(49) 従卒
「ふう。まったく困ったものね」
公爵家の豪華な馬車の中で。
その報告書を膝の上にバサリと落とし、バーミヤはため息をついたのだ。
この朝、早馬で届いたばかりの報告書である。
王都の公爵邸に残った家人らに探らせていた「大聖堂破壊事件」の背景についての報告書である。
「このような与太話を送ってくるなんて、あとで叱りつけねばなりませんわね」
「与太話ですか?」
その報告書に。
バーミヤの膝の上の報告書にサッと目を走らせた竜兵が。
「魔王トランキーロなる者は城外市の裏社会の影の支配者であった。その城外市にて教会関係者が揉め事を起こしたことで、報復として大聖堂が破壊された。ええと、これのどこが与太話なのでしょうか?」
「ふう。よろしいですか、殿下」
バーミヤはその口元を優雅に羽扇で隠しながら。
「まず大聖堂を破壊した魔王と城外市の魔王とやらは別人に決まっています」
「別人?」
「はい。空高く現れ大聖堂を一瞬にして破壊し飛び去るような地獄の魔王ですよ? そのような怪物と、城外市などに居まうトランキーロなる者とが同一人物である筈などありませんわ」
「怪物って……」
これになぜか反応して、不機嫌な表情になった少年であった。
「城外市などって……」
「それにその揉め事といいますのも」
その嘆息を羽扇で覆って。
「庶民の少女が治癒魔法を使ってみせたと申しますのよ?それもなんと大司教様すらも遥かに凌ぐ程の大魔法ですとか」
「やはりありえませんか?」
「ありえませんわね。治癒魔法を使える庶民なんているはずありませんもの。ましてや無くなった腕を生やしただなんて、そんな大魔法士なんて嘘に決まってます」
「はぁ」
「その大魔法士にバーミヤ様はもう会ってますけどね」とも、「ガタナー商会の護衛として、すぐそこにいるんですけどね」とも、「最後方の荷馬車に座って足をプラプラさせてますけどね」とも言えない故に、複雑な表情を浮かべた少年であったから。
「あら」
だからバーミヤは獲物を見つけたように目を光らせて。
女盗賊の笑みを優雅に羽扇で隠しつつ。
「では殿下、よろしければ賭けましょうか? そんな庶民が、嘘みたいな治癒魔法を使う、そんな庶民が本当に実在するかどうかを」
「いいえ、それはやめておきますよ。賭け事などはもう懲り懲りですから」
肩をすくめて応えた少年であった。
「それにしても不幸中の幸いと申しますか、ギリギリのタイミングでしたわねぇ」
「何の話ですか?」
「何がって、私が殿下を見つけたタイミングですよ。発見が遅れていれば、こうして殿下を我が公爵家に保護することもできませんでしたもの。危うく殿下を城外市に置き去りにするところでしたもの」
「え、ちょっと待ってください! ボクはフードリア公爵家に保護される積りなどありませんよ」
「あら」
「ボクはあくまでガタナー商会の従業員としてここに来ているのです。ご領地での取引が終われば、当然ボクもガタナーさんとともに城外市へと帰りますから」
「ふう。殿下よろしいですか?」
バーミヤは聞き分けのない子を窘めるように。
「今や王都には凶悪なる怪物が跋扈しておりますのよ? そんな危険な地で御身にもしなにかありましたら」
「凶悪って!」
魔王トランキーロはけして凶悪な怪物なんかじゃありませんからッ、とも言えない故にますます不機嫌な表情になった少年であった。
それでもバーミヤは王都の危険性や公爵領の安全さについてあれこれと説明するのだが、少年が関心を示すことはついになかった。
(あらあら、どこかで機嫌を損ねたのかしら?)
