(42) お見通し
「兄様! 黙ってないでちゃんと説明してください! 今度はいったいどこで誰をからかったんですか!」
「だからそれは……」
俺は今なぜか竜兵に怒られていたりする。
竜兵はこれで結構めんどくさい奴なのだ。
「だからさ、フードリアのお屋敷の近くにさ、馬鹿でかい教会があるじゃん」
「ま、まさかそれ、大聖堂じゃないですよね……」
「ん、知らんけどあの辺でお城の次くらいにでかい建物」
「それが大聖堂ですよぅ! そんなところで、よりにもよってそんなところで、タカギさんが……」
「俺も別に行きたくて行ったワケじゃないんだ。それに高木さんがからかったつっても相手はおっさん一人だけだし」
「ふぅ、よかった、相手は一人だけですか。タカギさんが余韻に浸る程だから、ボクはてっきりまた余程の大騒ぎになるようなことをしたのかと」
「だってボン、あんなに清ました野郎が、あんなに偉そうにふんぞり返ってた野郎があんなマヌケ面を! ああ、あああ、今思い出しても……、へへへへ、ウヘヘへへ……」
「え、え……、偉そうなおっさんって……」
「うん、なんとか大司教様だってさ」
「余程の大騒ぎじゃないですかぁッ! よりにもよって大司教様をからかうなんて、大騒ぎになるに決まってるじゃないですかぁッ!」
「そうかなぁ」
「兄様、なんで、いったい、どうして!」
「ん?」
「いったい何をどうすれば、タカギさんが大司教様をからかうようなことになるんですかッ!」
「だからそれは……」
お分かりだろうか?
竜兵はこれで結構めんどくさい奴なのだ。
ちゃんと説明しろと言っといて、俺がちゃんと説明すればする程にますます怒るような奴なのだ。
これはあれだ。例えるなら「先生怒らないから正直に言ってごらん」とか言っといて「はい。先生が女子生徒にセクハラしてる映像をネットに流したのは僕です」なんて正直者に「ゴルアァァァッ! やっぱりおまえかあぁッ!」なんてキレるタイプの奴なのだ。
「ネットが何か知りませんけどボクはそんなことしませんよ!」
うわあぁ、竜兵の読心スキルが本当にうっとおしい。
ん、読心能力?
あッ、あああッ、まま、まさか竜兵も半眷……。
「もうッ。兄様のは全部声に出てるんですよッ。あとまさかボクが何ですって?」
そんなこんなで、竜兵に全部説明するハメになってしまったのだ。
高木さんがいったいどういう経緯で大司教さんをからかうことになったのか、最初から順番に説明するハメに。
ええとたしか、そもそも事の発端は……。
「寝てたらさ、起こされたんだよ。背中のモゾモゾに」
「モゾモゾって、例の赤い光ですか?」
「うん。日の出どころか、まだガタナーさんも寝てるような時間だぜ? それでくすぐったくて、うっとおしくて、我慢できなくなってムカついて、俺はその赤い野郎をとっちめに行ったのさ」
「そんな時間に赤く光る人って……。それで兄様、いったい誰だったんですか?」
◇◆◇◆◇
その日。
孤児院の皆がすっかり寝静まっている時間に、寝台をひとり抜け出した子がいた。
冷たい水で顔を洗い、白い息を吐きながら院長先生の部屋に向かった子がいた。
その子は、誰も起こさぬよう静かに静かに扉を開けて。
「院長先生、おはようございます」
院長先生を起こさぬよう小声で挨拶をして。
「脚はだいぶ良くなってきたと思うけど、頭の傷跡はなかなか進まないなぁ……」
その手を院長に翳して、神経を集中して。
やがて。
ポワッと光り出した少女がいた。
まるで春の陽射しのように優しく暖かく、治癒の光を放った少女がいた。
「ああ、今日こそ、今日こそお願いしないと……」
治癒の光に照らされた院長の横顔。
昔の大怪我で言葉も知能も失ってしまったという院長先生。
だけどいつも優しくて、いつも温かくて、誰よりも敬愛している院長先生。
しかし。
その院長先生を苦しめている悪い人がいるのだ。
悪い魔法で院長先生の命をゴリゴリと削っている人がいるのだ。
しかも。
この院長先生はその悪い人から逃げることすらできないのだ。
なぜなら、院長先生はその悪い人に人質の命を握られているから。
そう人質だ。
実の息子でも娘でもないはずの、自分たち孤児たちの命を盾にこの院長先生はずっと脅されていたのだ。
あの悪い人はこれまでずっと院長先生の優しさを、院長先生の愛を利用していたのだ。
まるで、院長先生の友だちみたいな顔をして!
