(18) 変化
俺が『泥亀のテツ』になって三日経った。
初日こそサダナーとカツォーリさんしかいなかったものの、救護院から組員のアニキ達が退院してくると事務所が一気に賑やかになった。
今ではもうね、俺がバッタだったら羽が黒くなるくらいに人口密度が高いのよ。
そんで包帯グルグルのお兄さんやおっさんたちが「俺は全治一ヶ月だ」だの「俺なんて二ヶ月だ」だのお互いに怪我自慢をしててウザいこと、ウザいこと。
でも皆さんどうしてそんなに嬉しそうなんだろ?
無実なのにトゲトゲさんの勘違いでボコられて、大怪我させられてんのにね。
絶対に言わんけどさ。
「いやあ魔王様にシメられたって言ったら、救護院で人気者になっちゃってよお」
「そうそう、みんなその話を聞きにくるのな」
「ウチの息子なんて何回も見舞いに来たりしてよ」
「ウチの息子もだ。ベロベロの魔物を見たいとかせがまれてよ」
「あの魔王様にシメられたとか、きっと孫の代まで自慢できるぜ」
魔王様が何か知らんけど、イカツイ顔の兄さんやおっさんたちがガハハハと盛り上がっていて、ちょっと羨ましい。
「いいなあ。俺も魔王様にシメられてえ」
「兄様、それは……」
まあそんな感じで。
毎日が忙しいこと、忙しいこと。
なにしろ俺たちは新入りで、組織では一番の下っ端だ。
寝泊まりは寮であるボロ長屋。
朝起きたら井戸から水を汲んで事務所の掃除、皆の朝飯を支度して、組員さんたちにお茶をいれて、朝礼のあとは使いっ走りで町中を走り回るのだ。
ちなみにウチの組織のシノギだけど、売り上げの半分は人材派遣業みたい。要は王都に労働者や女の子を派遣してピンハネする業務。
あとは賭博場や夜のお店などの経営に、カタギのお店からのミカジメ徴収。
実は城壁の内側の王都にも裏の組織があるそうだけど、そっちは業務形態がかなり違うし、ウチらとはあまり接点がないんだって。
それで話を戻すと。
この組織では様々な業務について、それぞれ担当の組員さんが決まっているみたいなの。
人材派遣部の部長さんとか、賭博部の部長さんとか、夜のお店部の部長さんとか。
それを統括する実務責任者がカツォーリさんで、仕事もせずにふんぞり返っている社長さんがサダナーってこと。
「くそ、あのモヒカンめ。雲の上の存在かよ、羨ましい!」
「兄様、それは……」
そんで俺たち。
俺たちは新入りで、担当もないので当分は皆さんの使いっ走り。
ホラこの世界には電話とかないから、俺も竜兵も、アニキ達のメモ書きを持ってお店までダッシュするのよ。
一日中、走りっぱなし。
「おうテツ、この伝言を店まで大至急で。あと賭場に寄ってマネージャーにこれを渡して」
「はーい、喜んで」
「あ、帰りにこれも」
「ういっス、承りいッ」
「時間があったらこれも頼むわ」
「ういっスぅ!」
「あ、じゃあそっちはボクが行ってきます」
「リューへー坊っちゃんは少し休みなよ。そんな仕事、テツにやらしときゃいいから」
「え、でも……」
「いいのいいの。オラ、テツ、とっとと行ってこい!」
「へーい。行ってきますッ」
うん。
早く電話が発明されないかなって思った。
頼むわこの世界のエジソンさん。
あとインターネットも早いとこ発明して。
頼むわ、この世界のビル・ゲイツさん。
それにしても、なんだろう。
組内の序列が、竜兵>>>俺になっているような気がするんだけど。
俺、兄ぞ。兄ぞ、俺。
リューへー坊っちゃんって何だよ?
