(46) 護衛
「彼奴はいったい……。彼奴はいったい何者なのだ……」
その黒鎧を見た瞬間、カカズチはそう思った。
それは大聖堂の門前で待ち構えていた、何百もの武僧兵らにしても同様であろう。
それは彼らの後方にいる、大司教その人にしても同様であろう。
その黒鎧を見た誰もが、トゲトゲの鎧を纏った異形の男を見た誰しもが、蒼白になって立ち呆けるしかなかったのだ。
そう。
空が少しずつ白みはじめた頃、武僧兵の一人が叫んだのだ。
「魔王だ! あそこにいるのは魔王トランキーロだぞ!」
その上方を指して叫んだのだ。
その手の届かぬ遥か上空に、何もない中空に、すっくと立ったトゲトゲ黒鎧の男を指して叫んだのだ。
空高く浮揚する魔王に地上の武僧兵らが騒然とする中、朝日が昇り。
その眩い陽射しとともに黒鎧がスウッと大聖堂にその手を向けたのだ。
その瞬間。
閃光が六度走った!
それははたして爆炎なのか雷撃なのか。
魔王から放たれたその閃光で、天に佇立する壮麗なる六聖塔、その全てが爆ぜたのだ。爆音とともに粉々になったのだ。
つまり大聖堂の上部がそっくり、瞬時にして破壊されてしまったのだ。
天から石礫がバラバラバラと降り注ぎ、地上の武僧兵らが悲鳴を上げて右往左往する中、上空の黒鎧は消えていた。
大司教と数百の武僧兵の眼前でいとも容易く大聖堂を破壊しておきながら、異形の男はあっさり去ってしまったのだ。
「爺様、これはいったい、彼奴はいったい……」
「くくくく。ワシは知らぬ、何も知らぬぞ」
なぜか嬉しそうにそう応えたのはカカズチの祖父にして剣の師、剣聖その人である。
それだから。
「く、爺様……」
知らぬはずがないでしょう!
カカズチはつい叫びたくもなるのだ。
なにしろこの剣聖は、こんな早朝からソワソワした様子で「散歩に行ってくる」などと言い出したのだ。
怪しんだカカズチが共に来てみれば、共にこの大聖堂まで来てみれば、この大事件である。
祖父剣聖は、明らかにこれが起こるのを事前に知っていたのだ。
では何故知っていたのか。それはおそらく……。
「昨夜爺様に届けられたあの怪しい手紙か」
剣聖はあの手紙を見るなり、急遽予定を変更するようカカズチに命じたのだ。
本来ならば門弟が派遣されるはずだった仕事に、自ら赴くなどと言い出したのだ。
今回の依頼については何が何でも自分が行く、そんなふうに急に主張しだしたのだ。
「いったいあの手紙は何だったのだ、いったい誰があれを爺様に……」
「いやあ面白えものが見れたな!」
「ああ、さすがは俺たちの、おっと!」
「まったくやる事がデカすぎて、もう何がなんだか分からねえよ!」
「面白え、面白えなぁ!」
飲み明けだろうか、あちらでカタギには見えない男たちが不謹慎にもゲラゲラと笑っていて、カカズチは眉を顰めたのだった。
◇◆◇◆◇
「ご、ご報告は以上となります」
「魔王ですって? 地獄から魔王がやって来て、大聖堂を破壊したですって?」
フードリアの女傑バーミヤは頭を抱えてしまった。
この朝、王都は未曾有の大事件に騒然としていた。
この朝、王都の住民たちは突然の閃光と轟音によって叩き起こされたのだ。
パラパラパラと石礫が屋根を打つ音に驚かされ怯えていたのだ。
むろん落雷などではない。薄雲の浮かぶ晴天なのだ。
それでバーミヤはすぐに家人を放って探らせたのだ。
「そんな馬鹿なことって……」
しかし屋敷の窓を開けてみれば、そこに見えるはずのものが本当になかったのだ。
そこに見えるはずの大聖堂の六聖塔が、そっくり消えているのだ。
「奥方様、本日はいかがなさいましょうか?」
「予定は変えません。このまま公爵領に向けて出立します」
その魔王とやらの情報は何としてでも集めたかった。
しかし王都はこの後間違いなくパニックになる。
とくに領地貴族たちは先を争って王都から出ていくだろう。
出門手続きも大混雑で長く待たされるハメになるかもしれない。
元老院によって戦時事態が宣言されたならば、街道上の関所のチェックもますます厳しくなるだろう。