いつもは朗らかな少年の顔がいつからか曇っていたことに、バーミヤもようやく気が付いて。
「そろそろ次の町に到着致しますわね。王国騎士団の方面分隊も駐屯しております割と大きな街ですのよ。少し早い時間ですが、本日はそこで一泊する予定です」
当たり障りのない会話を続けたのだった。
(やはり殿下は何かを隠していらっしゃるのね。我がフードリアに保護されることを望まない理由が。サイゼリーナとの婚姻を頑なに拒まれる理由が、きっと何かあるんだわ……)
あれこれと思推巡らすのであった。
やがて昼刻となり、その街の城門をくぐったときに。
「ご家人をお叱りになる必要はありません」
少年はポツリと零したのだ。
「この報告書。ボクは全部本当の事だと思いますから……」
「え」
なぜか不機嫌なままの少年に、バーミヤは少し戸惑って。
「あらあら。では殿下は城外市には自在に空を飛ぶ魔王が、凶悪なる怪物が本当に居留しているとおっしゃるのですね」
「全部が。その報告書にある全部が本当の事だと思いますからッ。では失礼致します!」
少年は一方的に話を切って、馬車から出て行ったのだった。
やや重い沈黙の中に残ったのは。
「殿下は、やはり何かを隠していらっしゃる……」
羽扇の下で思案するバーミヤと。
「魔王……」
いつものように存在感を消した石像のまま、ポツリと呟いた侍女さんであった。
いつものように馬車の小窓から、行列最後方を睨みつけていた侍女さんであった。
そしていつものように。
その懐中にある手紙を、遠く領都にいるサイゼリーナからの手紙を、どういうわけか毎日交わしている手紙を、ついこの朝にもあのチンピラから手渡された手紙を、ギュッと押さえていた侍女さんであった。
「自在に空を飛ぶ……、城外市の魔王……」
◇◆◇◆◇
「まったくもうッ」
ちょうど昼くらいに。
俺たちは割と大きめの街に到着した。
それで女盗賊の馬車から戻った竜兵がなぜか珍しくイライラしていてものだから。
それでガタナー商会の皆さんもまた大いにザワついて。
「リューへー君があんなに怒るなんて、お貴族様はいったい何をしたのかしら……」「かわいそう! リューへー君がかわいそう!」「でもプリプリ怒ったリューへー君もなんかかわいいかも……」「く、なぜリューへー君ばかりがこんな目に……。できることなら代わってあげたい、いやむしろ代わって欲しい!」などとザワついて。
そんでロバを厩舎に入れたり、荷馬車を指定場所に引いていくのもあらかた片付いた頃に。
従業員の皆さんが宿所へとゾロゾロ向かい、俺と竜兵の二人きりになった頃に。
俺が女性陣からの「いいこと?あんた分かってるわよね?」の圧力に屈した頃に。
「ちゃんとフォローしておきなさいよね! それくらいしか役に立たないんだから!」のテレパシーに屈した頃に。
それで面倒くさいけど渋々事情を聴こうとした頃に。
「あー、兄ちゃんたち、ちょっといいかな」
俺たちは、見知らぬ少年に声を掛けられたのだ。
竜兵と同い歳くらいの、やたら目つきの悪い少年だった。
ヒョロヒョロ体型で、とんでもなく酷い顔の少年だった。
「兄ちゃんたちって王都から来たんだろ? ちょっと聞きたいことがあるんだけどさ」
「つかおまえ酷い顔だな、大丈夫か?」
「ちょっと兄様、見ず知らずの人にいきなりストレートですよ! 兄様にはデリカシーとかないんですか!」
「いやだってコイツの顔」
まるで木刀で殴られたような青痣があちこちに。それも古いのも新しいのもたくさん。
え、これは児童虐待ですか?
要通報案件ですか?
つか通報窓口は、児相はどこですか?