そんで、お使いでやってきた口入れ屋さん。
「やあテツヤ君、久しぶりだね」
「ういっス」
「テツヤ君とリューへー君にと思って、いい仕事をとって置いたんだけど、ホラこれなんてどうかな?」
「いやおっちゃん、俺たち仕事が決まったから」
口入れ屋のおっちゃんが、チカチカと赤く点滅をはじめてる。
うん。これはヤバい兆候だ。
「今日はこっちの用事で来たんだ」
俺はおっちゃんに、組織のアニキからの伝言を手渡した。
「え、これ、まさかキミ、組織に入ったの?」
「おうよ。おっちゃん、これから俺のことは泥亀のテツと呼んでくんな」
「泥亀……」
「おうよ。ケンカは弱えが打たれ強え。泥亀のテツとは俺のことよぅ」
「そうかぁ、テツヤ君はそっちに行っちゃったのか……。そうかぁ、マジメでいい子たちだと思ったんだけどなぁ……」
おっちゃんがションボリして、赤いチカチカもスーッと消えてなくなった。
ふう、セーフ。
セーフだけど。
セーフだけど、少し心が痛い。
これはアレだ。
きっとアレだ。
見た目とのギャップというヤツだ。
見た目がヤンキーなのに中身が優しい奴が過大に評価されるのと真逆の現象だ。
きっと、俺の見た目がマジメで、中身がチンピラだからガッカリさせてしまったのだ。
そこは素直に反省。
チンピラをやるからには、やはり外見から入るべきだったのだ。
「それで兄様、アタマをモヒカンにしちゃったんですかッ」
「どうだ竜兵、カッコいいだろ? これでどう見てもチンピラだろ?」
「うああぁ……」
そう、これですよこれ。
やっぱチンピラといったらモヒカンですよ。
世紀末の雑魚だってモヒカンだったし。ヒャッハー。
「あ、後でサダナーに髪型変えるよう言わなくちゃな。イメージが俺と被るもの」
「雲の上なのか下なのか、兄様の立ち位置が分かりません……」
この日の仕事も終わり、晩飯はあの飯屋に行ってみることにした。
ちなみにこの世界の人ってあんまり自炊はしないみたい。
とくに単身者なら三食外食とか、お惣菜で済ませるのが普通なの。
井戸から水を汲んで薪を燃やして、手間暇掛けて自炊するのって結構面倒くさいからね。
「あら、いらっしゃ……」
「おばちゃん久しぶり。定食をふたつ頂戴」
「アンタ、そのアタマ……」
「どうだおばちゃん、いかにもチンピラで分かりやすいだろ」
「まさかアンタ、不良になっちゃったのかい?」
「おうよ。ケンカは弱えが打たれ強え。泥亀のテツとは俺のことだぜぃ」
「そんな……」
「あ、ちなみにラット先輩と同じ組織だから。今後とも夜露死苦!」
「そんな、そんな、アタシに言い寄ってフラれたからって、ヤケになって不良になっちゃうなんて……」
「え、今赤くチカッと……」
「ごめんよ、アンタがそんなに思い詰めていたなんてッ」
「わ、またチカッと」
「アンタがそこまで真剣だったなんてッ」
「わわわ、チカチカ、チカチカしてきた」
「分かったわ」
「ちょちょ、光りそう、赤く光りそうだって!」
「アタシ、ダンナ一筋なのはホントだけど……。仕方ないわ、ダンナには内緒で一回くらいなら……」
「ヤバい! 竜兵、逃げるぞ!」
「ちょ、兄様ッ」
飯も食わずに逃げちゃったけど、いやあ危なかったぁ!