ここにいる孤児たちの味方みたいな顔をして!
「こんなこと、お兄ちゃんやお姉ちゃんたちには言えないよぅ……」
少女が正直に打ち明けたとして。
あの副司教様が、いつも高価な焼き菓子を持ってきてくれるあの副司教様が、本当はとても悪い人だということを誰が信じてくれるのか。
たとえ信じてくれたとしても、その時それが仲間の子どもらにどれだけの落胆を与えてしまうのか。
だから。
「困ってるの。ポポラマは今とても困ってるの……」
だから。
少女の目には氷点下程にも冷たい何かが溢れてくるのだ。
「ポポラマは困っているから、ポポラマはとても困ってるから、ポポラマがお願いすれば、テツヤ君はきっと助けてくれる。だけど、だけど……」
かつて。
かつて、たった一日だけ一緒に働いたことのあるあの不思議なお兄さん。
今までポポラマが見た中でも、誰よりも強くて、誰よりもカッコ良くて、誰よりもキラキラと眩しかったあのお兄さん。
突然悪い人になって、変な髪型になって、皆の嫌われ者になってしまったあのお兄さん。
だけど本当は街の英雄、魔王トランキーロ様だったあのお兄さん。
そして。
ポポラマのことを友だちだと言ってくれて。
ポポラマが困っているときは絶対の絶対に助けてくれると言ってくれて。
ポポラマが人斬りのおじさんに追いかけられたときにも、ちゃんと助けに来てくれて。
本当はあの時は凄く凄く怖くて、助けられて安心して、それを悟られたくなくて理不尽に甘えてしまって。
とうとうお姫様抱っこをしてもらって、そしたらやっぱりいい匂いがして……。
「だけど、だけど……」
少女は、その目から零れ落ちようとする冷たいものを懸命に堪えるのだった。
「ポポラマはみなしごだから、ポポラマは何も持っていないから」
院長先生を起こさぬよう、隣室の孤児たちを起こさぬよう、少女は声を上げて泣くことも出来なかったのだ。
「ポポラマは、ポポラマは、テツヤ君に何もしてあげられないの……」
誰よりも強くてカッコ良くて、誰よりもキラキラと眩しいテツヤ君。
本当は街の英雄の魔王様だったテツヤ君。
ポポラマが困っているときは絶対の絶対に助けてくれるテツヤ君。
だけど自分は何も持っていない無力な子どもなのだ。
庇護してくれる親すらもいない惨めな子どもなのだ。
そんな自分がただ一方的に助けて貰うばかりなら、あの副司教様とどこが違うのか!
友情を口にしながら院長先生を一方的に利用しているあの悪い人とどこが違うのか!
