(19) 評判
「カツォーリのカシラ、おはようございますッ」
「あー、ラット。おまえに任せた新入りがいただろ。あー、最近はどんな感じだ?」
「へい。リューへー坊っちゃんはさすがと言いますか、目端が利く上に性根も真っ直ぐなんで、どこに行かせても評判がいいですね。古株のアニキたちからも可愛がられていますし、あれはきっと将来大物になりますぜ」
「あー、そっちはいいんだが、もうひとりの方は?」
「テツの野郎ですか? ありゃあダメですわ。アタマが足りねえ上に品もねえから、どこに行かせても評判が悪くて。まあ体力だけはあるようなんで扱き使うには便利なんですが」
「そ、それほどか」
「ええ、ありゃあどう間違っても出世するタイプじゃありませんね。というか、野郎なんかが上に立ったら組はおしまいでさぁ」
「……」
「断言します。アイツはダメな奴です」
「い、今は何を?」
「あのふたりには事務所の便所を掃除させてますが」
「なッ、べべ、便所掃除だと!」
「あの、やっぱまずかったですか?」
「いや……、まずくはない。新入りとしてけして特別扱いはするなと上から厳命されているから、まずくはないが……。痛てて、痛ててて……」
「あの、なんか理由をつけて別なことをやらせましょうか? 便所掃除なんてテツひとりにやらせときゃいいですし」
「ヤメろッ! そういう特別扱いはするなと言ってるんだ」
「へい」
「いいか、くれぐれも特別扱いはするなよ。そしてくれぐれも、くれぐれも粗相のないようにな。痛て、痛ててて……」
「あの、大丈夫ですか、カシラ」
「胃が、胃が」
「横になって休んでてください。後でテツの野郎にマッサージに行かせますから」
「痛たたたたたぁーッ! おまえは俺を殺す気かぁッ!」
◇◆◇◆◇
「竜兵、こうだ! 便器はこうやって心を込めて磨くんだ」
「はい、兄様ッ」
「いいか竜兵、たかが便所掃除と甘く考えるなよ」
「はい、兄様ッ」
「仕事のできる男は便所掃除をやらせたって、人よりうまくできるものだ」
「はい、兄様ッ」
「逆もまた真なりだ。便所掃除のうまい男なら、どんな仕事でもうまくこなせるものなのだ」
「それは、うーん」
「おまえにはまだ難しかったか」
「それは少し違う気がするのですが」
「はあ。それが分からないからおまえはダメなんだよ」
「ええッ!」
「竜兵、おまえは本当にダメな男だよ」
「えええッ!」
俺が泥亀のテツになって一週間経った。
聞いてくれ。
俺は敬愛するラット先輩をじっくり観察することで、ついにあのチンピラ歩きを修得することに成功したのだ。
チンピラ道の基本技だけあって、やってみるとこれがなかなか奥深いのよ。
左右にガンを飛ばしながらユサユサ歩いて、ちょっとでも目が合ったら「あ? テメー何ガンつけてんだ、コラ」までがワンセット。
なんだけどさ……。
「おうコラ、テメー何ガンつけてんだ」
「ねえテツヤクン、もうワタシたちと一緒にお仕事しないの?」
「テツヤじゃねえ、俺は泥亀のテツだ。ケンカは弱えが打たれ強え……」
「ねえテツヤクン、また一緒にお花摘みに行こうよぅ」
「だから泥……」
「ねえテツヤクン」
幼女と目が合ったら、こんなに曇りのない瞳で見つめられたら、いったいどうすりゃいいのよ?
心が、心が痛いのですよ。
「ポポラマ、そんなヤツほっとけ」
俺たちが仕事帰りに道で出くわしたのは、ガタナーさんのところの子供軍団十数人。
俺をテツヤクンと呼ぶのはその中の最年少。
たぶんまだ小学生の低学年くらいの女の子。
「ソイツはガタナーさんの誘いを断って裏社会に行った人間だ」
「そうよ。しかもマジメなリューへー君まで悪い道に引っ張って」
「最低のクズだわ」
ひどい言われようである。
「テツヤクンはクズじゃないもん」
「もういい、行くぞポポラマ」
年長の子が幼女を連れていく。
「テツヤクンはクズじゃないもん!」
ああ幼女さん、そんなに何度も何度も振り返らないでおくれ。
心が、心が痛いのですよ。
「モテますね、兄様」
「やかましッ」
あんな幼女にモテてどうする。
どうせならお色気ムンムンのお姉さんにモテたいわ!