やっぱあの手の人は厄介極まりないというか、油断も隙もないというか。
「なんだよ、あのおばちゃん。まったく、何を考えてるんだか」
「それ、兄様が言いますかね……」
「しかし、ふぅ、さすがに強敵だったぜ」
「はあ。誰よりも強いくせに、世話好きの善人が唯一の弱点とか、兄様って何なんですか……」
「げ、ヤバい」
「え?」
「出たぞ。ラスボスだ」
「ああ、あれは」
おっと。
向こうもこっちを見つけたようで、ニコニコ顔でやって来た。
昨日救護院から退院したばかりの、最大の強敵。
善人商人、ガタナーさんである。
「いやあ、ちょうど良かった。君たちを探していたんだ」
「ヤバいよ、ヤバいよこの人、このモヒカン頭は完全スルーで、早くもチカチカしてるし……」
「実は最近臨時収入があってね、それで今日、王都に行って市民権を買ったんだ。王都の市民として組合に登録して、正式に商会を立ち上げたんだ」
「ガタナーさん、おめでとうございます!」
「うん、ありがとうリューへー君。それでだ」
「チカチカしてる、赤いのがめっちゃチカチカしてるよぅ……」
「テツヤ君、リューへー君、ウチの最初の従業員として君たちを雇いたい。どうだい、ウチに来てもらえないか?」
「光りそう、あああ、光りそう……」
「なぜか分からないけど、真っ先に君たちの顔が浮かんでね。最初は君たちに声を掛けようって」
「それはとてもありがたいのですが……、兄様?」
「ガタナーさん、俺たちなんかを気に掛けてくれてありがとう。本当にありがとう。でも」
「テツヤ君?」
「俺はもうテツヤじゃない。俺はもう泥亀のテツなんだよ」
「泥亀?」
「俺さ、サダナー……様の組織に入ったんだ。もうカタギのガタナーさんと一緒に働くことはないから」
「テツヤ君!」
「ガタナーさん、ごめんなッ」
「テツヤ君!」
俺はチカチカを通り越してビッカビカのガタナーさんから逃げ出した。
ギリギリ、セーフ。
セーフだけど。
なんだろう、やっぱり心が痛かった。
だからやっぱり。
善人なんて大嫌いだ。
◇◆◇◆◇
「テツヤ君、行っちゃったね……」
「ガタナーさん、その、ごめんなさい」
「なんかテツヤ君、すっかり変わっちゃったね……」
「え」
「私にもね、弟がいたんだ」
「ガタナーさんの弟さん……」
「私の弟も小さい頃は可愛くてね、それがだんだんと変わっていって、悪事を働くようになって、髪型もあんな風になって」
「ガタナーさん」
「それで弟は今ではいっぱしの悪党だよ。すっかり疎遠になって、町ですれ違っても私と目も合わせてくれないんだ」
「ガタナーさん」
「どうしてだろうね、人はどうして変わっちゃうんだろうね」
「ガタナーさん、あの」
「リューへー君だって悲しいよね、テツヤ君があんなに変わってしまって」
「悲しいのは悲しいんですけど、ちょっと違うんです」
「違う?」
「ボクは、ボクは、兄様がちっとも変わらないから悲しいんですよッ」
「テツヤ君が変わらない?」
「兄様ときたら、まったく、全然、ちっとも、少しも、変わってくれないんですッ。進歩がないというか、どこまでもどこまでも、とことん兄様のままなんですッ!」
「変わらない、変わっていない……」
「はい。もう兄様ときたら、ビックリするほど変わってくれなくてッ」
「そうか、本当は変わっていなかったのか……」
「ホントに、常識がないというか、すぐに暴走しちゃうというか」
「そうか、そうか、そういうことだったのか……」
「そうなんですよッ」
「私の弟も……」
「え?」
「リューへー君、ありがとう」
「え?」
「私は思い違いをしていたようだ」
「ガタナーさんが思い違いですか?」
「私はね、弟がすっかり変わってしまったものだとばかり思っていたんだ。もう手遅れだと決めつけて、これまでちゃんと向き合ってこなかったんだ」
「はい」
「でも変わっていないとしたら、弟があの頃と変わっていないとしたら、更正させることだってできるかもしれない。けして手遅れなんかじゃないんだ! そうだよね、リューへー君」
「はいッ」
「ありがとうリューへー君。お陰で勇気をもらえたよ。今から弟に会ってくる。ちゃんと向き合って、ちゃんと話し合って、弟をしっかり更正させようと思う」
「頑張ってください! そんなに真剣に心配してくれているんですもの。その気持ちは弟さんにだって必ず通じるはずです!」
「弟は分かってくれるかな?」
「はい。きっと分かってくれますよ」
「弟は更正してくれるかな?」
「はい。きっとうまくいきますよ!」
「よし、行ってくるよ!」
「突然やって来て、俺に更正しろって、兄ちゃんそれは……」
「いいか、もう悪事から足を洗って真人間になるんだ」
「でも俺にも立場があるし、今さらそれは……」
「手遅れなんかじゃない! けして手遅れなんかじゃないから、更正するんだ!」
「だから兄ちゃん、それは無理だってば……」
「サダナーッ! おまえは兄ちゃんの気持ちが分からないのか!」
「うあああ、ガタナーさん、ガタナーさん! 無理です、無茶ですッ! いくらなんでも手遅れですからッ! ボクが間違ってましたからッ!」