「いやこれは訓練でちょっとな。俺はここの騎士団所属の従卒でザーク」
見ればそいつの作業着にはライオンのマークがついている。
どこかで見たことのあるマークだと思ったら、俺がダンジョンで殺したクソ野郎どもの盾についていたマークじゃないか。
「ボクはリューへー。こっちはボクの兄です。それでなんですか、ボクたちに聞きたいことって」
「あー、王都で大聖堂をぶっ壊した魔王について聞きたいんだけどさ」
大聖堂破壊事件。
その情報は既にこの街にも早馬で伝わっていたらしい。
しかしあれこれと尾鰭のついた噂は飛び交うもののその真相が分からない。
いや、おそらくこの街に駐屯している王国騎士団の偉い人は把握しているのだろう。しかしその情報は騎士団の末端の者にまで届かないとかで。
それでこの青痣少年ザークは大聖堂破壊事件の詳細を知るために、王都から来る者たちに片っ端から尋ねているんだって。
たぶんあれだ、情報を集めるよう先輩に命令されたんだろうね。
それで。
「ああ、その事件でしたら……」
ちょうどその直後にボクたちは出発したんですよ、と竜兵が馬鹿正直に説明をはじめたのだ。
すなわち。
前日に城外市で教会の武僧兵どもが騒動を起こして。
そいつらの火魔法に焼かれて司祭さんが死にかけて。
それを孤児の女の子が治療してしまって。
武僧兵らがその女の子を捕らえようとしたときに魔王さんが現れて。
その魔王さんが武僧兵らをやっつけて。
魔王さんは更に報復として大聖堂の破壊を予告して。
翌朝、その予告どおりに空高くに現れて。
瞬時に六聖塔を破壊して去って……。
ん、おい竜兵。今の説明の中にカッコいいチンピラさんの活躍が抜けてなかったか?
「ちょ、ちょっと待ってくれ! そんなの初めて聞いたぞ、そんなの、いやしかし……」
青痣少年のザークはこめかみを押さえて。
「正直言って、そんなとんでもない治癒魔法を使う孤児がいるとかは信じられん。しかし確かに話の辻褄は合っている。だとすれば、その話がもしも本当なら、魔王トランキーロってまるきり正義の味方じゃねえかよ!」
「ええそうです、そうなんですよ!」
そしたら竜兵の顔がパアッと明るくなって。
「ボクたち城外市の住民にとって、魔王トランキーロ様は正義の味方で英雄なんですよ!」
「おおお、やべえ、城外市にはそんな英雄がいるのかよ。城外市すげえな」
「そうそう、そうなんです! 城外市っていい町なんですよ! あそこで暮らしてると毎日が楽しいんですよ!」
「しかしやべえよな、ドラゴン殺しの赤騎士に城外市の魔王だろ。まるで神話の英雄みたいのが実際にいるなんてよ」
「そうそう、本当にそうですよね!」
「……」
「んんん? 兄ちゃん、なんで兄ちゃんが赤くなってんだ?」
「……」
いやだって、すげえ恥ずかしいし!
なんだろ……。かめはめ波を練習してる現場を母親に見られたとき、そう中二の夏休み以来の恥ずかしさ!
高木さんが赤いときも黒いときも、役になりきって演じてる俺だけど、素の俺には、泥亀の俺にはキツすぎるし!
「な、なあ竜兵、そろそろ行かないと……」
「そうだザーク君、城外市にトランキーロ様が初めて現れた日のことを聞きたくないですか?」
「おおお、英雄初登場の話かよ。それはぜひ頼むぜリューへー君」
「な、なあ竜兵、竜兵ってば……」
「いいですか、城外市の裏社会では元々四つの組織が抗争を続けていてですね……」
「おおお!」
「なあ竜兵、竜兵って……」
辛い!つらたん!
もうね、いたたまれない程の羞恥プレイ!
なんだろ……。親戚の前で「ウチの子がかめはめ波を練習してて」なんて母親にバラされたとき、そう中二の正月以来の公開羞恥プレイ!
誰か、誰か助けて!
ああ、神よ!
