉のことですか?」
竜兵によると、焙烙玉とは手榴弾みたいなものらしい。
かなり重たいし、それを手で投げるから弓矢よりかなり射程が短くて、しかも威力は火魔法よりもずっと小さいとかで。
要するに今ある火薬兵器は火魔法の劣化版みたいなもので、城攻めされたときに城壁から落とすくらいしか使えないとかで。
戦場ではあまり有効に使えないとかで。
うーん、つまり。
この世界にはまだ鉄砲は発明されていなかったのだ。
まあ、それもそうか。
剣を持った騎士なんてものが失業せずにいるくらいだしね。
「じゃあ鉄砲がないなら……」
もちろん俺はこの世界のリアル戦争なんて知らない。
俺が知ってるのは映画とかゲームで見た作り物の戦争だけ。
だから戦場で剣も槍も弓も持たないヤツといえば、あとはアイツのビジュアルしか思いつかない。
「ええとじゃあ、ジュリセンとか?」
なんですかそれはと聞かれたので、いやだから羽根でできたフワフワの扇だよと説明してやったら。
「兄様ふざけないでくださいッ。戦場でそんなものを持ってどうするんですか!」
なんて怒られてしまった。
いやだってシミュレーションゲームで一番頭のいいキャラが持ってんじゃん。
信長でない方の歴史ゲームでさ。
「だいたいさぁ、あいつに人殺しなんてできるの?」
なんかあいつ、そんなタイプには見えなかったんだよな。
説明しずらいけど、カリスマの爺さんとかサダナーたちが持ってるヤバい雰囲気、暴力の匂いみたいなものが皆無というかさ。
あいつの場合、それとはまったく真逆の雰囲気なんだよな。
例えばそう、ポポラマのとこの院長先生みたいなタイプに見えたんだけどさ。
あ。あの院長先生だったら、なんかジュリセンが似合いそう!
「それでもザーク君には他に道がないんです。戦場で敵兵を殺さないと、戦功を立てないと……」
「うーん、それも違う気がするんだけどな」
「え」
「だってそもそも戦功ってなんだよ?」
「だから敵兵を……」
「だからそれ違うくね? 戦功ってのは勝つことだろ? 勝利に貢献することだろ?」
「でも勝つためにはやっぱり敵兵を……」
「ホラ、昔の偉い人も言ってんじゃん」
俺もうろ覚えだけど、なんか学校で習ったことがある。
「戦って勝つのはまだ二流、戦わず勝つ奴が一番偉いんだよ」
「なんですかそれ、そんなワケの分からないことをいったい誰が言ったんですか?」
いやだからうろ覚えだから深く追求しないで……。
そんなこんなで。
竜兵を問い詰めるつもりだったのが、逆にいろいろ問い詰められて。
かなりいろいろと問い詰められて。
そのうち竜兵はだいぶマシな顔になったものの。
「ザーク君ってもしかしたら……、いやでもそんなことって……、でも最初のときも……」なんてまたウジウジ考えモードになってしまって。
それで。
「竜兵、竜兵って、ホラ、そろそろ行かないと朝食に遅れちゃうから」
「いいじゃないですか、聞きたいのはあと一個だけです。すぐに終わりますからッ」
あと一個、あと一個だけと延々と質問攻めされて。
妙な迫力でグイグイ迫ってきて。
結局。
「竜兵、竜兵ってば、ホラ、そろそろ行かないと昼食に遅れちゃうから!」
◇◆◇◆◇
「あ、あああ、あああああッ」
「え、兄様?」
安宿の食堂で突然に。
すっかり冷めたスープを飲んでいた哲也が、悲痛な声を上げたのだ。
うっすら涙目で、絶望的な声を上げたのだ。
「兄様、まさかッ」
「背中がモゾモゾするッ。赤く光った野郎がいるッ」
赤い光。
それは哲也に対し、打算もなく恩恵を与えた者が発する光である。
それで哲也は「あっちだ、行ってくる!」と走り去ろうとして。
それで竜兵は「待ってください、ボクも行きます!」とこれを追いかけたのだ。
そう。竜兵には不吉な予感があったのだ。
兄が向かう先にはガタナーもポポラマもバーミヤすらいないからだ。
赤い光。
しかしそれは、哲也ただひとりへの恩恵とは限らないのだ。
「哲也たち」に対する命懸けの献身行為の可能性もあるのだ。
そう、命懸けの。
そして兄が向かう先には王国騎士団の兵舎があるのだ。
だから竜兵は、不吉な予感に向かって走って走って走って。
そうして。
ついに見つけてしまったのだ。
「ザーク君!」
そこには。
ついこの朝に来たばかりの兵舎の裏には。
その真っ赤に染まった土の上には。
「ザーク君、しっかりして!」
ついこの朝に別れたばかりの少年が倒れていたのだ。
あちこち殴られて血塗れで倒れていたのだ。
しかも。
「ひ、酷い……、こんなの、酷すぎるよ……」
倒れ伏したザークのすぐ側に。
土にまみれて転がっていたのだ。
無造作に捨てられていたのだ。
それは。
「指を切るなんて……、ザーク君の指を切り落とすなんて……」
指を落とす。
それは騎士にとって、首を刎ねられるよりも大きな恥辱とされている。
利き手の人差し指。それを失うと剣を満足に振れなくなるからだ。
その指を、騎士の命である利き手の指を、ザークは落とされたのだ。
騎士を目指す者への最大の恥辱を、そして死刑宣告を与えられたのだ。
「ぐす、ザーク君……」
「ん、んん……、リューへー君? なんでここに?」
「ザーク君!」
「痛ッ、ううぅ、そうか、そうか俺は……」
ザークは空を見て。