出立を遅らせてそれに巻き込まれるわけにはいかないのだ。
「ここに残る人員は引き続き情報を集めてちょうだい。レニーリン一派と教会の動向とともに、魔王とやらの正体についても分かり次第知らせるように」
それで予定どおりの時刻。
公爵家の門前には出立する馬車がズラリと並べられたのである。
まず先公妃バーミヤの乗る豪華な馬車が。
次いで公爵家家臣団の馬車が、護衛騎士たちの軍馬が。
そして彼らに同行する商会の荷馬車の列が。
すなわちそれがガタナー商会のキャラバン隊である。
「先公妃様、この度はご領地まで同行することをお許し頂き誠にありがとうございます」
「ガタナー、今朝方の騒ぎは知ってるわね? 急ぎ出立したいから話は後よ。ただし、そうね」
バーミヤは少し思案して。
「ただし、警護の指揮系統だけは先に整えておく必要があるわね。ガタナー、あなたのところの護衛をウチの警護隊長に引き合わせるから連れて来てちょうだい」
「わ、私どもの護衛をでございますか?」
「ええそうよ、基本的にはあなたの身とあなたの積荷はそちらの護衛に守ってもらう。でも賊や魔物の襲撃など全体で対処する必要があるときには、ウチの警護隊の指揮下に入ってもらいますからね。ちょうど臨時雇用の護衛剣士も来たようだから、一緒にウチの責任者に引き合わせることにするわ」
「……」
「さあ、急いでちょうだい!」
「ははッ、ただ今連れて参りますので」
それで取り急ぎ護衛どうしの顔合わせが行われたのだが。
「まさか、あなたたちが来てくれるなんて……」
「おいおいマジかよ……」
バーミヤ、そしてフードリア家の警護隊長の声が震えた。
無理もない。
なにしろ臨時雇用の護衛剣士としてやって来たのは。
「ターナ・シーハと申す」
「その弟子、カカズチと申します」
「ワシら二名はこれより貴公の指揮下に入る。よしなにの」
やって来たのは、無眼無刀の剣聖その人であったのだ。
もうひとりもまたその門下随一の天才剣士、驟雨のカカズチであったのだ。
予定されていたのは剣聖門下の別の剣士であったはずなのに、急遽この剣聖自身が来てくれたのだ。
「なるほど。さすがは剣聖、律儀なことね」
かつてこの剣聖はバーミヤの依頼を蹴って帰ってしまったことがある。
真剣勝負を命じたその相手が剣を握ったこともないような弱者であったことで、機嫌を損ねてしまったのだ。
剣聖は真剣勝負で弱者など斬れぬとばかりに、あろうことかそのチンピラに土下座し敗北を宣言してしまったのだ。
バーミヤにとってこの剣聖の矜持を見誤ったのは痛恨の失敗であったが、この剣聖は逆に頭を下げてくれたのだ。
「この責はいかようにも」と表面上は公爵家を立ててくれたのだ。
そして今。
魔王の襲撃、大聖堂の破壊という大事件で混乱するこの状況下で、公爵家のために自ら駆けつけてくれたのだ。
「さすがは剣聖ね。あなた程の達人ともなると第一級の人格者でもあるのね」
バーミヤは感嘆の息を吐き。
「さて問題はこっち、ガタナー商会の護衛なんだけど……」
別な意味で、深く深く息を吐いたのだった。
「まさか、ガタナーがこんな者を連れて来るなんて……」
「おいおいマジかよ……」
バーミヤ、そしてフードリア家の警護隊長の声が震えた。
無理もない。
なにしろガタナー商会の護衛としてやって来たのは。
「おうおうおうおう、ケンカは弱えが打たれ強え、泥亀のテツとは俺のことだぜぃ! 夜露死苦ぅ!」
いつかのチンピラだったのだ。
しかもその上。
「ポポラマはポポラマです。護衛、頑張りますのでどうぞよろしくです!」
もうひとりは、小さな小さな幼女だったのだ。
「なんかあったらオッチャンの指揮下だな、そん時は頼むぜ!」
「……」
よりにも寄って、こんなチンピラが護衛なのかと。
よりにも寄って、こんな幼女が護衛なのかと。
ふざけているのかと。
バーミヤがガタナーをギロリと睨む。
ガタナーはその汗顔を深々と下げたものの、それでもこの人選を変える積もりはない様子であった。