「おいコラ、ザーク!」
「やべッ」
救いの神はライオンマークの軍服を着ていた。
そんでその神はツカツカとやって来るや。
「ザークてめえ便所掃除は終わったのか? こんなところでサボりやがって!」
「ぐッ」
青痣ザークの腹にいきなり膝蹴りを入れたのだ。
通報ッ、これは児相に通報案件ッ!
いい歳した大人が竜兵くらいの子に暴力とか!
つか神なのに粗暴すぎ!
例えるならば、底辺高校のサッカー部の不良先輩くらいにやたらと横暴!
つかこの国の騎士団ってなんなの?
これまで俺が見てきた騎士さんって、もれなく百パークソ野郎なんですけど?
「ちょっと騎士様、いきなり何をするんですか!」
「あ、なんだオマエは。部外者は引っ込んでろ!」
膝蹴り騎士さんは、割って入った竜兵のことも怒鳴りつけたものだから。
「ううぅ、すみません、すぐに、今すぐに行きますので」
青痣ザークは蹴られた腹を押さえたまま立ち上がって。
そんで申し訳なさそうな目でこちらへとペコリ。
そのまま小走りで行ってしまったのだ。
◇◆◇◆◇
「え、リューへー君? なんでここに?」
「ボクも手伝いますよ」
「そんな、やめてくれ、悪いよ!」
「えへへ。こう見えて便所掃除は得意なんですよ?」
広大な兵舎の広大な便所である。
それをひとりで掃除していた従卒の元に、ついさっき知り合ったばかりの少年がやって来たのだ。
ニコニコと屈託のない笑顔で掃除を始めたのだ。
「さっきはホラ、ボクが長話で引き止めちゃったしね」
「リューへー君……」
「ホラホラ、早いとこ終わらせましょう」
それでニコニコ顔の少年は、テキパキと手際良く掃除を進めるのだった。
「それにしても。どうしてザーク君がひとりで掃除なんですか? ここには従卒が他にもたくさんいるじゃないですか」
「ふん、俺は親が平民騎士だしな。ちゃんとした騎士のお坊っちゃんは、こんな汚れ仕事なんてやらんのさ」
ザークの言うちゃんとした騎士。
それは身分としての騎士を指している。
すなわち。この国の身分として王族貴族に次ぐ騎士階級に属する者を指しているのだ。
そう。王国騎士団とは実はそうした騎士階級によってのみ構成されてはいない。
平民階級でありながら戦場で武功を立てた者、高い競争率の採用試験を勝ち抜いた者、そんな「平民騎士」が数割ほどを占めているのだ。
「俺のクソ親父が若いときに武功を立てちまってさ、そんで平民騎士として採用されたんだ。だからその息子の俺はとりあえず従卒にはなれたわけよ」
この国の決まりとして、騎士階級の子弟であれば自動的に従卒に、そして自動的に騎士になれるのだ。
しかし平民騎士とはあくまで一代限りの身分である。その子弟は従卒にはなれても、そこから将来平民騎士になれる保証はない。
「世の中ってさ、つくづく不公平だよな」
「うん」
「俺たち平民はこうして毎日便所掃除を押し付けられてさ。そんでちゃんとした騎士の子は汚れ仕事なんて絶対にやらなくてさ」
「うん」
「世の中にはさ、きっと便所掃除なんて一生やらないヤツらもいるんだぜ? 貴族とか、王族とかさ」
「う、うん……」
「ん、リューへー君どうしたんだよ?」
ザークはハッとして。
「まさか、リューへー君って貴族じゃないよね?」
「違いますよ!」
思わず声が大きくなって。
「ボクは貴族なんかじゃありませんよ。そんなワケないじゃないですか!」
「あはは。リューへー君が変な顔するから一瞬ビビったじゃないか。だよなぁ、便所掃除がそんなに上手い貴族なんているワケないものなぁ」
ザークはホッと安堵した顔で。