「俺、とうとうクビにされちまったのか。この騎士団を追放されちまったのか……」
腫れ上がった酷い顔で。
血塗れになったその手を見ることもなく、ただ空を見て。
「そうか俺、もう騎士にはなれないんだな……」
慰めの言葉を探す竜兵に、ザークは静かに首を振った。
それが事実だからだ。厳然と動かぬ事実であるからだ。
ザークにも、その事実がはっきりと見えてしまったからだ。
「朝のアレを誰かに見られたみたいでさ、司令官に呼ばれたんだ。そんで言われたんだ」
「ザーク君……」
「リューへー君を、リューへー君を兵舎へ呼べって、なんとかして連れて来いって」
「え」
「そしたらさ、リューへー君をここに連れて来れたらさ、俺のことを騎士にしてくれるって、いずれ平民騎士に採用してやるって……」
「ザーク君、なんで断ったんですか……」
それを断ったからこそザークは今ここにいるのだ。
ボロボロになるまで殴られて、指を落として騎士としての未来を絶たれて、騎士団から放逐されて、その人生の全てを失って今ここにいるのだ。
「騎士になりたかったんじゃないんですか? 何がなんでも騎士になるってあんなに……」
「だって友だちを売るワケにはいかないだろ?」
「友だち……」
「なんだよ、こっちは友だちだと思ってたのに違うのかよ」
「だって、ザーク君はあんなに……」
「俺さ、嬉しかったんだぜ? リューへー君と会えて、会ったばかりなのに俺なんかのことを心配してくれて、俺なんかのことを信じてくれて……」
「うん」
「周りの奴らは敵ばっかりでさ、なのに俺なんかの味方になってくれて……」
「うん」
「そしたらさ、たったひとりしかいないその友だちを売るわけにはいかないじゃん」
「うん」
「ああそうか、そうだったのか、やっと分かったよ、俺はさ……」
「うん」
「俺はさ、騎士になりたかったんじゃないんだ、俺は、俺はただ」
ザークはボロボロの酷い顔で笑ってみせたのだ。
誰よりも誰よりも美しい顔で笑ってみせたのだ。
「俺はただ曲がらないで、真っ直ぐに生きたかったんだ……」
「うん」
「リューへー君」
「うん」
「彼らの狙いは剣聖様だよ。リューへー君が剣聖様と親しそうだったから、ここでリューへー君を脅すかカネを握らせるかして……」
「剣聖様を……」
「うん。たぶんリューへー君なら剣聖様に一服盛ることもできるって思ったんだよ」
「一服……毒ですか!」
「たぶん死ぬような毒じゃない。いくらなんでも敬愛する剣聖様を殺すわけにはいかないから、二三日動けなく程度の毒かなぁ……」
「そんなものをなぜ!」
「剣聖様が邪魔だからだよ。剣聖様に邪魔してもらいたくないからだよ」
「まさか、まさか王国騎士団はバーミヤ様をッ」
「リューへー君にやらせるのが無理なら、仕方ないから自分たちでやるしかないよね。たぶん今度は高級な料理店あたりにお誘いするんじゃないかな、そこで一服盛るんじゃないかな」
「知らせないと、バーミヤ様にも剣聖様にも、早く知らせないと」
「でも信じてくれるかなぁ、単なる推測だぜ? この俺が、俺なんかが、騎士団をクビになったこんなガキが当てずっぽうで言ってることだぜ?」
「ザーク君、バーミヤ様が襲われるとしたら何時になりますか?」
「王国騎士団が貴族を襲撃するんだ。できるだけ速やかに、電光石火でやってしまいたい。だからそうだな、今頃は騎士たちに招集を掛けて作戦を共有して……」
ザークは計算を始めて。
「そしたら今日の日没後すぐにでも。きっと何か揉め事を起こして、それを口実に先公妃様を騎士団で「保護」するはずだよ」
これから起こることを。
邪魔な剣聖を無力化させて、これから騎士団がをすることを。
「あの司令官なら、きっと力づくでも先公妃様を連れて行く。抵抗すれば騎士団は総出で、なりふり構わず襲い掛かると思うな」
ザークは予言してみせたのだ。
「まあでもそれは俺の当てずっぽうで……」
「すぐに、すぐに知らせないと。バーミヤ様と剣聖様にすぐに知らせないと」
「だからリューへー君、こんなガキのタワゴトなんて誰も……」
「信じます。ボクが信じさせます!」
「え」
「ザーク君、一緒に来てください。今言ったことをバーミヤ様に直接説明してください」
「リューへー君、そんな無茶言うなよ。俺、膝を砕かれてんだぜ? 不思議と痛みはないけど、歩くどころか立てねえよ……」
「問題ありません」
「え」
「ザーク君はすぐに立てますし、走れるようにもなりますから。その指だって、ちゃんと元どおりに生えてきますから」
「え、リューへー君、え、いったい何を……」
「問題ありませんから!」
しかし戸惑うザークに、竜兵は断言したのだ。
どこか遠くを見つめて、強く強く断言したのだ。
それが事実だからだ。厳然と動かぬ事実であるからだ。
竜兵には、その事実がはっきりと見えてしまうからだ。
なぜならば。
竜兵の見つめる先には彼がいたからだ。
こちらへと走ってくる、モヒカン頭のチンピラがいたからだ。
そう。
竜兵よりも早くここへとやって来て。
死にかけていたザークを見るや応急処置だけ施して、すぐに走り去ったチンピラが、そのチンピラが、再び戻ってきたのだ。
なぜか幼女を背負って、戻ってきたのだ。
「ええ何も。何も問題ありませんから!」




