(38) 紹介
城外市南地区。
厳戒態勢のサダナー一家に、護衛を引き連れて、各地区の裏社会の大物たちがやってきた。
つまり本日ここに集まったのは四人のボスたち。
南地区のサダナー。
西地区のローヒム。
北地区のシブー。
東地区の二代目イビール。
とはいえ、この日は毎月定例の会合ではない。
「おいおい、なんか今日の親分たち、ずいぶんとピリついてるじゃねえかよ」
いつにも増して緊張した空気に、末端組員のラットはゴクリと唾を飲んだ。
「トランキーロファミリーの緊急召集会議ってことだが、おいテツ、てめえ何があるか聞いてるか?」
「いいえ先輩、自分は何も」
「ち、使えねえ……おッ、また誰か来たようだぞ。て、おい待てよ、ここにはもう既に四人の親分が集まっている、てことは!」
やって来た馬車に、組織ナンバーツーのカツォーリが駆け寄って迎える。
馬車から降りたのは、顔を頭巾で覆った謎の男であった。
顔は分からない。
しかしゴツゴツした岩石の肉体と、剣の達人のような足運び。
圧倒的な強者の風格であった。
「うおおぉ、あれがトランキーロの大親分か!くそ、なんて、なんて貫禄だ……」
そして。
その男がラットの前を通り過ぎるその瞬間。
「えッ」
頭巾から覗いた鋭い眼光がフッと柔らかくなると、こちらに向って小さく一礼したのだ。
「おい今、大親分が俺に……」
「先輩、俺たちも行きましょう。早く持ち場につかないとカシラに叱られますよ?」
「そうか、覚えていてくれたんだな、大親分は俺のことを……」
「さあ先輩、早く」
「ちょっと待て、今ちょっと感激で足が震えて……」
「何やってんすか、早く行かないと」
「くそ、感激で震えが、震えが止まらねえ、大親分のあの目を見たら震えが……」
「やべえ、先輩、先に行きますね!」
「しかし大親分のあの目、たしか最近どこかで見たような……」
「おいラット! てめえ何をモタモタしてる! 早く持ち場に着かんか!」
「すいませんカシラ、すぐに行きますので! クソ、感激で足が動かねえッ、震えが、震えが……」
◇◆◇◆◇
護衛たちが入口を固めたここ二階の執務室。
只今室内にいるのは、各地区のトップ四人と本日のゲスト。
そこに。
「どうもー。カツォーリさんに言われてお茶をお持ちしましたー」
俺が参加して。
「やあ、お待たせ」
「親分、本日は俺たちの我儘を聞いて頂き、ありがとうございます!」
四人が俺に平伏すると。
「ふむ、なるほど。この者たちは師匠様のことを知っておられるのですね」
頭巾を取って爺さんが現れた。
「ならば師匠様が紹介したい者とは、この者たちですか?」
「あ、いやコイツらも後で紹介するけどさ、まず最初にさ」
「はい」
「まずは爺さんに、俺の相棒を紹介したいんだ」
「師匠様に相棒ですと?」
「うん。俺の相棒の高木さんを紹介しようと思ってここに呼んだんだ」
「タカギ殿ですか……、ではこの四人は?」
「野次馬みたいなものかな。爺さんに高木さんを紹介するって言ったら、どうしてもその場に立会いたいって」
「はあ」
「じゃあ早速紹介するからさ、爺さん、この鎧を脱ぐのを手伝ってくんない?」
「むむ、ワシにタカギ殿を紹介するのに、師匠様が鎧を脱ぐ必要があるとはいったい……」
「いいから、ホラ」
「はあ」
爺さんが俺の胴鎧へと手を伸ばす。
四人が期待の顔でググッと前のめりになり。
そして……。
「ぬッ」
『ベロベロベロ……、おっといけねぇ〜ッ、しくじったぁ~ッ!』
ホンの一瞬、高木さんが黒くチカッと光ってしまったのだ。
それで触れる寸前に、爺さんはサッと手を引いてしまったのだ。まるで瞬間移動のように、ササッと距離を空けてしまったのだ。
「高木さん、今のは惜しかったね。最後の最後で光ってしまったよ」
「若旦那すまねぇ、光ってバレねえよう、あれだけ練習に付き合ってもらったのに」
そう。
この爺さんはカリスマ現場監督などではなかったのだ。
なんでも、剣術道場のカリスマ道場主だったらしいのよ。
