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(48) 正体

「大司教様、どうかご決断をッ」


 王都。

 王宮施設内に用意された教会の執務室では。

 両腕にギプスを巻いた武僧兵が、大司教に詰め寄っていた。


「かの憎き魔王、トランキーロなる者が城外市に潜伏していることは判明しているのです。ならば城外市に向けて、今すぐにでも討伐隊を派遣するべきではないですかッ」


「ふう。火急の要件というから時間を割いてみれば、やはりその話であったか」


 大司教は書類上の羽ペンを止めもせずに。


「要件とはそれだけかね? ならば退室してよいぞ。私はこれでも忙しいのだよ。今日はこれから侯爵家主催の茶会にも顔を出さねばならぬしな」


「この非常時に茶会など行ってる場合ですかッ。かの魔王によって大聖堂が破壊されたのですぞッ」


 バキッ。


「ひッ」


「いったい誰のせいで大聖堂が破壊されたのだね? いったい誰のせいで大司教たるこの私が王宮に居を移し、いったい誰のせいで貴族などのご機嫌をとって回る羽目になったのだね? ああ、ああそうとも、全ては君のせいではないか」


 羽ペンを握り折って、しかし無表情のままで、大司教は告げるのだった。


「君たちが独断で魔王トランキーロと揉め事を起こし、彼奴めに大聖堂破壊という名分を与えたからではないか」


「そんなッ、私は大司教様のご命令に従っただけで」


「私が君に命じたのは城外市の調査だけだ。そこで揉め事を起こせとも、魔王なる者を挑発せよとも命じてはおらぬは」


「大司教様、それは酷うございます。よもや城外市にあのような人外の魔王が潜んでいるとは」


「黙れッ、黙らぬか!」


 大司教はついに憤怒の形相で。

 そう。とても聖職者には見えない形相で。

 いや。とてもカタギには見えない形相で。


「よいか、今回の事は全て聖山に報告した。おまえたちには追って聖山より沙汰が下るだろう。それまでは大人しく謹慎しておれ!」


「お待ちください、大司教様。城外市には例の小娘の件もございますれば……」


「ええい貴様、これ以上戯言(ざれごと)を申すな!」


 大司教はバンと机を叩いて。


「この私よりも、大司教たるこの私よりも、聖天使様よりこの聖刻印を拝領したこの私よりも、遥かに高い治癒魔法だと? 年端も行かぬ庶民の小娘が欠損した腕を復活させただと? これ以上戯けた事を申すなら異端者として告発してくれるぞ!」


「そ、そんな、この私が異端者ですと!」


「ふう、ふう、ああ、そうとも、貴様もきっと異端者に違いないのだ。大聖堂に宝箱の魔物をば連れ込み、この私をその餌食にせんものとしたあの裏切り者と同じく、あの卑劣なる異端者と同じく、かの恐るべき魔王に大聖堂を破壊させた貴様もまた……」


「き、謹慎しますゆえ! 私はこれにて失礼致しますゆえ!」


 ギプスの武僧兵が逃げるように出ていくと。


「大司教様ぁ」


 ドアに鍵を掛けた教会女官が、大司教の膝の上にもにゅッと尻を乗せて。


「せっかくいいところでしたのにぃ」


 その耳元に甘い声で囁いたのだ。


「大司教様ぁ、さっきの続きぃ……」


「ふう、ふう、うむ、そうだな」


 若く美しい女官の脚を撫で回すことで、大司教の悪鬼の形相は高位聖職者の温和な顔へと戻っていくのだった。

 この女官は秘書としての仕事にはまるで役に立たないものの、激務のストレスを癒やしてくれる役目ならばこの上なく優秀なのだ。


「ふう、やはり王宮ここは落ち着かんな」


 大聖堂とは異なり、王宮には何かと無粋な来客が多い。やたらと人の目が多いのだ。

 そのためこうしてドアに鍵を掛けての「祈りを捧げる時間」はなかなか確保しにくいのだ。


「それにしても、まさか私の任期中に大聖堂があのようなことになるとはな」


「大司教様ぁ、アタシよく分からないけれどぉ、魔王のことはこのまま放置してもよろしいのかしらぁ」


「放置はしておらぬだろう。聖山には、教皇聖庁にはちゃんと報告は上げたではないか。ならば後は聖山の決めることだよ。ここから先はもう私の責任ではないのだよ」


「でもぉ」


「いいかね、城外市はもはや魔王の手に落ちたのだ」


「え」


「城外市に手を出せば虎の尾を、いやドラゴンの尾を踏むことになる。そうとも、人はドラゴンには勝てぬ。手酷く反撃されて酷い目に合うし責任者は処分されることになる。そんな愚か者の役目を担うなど私はまっぴらだよ」


