(30) 人斬り
「おうおうおうおう、ミカジメの取り立てに来たぜ。とっとと払いやがれッ」
俺は哲也。チンピラである。
チンピラとは組織の末端であるから、あまり重要でない仕事は俺に回ってくる。
「あ? ミカジメは五パーセントだぞ? なんでこんなに多いんだよ! 心付けぇ? ふざけんな、心付けは渡すのも貰うのも禁止だぞこの野郎ッ」
そしてチンピラとは町の住民に嫌われてナンボの商売でもある。
「いいか、今回は見逃してやるけど次から罰則だからな? まさか未だに心付けを要求してくる馬鹿野郎がいるのか? いるなら隠しだてせずに正直に吐け! その馬鹿をとっちめててめえに返金してやる!」
そして更に。
俺は南のサダナーの組織に所属しながら、四地区の仕事を掛け持ちしているチンピラである。
だから南地区から西地区へ、西地区から北地区、そして東地区へと走って移動してはそれぞれでチョロッと仕事をする毎日なのだ。
「おうおうおうおう、賭場の借金の取立てに来たぜッ。なんだおっさん、ガキどもが泣いてるじゃねえか。ふざけんな、借金を返すより先にガキどもの飯だろッ。いいか、てめえは真面目に働いてガキどもを腹一杯に食わせてやれ。そんでその後に借金を返せ。それまではウチの賭場には出入り禁止だかんな、分かったか!」
まったく。
一日中走りっぱなしで忙しいったら。
「おうおうおうおう、てめえら仕事もせずに昼間から酒なんて飲みやがって、いいご身分だな? なんだと、明日から真面目に働きますだあ? それならピンハネの少ない口入れ屋を紹介するぞこの野郎」
おっと。連れ込み宿の前で若いカップルを発見。
「おうおうおうおう、これからお楽しみかぁ? 兄ちゃん避妊だけは気ぃつけろよ? なんだ、姉ちゃん赤くなったりして。もしかして処女か? おいおい処女なんてくッそ高く売れるのにタダで散らすのかよ、もったいねえなぁおい」
あ、走って逃げられた。
「おうおうおうおう、なんだ爺さん見ねえツラだな。だがその店はボッタクリだから止めといた方がいいぞぉ?」
「おいコラ、営業妨害だぞ馬鹿テツ!」
「死ね! てめえは人斬りに殺られて死ね! 残されたリューへー君はアタシが引き受けるから安心して死ね!」
「うるせえ、人斬りになんて殺られるかッ。俺を誰だと思ってやがる。ケンカは弱えが打たれ強え泥亀のテツ様だぞ!」
「いつもいつも、おまえのその泥亀アピールは何なんだよ」
「それな。そんなボロ鎧で防御力を過信しすぎだろ」
「うるせえッ。あとその節は竜兵がどうもお世話になりました、ありがとうございますだぞ、この野郎!」
俺とお姉さんたちのやり取りを、爺さんがポカンと見ていた。
爺さんは漁師みたいによく日に焼けていて、鍛冶屋みたいにぶっ太い腕をしていた。
身長はそれほど高くないけどゴツゴツと岩石のような爺さんだった。
これはたぶん工事現場の元現場監督だね。
俺もね、洞察力というか人間観察には自信があるから分かるのよ。
「いいか爺さん、悪いことは言わねえから遊ぶならアッチの店に……」
「いい加減にしろ馬鹿テツ、てめえそろそろ本気でぶっ飛ばすからな!」
「それな。てめえはマジで二度と来んな! でもたまにはリューへー君を連れて来い!」
お姉さんたちがあまりに怒るので、俺は捨てゼリフを吐いて逃げることにした。
「ちくしょうビッチども、覚えてやがれ。いつかその乳を揉み倒してやるからな!」
なぜ逃げるのか。
この場に留まると十倍酷いことを言われて心にダメージを負うからだよ!