現場監督でなく道場主だから、高木さんの黒い光がふつうに見えるらしくて。
「いや兄様、そんな特異体質はこの世界に兄様と剣聖様しか……、いや、なんでもないです」
竜兵はなんか微妙な顔をしていたけど。
「いやあ、タカギのオジキでも勝てねえかぁ!」
「オジキなら絶対に行けると思ったんだがなぁ!」
「さすがは剣聖か、無眼無刀は伊達じゃねえなぁ!」
「オジキ対無眼無刀、なかなか見応えのある一戦だったぜ!」
「あの、師匠様、これはいったい?」
高木さんのからかいを鮮やかに躱した爺さんも、ガハハと盛り上がっている四人にはやや呆気にとられているみたいでさ。
「爺さん、改めて紹介するよ、俺の相棒の高木さん」
「ミミックのタカギでございやす。先程は失礼を」
「ミミック……、迷宮に出る魔物ですか」
「おいおい剣聖、魔物くらいで、人語を話す魔物くらいで今さら驚いてんじゃねえよ」
「ガハハハハ、そうとも。なにせ俺たちの親分はこの町では魔王なんて呼ばれてるお方だからな」
「そうそう、魔王様が魔物と共にいる、なんの不思議もねえだろう?」
「そうとも、たとえどんな魔物が親分の手下になったとしても、俺は驚かないね」
「ん、あれ、爺さん、どうしたの? まさか泣いてるのかよ?」
「ぐ、師匠様すみませぬ、タカギ殿を紹介して頂いて、このワシなどを信用して頂いて、ぐぐ……」
「信用するさ。それに爺さんには悪いことをしたと思ってる。この俺のせいで、生涯不敗の経歴に傷を付けてしまったんだろ?」
そう、あの日。
この爺さんは、俺を斬るように依頼されていたそうだ。
フードリア公爵家に取り付いた虫ケラを、お姫様を脅すか何かしてガタナー商会に便宜を図らせた、忌々しい虫ケラを潰すよう、公爵家から依頼されていたそうだ。
たとえ虫ケラが土下座で命乞いをしようとも、構わず斬り捨てるよう指示されていたそうだ。
それを。
それをこの爺さんは、俺を見るなりに捨てた。
職務の遂行も、公爵家の信用も、生涯不敗の経歴も、全てを寸毫の躊躇もなく捨てたのだ。
この俺のために、泥を被ってくれたのだ。
だったら、そんな人、俺だって信用するしかねえじゃんか。
「ぐ、改めて名乗らせて貰う!」
爺さんが顔を上げて。
「我が名はターナ・シーハ! 我こそは師匠様、泥亀のテツ様の弟子にて候!」
「おう剣聖、俺はサダナーだ。ここには安酒しかねえが、歓迎するぜ!」
「俺はローヒム。ところでアンタが親分の弟子になった経緯なんだが」
「シブーだ。そうそう、俺もそれが気になっててな」
「イビールだ。どうせあれだろ、親分のことだから、またとんでもないことを……」
「うむ。ここで話せる範囲ならば……、エーロク殿の一件について話そうか」
「エーロクぅ?」
「うむ。ところでお主、先程は何が手下になろうと驚かぬと申したな……」
楽しげに盛り上がっている連中を残して、俺は席を立った。
連中には伝えていたけど、俺は今日はこれで早退。
そう。
俺はこれから、ちょっとした用事があるのだ。
「おいラット、てめえはいつまでそうしてる積りだ!」
「そんな事言ったってカツォーリのカシラ、震えが、足の震えがああぁッ」
◇◆◇◆◇
フードリア公爵領。
断崖の上に建てられた修道院。
そこは修道女たちが雑念なく祈りの日々を送れるよう、俗世と完全に隔離された場所である。
あるいはまた。
フードリア公爵家が、自家にとって都合の悪い貴人を押し込めて、一生軟禁しておくための場所でもある。
そう、公爵家にとって都合の悪い貴人。
たとえば下賤な者に誑かされて、公爵家が情報庁に睨まれる切っ掛けを作った姫君だとか。
たとえば下賤な者に誑かされて、無関係と主張していたはずのあの零細商会に対して、勝手に指名商会の許可証を与えてしまった姫君だとか。
「お父様もお祖母様も、カンカンに怒っていらしたものね」
その修道院の「監獄塔」で。
涙も凍り、ため息も白くなる監獄塔の最上階の一室で。