だからこそ。
「ぐす、ぐす、お願いしなきゃいけないのに、助けて貰わなきゃいけないのに、ポポラマはとても困ってるいるのに……」
だからこそ、その小さな胸はキリキリした痛みで張り裂けそうになってしまうのだ。
「ぐす、ぐす、ちゃんと言わなきゃいけないのに、会って話さなきゃいけないのに、本当は今すぐ、今すぐ会いたいのに!」
「ん、誰に?」
「ひゃあぁッ!」
院長先生の部屋で光りながら。
声を殺して、涙を殺して、泣いていた少女の背後に立っていた者がいたのだ。
それは。
「テツヤ、君……?」
「おう。窓から失礼したぜ」
開いた木窓からはうっすら明るい朝の光と、清涼な風とがやって来て。
「それでポポラマ、おまえこんな朝っぱらから何やってたんだよ?」
「どうして……」
「ん?」
「テツヤ君……、どうして、どうしてここにいるの?」
「どうしてって、そりゃあ真っ赤っかなおまえのことをとっちめに……」
「え、ポポラマのことをなあに?」
「あ、いや、その、あれだ」
「え、え」
「あーその、あれだよ、だからやっぱおまえにも、友だちのおまえにも紹介しておこうかと思ってさ」
「え、紹介? ポポラマに誰を紹介するの?」
「あー、紹介するよ。これが俺の相棒の」
コン。
哲也がその胸を叩くと。
「はじめましてお嬢。アッシはミミックのタカギと申しやす」
そのみすぼらしい胴鎧がベロンと舌を出したのだ。
「え、えええ、ぐす、ぐす、そんな、そんなこと……、う、ううぅ……」
「ちょちょちょ、泣かないで、驚かせたのは謝るから泣かないで!」
「ううぅ、だって、だって、テツヤ君が本当に、隠していたことを本当にポポラマに、ポポラマなんかのことを信用してくれて……、ううぅ、うわーーん!」
◇◆◇◆◇
「そうか。そんなことがあったのか」
暫くわんわん号泣していたポポラマが、それでも途切れ途切れに事情を説明してくれて。
あ、ちなみにこの部屋から声が漏れることはない。
ここには既に遮音魔法がかけてあるのだ。
そう。俺の相棒は、つくづく万能なスーパーミミックさんなのだ。
「ごめんなさいテツヤ君、ごめんなさい……」
「は? おまえなに謝ってんの?」
「だって、だって、ポポラマはテツヤ君に何も……」
「まあ悪いと思ってんなら、今度からもっと早く相談してくれよな」
「え」
「いいか、今度からは遠慮なんてナシだ」
「だって!」
「あのさぁポポラマ、勘違いするなよ?」
「ぐす……」
「これは別におまえの為じゃなくて、俺の為にやることだからな。俺が俺の為にやることなんだからな」
「ぐす……」
「だから困るんだよ。おまえが俺に変な遠慮をして、俺の為にやるべきことを隠されると凄く困るんだよ」
「ぐす……」
「わかったか?」
「ぐす、よく分かんないよぅ」
「んー、よく分かんなくてもいいから分かれ」
「ぐす、ぐす、テツヤ君、無茶苦茶言わないでよぅ」
「お嬢、若旦那がこうなったらもう」
「うん、タカギのおじちゃん、そうだよね、こうなったらテツヤ君のことは放っておくしかないんだよね」
「なんかまた俺だけ疎外感!」
それから。
俺たちは、爺さんやエーロクやサダナーたちや、そんな他愛のないことをアレコレと話して。
「そういえばこの院長先生、ちっとも起きないね。やっぱ高木さんの遮音魔法って凄いよな」
「うーん、これはアッシの遮音魔法ではなくてよほど眠りが深いせいかと。どうやら頭部には結構な損傷があるようですし」
「うーん、それってどうなの? 高木さんの魔法で治癒できそう?」
「すまねぇ若旦那、アッシの初歩魔法では古傷までは治療できやせん」
「そんなぁ、おじちゃんでも治せないの!」
「ですが」
「うん?」
「え……」
「アッシには無理ですが、おそらくはお嬢にはできるかと」
「マジか、高木さん!」
「ポポラマに? 治せるの、院長先生のことをポポラマに治せるの?」
「ちぃといいかな、お嬢」
「は、はいッ」
「さっきお嬢がやってた治癒魔法なんだが、魔力の練り方がまるでなってねえ」
「はいッ」
それでなんか知らん間に治癒魔法を使えるようになっていたポポラマに、高木さんが魔力の操作方法を一から懇切丁寧に説明してあげて。
「出来た、出来たよ! 前よりもずっと力が強くなってるよ!」なんてポポラマがあっさりとマスターして。
「いやあ、お嬢の治癒力はたいしたモノだ」なんて高木さんに褒められて。
「ぐぬぬ、出来ないのは俺だけかよ!」なんてまた疎外感を感じて。
たくさん話して、たくさん笑って、それなりに楽しくて。
そんで、そんで、とうとう空もすっかり明るくなって……。
「なんかアイツらが起き出してる気配もするし、そろそろ俺は行くわ。じゃあな、ポポラマ」
「あ、待ってテツヤ君!」
タタタッと出て行ったポポラマが、すぐにタタタッと戻ってきて。
「コレ、コレをテツヤ君に!」
「ん、何だコレ?」
「うん。ポポラマはテツヤ君に何もしてあげられないから、せめて、せめて何かをあげなきゃと思って」
「ま、ままま……、まさか!」
「それでね、ええとね、大きいお姉ちゃんにお願いして王都のお店で買ってきて貰ったの」
「こ、コレ……」
「今まで働いて貯金してたのをお姉ちゃんに全部渡して、コレを買ってきて貰ったの」
「コレかよ……」
「それで昨日の夜になってから、お仕事の終わったお姉ちゃんがコレを持ってきてくれたの」
「コレだったのかよ……」
「でもポポラマの貯金を全部使っても、一番小さいコレだけしか買えなくて」
「ううぅ、重い、重いッ、重すぎるわッ! こんなん、こんなん、光るに決まってるわッ!」
「え、テツヤ君、泣いてるの?」
そりゃ泣くわ!