それで。
「貴様ら、ふざけるなッ!」
警護隊長が烈火のごとく怒ったのだ。
チンピラと幼女とガタナーに、怒鳴りつけたのだ。
「この者らが護衛だと? 貴様ら、警護の任務を舐めておるならタダでは……」
「ええい、貴様こそふざけるなッ!」
「ひッ」
その百倍もの迫力で怒鳴りつけた者がいた。
チンピラと幼女に向かってではない。
ガタナーに向かってでもない。
なぜか警護隊長に向かって、気の弱い者なら白目を向いて失神する程の迫力で、怒鳴りつけた者がいたのだ。
「おい貴様、ししょ……この泥亀殿に警護任務が務まらぬとでも申しておるのか! たわけた事を申すな、ぶち殺すぞゴルァああああぁ!」
「剣聖いいいぃ、なんで、どうして、なんでそっちにキレるのよ! ねえ人格者は、さっきまでの人格者はどこに行ったのよぉッ!」
◇◆◇◆◇
「兄様、また随分と派手にやったみたいですね」
フードリア公爵家の大名行列が無事に城門を出た後に。
朝からなぜかやたらと騒々しい王都を無事に出た後に。
大名行列にくっついたガタナー商会荷馬車隊の、その最後方。
そこに竜兵がやって来て。
「透明になったエーロクさんに乗って、エーロクさんのブレスで大聖堂を焼き払うとか、完全にやり過ぎですよぅ」
ヒソヒソ声で俺にダメ出しである。
「お陰でこれから大変なことになりますよ。城外市のトランキーロ様が、これで公式に教会認定の魔王様になりましたよ。もちろん同時にこの王国でも国家認定の魔王様ですよ。これでボクだけでなく、兄様も立派なお尋ね者ですよ」
「そりゃ俺だってあんまり目立つ事はしたくなかったけどよぅ」
「そもそもボクたちは地味に、慎ましく、ひっそり目立たないように暮らしていくんじゃなかったんですか?」
「だってよぅ、仕方ねえじゃん……」
「はああぁ」
「……」
「まあでも」
竜兵のふくれ面が少しだけ弛んで。
「たしかに、ちょっとだけスッキリしましたけどね」
「だろ?」
「ちょっとだけですからね!」
とこんな感じで。
大名行列の最後方でヒソヒソと。
ガタナー商会会頭秘書の弟と、チンピラの兄は。
こんな感じでいつもと変わらぬ会話をしていたりする。
「それにしても兄様」
「ん?」
「ポポラマちゃんを同行させるにしても、どうして護衛役なんですか? いくらなんでもあんな小さい子が商隊の護衛だなんて、無理がありすぎですよ。そりゃあの隊長さんだって怒りますよ」
「いやだって仕方ねえじゃん。エーロクに乗せようとしたらアイツ、全力で拒否するんだもの」
「そりゃドラゴンに乗って空を飛ぶのは、普通の子には怖すぎて無理ですよぅ」
そのポポラマはあっちでノーラさんたちに捕まって、質問攻めにされている。
従業員の皆さんも昨日の事件については知っていたようで、ポポラマの登場にいろいろと驚いているみたい。
まあ何を尋ねたところでポポラマは「ごめんなさい、トランキーロ様に口止めされてるの」しか応えないけどな。
「だからどうせ陸路でガタナーさんがサイゼんとこに行くならさ、俺達もそれに便乗しようかなと」
「はあ」
「ホラ、孤児院のあいつらにポポラマのことは任せとけと言った手前、やっぱ俺が一緒に付いてなきゃならないじゃん」
「はあ」
「そしたらさ、部外者の俺とポポラマがガタナー商会に同行する口実ってもう護衛しかないじゃん」
そう。
実は前々から竜兵が「ガタナー商会は資金不足でキャラバン隊の護衛すら雇えない」なんて溢していたものだから。
今回は貴族の大名行列にくっついて行くとはいえ、自前の護衛もいないキャラバン隊なんてありえないって言ってたものだから。
それで。
ポポラマをサイゼのとこまで連れていきたい俺と、護衛のいないガタナー商会と。
その両者を脳内マッチングアプリが繋いでしまったのよ。
つまりはチンピラ&幼女と、倒産寸前零細商会とのマッチングですよ。
え、パッとしない者同士の組合わせ?
え、ショボい者同士の組み合わせ?
でも、無料のマッチングアプリなんてそんなものだよね!