「とくに、お祖母様は怖い顔をしていらしたものね……」
姫君の祖母、バーミヤ・エンゲルス・フードリア。
亡くなった先代公爵家の正妃にして、当代公爵ガストンの実母である。
そして、そのミドルネームからも分かるように、エンゲルス王家から降嫁した元王女である。
しかし、ただ血筋の良いだけの女性ではない。
自ら領地の経営改革に乗り出し、汚職を一掃して無駄のない統治システムを導入し、若く優秀な商人たちを取り立てて産業を興し、ついには破産寸前だった公爵家の財政を立て直したという女傑である。
すなわちフードリア公爵家において、影の当主ともいえる人物なのだ。
更には。
「我らフードリア公爵家は今後中央の権力闘争に対して一切の距離を置く。よいか、たとえ日和見と叩かれようと雌伏に徹すること」
この方針を定めたのもこの女傑であった。
だからこそ。
だからこそ、バーミヤは怒っていたのだ。
なにしろ。
レニーリン侯爵家に圧されて零落していくエンゲルス王家である。
緩やかに滅びていく己の実家である。
フードリアの存続のためには、それでも切り捨てるよりほかないと苦渋の決断を下したはずの王家である。
なのに、なのに。
軽挙によって王家に加担して、フードリアを今こうして危機に晒している孫娘に対して。
そしてそして、その孫娘を誑かした下賤の虫ケラに対して。
バーミヤは、腹の底から怒っていたのだ。
最愛の孫娘を、断崖の監獄塔にこの先一生幽閉すると決意する程に。
その下賤の虫ケラを、フードリアの全力を以て叩き潰すと宣言する程に。
「泥亀さん、元気かなぁ……」
後悔などしていない。
命を救われたからそのお礼をした、ただそれだけだ。
何も間違ったことなどしていないし、何ひとつとして心に恥じる所もない。
それでも。
それでも公爵家には、お祖母様には迷惑を掛けてしまった。
ここは寒いし、ご飯もちょっぴりしかないし、何もすることがなくて退屈だし、ここでこの先一生暮らすのは、正直言ってウンザリする。
自慢の髪をバッサリ切られたのも、落ち込んでしまう。
そして何よりも。
「会いたいなぁ……」
そんなのは無理だと、もちろん分かっている。
王都からこの公爵領までは、馬車で数日の距離がある。
断崖の上にある修道院に登るには、公爵家の管理する人力リフト以外に手段は無くて。
その修道院の監獄塔には頑丈な鍵が掛けられていて。
よじ登るのは絶対にできないような最上階で。
つまり、絶対に絶対に無理だとは分かっている。
どうやっても来ることはないとは分かっている。
それでも、それでも。
サイゼリーナは、王都に向かう小さな木窓を開けて、白く息を吐いてしまうのだった。
「会いたいなぁ……」
「ん、誰に?」
「ヒャアァッ!」
「おっとゴメン、驚かせたか」
「泥亀、さん……」
窓の外には彼がいた。
下品で弱そうで言葉が乱暴で、だけど命の恩人でいい匂いのする、モヒカン頭のチンピラがいたのだ。
「え、え、泥亀さんがどうしてここへ? どうして空中に? あなたはマボロシなのですか? ワタクシは今、死ぬ前のマボロシを見ているのですか?」
「ううぅ、ここは寒いな、なあ、そっちに行ってもいいか?」
「え、それは構いませんが、その窓は小さすぎて。あそこの天窓ならば入れるかもしれませんが、高すぎて手が届きませ……」
見上げたその天窓がギイッと開いて。
「え」
「ううぅ、寒いッ、寒いな、ここは」
チンピラが真上から降りて来たのだ。
見えないヒモを伝って、ゆっくりと降りて来たのだ。
「悪いが、ちょっと暖を取らせてくれ」
そう言って、中空にファイヤーボールを出現させたのだ。
複雑な詠唱もなく、精神集中もなく、いとも簡単に魔法の炎を出してみせたのだ。
「髪、切ったんだな……」
「あああッ、これはッ」
慌てて手で隠そうとしたサイゼリーナに。
「隠すことねえじゃん、よく似合っているし」
「ホントですの?」
「ああ。前のグリングリンしたドリルよりもさ、そっちの、肩くらいの清楚系の方がいいんじゃないか?」
