(17) 先輩
「おう、オメエが新入りか。オレはオメエの教育係で『投げナイフのラット』つうもんだ」
「テツヤっス。ラット先輩、よろしくお願いします!」
「オメエ、歳はオレとタメらしいが勘違いすんなよ。このオレは古参で、オメエは永遠に新参だからな」
「その新参とか古参ってなんスか?」
「オメエみたいに抗争が終結してからノコノコやって来たのが新参。前からいてトランキーロの大親分にシメられたのが古参だよ」
「なるほど。すると先輩もそのトランキーロに?」
「おうコラ、大親分を呼び捨てにすんな! ぶち殺すぞタコ助」
「すんません! 先輩もトランキーロ様にシメられたんスか?」
「おうよ。どうだ凄えだろ?」
「でも先輩ってどこも怪我してないっスね」
「ば、馬鹿これはアレだ、怖くて近付かなかったワケじゃなくて、アレだ、十分に間合いをとってだな」
「ああ、先輩は投げナイフっスものね」
「ま、まあな」
「それで投げたナイフは当たったんスか?」
「馬鹿、オレが本気で投げたら死んじまうだろが」
「おおお!」
「だからワザと外して投げたのよ。あれにはさすがの大親分もビビったはずだぜ?」
「先輩凄いじゃないスか!」
「実はそのときに大親分と目が合ってな。『オマエやるじゃねえか』って」
「凄え、直接言われたんスか!」
「馬鹿、漢と漢、わざわざ口に出して言わなくても通じ合うもんなんだよ」
「先輩すげえ!」
「ふ、さすがはトランキーロの大親分だよ。一瞬にしてこのオレの器量を見抜いてしまうとはな」
「器量?」
「ああ。男の価値ってヤツさ。オメエ、知ってるか?」
「なんスか?」
「今、トランキーロの大親分に直接の子分は四人しかいねえ。ウチのサダナー親分、西のローヒム親分、北のシブー親分、そして東の二代目イビール親分。いずれも大物中の大物ばかりだ」
「はあ」
「このオレはな、いずれはそこまで登り詰める男よ。いずれはトランキーロ様の子分として、歴史に名を刻む男になるんだぜ?」
「先輩すげえ!」
「ふ、まあな。だがそういうオメエはどうなんだ?」
「え、俺スか?」
「ああ。オメエもこの業界に入ったからには、そういう野望みたいなもんがあるんだろ?」
「俺はラット先輩みたいになりたいっス!」
「ち。ベンチャラもそこまであからさまだと興醒めするぜ」
「ベンチャラなんかじゃないっスよ! だって俺、先輩に憧れてこの業界に入ったんスから」
ラット先輩。
そうこの人、町で何度か見掛けたあのチンピラ先輩なのよ!
なんとこの先輩もカツォーリさんの手下だったのよ!
いやあ、外回りから戻ってきたこの人を見たときは、もうね、ビビビッと来たわけですよ!
「あいうぃるふぉろゆ、あなぁたに、ついてゆきたい~♪」
思わず歌ってしまいましたよ。
だって素敵な人だから!
もうね、著作権的なコトなど中国人並にスッパリ忘れてしまうほど運命を感じてしまいましたよ。
そう、これは不可抗力。人間には抗うことのできない運命なんです。
そう、これはデスティーノなんですよ!
お、怒られたらこっそり消すし!
ふう。
だってこの先輩ときたら、本当に絵に描いたようなチンピラなんですよ。
分かりますか?
チンピラ界のエリートですよ?
チンピラ界のサラブレッドですよ?
ナチュラルボーンのチンピラですよ?
チンピラになるために生まれてきた神の申し子ですよ?
チンピラとしてホンの駆け出しの俺にとって、お手本にするにはこの人しかいないじゃないですか!
それでこっそりカツォーリさんにお願いして、俺の教育係にしてもらったわけですよ。
何たってカツォーリさんは、俺とラット先輩の直属上司ですしね。
「痛てて、アイツがしくじったら上司の責任に……、痛ててて……」
カツォーリ親分は泣きそうな顔で胃を押さえていたけど、どこか痛いなら高木さんに治して貰えばいいのにね。
あんなに必死に首を振ってまで遠慮することないのにね。
トイレが近いのか知らないけど、なにも走って逃げることないのにね。
「ま、その話はいいとして」
「はい」
「なあ、さっきからオメエの後にいるソイツはなんだ?」
「え、コイツっスか?」
「ああ、さっきからドンヨリ俯いて首を振っているそのガキだよ」
「コイツは俺の弟のリューへーっス」
「はじめ……まして……」
「組織に入れるにはさすがに若すぎるって言われたんで、当分は見習いとして俺と一緒にやっていきますんで」
「ふうん、兄弟にしてはオメエら全然似てねえな」
「コイツは義理のお袋の連れ子なんで、俺たち血は繋がっていないんスよ」
「お、けっこう可愛いツラしてんじゃねえか」
「そうスかね」
「なあ、いい話があるんだが」
「なんスか」
「この弟を俺の知り合いの店で働かせてみねえか? いい金になるぜ?」
「あの、それがっスね……」
「ん?」
「先輩、これはここだけの話なんスが……」
「何だ?」
「絶対の絶対に誰にも言わないでほしいんスが……」
「何だよ、言ってみろよ」
「その、義理のお袋ってのが凄えいい女でして」
「うん」
「若い頃には王都の店で働いていたっていうんスよ」
「夜の店か」
「それもお貴族様も来るような、一流の店だったみたいで」
「ふむ、それで?」
「それで客との間にデキちまいまして」
ここで腹が膨らむポーズを。
「いろいろあってコイツを生んで、店にいられなくなって田舎に戻って、そこで幼馴染みだった俺の父ちゃんと……」
「だからそれがいったい何なんだよ?」
「そのお袋が死ぬときに、ある人の名前を出したんスよ。私が死んだらその人を頼りなさいって」
俺が目線を上にやると、先輩もまた上を見上げた。
ちなみに今、ここの二階には一人しかいない。
「まさかそのガキ、サダナー親分の!」
「し! 先輩、声が大きいっス!」
慌てて口を押さえた先輩に。
「それで田舎から出てきた俺たちは、そのツテを頼りにここに来たワケなんスが……」
「それでかよ! オメエみてえに弱そうな野郎がなんでウチの組織に入れたのか、不思議だったんだ」
「そういうワケでして、リューへーに何かあったら俺、きっとサダナーの親分に殺されちゃうんスよ」
先輩がゴクリと唾を飲んだ。
カツォーリさんが俺たちの直属上司なら、サダナーは更にその上司なのだ。
厳格な縦社会である組織において、サダナーのご機嫌を損ねたらどうなるか?
