(29) 余波
「陛下、御報告は以上です。オータニウス殿下の消息は情報庁が総力を挙げて捜索しておりますので」
「分かった。下がってくれ」
氷の長官が退出し、入れ換わりに執務室へとやってきたのは軍務総長であった。
「陛下、知らんうちにワシの任期が延長したそうですな」
「はい。元老院の裁決で叔父上の任期は一年延長、内定していた後任人事については白紙撤回したそうです」
「ふん。レニーリンの新王朝が成立するか風向きが怪しくなったからな。それで早速様子見に転じるとは、信義も忠節もなく、ただ己の保身だけしか頭にない連中め」
「まあまあ叔父上、彼らも一族郎党の命運が掛かっておりますゆえに」
「信義と忠節といえば、まさしくあの騎士殿だが」
「レニーリン侯爵家と情報庁が、目下血眼になって探しておるようですが」
「なあ、結局あれは何者だったのだ?」
「さあて」
「むろん強いのもそうだが、あの男は何もないところからあれだけ巨大なドラゴンの首を取り出して見せたのだぞ。つまりあれ程の物資を一人で持ち運びできるということだ」
「ははは。軍務一筋の叔父上としてはやはりそこが気になりますか?」
「ああ。あの男がいれば足の遅い輜重隊は不要じゃ。神速の行軍に、騎馬隊の長期運用に、城攻めに、防衛戦に、なんでもやりたい放題ではないか!」
「なるほど。スターダスト卿は傑出した一人の武人というよりも、軍の運用面において戦局を変えますか」
「おう、それじゃ。いいか、もしあやつがひとり敵軍にいればな、たとえこちらが五倍の兵を率いていても勝てぬぞ」
「それほどですか」
「ああ。だから分からぬのよ。あれほどの騎士がいれば噂くらいは聞こえてくるだろうに。いったいあの騎士は今までどこにおったのだ? あれほどの騎士をオータニウスはどうやって臣下に迎えられたのだ?」
「叔父上」
「うむ」
「叔父上はあのドラゴンの首を見ましたか?」
「ああ、まことに恐ろしげな怪物であったの」
「たしかに恐ろしい怪物です。なにせ剣では斬れぬのですから」
「斬れぬ? しかし現に首だけになっておるではないか」
「斬れぬのです。剣に槍に斧に弓矢。様々試してみても、髪の毛ほども傷つけることができないのです」
「なんと」
「鋼鉄の刃だけではありません。近衛の魔法士による炎熱も雷撃も、すべて弾かれたそうです」
「なんだと、どういうことだ?」
「首の切り口にしてもそうです。血がカチカチに固まっていて、これも同じく鋼鉄の刃も魔法も弾いてしまうのです」
「待て。ならばスターダスト卿はいったいどうやって首を落としたのだ?」
「そこで近衛では、かの剣聖を招いてその切り口を鑑定してもらったそうです。あのオルトロスの首とともに」
「ふむ、それで剣聖殿はなんと?」
「ドラゴンの首と、オルトロスの頭を両断した刃は同一の物。その刃はカミソリよりも薄く、板のように幅が広く、地上のいかなるものよりも硬く、いかなるものよりも速い。つまりその刃とは鋼鉄に非ず、魔法に非ず……」
「そんなものなど、この地上には存在するまいに」
「はい。剣聖は断言したそうです。人間には、このドラゴンに毛ほどの傷をつけることさえ不可能である。その首を落とした者は、ドラゴンよりも遥かに恐ろしい怪物である、と」
「つまりスターダスト卿とは……」
「人間ではないのでしょうね」
「スターダスト卿は人間ではない……」
「もしかしたら教会も同じ見方をしているかもしれません。高位聖職者たちがどうもこのところ慌ただしく動いているとかで」
「ああ、なんということだ。そなたの即位の日に王家伝来の剣が割れてしまい、そこに都合よく神話のごとき宝剣がやってきて、更には人ならざるスターダスト卿が現れて……。いや待てよ、するとあの剣はまさか!」
「はい。元はスターダスト卿の持ち物だったと考えるのが自然でしょうね」
「そうか、それであやつは剣を持っていなかったのか!」
「剣など持たなくてもドラゴンを狩るくらいには強いのですがね」
「そうだ、ならばあの宝剣を持ち込んだ商人を調べれば、スターダスト卿の正体が分かるやもしれんぞ!」
「それも情報庁が真っ先に調べたようです。あの商人は市民権を購入したばかりの庶民でしたが、なんと」
「なんだ、勿体ぶるでないぞ!」
「あの日、王城へはフードリア公爵家の馬車でやってきたそうです」
「フードリアだと! あの日和見のフードリアがスターダスト卿と繋がっておったのか!」
「それはまだ分かりません。ですが、我々はあの商人に大きく助けられたことは確かです」
「あれがフードリア公爵家の差し向けた商人だとすると、オータニウスはフードリア公爵家で保護されているのか……」
「情報庁はそのように考えているようですが、正直にいって私には分かりません。フードリア公爵家がそのような危ない橋を渡るとも、あの神のごときスターダスト卿がフードリアに仕えているとも思えないのです」
「うむ、たしかにそうだな」
「それと。実はあの日、ガタナー商会を招いたのはこの私なのですよ」
「なに? そやつは市民権を購入したばかりの庶民だったのだろう?」
「あの者に感謝を伝えたかったのです」
「感謝だと?」
「それでガタナーをこの目で見て私は確信したのです」
「ワシにはそなたの言っておることがサッパリ分からん……」
「ガタナーは心の正しい者です。そして神に愛されています」