泣くに決まってるわ!
くそぅ……、赤い光のルールとして、これを付き返しても背中のモゾモゾは消えないんだぞ!
くそぅ……、より高価なモノを贈り返しても、背中のモゾモゾは消えないんだぞ!
くそぅ……、赤い光ってのは、プレゼントの金額には比例しないんだぞ!
こんな幼い子が今までせっせと働いて、コツコツ貯金してきて、それを、それを全部叩いて俺にプレゼントだぞ!
くそぅ……、コイツは、このポポラマは、俺のことを殺しに来てるのかよッ!
「ということになってさ」
「……」
「そこでクエストが発生したワケよ。なんとかしてポポラマの赤い光を消すクエストがさ」
「あのぅ兄様、それって、ポポラマちゃんからの贈り物って、もしかして今朝の」
「うん。あの時のアレだよ」
それでその朝。
その重い重いブツを持って帰った俺に、便所掃除を一人で済ませた竜兵が軽く抗議して。
スマンスマン、これをやるから許せとその重い重い重い菓子箱を開けて。
それでその重い重い重い重いクッキーを二人で摘まんでみたところ。
「不味ッ、なにこの不味い菓子は!」ってなって。
なにしろクッキーのくせに甘味が全然なくて、ナッツではなく豆なんて練り込んであって。
「ボク、お菓子って甘いものかと思ってました……」なんてボンボン育ちの竜兵も眉をしかめて。
さあこの不味くて重い重い重い重い重いブツをどうしたものかと思案してる間に朝食の時間になって。
そしたらまた朝食のときに。
モゾ……。
背中をくすぐるもうひとつの感触があって。
そして。
「やあおはよう、テツヤ君、リューへー君」
ぎゃあああああ、朝っぱらからビッカビカに赤く光っているガタナーさんですよ!
「うん? どうしたんだい、テツヤ君?」
「兄様、どうして目に涙を浮かべて……、あああ、まさかッ」
事情を察した竜兵がその場をどうにか誤魔化してくれて。
更には、急に光り出したガタナーさんから、その理由をさり気なく聞き出してくれて。
そしたら。
「というワケでね、今日はこれからフードリア公爵家に呼ばれているんだよ。そこで私が天意に守られていることを証明しないといけないんだよ」
「そんな無茶なッ。兄様、聞いていましたか?」
「いいや何も。ガタナーさん、それならどうして俺に教えてくれなかったんですか!」
「うん。繋ぎ役のテツヤ君に黙っていたことは謝るよ。でもね」
「はい」
「この私が目を掛けて貰っていること、守って貰っていること。それを証明してくれなんて、そんなことなんてトランキーロ様にはお願いできないよ」
「……」
「テツヤ君、リューへー君。もしかしたらね、ガタナー商会は今日で終わるかもしれない」
「そんな!」
「ガタナーさん、なんでだよッ」
「私は王都を追放されて、商会を維持するだけの販路も失ってしまって……」
「……」
「私はね、トランキーロ様からお預かりしている月々の資金もこの際断ろうかと思っているんだ」
「そんな……」
「マジかよ……」
「ああ。トランキーロ様の期待を裏切ってしまった以上、商人として終わってしまった以上、私はもう……」
「あああッ!」
「え、兄様?」
「どうしたんだい、テツヤ君。急に大きな声を出して」
「ガタナーさん、ちょっとだけ、ちょっとだけ待っててください! 竜兵、行くぞ」
「竜兵、どうすりゃいい! どうすりゃガタナーさんを助けられるんだ!」
「ええと……」
自室に戻って竜兵とふたり臨時の作戦会議になって。
自分の保身よりも、商会の存続よりも、トランキーロさんを煩わせないことを優先した変人を。