「実はさ、リューへー君が公爵家の馬車から出てくるのを見ちゃってさ。それで声を掛けていいものか迷ったんだよ。でもそんなナリだし、あの兄ちゃんとすげえ仲良くしてたし」
「馬車はアレですよ。フードリアの先公妃様に話し相手として呼ばれただけで」
「え、それって! ゴメン、俺、変なこと聞いちまった」
「いやいやいや、違いますから! 本当の本当に、只の話し相手ですから!」
広大な兵舎の広大な便所でふたり。
平民騎士の息子で従卒のザークと、零細商会の会長秘書の少年とふたり。
テキパキと掃除を進めながら、いろいろと話しながら。
ときにふたりで笑ったりしながら。
「それにしても」
「なんだよリューへー君」
「ここ誰も来ませんよね。掃除中に誰か来てもおかしくないのに」
「ああそれか。今日はホラ、剣聖様が来てるからさ」
剣聖。
それは武の道の頂点に君臨する者である。
同じ武の道に生きる者にとって、憧れの存在である。
その剣聖が街にやって来たのだ。
それを聞くや、騎士団の偉いさんたちが飛んで行ったのだ。
ペコペコと頭を下げてこの兵舎まで連れてきたのだという。
今頃は騎士団の皆で大いに歓待しつつ、神技無眼無刀の逸話でもねだっているのかもしれない。
「世の中ってさ、つくづく不公平だよな」
「うん」
「俺たち平民は毎日ペコペコ頭を下げながら便所掃除。騎士やその子は威張りちらしてさ。そんでそいつらも、騎士も分隊長も団長でさえも、あの剣聖様にはペコペコして頭が上がらないんだぜ?」
「うん」
「まったく羨ましいよな。剣聖くらいに偉いとさ、もう誰にも頭を下げないんだろ」
「そ、それは……」
「きっと土下座なんてしたことないし、一生することもないんだぜ?」
「それは……」
「あーあ、やってらんねえよな」
そうやってザークが愚痴をこぼすものだから。
「ねえザーク君、そんなに辛いなら騎士団を辞めて他の仕事を探してみたらどうかな」
平民騎士とは言うけれど。
騎士団の数割は平民騎士なのだ。
この兵舎にだって平民騎士は大勢いるし、その子弟の従卒だって大勢いるはずなのだ。
それなのに、その従卒はここにはいない。皆、剣聖との宴に参加しているのだ。
その一方で、ザークはこの広い便所の掃除をただひとりでやらされているのだ。
しかもそれだけではない。
竜兵が見た限り、顔に青痣をつけている見習いなどザーク以外にはいなかったのだ。
つまり。この騎士団においてザークは、ただひとりザークだけが。
明らかに不当な扱いを受けているのだ。
膝蹴りの騎士といい、どういうわけかザークは皆から疎まれているのだ。
「ザーク君ならきっともっといい職場が見つかるはずですよ。なんならボクからガタナーさんに頼んで」
「ダメだ!」
「ザーク君……」
「リューへー君、ありがとう。でもそれはダメなんだ。俺は騎士にならなきゃダメなんだ。戦場で武功を積んでさ、敵兵をたくさんたくさん殺して武功を積んでさ、そんで何がなんでも絶対に騎士にならなきゃダメなんだよ」
「ザーク君……」
ちょうどその頃には便所掃除も終わって。
ちょうどあちらも剣聖の歓待が終わったみたいで。
何人かがこちらへとバタバタやって来る気配もあって。
「ザーク君、また来るから」
なにかもどかしい気持ちを抱えたまま、少年はその場を去ったのだった。
◇◆◇◆◇
「ふうん。いじめ問題か」
夕方くらいに。
竜兵のやつがまた暗い顔をして帰ってきやがるものだから。
従業員の皆さんがまた「なんとかしろ!」って俺にテレパシーを送ってくるものだから。