「ドラゴンですかぁ?」


「ふふふ。いいかね、これは機密情報なのだがね。これは私が見破り聖山への報告書にも載せたことなのだがね」


 大司教は若い愛人に誇示するように。


「私はあの後すぐに調べさせたのだよ。大聖堂の破壊跡に残された魔力紋をね」


「どういうことですかぁ?」


「破壊された六聖塔から、六種類の魔力紋が検出されたのだよ。それが見事に一致したのだよ。そう、先だって王都近郊に現れた謎の光柱跡に残された魔力紋とね。更には王宮に残された九つのドラゴンの首、その中の六つのものともね」


「え」




「そう。つまり魔王トランキーロとは……」


◇◆◇◆◇


「つまり魔王トランキーロとは、かのドラゴンの化身であると」


「ふむ」


「謎の赤騎士スターダスト卿によって首を落とされたドラゴン、その多頭のドラゴンが魔王として蘇ったのだと。教会はそのように見ておるようです、長官」


「そうか、ご苦労」


 情報庁。

 報告を受けた長官は氷の表情のままではあったが、それでも部下の仕事に満足した様子であった。


「よろしい。では教会の動向については引き続き」


「はッ。潜入中の女性局員には抜かりなくと申し付けておきます」


「うむ。期待している」


 長官は教会方面を担当していた課長を労ってから。


「ところで」


「ひッ」


「城外市はたしか君の担当だったね」


 もうひとりの課長に氷の視線を突き刺したのだ。


「城外市の裏社会を取り仕切る魔王トランキーロ。その者が大聖堂を破壊する程の怪物であるという報告は、これまで一切なかったようだが」


「それは、その、情報の精度を高めてから報告しようと思っていたところでして」


「ふむ。では魔王トランキーロが恐るべき怪物であることを把握してはいたのだね?」


「はい、いいえ、それは聞き取り調査の内容があまりにも荒唐無稽なものでして」


 城外市担当の調査課長は汗をボタボタと垂らしつつ必死に弁明した。

 なにしろこの長官に無能の烙印を押されたならば、首を切られてしまうのだ。

 減給ではなく、降格でもなく、馘首でもなくて。


 そう。

 末端職員ならいざ知らず、管理職としてひとたび情報庁の暗部に触れた者を、組織から放逐できる筈もないのだ。

 よって無能な管理職は文字通りに物理的に首を切られ処分されてしまうのだ。

 この世から放逐されてしまうのだ。

 だから城外市担当の課長も必死になって。


「その、その、城外市のならず者どもを一晩で全員ぶちのめし裏社会の頂点に立ったですとか、その鎧が実は生きている魔物でベロリを顔を舐められたですとか、魔王トランキーロについてはそんな荒唐無稽な情報ばかりでして……」


「ふむ。それが実は全て真実だった、君はそうは考えなかったのかね」


「う、申し訳も……」


「ふう。あまり私を失望させないでくれたまえ。下がってよろしい」


「ははッ」


 もはや死人のような顔色で、城外市担当課長が退出して行く。

 このとき、この課長の抱えている荒唐無稽な情報ならばもうひとつ。

 それは部下のひとりが、泥鰌髭の捜査官が野次馬として目撃したという謎の幼女の存在である。

 衆目の中でまだ幼い孤児が、なんと大司教をも遥かに凌ぐ程の治癒魔法を使ってみせたというのだ。

 火魔法によって丸焦げになった男を瞬時に完治させてしまったというのだ。

 欠損した腕すらも瞬時に再生してしまったというのだ。

 あまりにも荒唐無稽で、報告書を上げた泥鰌髭を叱りつけたのだが。


「ね、念ためにもう一度証言を集めてみなくては……」


 その話がもしも真実であった場合、報告を上げなかったら今度こそ自分は消されてしまうのだから。



「さてと、残る案件だが」


「はい長官。フードリアの女狐は王都を離れ現在はこの辺りに」


「うむ。さすがに人目のある王都では手が出せず、さりとて領地に籠られると厄介ではあるが」


「はい長官。人目につかない旅路であれば何が起ころうとも」


「うむ。たとえその一行が賊に襲われ皆殺しになろうとも」


「はい。目撃者さえ残らなければいかようにも」


「うむ。フードリアで厄介なのはあの女狐だけだ。あの女狐さえ消えてしまえば」


「はい長官。頭脳を失ったフードリアは匿っている雛鳥を大人しく差し出すものかと」


「しかし襲撃する賊にとって、懸念がひとつあるな」


「はい。どうやら厄介な者がひとり紛れておりますようで」


「そうだ。しかしこれではっきりしたのではないかね」


「はい長官。これはもう確定したものかと」


「あの日、赤騎士が現れた新王の即位式典の場に、口実をつけて参加していなかった人物」


「はい長官。数十名もの近衛兵を相手に無手のままで、しかも触れずに打ちすえ、触れずに投げ飛ばした神技の持ち主」


「大聖堂が破壊された際にも、付近にその姿があったそうではないか」


「はい長官。更には謎の光柱が発生するその直前にも、そこへと向かう姿を目撃されております。教会の秘匿するレポートが正しければ、その光柱こそ多頭ドラゴン復活の痕跡。彼の者は、まさにその日その場にいたのです」