その結果ビッカビカに赤く光って、俺の背中にモゾモゾを発生させて、自分は破滅しようとしているあの変人を。
俺の天敵のあの変人商人をなんとかできないものかと作戦会議。
その結論として。
「そうか分かった。要はガタナーさんのバックに、いつかのスターダストさんがいることを証明すりゃあいいんだな」
てなって。
それで堕神様性能のこのスーパー頭脳でナイスなアイデアが閃いて。
「としょしつ」と書いた紙切れをあの重い箱に入れようとしたところで。
「兄様ッ、何度も教えたでしょ!」とキレた竜兵に「蔵書室」と直されて。
んで、その菓子箱を持って走って。
「ガタナーさんこれを! 実はトランキーロ様からこれを預かっていたんです!」
と公爵邸に向う間際のガタナーさんに、俺は重い重いあの菓子箱を手渡したのだ。
「トランキーロ様が私に?」
「はい、すみません。なんか公爵家にはこれを渡せばいいって言われていたのをすっかり忘れていて」
「そうか……、私は何もお伝えしなかったのに、やはりトランキーロ様は全てをお見通しだったのか……」
天を仰いで涙ぐむガタナーさんに。
「いやいやいやいや、全てをお見通しとか無茶なことを言わないでくださいよッ。これからはちゃんと」
「テツヤ君、大丈夫。さっきはちょっとばかり弱気になってしまったけれど、やはり大丈夫なんだよ。なにしろあの方は……」
「いやいやいやいや!」
そんなやり取りを商会従業員の皆さんが、とくに「チンピラなんて追い出せよ」発言のノーラさんが怪訝な顔をして見ていたりして。
「うーんあのお菓子箱、私が昨夜ポポラマに渡したのとよく似ているんだけど……」
こうして始まったのが第二クエストですよ。
「なんとかしてガタナーさんの赤い光を消せ」クエストですよ。
それでガタナーさんはフードリア公爵邸へと。
同時に俺もこっそりフードリア公爵邸へと忍び込んで。
それであの女盗賊がガタナーさんと会っている隙に。
お屋敷のセキュリティが女盗賊に集中している隙に。
俺は小石をふたつばかり放ってコツンコツン。
その合図で二階の木窓が開いてあの侍女さんが顔を出して。俺を見つけたとたんにまた嫌な顔をして。
「急にすまんな、ちょっと下がってて」
俺がジャンプして窓から入ると。
ひゃあッと侍女さんが腰を抜かしたものだから。
俺はこの手でグイッと起こしてあげて。
「今日は侍女さんに、ひとつ頼みたいことがあるんだ」
「なななな、なんですか、アナタのことは大嫌いですけど、顔も見たくないですけど、だけどアナタの指示には従うようにとお嬢様から言われてて、だからどんな酷い命令にも従いますけど、歯を食いしばって耐えますけど、でもでもいくらなんでも、いくらなんでもこんな朝からなんてッ」
なんか知らんけど「たとえこのカラダは自由にされてもココロまではッ」とか騒がしい侍女さんをどうにか落ち着かせて、お屋敷の図書室まで案内してもらって。
「ふ、ふんッ。さてはアナタ、お嬢様のお心の次は、ここにある貴重な書物を盗み取る積りですね? そしてその後には私のカラダも……」
なんて侍女さんに鍵を開けて貰って。
そう。元々サイゼが持っていた合鍵を使って。
そう。この合鍵はサイゼが読みたい書物を取り寄せるために、今現在はこの侍女さんが預かって保管しているのだ。
「よし、これで用件は終わり。ありがとう、お陰で助かったよ」
「えええッ、もういいのですか?」
入って三秒で出てきた俺に侍女さんがビックリした顔で。
「アナタ、いったいここで何を……」
「あ、ちゃんと鍵は掛けておいてね」
これで俺の背中は……、ヨシ、モゾモゾがひとつ消えたぜい!