分かりやすく例えるならば、俺と先輩は野球部の一年坊主で、カツォーリ親分が二年生、サダナーが三年生なのだ。
つまり俺たち一年坊主の命など、三年生の気分次第でどうにでもなってしまうのだ。
うん、この例えが妥当かどうかは、まったく自信がないけれど。
「本当の本当にナイショの話ですからね。くれぐれも内密ですからね?」
「ああ分かった」
「ふう。内密は著作権的にセーフと……」
「ところで、もうひとつ聞きたいんだが」
「はい」
「オメエのその小汚ない胴鎧、それはなんだ? こんな町中でなんでオメエは鎧なんかつけてるんだ? うっとおしいから脱げよ」
「無理っス。それはできないっス。絶対に脱がないっス。だってこれは俺の大切な相棒なんスよ?」
「相棒ぉ?」
「相棒っス。この俺に神様や天使の事を教えてくれたり、寂しいときには話し相手になってくれたり、火や水や風なんかでいろいろと助けてくれたり、大切な大切な相棒なんスよ」
「オメエ、アタマがオカシイのか?」
「すみませんッ! 本当にすみませんッ!」
だから竜兵、突然謝るなよ。
ホラ、先輩も驚いてジャンプしちゃったし。
「ごほん、ごほん。あー、分かった、オメエの相棒な」
「はい」
「でもなあ、参ったなあ」
「へ?」
「その鎧のことは事あるごとに聞かれるだろうし、そのたびに相棒だのなんだの説明されちゃオメエのアタマのことがバレちまうし」
「俺のアタマがどうかしたんスか?」
「それじゃウチの組織が舐められちまう。なんとかしねえと……」
先輩はしばらく考えてから。
「そうだ!」と手を打った。
「通り名だ!」
「通り名?」
「ああ。この業界は舐められたらオワリだ。だからビビらせるために通り名を付けたりするんだが」
「その通り名を俺に?」
「おうよ。このオレが、古参のオレが、オメエにピッタリの通り名をつけてやる」
「おおお!」
「いいか、今日からオメエは『泥亀のテツ』だ。ケンカは弱えがやたらと打たれ強え。それがオメエ、泥亀のテツだ」
「泥亀のテツ……」
「ああ。初対面ではまずそう名乗れ。そうすりゃ鎧のことなんて誰も聞いてこねえよ」
「そうか、俺が泥亀なら鎧をつけてて当然っスものね。先輩すげえ!」
「ふ、まあな」
「ようし! 泥亀のテツ、攻撃力F・防御力A・スピードFの泥亀のテツ、俺は今日から泥亀のテツ様だぜぃ!」
その後先輩は仕事のことなどを細々と説明してくれて、近くにある寮にも案内してくれた。
職場の先輩として、マジでガチで本当に超理想的な人物だった。
だって、あの先輩ときたら。
あの先輩ときたら、あれだけ面倒を見てくれたのに、ちっとも赤くならないんだもの!
自分のことはカッコよく「投げナイフ」なのに、俺のは「泥亀」だし。
「へへへへ、リューへー坊っちゃん、サダナー親分にはくれぐれも」とか言ってたし。
うん。
やっぱ最高だよ、あの先輩!
「ようし、俺も頑張ってあの先輩みたいに……」
「どうして……」
「ん?」
「どうして兄様はあんな風に、口からデマカセがポンポンと出てくるんですか……」
「へ?」
「どうして兄様はあんな風に、キラキラした目で嘘を吐けるんですか……」
「ふへ?」
「それに……」
「ん?」
「馴染みすぎですッ! さっきの兄様は、すっかりチンピラみたいになっていましたよッ!」
「うおおぉ、竜兵それマジかよ! へえそうか、俺って意外とチンピラに向いているのかもな。ようし燃えてきたぞ、燃えてきたぞ! 俺はやるぞぉ!」
「うあああぁ、誰か、誰か、教育係ぃッ! 誰か、この兄様に常識を教えてくれる教育係の人はぁッ!」