「そして今回も」


「はい。フードリアの女狐の護衛として、予定されていた門弟ではなく自らが同行したとなれば。ここまで状況が揃うとなれば」


「うむ。これはもう決まりだな」


「はい長官」





「つまりあの赤騎士の正体とは、行方不明の雛鳥を守護する謎の赤騎士、スターダストの正体とは……」


◇◆◇◆◇


「つまり赤騎士スターダスト卿の正体とは剣聖様、あなたであると」


「ワシが?」


「はい。どうやらバーミヤ様はその様に考えていらっしゃるみたいで」


「何を馬鹿な。御令弟よ、ワシではエーロク殿に毛ほどの傷すら付けられぬのですぞ。ワシに斬れるものといえばせいぜいが……」


「ん、そんじゃ爺さん。試しにやってみるか?」


「おおお、師匠様!」


「あ、兄様。お帰りなさい!」



 早朝。

 いつものようにサイゼの所から帰って来た俺である。

 透明エーロク号に乗って往復してきた俺である。

 すると着陸場所を見張らせていた竜兵が、爺さんと何やら話していたので。

 あ、ちなみに。これまでは朝はポポラマ参り、夕方はサイゼ参りの時間帯だったんだけど、さすがにこの旅行中は夕方に抜けるのは無理なので。

 そんでサイゼのとこに通うのは日の出前の時間帯にスライドしたわけよ。

 ポポラマはむくれていたけれど、あいつとは日中ずっと一緒にいるわけだしさ。

 それで早朝の町外れ。

 今ここにいるのは俺と高木さんにエーロク、竜兵と爺さんだけで。



「さすがにここでエーロクの透明化は解けないけどさ、爺さんならそれでも問題ないだろ?」


「し、しかしエーロク殿にそのようなことなど、エーロク殿に剣を向けるなどと……」


「ん、前に新しい技を見せたいとか言ってたじゃん。なあエーロクもいいだろ?」


『ふはははは、卑小なる者がこの我にいったい何をするというのだ』


『邪神様ならばいざ知らず』


『大恩あるリューへー兄さんならばいざ知らず』


『物理も魔法も効かぬこの我に対して』


『卑小なる者が卑小なる鉄剣で、いったい何をできると言うのだ』


『ふはははは、無駄、無駄、無駄ぁッ!』


「だとさ。爺さん、遠慮なんていらないぞ」


「ふむ、では師匠様、エーロク殿よ」


『ふはははは、必死な顔でかわいいのぉ、無邪気だのぅ』


 大きく息を吸い息を吐くと、爺さんは。


「参る、むんッ!」


 それは人には見えぬ一瞬の握、抜、斬。

 見事な抜刀術だったと思う。

 すなわち。


 姿も見えぬエーロクに向けて。

 刃先の届かぬエーロクに向けて。

 巨大ドラゴンのエーロクに向けて。

 その剣を振り抜いて見せたのだ。

 すると。


『痛ッ』


 その刃先から斬撃が飛んだのだ。

 俺のものと比べればとても遅くて、とても薄くて貧弱で、とてもとてもか細い威力ではあったけれども。

 それでも爺さんの放ったカルマの一撃は。

 ホンの髪の毛程の傷ではあったけれど。

 エーロクの回復力でホンの一瞬で消えてなくなってはしまったけれど。



『ええええ、チクッて! 今、胸のとこがチクッて!』


「おおお、おおおおお、ワシの、ワシの剣が……」


「うん。効いたみたいだな、エーロクにも」


「やりましたね、剣聖様!」


『ぐぬぬぬ、かわいくない! おまえ、卑小なる人間の癖に、ちっともかわいくないッ!』


「ううぅ、師匠様、御令弟、エーロク殿も……」


『嫌いッ、おまえなんて大嫌いッ』


「あははは。爺さんよ、エーロクに嫌われちまったな」


『この世の中で二番目くらいに大嫌いッ』


「エーロクさん、それは……」


「うううぅ、ありがとう、ありがとうございまする……」





「いいい、今の剣撃は、今の神技はいったい何なのだ……。爺様はいったい何に向かって、いったい何を放ったのだ……。いや、そもそも爺様とあの者たちはこんな早朝からいったい何をしているのだ? く、楽しそう、爺様たちもあ奴等も、すっごいすっごい楽しそう……」

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