これでガタナーさんのクエストは達成っと。
「おっと侍女さん、これはサイゼからの手紙な。本は当分いらんけど、たまには甘いものが食いたいってさ」
「ちょ、待ちなさいよ! アナタ毎日毎日いったいどうやってお嬢様のところまで」
「じゃあな、今日は夕方前くらいにまた寄るからそのときにまた」
「ちょっと! だいたいさっきのジャンプ力にしても、ねえ、アナタは本当に人間なの? それに私のカラダはいったいいつになったら要求……」
侍女さんに待ちなさいよと言われたところで待つわけにはいかぬのだよ。
なにしろ今日は忙しいのだよ。
さあて次はポポラマのクエストだぜぃ!
それでエーロクに乗ってやって来た王都のでっかい教会。そのすぐ上空。
もちろんエーロクは人に見つかると大騒ぎになるから透明化してる。
それで透明なエーロクは見えないんだけど、そこに乗ってる俺は透明じゃない。
だから地上から見ると俺だけが空を飛んでいるみたいで、未確認飛行チンピラになってしまうのよ。
つまりはUFTになってしまうのよ。
そこでUFTの俺としては、いつも離発着は人目のないあの川辺にしているのだ。
誰も見ていないあの川辺でエーロクに乗って、そこから真上に上昇、地上から目視できないくらいの高度で飛んで移動して、目的地についたら真下へと降りるのがいつものパターン。
「さあて、ここまで来たのはいいけど、副司教のケニーガさんとやらはどこにいるんだろ?」
「若旦那、アッチです。おそらくはあの窓が野郎の部屋でさぁ」
「おおお、流石は高木さん!」
孤児院のあの部屋。院長先生の寝ていたあの部屋に。
高木さんによると、あそこにはポポラマ以外の魔力の痕跡がもうひとつ残っていたそうだ。それで俺たちは、高木さんにその魔力の臭いを辿って貰うことでここまで来たのだ。
俺の相棒とは、本当につくづく有能で万能なスーパーミミックさんなのだ。
それでいつものように窓から失礼して、豪華なデスクに座ったところで「ふははははは」なんて高笑いが聞こえてきて。
その後その副司教さん、ケニーガさんとちょっとしたやり取りはあったものの、彼の誤解はどうにか解いて。
そうそう。人間関係の基本は話し合いですよ。
要はギブアンドテイクの取引きですよ。
ケニーガさんはもう城外市には来ない、その代わりに俺はお宝をプレゼントする。
話が纏まって、めでたしめでたし。
俺は窓の外へとジャンプして、透明エーロク号に飛び乗って、これにて一件落着。
「さあヨシ、これでポポラマのクエストも達成っと! これで俺の背中はスッキリと……、スッキリと……、えええ〜?」
「若旦那、どうしやした?」
「全然スッキリしてないじゃん! 背中のモゾモゾが消えてくれないじゃん!」
これはいったいどういう事なのよと、再度ケニーガさんの部屋へとダイブ。
そしたらドアの外であの野郎が。
「馬車と護衛の用意をしておけ。大司教様との面談が済み次第、私は城外市に向う」
なんて抜かしてやがるし!
あのクソ野郎ときたら、俺との約束をあっさりと破ってくれてるし!
これじゃクエストは失敗、俺のモゾモゾは消えてくれないし!
さてどうしたものかと考えて、考えて、考えて。
夢の中でも考えて、考えて、考えて。
そう夢の中。
実は俺は生まれつき、考えすぎると眠くなる呪いに掛かっているのだ。
「若旦那、若旦那!」
それでハッと起きた俺に。
「若旦那、野郎が戻って来やした。しかも一緒にいるのは糞ッ」
「え、どうしたの高木さん?」
「嫌な臭いがプンプンしてやがる、これはあの野郎の……」
「うーん、高木さんがそんなに嫌ってる野郎ってのはアレだよね」
「へい。この魔力の臭いは間違いありやせん。あの野郎でさ。十年前にアッシの仲間を皆殺しにしてくれたあのクソ野郎の臭いでさ」
「てことは、ここに保守点検の天使さんが来るの?」
「いいえ、野郎本人ではありやせん。おそらくは野郎の半眷族かと」
「うーん、天使さんの半眷族さんかぁ……」
半眷族とは、人間なのにどういうわけか神気を吸って超常の力を得た存在である。
たとえば俺にも神気を吸った三人の半眷族がいる。
炎の魔法使いであるサイゼ。
黒い光が見えるらしいあの爺さん。
そして治癒の魔法使いであるポポラマ。(←new!)