「……嘘でもお世辞でもないようですね」
「嘘もお世辞も言わんさ。俺は姫さんには嘘は言わん。姫さんには嘘や隠し事はしたくないんだ」
「泥亀さん……」
「だからさ、それで今日は姫さんに」
「サイゼリーナですわ!」
「ん?」
「ワタクシのことはサイゼと。どうか、どうかサイゼとお呼びください!」
「ああ……、うん分かったサイゼ。じゃあ俺のことは」
「テツヤ様とお呼びしますわ!」
「ええぇ、サマ付けで呼ばれるのはむず痒いから勘弁してくれよぅ」
「むぅ、何か不服でも?」
「あ、いいえ、それで構いません……」
「あら、随分と素直ですわね」
「だってどうせあれだろ、機嫌を損ねているレディーに理屈で応戦したら減点なんだろ?」
「ふふふふ、テツヤ様ったら、まるでワタクシのお祖母様みたいなことを言うのですね」
「おっとそれでさ、サイゼ」
「はいテツヤ様」
「今日はサイゼに俺の相棒を紹介したくてさ」
「はい」
「これが俺の相棒の高木さん」
コン。
哲也がその胸をひとつ叩くと。
「ミミックのタカギと申しやす。お目に掛かるのはお初ではございやせんが、名乗るのはこれが初めてで」
そのみすぼらしい胴鎧がベロンと舌を出したのだ。
「まあ、まあなんて、なんてこと……、う、ううぅ」
「ちょちょちょ、泣かないで、驚かせたのは謝るから泣かないで!」
「うぅ、だって、だって、テツヤ様が本当に、隠していらしたことを本当にワタクシに、ワタクシを信用してくれて……、ううぅ、うわーーん!」
◇◆◇◆◇
それから。
俺たちは、爺さんやエーロクやサダナーたちや、そんな他愛のないことをアレコレと話して。
高木さんに出して貰った熱々オデンを二人でふうふうしながら食べて。
そういや今日は俺のことをペロリとしないんだな、なんて言ったら「そんな破廉恥なことなど、するわけありませんわ!」なぜか真っ赤になって怒られて。
ゴメンゴメンと平謝りして。
そうやって平謝りするのもなぜか楽しくて。
プカプカ浮かぶファイヤーボールに興味を持ったサイゼに、高木さんが魔力の操作方法を懇切丁寧に説明してあげて。
「出来たわ、出来ましたわ!」なんてあっさり成功して。
「姫君、いやあ初めての炎でこの大きさはたいしたモノだ」なんて高木さんに褒められて。
「ぐぬぬ、出来ないのは俺だけかよ!」なんて疎外感を感じて。
たくさん話して、たくさん笑って、すっごく楽しくて。
そんで、そんで、とうとう空もすっかり暗くなって……。
「これで帰るけど、俺、また来てもいいのかな?」
「あら、まさかもう来てくださらないお積りでしたの?」
「いやホントは毎日でも来たいです。サイゼといると超楽しいです……」
「なら明日もお待ちしてますわね」
なんてサイゼの顔が超近いところにあるからさ。
なんだろう、ペロリとされたときよりも、その何百倍も、何千倍もドキドキしたりして。
「来てくれなかったら、また泣いちゃいますからね、王子サマ?」
「いや俺は王子サマなんかじゃなくて、チンピラだけどな」
「チンピラでも王子サマですわ。高い塔に囚われた女の子を助けに来るのは、王子サマと昔から決まっておりますのよ」
「いやでも俺は王子サマとか柄でも……、ん、んんん……?」
「テツヤ様、どうしましたの?」
「いや……、今なんか、大事な事を思い出した気がしたんだが」
「うふふふふ、気のせいですわ。今この時、この時間よりも大事な事など、地上世界のどこにもありませんもの」
「うん、そうだな、うん、気のせいだよな」
「うふふふふ……」
「あはははは……」
「気のせいじゃありませんからッ! ボクのことをすっかり忘れていますからッ! ずっとずっと、ここにいましたからッ! 道案内しろとか突然エーロクさんに乗せられて、ここまで飛んできて、兄様たちの甘酸っぱいトークの間もずっとここで待たされて、ああああ寒いッ、ここは寒いですッ、もう寒くて寒くて限界ですッ、兄様、兄様あぁーッ!」