それで面倒くさいけど話を聞いてみたところ。
「ふうん。要するにあいつは騎士団の全員から嫌われていて」
「はい」
「すげえいい奴なのに、なぜか殴られたり便所掃除を押し付けられたりしていて」
「はい」
「だったらそんなクソ職場、とっとと辞めりゃいいのに本人は頑なに辞める気がなくて」
「はい」
「うーん。ひとつ気になったんだが」
「なんですか、兄様」
「あいつがいい奴だとか、そんなの知り合ったばかりのおまえがなんで断言できるんだよ?」
「だって!」
「ホントはさ、とんでもない嘘つきかもしれないじゃん。性格がねじ曲がってたり、盗癖とかあったり」
「絶対に違いますからッ。ザーク君はそんなんじゃありません!」
「ふうん」
「おかしいですか、兄様。出会ったばかりの者をこれ程信用して、その者のためになんとか力になりたいって思うことはおかしい事ですか?」
「いや全然。友だちなんてそんなもんだろ」
「え」
「なんだよ、アイツはおまえの友だちなんだろ?」
「でもボクたちは出会ったばかりなのに。ボクたちは明日の朝にはこの街を出て行くのに……」
「そんなの関係ねえよ。友だちは友だちじゃん」
「友だち……」
「友だちなんだろ?」
「はいッ」
「お。おまえやっといい顔になったな」
よし。これで俺もミッションクリア。
俺はチンピラだけどさ。
人から嫌われてナンボのチンピラなんだけどさ。
女性陣からの無言の圧はまた別の方向性でキツいものがあってさ。
「で、おまえはどうしたいの?」
「分かりません……。兄様、ボクはどうしたら……」
「はあ?」
「だって! だってザーク君が嫌われている理由も、あんなに酷い目に合ってるのに騎士団を辞めない理由も、なにもかもボクには分からなくて……」
「はぁ。そんなんだからおまえはダメなんだよ」
「え」
「竜兵、おまえは本当にダメな男だよ」
「そんな、だってボクは」
「おまえのそういうところッ。そうやってウジウジ考え込むところッ」
「だって考えても考えてもさっぱり分からなくて……」
「だから難しく考えるなってば。簡単な話じゃねえか」
「え」
「よし。じゃ、行くぞ」
「え」
◇◆◇◆◇
「よおよお、おまえらって騎士団の見習いつうか従卒だよな?」
「な、なんだよアンタは」
竜兵とともに宿所を出た哲也である。
辺りをキョロキョロ見回して。
「お、いたいた」などとそちらへ駆け寄って。
それは作業着のような制服を着た従卒の三人組で。
ちょうど竜兵と同年齢ほどのその三人組を呼び止めて。
「なあ、おまえらの仲間のことでちょっと尋ねたいんだが」
いきなりストレートに切り込んだ兄だったのだ。
「だから、何なんだよアンタは」
「あのさあ、俺たちは急いでるんだけど」
「そうそう、早く戻らないと晩飯に遅れちまう」
「いいじゃん、聞きたいのは一個だけ。すぐに終わるからさぁ」
初対面の者に厚かましく声を掛け、グイグイ迫る兄を見て。
「こんなの全然簡単じゃないですよぅ。こんなデリカシーの欠けたこと、普通の神経の人には全然簡単じゃないですよぅ……」
赤くなって「兄様、そういうところですよぅ……」と呟いた少年であったりする。
「はぁ。で、聞きたいってのは誰のこと?」
「だから青痣のあいつ、えーと」
「ザーク君です」
「そそ、ザークって奴!」
その名を聞いて三人組の顔が曇った。
明らかに嫌そうな顔をしたのだ。
「おまえらってさ、なんであいつの事を嫌ってんの? なんであいつをイジメのマトにしてんの?」
「……」
「なあ、あいつはいったい何をやったんだ?」