そしてそしてどうやら高木さんの仇敵、保守点検天使さんにもその神気やら天使気やらを吸った半眷族さんがいるらしいのだ。
その半眷族さんが、今ここに向かっているらしいのだ。
「若旦那、どうしやす?」
そんなのさぁ。
どうしやすとか言われても、どうしやすん?
もう一度整理してみよう。
・俺は背中のモゾモゾを消したい。
・そのためにはケニーガさんと再度話し合いをする必要がある。
・しかしケニーガさんは現在一人ではなく、同行者がいるらしい
・その同行者は高木さんの仇敵、保守点検天使さんの半眷族だとか。
さあてどうしやすん、どうしやすん……。
堕神様性能の俺のスーパー頭脳がフル回転して。
考えて、考えて、考えて。
そしたら呪いの力で眠くなってきて……。
「若旦那!」
ハッとなったら、もう既にドアのすぐ向こう側に奴らが来ていて。
「はい。そこでその赤騎士殿は、この私にある宝物を残して行ったのです」「ふむ、宝物であるか」
とか聞こえてきたからさ。
「よし高木さん、とりあえずこの首は仕舞ってくれ」
「へい」と高木さんがドラゴン首を収納して。
その高木さんを俺が脱いで。
「じゃあ高木さん、その半眷族さんの方は高木さんに任せるから!」
「若旦那、いいんですかい?」
高木さんの仇敵である天使さん。
かつて鎖のメンテのついでに高木さんの仲間を皆殺しにして、ミミックの高木さんに死んだフリをさせて、屈辱とトラウマを植え付けたという保守点検の天使さん。
うん。その天使の半眷族さんならば、からかう相手として不足はあるまい……。
てことで!
「頼むぜ、相棒!」
「へい!」
それで高木さんはキラッキラの宝箱に変身して。
俺はジャンプで部屋の天井に張り付いて。
そのタイミングで「大司教様への、このケニーガの忠節の証でもあります!」なんてドアが開けられて。
それでそれで。
「ベロベロベロベロ……」と高木さんが会心の一撃で半眷族さんを失神させて。
同時に俺も天井からの首トンでケニーガさんを失神させてさ。
「あれあれ、ケニーガさんとゆっくり話し合いをする積りが、なんで俺は首トンなんてしてんだよッ」
「若旦那、まだ寝ぼけているようですね……」
などと言ってる間に。
「何事だ、大司教様の悲鳴が聞こえたぞ」
「護衛剣士たち、こっちだ、こっちに集まってくれ」
なんて部屋の外が騒がしくなってきてさ。
それでとりあえず二人きりで話し合いをするために、失神してるケニーガさんをエーロクに乗せてその場をトンズラしたワケですよ。
このUFTができるだけ人目に付かないように垂直に上昇して、上空を飛んで移動して、あの川辺で垂直に下降して。
「よし、あとはケニーガさんを起こして話し合いを……」とは思ったものの。
「うおお、やべえもう夕方じゃん!」
そこで先約の侍女さんのことを思い出して。
それでケニーガさんを起こすのはちょっとだけ後回しにして、透明エーロク号で再度フードリア邸へGO!ですよ。
小石ふたつをコツンコツンで出てきた侍女さんに「遅いです!」と文句を言われつつサイゼへの手紙と差し入れのお菓子とを預かって。
「それでさ、急いで川辺に戻ったらさ、肝心のケニーガさんがいないのよ」
「……」
竜兵への長い長い説明は、これでようやく終わり。
まあ半眷族がうんちゃらの下りは省いたけどね。
だって実は俺にも神気がうんちゃらとか、なんか照れくさいし!