「しかしガタナーさんのとこもだいぶ人が増えたよな」
「はい兄様。元々人望のあった方ですから、今回正式に商会になったことで従業員の希望者が殺到したそうです」
「ガタナー商会かぁ」
「はい兄様。順調みたいですね。足元を見られて納入品を不当に買い叩かれることもなくなったそうですし」
「それにしても」
「はい兄様。驚きましたよね、まさかガタナーさんとサダナーさんが兄弟だったなんて」
「でもよぉ」
「はい兄様。あれからチョクチョクいらっしゃっては、サダナーさんと兄様のことを更正させようと頑張るのはちょっと困りますよね」
「さっきの」
「はい兄様。ポポラマちゃんなら花摘みのときに泥亀をとても怖がっていた子ですよ。それを兄様が簡単に追っ払ってからは、兄様のことをずっと見てましたよ」
「そんなの」
「はい兄様。あのときの兄様は泥亀をひっくり返すのに夢中でしたからね」
「ところで」
「はい兄様。その件は一度サダナーさんに相談してみてもいいと思いますよ」
「……」
「……」
「高木さん」
「へい」
「困るよッ! 竜兵に、俺の心を読む魔法とか教えないでッ!」
「あっしは何も。そりゃあボンが勝手に身につけたモンでさぁ」
「キモッ! 竜兵、キモッ!」
「ええええーッ!」
「おまえのそういうところッ。だからおまえはダメなんだよ。だからおまえは女にモテないんだよ」
「ううぅ、兄様ごめんなさい」
「あれ、リューへー君?」
「ホントだ、キャー、奇遇ぅ!」
そこに出くわしたのは夜のお店のお姉さんふたり。
俺も組のお使いで何度か会ったことがある。
「ねえねえ、リューへー君、ヒマならお店に寄っていかない?」
「うん、リューへー君ならたっぷりサービスしちゃうから。お金とかいいから。全部お姉さんが奢ってあげるから」
「お姉さんたち、ごめんなさい。ボクお酒はまだ飲めないんです」
「キャー、かわいい!」
「じゃあさ、お酒の代わりにお姉さんのミルクを飲ませてあげる!」
「じゃあさ、じゃあさ、アタシは……」
「おうおうおうおう、テメーら人の弟をいかがわしい店に誘ってんじゃねえぞ!」
「げ、テツ」
「いたのかよ」
「いたのかよじゃねーよ、いたよ! ずっとコイツの隣にいたよ! つか仕事が終わったらたいてい一緒にいるよ! 俺だけ見えねえとか、テメーらどんな目ぇしてんだコラッ!」
「ねえねえ、リューへー君、今度さアタシたちのウチにおいでよ。アタシの手料理を食べさせてあげるから。そんでその後はあたしのことも食べて……」
「人の話を聞けやコラ! 無視すんなコラ! つかせめてこっちを見ろやコラ! そんで俺にもテメーのミルクを飲ませろやコラ!」
「うあああ、ボクの兄様が、兄様が、どんどんガラが悪くなっていく……」
「やかましいッ、この女タラシ野郎め!」
「ええーッ!」
「ちょっとテツ、リューへー君のことイジメないでよね!」
「そうよそうよ、自分がモテないダメ男だからって!」
「うるせえ、ビッチども、乳ぃ揉むぞコラ!」
「うゎサイテー。コイツ、サイテー」
「もう気分が悪いから行きましょう」
「やかましいッ、気分が悪いのはこっちの方だわ!」
「じゃあねリューへー君、今度テツのいないときにゆっくりお話しましょうね」
「お仕事でお店に寄ったら声を掛けてね。またチップあげるからね」
くそう、お色気ムンムンのビッチどもめ。
何がチップだ。俺はそんなもの貰ったことねえぞ!
「あの、兄様……」
「……」
「兄様……」
「……」
「兄……」
「ぐす、ぐす、くそう竜兵、これで俺に勝ったと思うなよッ!」
「ええええーッ!」