「悪いけど部外者には関係のないことだから」
「話せることは何もないから」
三人組は凍った顔でじゃあなと去ろうとして。
竜兵もやはり仕方ないなと諦めかけて。
それを哲也はただの一言で。
「剣聖」
哲也はその一言で留めおいたのだ。
その一言で、三人組の足がピタリと止まったのだ。
「俺たちさ、王都からここまで剣聖と同じキャラバン隊で来たんだ。しばらく一緒にいたからさ、ずっと一緒にいたからさ、まあいろいろと見ちゃってさ」
それにゴクリと食いついた三人組であったのだ。
剣聖。
それは武の道の頂点に君臨する者である。
同じ武の道に生きる者にとって、憧れの存在である。
その剣聖が街にやって来たのだ。
この三人組は任務で参加できなかったものの、兵舎に招いて歓待したとも聞いている。
「そんで剣聖な、つい最近新しい技を習得したみたいでさ。それを偶々、俺とこの竜兵が見ちゃってさ」
「ああッ、あのときの! はい兄様、あれは、剣聖様のあの神技には、本当に驚きましたよねッ」
目の前のチンピラのみならず、いかにも誠実そうな少年までもがそう言うものだから信憑性もあって。
「神技……。それ、どういう技なんだ?」
ニヤリ。
食いついた三人組に哲也が笑みを浮かべたのだ。
それで。
「うわぁ……」
その兄を見た竜兵が、複数な顔になってしまうのだ。
なぜならそれは。
まるで女傑バーミヤのような笑みであったからだ。
まるで「女盗賊」が獲物を見つけたときのような笑みであったからだ。
◇◆◇◆◇
「すげえ、剣聖様すげえ!」
「遠く離れた敵を斬るとか、剣聖様すげえ!」
「神だろ、そんなのもう剣神様だろ!」
とまあこんな感じで。
俺と竜兵で爺さんの話をしてやったらさ、斬られたエーロクのことだけぼかして教えてやったらさ、三人組の目がキラッキラになってさ。
かなり打ち解けた雰囲気にもなったからさ。
「そんで話を戻すけどさ」
「ああ……」
「おまえらだって平民騎士なんだろ? あいつと同じ仲間なんだろ?」
「同じじゃねえし! あいつなんか仲間じゃねえし!」
「そうそう、あいつは騎士団の面汚しなんだ」
「あいつのせいで、俺たちがどれだけ肩身の狭い思いをしたか」
うーん。この嫌われっぷりですよ。
「だから、仲間じゃねえとか面汚しとか、あいつはいったい何をやったんだよ?」
三人組はしばらく言いづらそうにゴニョゴニョしていたけれど。
「いや、やったのはザーク本人じゃないけどさ」
「ん?」
「しでかしたのは、あいつの父親なんだよ」
「父親ぁ? じゃあおまえら、ザークが悪いわけではないのに寄ってたかってイジメてたのか?」
「違う! 本来ならあいつだって、ザークだって死刑になるはずだったんだ!」
「はああ?」
「そうそう、その父親が死んで取り調べも裁判もできないから放置されてるだけで、本来ならザークだって一族連座で死刑にされてるところなんだよ」
それに竜兵がなぜか反応したのだ。
「それって……、一族連座って……」
その顔色がサァっと青くなったのだ。
「だから、その父ちゃんはいったい何をやったんだよ? 無関係の息子まで死刑になるとか、いったいどんな悪い事をやったんだよ?」
「だからそれは……」
「それは?」
「王族殺し……」
「はあぁ、王族ぅ?」
「まあ未遂に終わったけどね」
「はあぁ、未遂ぃ? つまりそいつがやったのは、ザークの父ちゃんがやったのは……」
「王国の第二王子を殺そうとしたんだよ! 大迷宮でオータニウス殿下を殺そうとして、赤騎士スターダスト卿に成敗されて死んだんだよ!」