あと遠くで黒い光が走っているのも気になるし。
黒い光。
つまりそこには、かつて俺に殺意を向けて黒いカルマを発生させた奴がいるってこと。
しかも俺が十分に「お返し」していない奴がいるってこと。
うーん、でもいたかな、そんな奴。
組織の人間にしてもお城の人間にしても、たいていはボッコボコにしてカルマを消したはずなんだけどさ。
◇◆◇◆◇
「爺様。突然人探しと言われるから、てっきりケンケスのことかと思いましたが、違ったのですか?」
大通りに停められていた馬車の前で。
腰に曲刀を差した若武者は困惑していた。
日に焼けた岩石の老人は。
「ケンケス? ああ先日破門してやった未熟者のことか」
「しかし爺様、ケンケスでないならいったい誰をお探しに……」
「ふむ。毎日夕方のこの時間にはここいらに来ると聞いての」
「まさかさっきの!」
「ふむ」
若武者は先ほど遠目に見た若者を思い出した。
それはモヒカン頭の、粗末な胴鎧を着けたチンピラだった。
その粗野で下品な男が走り去った先を、老人はなぜかずっと見ているのだ。
「のうカカズチ」
「はい爺様」
「さっきの男、おまえはどう見た?」
「どうもこうも。身のこなしも足運びもまるで素人でした。おそらくは剣を振ったこともないはずです」
「そうだのぅ……」
「それが何か」
「あの男と死合えと言われたら、おまえならどうする?」
「私に素人を斬れと言われるのですか?」
「斬れると申すか?」
「はい。それがご命令とあらば」
「ふむ、そうか」
「爺様、それはいったい?」
「分からぬか。ワシならば、たとえ命令されたとて逃げると申しておるのだ」
「な、爺様何を!」
「よいかカカズチ。ワシらは日々体と心を鍛え、技を磨いては来たが」
「はい爺様。だからこそ私には信じられませぬ。爺様に斬れぬ者など、この地上にいるはずがありませぬ」
「ふん。ワシに斬れるのは、大迷宮のオルトロスが精々だがの」
「オルトロスといえば大迷宮最深部の主ではないですか。ならば爺様こそ地上で最強の……」
「違うのだ。あそこは最深部ではないのだ」
「え」
「オルトロスを斬った後、大扉の向こうには更に下層に続く階段があったわ」
「なんと!」
「大迷宮の第三層はけして最深部ではなかった。ならば第四層とて最深部ではあるまい」
「アリストメデスの百層説ですか」
「大賢者の唱えた説が果たして正しいのか、それは分からぬ。だが……」
老人は城壁の方向を、王城の方向を振り返った。
「もし大迷宮にあんな怪物がいるとすれば、それこそ百層かその辺りやも知れぬのぅ」
「赤い彗星が残して去ったとかいう、九首のドラゴンですか」
「あの切り口を見たときに、すぐに分かったわ。あれは騎士どもの首と同じ切り口だった」
「大迷宮でオータニウス殿下に同行していた四人の死体ですね」
「それとケンケスの剣」
「え、鞘の中で根本から折れていたという剣ですか?」
「あれは折れていたのではない。斬られたのよ」
「そんなまさか!」
「どうやったのかは知らぬ。だがあの剣はたしかに斬られておったわ」
「ありえません! ならばケンケスが抜刀するその刹那に、刀身を斬って鞘の中に押し込めたことになってしまいます!」
「よいかカカズチよ」
「はッ」
「九首のドラゴンは体も心も鍛えぬし、むろん剣の技前も磨かぬ。それでも、ワシらの剣では傷ひとつつけることも叶わぬのだぞ?」
「はい」
「ましてその首を落とす怪物ともなれば……。カカズチよ、これを見るがいい」
「爺様!」
「あやつを見てから腕の鳥肌が治まらぬのだ。全身の震えが止まらぬのだ。このターナ・シーハが、剣聖と呼ばれたこのワシの心身が、底から怯えておるのだ」
その頃。
日もすっかり傾いた路地裏で。
「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ」
「どうしたお嬢ちゃん、足が止まったよ? もう疲れて逃げられないのかい?」
「はあ、はあ、はあ、はあ」
「お嬢ちゃんも運がなかったねえ。俺が人を斬るところを見てしまうなんてねえ」
「はあ、はあ、はあ」
「そうとも。おじちゃんが人斬りなんだよ。さっきの男で三人目」
「はあ、はあ」
「おじちゃんさあ、こう見えてもとっても強いのよ。若い頃からたくさん修行してきてさ」
「はあ」
「でも全然通じなかったの。大迷宮の怪物を見たら怖すぎて足がすくんじゃってさ。最後には師匠がどうにか斬り伏せてくれたけど、同門の兄弟弟子が何人も死んでさ。それっておかしいよね、だっておじちゃんたちはあんなにたくさん修行してきたのに。誰よりも強くなったはずなのに」
「……」
「だからおじちゃんは斬らなきゃいけないの。ちゃんと斬って、ちゃんと殺さないとなんのために頑張ってきたのか分からないじゃない?」
「……」
「ひひひ、お嬢ちゃん怖いの? そりゃ怖いよねえ。動転してこんな行き止まりに、こんな誰も見ていないところに来ちゃったんだものねえ。今からおじちゃんに斬られて死ぬんだものねえ。そりゃ怖いよねえ」