「神だと? なぜ突然神の話になるのだ?」
「叔父上、分かりませんか? ガタナー、宝剣、ドラゴンの首、人ならざるスターダスト卿……」
「まさか、スターダスト卿とは!」
「あの日スターダスト卿は我々を、エンゲルス王家を助けるために来たわけではないのですよ。ガタナーがここに呼ばれたから、そのガタナーを助けるために来ただけなのですよ。あの宝剣にしても、これを呉れてやるから換わりにガタナーを保護せよと。そういうことではないでしょうか?」
「しかし、しかし、ならばオータニウスは……」
「おそらく情報庁がフードリア公爵家をいくら探しても見つかりはしないでしょうね。オータニウスは、ガタナーの元にいるはずですから」
◇◆◇◆◇
「ガタナーさん、おめでとうございます!」
「会長、おめでとうございます!」
「リューへー君、そして皆もありがとう。いやしかし、これはいったい、急すぎて何が起きているのか……」
あの後、王宮からまた使者さんがやって来た。
それでガタナーさんに金メダルが渡されたのよ。
それが「王室御用達商会」の金メダル。
どうやら今回の貢納品を認められて、王室からこのメダルを拝領したってことらしい。
これによってガタナーさんは王宮への出入りが許されたわけだ。
でも単純にそれだけでもなくて。
まず、王室御用達になると国内の移動関税が免除されるらしい。
つまりガタナーさんは「特認商会」にもなったのよ。
これでガタナー商会は、キャラバン隊を組んで交易事業で儲ける事が可能となったわけだ。
それと。
特認商会とは、王都の商人組合で議決権を持つ組合理事でもあるんだって。
ガタナーさんは商人組合の理事、すなわち「上級市民」になってしまったのよ。
ちなみに。王都の中でも一般市民と、上級市民の差はけっこう大きいみたい。
身分にしても、上級市民は騎士階級とほぼ同列に遇されるんだって。
どういうことか。
まず、上級市民ならば貴族様といえども「無礼討ち」なんてできないらしい。
もしそれをしたらその貴族は殺人者として法廷で裁かれることになるんだって。
つまり貴族様からの「おまえちょっとツラ貸せや」を断ったからといって、即死刑になるとかはなくなったわけだ。
これを分かりやすく例えると、ガタナーさんは野球部の一年坊主から二年生に進級したってことね。
三年生に逆らえないのは同じだけど、すくなくとも三年生の気分次第で理不尽に殺されることはなくなったぞと。
パシリに行かされて、焼そばパンが売り切れてたくらいで殺されたりしないってこと。
うん、この例えが本当に分かりやすいのかはまったく自信がないけれど。
そんなこんなで。
「それでテツヤ君。君にはとても申し訳ないんだが……」
来客とかめっちゃたくさん来て、めっちゃ忙しいガタナーさんに呼ばれたわけだけど。
え、なに、やっぱあれですか、上級市民になったからガラの悪いチンピラは出ていけと?
「ウチもこれから仕事が増えて忙しくなる。従業員もたくさん雇わなければならない」
そりゃ分かるけどさ。
「だから今いる従業員の給料は大幅に上げざるを得ないんだ」
あれ、思ってた話と違う……。
「リューへー君の給料を今の四倍に上げさせてくれないかな? でないと他の従業員の手前、示しがつかないんだ」
なんですと!
「なにしろリューへー君は今や私の右腕みたいな存在だからね。なのにその給料が不当に低すぎると従業員たちから言われてしまっては、私としてもね……」
結局。
これ以上ガタナーさんを困らせるわけにもいかず、竜兵の給料が大幅アップしてしまった。
くそう。弟が兄より遥かに高給とかありえないし!
そこで俺はサダナーに「俺の給料も四倍にしてくれ!」と直談判しに行ったのよ。
そしたらさ。
「てことはチンピラを止めて幹部になってくれるんですね」
と言われたので全力で拒否したわ。
しかもローヒムも、シブーも、イビールも皆同じこと言いやがるし!
「はぁ、親分、そろそろチンピラごっこは止めてもらえませんか?」
ごっことか失礼な!
俺はいつだって本気なのに。
チンピラこそ俺の天職なのに!
いいか? 俺、イズ、チンピラ。それは絶対。オーケー?
だけどくそう、給料は上げてもらえなかった!
「いいか竜兵。男の価値は給料なんかでは決まらないからな!」
「はあ、兄様。そんなの当たり前じゃないですか」
「くそう余裕綽々かよ!」
「兄様、こんな小さなことでイラつかないでくださいよぅ」
「くそう俺は負け犬かよ!」
「うわぁ……」
「くそう男の価値は給料じゃなくて……、身長? いや違うな、年齢? これも違くて、モヒカン? いやこれだとサダナーの方が…… 」
「タカギさん、タカギさん」
「へい。なんですかボン」
「兄様って、たまにすごく、すごく小さい人になるんだけど……」
「それはまったく同感でございやす」
「お城のときはあんなにカッコよかったのにね」
「あっしが赤くなったときですか?」
「そう。深紅の騎士スターダスト卿。それが実はこんな人だなんて誰も想像できないよね」
「へい。今の若旦那はちょっと人様には見せられやせんね」
「そ、そうだ竜兵、男の価値は泥亀をひっくり返す速さで決まるんだからな!」
「はい兄様。そうです、そのとおりですよねッ」
「そんなワケないだろッ! 俺を馬鹿にするなぁ!」
「めんど臭いッ、兄様、すっごくめんど臭いですッ!」