まあそんなこんなで。
昨夜俺はガタナーさんにメモを手渡したのだ。
「ごえいふたり、はけんする」のメモを、ガタナーさんに手渡してみたのだ。
「それを了承してしまうガタナーさんもガタナーさんですけどね……」
「まあ、そこんとこはいつもの」
「兄様、もしやトランキーロ様の指示と言えばどんな無茶でも通ると思っていませんか」
「……」
「ううぅ、でも実際にこれがにどんな無茶でも通ってしまうんです……」
竜兵は半泣きの顔で。
「怖い、狂信者が怖いです! こんな兄様なのに、あちこちに狂信者がいるという現実が怖いです!」
とにかく。
俺とポポラマはガタナー商会の護衛として、大名行列に同行してサイゼの元へと向かうことになった次第。
まあそれで。
「せ、先公妃様が君たちをお呼びだ……」ってガタナーさんの声が震えていたけれど。
俺たちを見てあの女盗賊は頭を抱えていたけれど。
警護の隊長さんには怒鳴られてしまったけれど。
その場になぜか爺さんがいて、なぜか隊長さんにキレていたりはしたけれど。
その爺さんの隣にいた女の子には、なぜかすごい目でずっと睨まれてはいたけれど。
そうそう、女の子!
俺やサイゼと同年代くらいかな、長身ポニテのアスリート系女子だった。
◇◆◇◆◇
カカズチの祖父は剣聖である。
大陸最強、生涯不敗にして生ける武神の剣聖である。
その人生の全てを剣の技前を磨くこと、強くなることに捧げてきた人である。
それ以外のもの全てを「小事」と切って捨ててきた、そんな人である。
内外の大貴族にいかに金貨を積まれようと、陞爵の栄誉を約束されようと、士官話は全て言下に断ってきた人である。
その関心事はより強くなることのみ。
それ以外の全てを「小事」と切り捨て、必要最小限の関わりしか持とうとしない人なのだ。
それがカカズチの祖父なのだ。
それが剣聖の人生であったのだ。
だからそんな剣聖にとっては愛情すらも、家族すらも小事であったのだろう。
すなわち彼の妻も、息子も娘も孫たちも。
剣聖にとっては必要最小限の関わり、それ以上のものにはけしてなり得なかったのだ。
ただひとり、このカカズチを除いては。
「カカズチよ、そなたワシの弟子とならぬか」
その瞬間、空気が凍った。
その時の父の目を、兄たちの目を、驚愕と羨望と嫉妬でグチャグチャになったあの目を、カカズチは今でも鮮明に覚えている。
なにしろ父も兄も叔父も従兄弟も、誰ひとりとして許可されなかったのが剣聖の直弟子であったのだ。
剣聖の子として孫として生まれながらも、長年ただひたすらに剣の道に精進しながらも、それでも頑として許可されなかったのが剣聖の直弟子であったのだ。
それをカカズチが、まだ幼い少女であったカカズチが、兄の見様見真似でヨタヨタと木刀を振っていたカカズチが、剣聖にジロリと一瞥されるなり許可されてしまったのだから。
つまり。
この日からカカズチは。カカズチだけは。
家族の中で唯一、剣聖にとっての「小事」ではなくなったのだ。
それが何よりも嬉しくて。
それが何よりも誇らしくて。
幼いカカズチは必死になって剣を振ったのだ。
毎日毎日、何年も何年も。
猛稽古で血反吐を吐きながらも、道場唯一の女性として剣聖の孫娘として周囲から奇異の目に晒されながらも、必死になって心と身体と技前を鍛え続けてきたのだ。
それがどんなに苦しくとも痛くとも辛くとも、耐えきることができたのだ。
それはなぜか。
祖父剣聖がカカズチを見てくれているからだ。
カカズチが会心の剣撃を繰り出したとき、カカズチが何かを掴みかけたとき、祖父の目がフッと優しくなるのを知っていたからだ。
やがて。
道場での序列も少しずつ上がっていき。
他流試合で幾度となく勝利を重ねていき。
とくに女と侮る相手には、豪雨のごとく徹底的に打ち据えて。
そんなふうに。
達人たち剣豪たちに、勝って勝って勝って。
心も身体も技前も、日々磨いて磨いて磨いて。
いつしか。
カカズチを若い女と侮る者は絶えてなくなっていた。
剣聖の身内贔屓と揶揄されることもなくなっていた。
カカズチは天才剣士とも、剣聖を継ぐ者とも称されて、道場の師範すら任されるようになったのだ。
それなのに!