「違うもん」
「あ?」
「おじちゃんみたいなロリコンの変態なんてちっとも怖くないんだから」
「ああ?」
「それとここに逃げて来たのは誰にも見られたくなかったからだし」
「なんだとこのガキ? ああその目は知っているぞ。その目はあやつと同じだ。おまえ、自分が絶対に死ぬはずがないと思ってるな?」
「思ってるよ、当たり前じゃん」
「気にいらぬ。まったく怯えていないその目は気にいらぬぞ」
「ロリコンの変態に気に入られたらそっちの方が怖いもん」
「黙れ! あんな偶然など、剣が折れるような偶然など二度とないのだッ!」
血走った目の男が吐き捨てる。
男の腰には日本刀に少し似た曲刀。
その剣に男の手が高速で触れて。
「死ねえええぇいッ!」
抜刀、それと同時に少女の首を目掛けての光速の振り抜き。
人には見えぬ一瞬の中の握、抜、斬。
見事な抜刀術であった。
しかし。
ビイィィィィィ……ン。
「おまえこないだのアレ、偶然だと思ってたの?」
光速で振られた刀身は、少女の首の寸前で高く鳴っていた。
剛力で振り抜いたはずの刀身が、モヒカン頭のチンピラの指先で摘ままれて高らかに鳴っていた。
「き、貴様は!」
「テツヤ君、遅い!」
「悪かったポポラマ、そう怒るなよ」
「き、貴様は、貴様は、なぜだ、なぜ斬られない!」
「テツヤ君この人ね、人斬りなんだよ。三人も殺した悪い人なんだよ」
「ふうん。捕まったら死刑かあ」
「貴様放せ、剣を放しやがれ!」
「うんいいよ。これくらい黒く光ってれば十分だし」
モヒカン頭のチンピラが摘まんでいた手を放してしまう。
しかし。
「動かぬ、なぜだ、剣がピクリとも動かぬ!」
「更にホレ」
男の曲刀が、その根本からスッと絶ち切られたのだ。
手も触れず、一切の手応えもなくスッパリと。
「ば、化け物、この化け物め!」
人斬りの男は刀身を切られて束だけになった剣を投げ捨てると、走り去って夜の闇に消えて行った。
やがて遠くでドサリと何かが崩れ落ちる音。
まるで人が首を落として倒れるような音。
そしてふうぅと息を吐いたチンピラに。
「ねえテツヤ君」
「うん?」
「ポポラマね、全然怖くなかったの」
少女がもたれ掛かってきた。
「だってテツヤ君が助けに来てくれるって分かってたから。絶対の絶対に助けに来てくれるって分かってたから」
「いや、タイミングが超ギリで、俺は超怖かったんですけど……」
「でもね、たくさん逃げてたくさん走ったから疲れちゃった」
「高木さん……」
「へい」
「うわあ、なにこれ、鎧が光ってて温かいよ?」
「どうだ、疲れがとれただろ?」
「本当だ、って、そうじゃないでしょ!」
「え」
「あのね、ポポラマは疲れたの」
「はあ」
「だからおんぶ」
「は」
「おんぶして送ってちょうだい」
「へ」
「なによ、テツヤ君が遅いから悪いのよ」
「う、分かったよ、じゃあホラ」
「あ、やっぱりお姫様抱っこがいいな」
「ええ~、それは」
「ホラ早く」
「ううう、これでいいですか、ポポラマさん」
「えへへへへ。テツヤ君、なんかいい匂いがするぅ……」
「うわあポポラマ、寝ないでくれよぅ。こんなところを人に見られたら、俺……」
「おやテツヤ君?」
「あれ兄様?」
「チンピラさん?」
「ガ、ガタナーさん! それに竜兵ッ! あと従業員の皆さんも!」
「テツヤ君、それはポポラマちゃんだよね?」
「兄様! そんな小さい子に何をしているんですか!」
「あなた、まさか!」
「違う、違うんだ、人斬り、そう、あっちに人斬りに襲われて倒れてた人がいて、それでこの子が腰を抜かしてて」
「会長、死体です! 首を切られて倒れてます」
「分かった。ではその死体は私が見つけたことにしよう」
「え」
「会長、しかし」
「なあに、特認商人の私が見つけたことにすれば一番面倒がないからね」
「ガタナーさん……」
「ポポラマちゃんもすっかり眠っているようだし、この場は私に任せてテツヤ君とリューへー君はその子を送ってくれたまえ」
「竜兵、俺……」
「兄様、どうしました? カルマの収支的にガタナーさんは当分赤くはならないはずですが?」
「うん、ガタナーさんは赤くなってなかった。でもこれ」
「ポポラマちゃんがなにか?」
「こんなところを見られて俺、どう思われたんだろ……」
「ええと、気を失った子を保護した親切なお兄さん、ですかね」
「困る、それじゃ困るよ、チンピラとしての俺のイメージが!」
「ええと、それじゃあ気を失った子を拐っていく危ないお兄さんの方がいいんですか?」
「困るッ、たしかにイメージは悪いけど、それは俺の望む嫌われ者とは方向性が違う!」
「はあ」
「困るよ、この状況はすっごく困るよ、なあポポラマ、起きてくれよぅ」
「んーん……いいにおいがするぅ……」
「頼むよポポラマ、起きてくれよぅ、これってば、営業妨害だよぅッ」