「それでさ、やべえケニーガさんと話し合いはどうしようって思ったんだけどさ」
「……」
「なんかさ、背中がスッキリしてるのよ。いつの間にかモゾモゾがスッキリ消えてたのよ」
「……」
「それでまあいいかなと。別に話し合いなんてしなくても、俺の背中がスッキリしてて、ポポラマのクエストが達成してんならそれはそれでいいかなと」
「……」
「いやホラ、時間も時間だし、サイゼのこともあまり待たせるワケにはいかないしさ」
「兄様」
「ん?」
「兄様、タカギさんが大司教様をからかったのは、大聖堂の副司教様の部屋なんですよね」
「うん」
「大司教様にしてみれば、副司教様と二人きりのときに突然魔物が現れて……」
「そうだな」
「それでその直後に、大聖堂からその副司教様だけがいなくなって……」
「うん」
「そしたら兄様の背中もスッキリしていて……」
「うん」
「その副司教様は、孤児院の皆を人質に院長先生をずっと苦しめてきて、兄様との約束も簡単に反故にした人で……」
「うん。考えてみりゃとんでもない野郎だよな」
「……」
竜兵が、なにやらまた難しい顔になって。
「ねえ、兄様」
「うん?」
「兄様、この世界には正義ってあると思いますか?」
「はああ、正義ぃ?」
「この世界には正義の神様って、いると思いますか?」
「はああ、神様ぁ?」
「はい。心の正しい者や無力な子どもの痛みや苦しみをちゃんと見つけてくれて、悪しき者をちゃんと懲らしめてくれる、そんな神様が……」
「いねぇよ。そんな都合のいい神様なんているワケねえじゃん」
だって俺の知ってる神様は鎖でグルグル巻のあの堕神様だけだし。
しかも高木さんの話ではあの堕神様、本職の悪魔以上に随分と非道い奴だったみたいだし。
「そうとも。正義の味方みたいな便利な神様なんて、どこにもいねえよ」
「兄様、それは本当ですか?」
なんか急に変な事を言い出した竜兵が、急にマジな顔で、不安そうな顔で、俺の事をジッと見つめるものだから。
「ああ、そんなのマジでいるワケねえよ。だいたいさあ」
「はい」
「そんな人の心の中までお見通しみたいな奴がいたらさ、キモチ悪くてしょうがねえじゃん」
それでもマジ顔でマジマジと見つめてくるものだから。
「うん。そんなキモチの悪い神様なんてさ、もしいたらこの俺がぶっ飛ばしてやるさ。そんでそいつのケツにアーヘンの花束を纏めて突っ込んでやるさ!」
「はい、兄様!」
そしたら竜兵はパァと明るい顔に戻って。
「うん、そうですよね! 正義の味方みたいな、何でもお見通しみたいな神様なんていませんよね!」
さっきとは一転して満面のニンマリ顔になるものだから。
「痛い痛い痛いッ、兄様何を!」
その笑顔にちょっぴりムカついた俺は、竜兵をホールドして頭グリグリの刑にしてやったのだ。
「えへへへ、兄様」
「なんだよ、竜兵」
「今晩は奮発してスペシャル定食にしませんか」
「な! スペシャルって、おばちゃんの店の中でも一番高価なメニューじゃねえか!」
「ああ、支払いなら心配しなくていいですよ。今日のはボクが持ちますからね」
「ああ? 竜兵てめえふざけんなよ、兄が弟に飯を奢って貰うなんて」
「えへへへへ、ボク知ってるんですよぅ? 兄様、今月はもうお財布がピンチですよね?」
「なぜそれを!」
「じゃあ決まりですね、さあ兄様行きますよ、今日はボクの奢りでスペシャルですよ」
「ぐぬぬぬぬ、高木さん!」
「へい」
「高木さん、困るよ! 竜兵に俺の財布の中身を知る魔法なんて」
「アッシは何も。それはボンが勝手に身に着けた……」
「キモッ、竜兵おまえ、キモいッ!」
「えへへへへ」
「くそ、竜兵てめえはなんでもお見通しかよ!」
「えへへへへ」
今日の竜兵はいつもと違って。
急に不安そうな顔をしたり、俺の頭グリグリ攻撃でも理不尽ですとか常識がうんちゃらとか言わないものだから、俺もなんだか調子が狂って。
「うんうん、そんな神様なんていませんものねッ、兄様はそんなんじゃないですものねッ」
なんてやたらニコニコしているものだから。
「おおい竜兵、おまえどうしちゃったんだよ! いつものおまえに戻ってくれよ! なんか変ッ! 今日のおまえはなんか変ッ! 今日のおまえはすごく、すっごくキモチが悪いいいぃッ!」
「うんうん、下品で理不尽で常識が欠けててちっとも変わってくれなくて、それでこそ、それでこそボクの兄様ですものねッ!」