「いったい、いったい爺様はどうしてしまわれたのだ……」
昨夜になって急に。
あの謎の手紙によって急に。
祖父剣聖が「フードリア公爵家の護衛にはワシが行く」などと言い出したのだ。
そしてその理由が今日になって明らかとなったのだ。
いや、そんなものは最初から分かっていたはずではないか。
あの剣聖を、無眼無刀の剣聖を、常ならば泰然自若の剣聖を、強く激しく揺さぶる唯一の男。
そう、あの男だ。
そんな者など、あの男以外にはいないのだ。
いかにも弱そうで、いかにも雑魚っぽいあの男。
あの男以外にはいないのだ。
今回もあの男が護衛として参加すると知ったからこそ、祖父剣聖は急遽予定を変更して自らフードリアの護衛に参加するなどと言い出したのだ。
常ならば泰然自若の、常ならば人格者であるこの祖父剣聖が、あの男が絡むときだけはまるで人が変わってしまうのだ。
まるで人々が剣聖に向けるような憧憬の眼差し、そんな眼差しを剣聖自身があの男に向けているのだ。
ああ祖父剣聖が、そんな眼差しを誰かに向けるなんて!
たとえばその相手が、王宮に現れたというドラゴン殺しの赤騎士スターダスト卿だというならまだ分かる。
たとえばその相手が、今朝方に空中に現れ大聖堂を瞬時に破壊したあの黒鎧の魔王だというならまだ分かる。
しかし祖父剣聖が憧れの眼差しを向けているのは、そんな人外の怪物などではない。
モヒカン頭のチンピラなのだ。
取るに足りぬ町のゴロツキなのだ。
弱そうで、頭が悪そうで、下品で騒々しくて、不快で目障りなあの男なのだ。
「認めぬ、そんなこと断じて認められるか!」
近頃の祖父剣聖は無眼無刀の極意を得て、人の領域を超えて強くなった。
しかし、強さのみならずその人となりもまた、大きく大きく変化してしまったのだ。
それが不安で、それが心をザワザワさせて、今回祖父剣聖とともにここへとやって来たカカズチである。
そしてその決断はやはり正解だったとカカズチは思う。
そう。
この旅の道中、何としてでもあの男の化けの皮を剥いでやるのだ。
そして、そして、何としてでも祖父剣聖の目を覚ましてやるのだ。
◇◆◇◆◇
「し……泥亀殿、今日はいい天気ですな!」
大名行列にくっついたガタナー商会荷馬車隊の、その最後方。
そこに今度はニコニコ顔の爺さんがやって来て。
「それでし……泥亀殿、最近また新しい技を得たので見て頂き……」
「なんだよ爺さん、爺さんはあっちの護衛だろ。こっちに来んなよ」
そう。
爺さんはこの大名行列の先頭、女盗賊の豪華な馬車の護衛担当。
こっちは大名行列の最後方、ボロっちい荷馬車隊の護衛担当なのだ。
まあこの荷馬車も全部、知り合いの商人からの借り物らしいんだけどね。
「わはははは。まあそう言わず、同じ護衛同士仲良くやりましょうぞ!」
「爺さんは顔が怖いからさ、ポポラマが怯えるんだよ」
「だ、大丈夫だよ。エーロクさんよりは怖くないからッ」
引きつった顔で、泣きそうな顔でポポラマが応える。
まあ実際、昨夜はエーロクを見てわんわん泣いてたしな。
「おおお、ポポラマ殿もエーロク殿にお会いしましたか!」
「だから爺さん、怖い顔をポポラマに近づけんなって。もういいからあっちに行けよ」
「ききき、貴様ぁッ!」
突然叫んだのは爺さんの隣、ポニテのアスリート女子だった。
「大人しく聞いておれば、貴様先程からその態度は何だッ!」
「カカズチよ、やめんか!」
「いいや爺様、今日こそ言わせてください! 爺様はこの男に騙されて……」
「カカズチ!」
「おい爺さん、朝から何度も怒鳴ってんじゃねえよ。しかも相手は女の子だぜ?」
「きききき、貴様ぁッ、この私を愚弄する積りかあぁぁッ!」
「ええいカカズチよ、止めぬか!」
「だから爺さん、女の子相手に怒鳴ってんじゃねえって!」
「ぐす、ぐす……」
「ホラ、ポポラマが泣き出したじゃねえか、爺さんどうすんだよこれ」
「あわわわわ、ポポラマ殿、どうか許してくだされ。これなるカカズチはワシの弟子でして、ワシの孫娘でして……」
「弟子だかなんだか知らんけど、この人も女の子なんだからもっと優しくしてやれよな」
「は、ははッ」
「きききき、貴様、ぐ、ぐぐぐ……」
「もういいから、爺さんはあっちに行ってくれ」
「ううぅ、申し訳ござらぬ……」
「貴様、貴様、貴様ああぁッ! せめて、せめて爺様にもっと優しくしてやれぬのかあぁぁッ!」




