(16) チンピラ
「そういう訳だ。手放す縄張りと戻ってくる縄張りの引き継ぎについてはカツォーリ、おめえがうめえこと仕切ってくれ」
「へい。分かりやした」
城外市の南地区。
サダナー一家の本拠地の一室のふたり。
この組織のボスであるサダナーと、ダンディ口髭のカツォーリである。
「それにしてもボス、一夜にして抗争終結ですか……」
「ああ、まったく、あの親分ときたらやることがデカすぎて参っちまうよな」
モヒカン巨漢のサダナーが大口を開けてガハハハと笑った。
「ま、今回の件はおめえには災難だったがな」
「うぐ、ぐ……」
上機嫌のサダナーにバシバシ叩かれて、包帯でグルグル巻きのカツォーリが呻き声をあげた。
「おっと、そういやおめえは骨が折れてたな」
「いえ、この程度の怪我など勲章みてえなものですから」
この組織のナンバーツーといえどもボスには逆らえないのだ。
「魔族の親分に勲章を貰いすぎちまって、ウチもしばらくは人手不足だがな」
「根性の足りねえ野郎ばかりで面目ありません」
カツォーリもため息を吐いた。
昨晩、突如として現れたトゲトゲ黒鎧によって一家の構成員のほとんどを救護院送りにされたのだ。
他の組織との抗争が終結したといっても、やるべき仕事に対して人手がまるで足りない状態なのだ。
「それでボス。この際ですから、人を増やしてもいいと思うんですが」
「ダメだ! 抗争が終わったとたんに組織に入れてくれなんて野郎は論外だ」
「へい」
「要領がいいだけの根性ナシなんてウチにはいらねえ。いいかカツォーリ、今頃になってノコノコ来るような野郎は全員追い返しちまえ」
「へい」
この朝、サダナーによって抗争の終結とミカジメ料金の大幅値下げが宣言された。
その熱狂に当てられたのか、あれから厳つい男どもが何人も何人も「是非組織に入れてくれ」と押しかけてきたのだ。
それをカツォーリがひとりひとり断って、ようやく落ち着いた頃合だったのに。
「ごめんくださーい。誰かいませんかー。チンピラになりに来ましたー」
またひとりやって来たようだった。
「チンピラにぃ?」
「ち。今度は勘違いした野郎かよ」
「なにせ大勢の目の前でカタギに金を積んで詫びを入れちまいましたからね」
「ああ。確かにトランキーロの親分はスジを重んじるお方だ。無関係なカタギに手を出せば絶対に黙っていねえ。だがスジさえ通すなら、相手がカタギであろうと関係ねえぞ。いいかカツォーリ、あんまり舐めた野郎なら半殺しにしてやれ」
「へい!」
「ち、ガキどもかよ」
門の前にいたのは古い胴鎧を着けた、いかにも弱そうな若僧だった。
しかもその若僧は、まだ子供といっていい年頃の少年を連れてきている。
「こんにちは! 俺、テツヤといいます! チンピラになりに来たんですが……」
「帰れ。ここはおまえらみたいなガキが来るところじゃねえ。とっとと帰ってママのおっぱいでも……」
「あれ、ここはヤクザさんの事務所ですよね?」
「あ?」
「よかった。間違えて冒険者ギルドに来ちゃったのかと」
「なんだおまえ、アタマがオカシイのか?」
「うぅ……」
カツォーリの言葉に、なぜか金髪丸刈りの少年がビクンと反応した。
ガックリと俯いて、フルフルと首を振っている。
「お願いします。事情があってどうしてもチンピラにならなきゃいけないんです! それでサダナーに」
「て、てめえ!」
カツォーリが激昂した。
「てめえみたいな糞ガキが、ウチのボスを呼び捨てにするんじゃねえ!」
「え、でも……」
「でももヘチマもあるか! いいか、ぶっ殺されたくなかったら二度と呼び捨てにするんじゃねえぞ?」
「分かりました。それでそのサダナーさんに」
「サダナー様だ!」
「サダナー様に会いに来たんですが」
「ボスは今留守だ。帰って出直せ、というかてめえは二度と来るな!」
バタンッとドアを閉めて、カツォーリは階段をドスドスと上がっていく。
それが折れた骨に響いて痛い。
まったく、ボスとの打ち合わせ中だったのに、人手不足のせいであんな馬鹿を追っ払うことまでやらねばならないとは。
「ボス、それで直営店の上納金の見直しについてなんですが……」
「あ、さっきはどうも」
「なんでここにてめえがいるんだよ!」
ボスの部屋には先程の若僧がいたのだ。
先ほどまでカツォーリが座っていた長椅子に腰かけていたのだ。
その隣には、死んだ目をした少年が俯いてフルフルと首を振っている。
「え、だからサダナー……じゃなくてサダナー様にお願いしようと思って」
「おい誰か!」
こいつらを摘まみ出せと言い掛けてカツォーリは思い出す。
手下どもの大半はまだ救護院のベッドだし、動ける者は全員外回りに出ているのだ。
「いいかコラ、ここから出ていけ。今ならまだ半殺しだけで許してやる」
「ええ、そんな困ります。俺、どうしてもチンピラにならなきゃ……」
「やかましい!」
カツォーリが一喝した。
「てめえ、何か勘違いしているようだがな、あんまり舐めてるとガキだろうがカタギだろうが容赦しねえぞ!」
カツォーリは「やってもいいですね」とチラリとサダナーを見た。
サダナーは怒っているでもなく、笑っているでもなく、感情の抜け落ちた顔をしていた。
豪胆で自信に溢れたいつものこの人らしくもない。
自分の目の前で何が起こっているのか分からない、そんな顔をしているのだ。
だからカツォーリは暴力組織のナンバーツーとして、やるべきことをやることにした。
「立てよ小僧。言って分からねえならその体に分からせてやる」
「はあ」
「だいたいなあ、俺は最初からてめえが気にいらなかった。てめえのその、小汚ない胴鎧が気にいらなかった」
そう。カツォーリはこの若僧も、その胴鎧も大嫌いだった。
昨晩のトゲトゲ黒鎧の男を、なぜか思い出してしまうのだ。
突如として目を剥き舌を出した、あの恐ろしい魔物のことを思い出してしまうのだ。
できればもう二度と会いたくはない、そんな男とそんな魔物を思い出してしまうのだ。
「この糞ガキめ、その鎧をひん剥いてブチのめしてやる!」
「あ、あああぁッ」
金髪の少年がなぜか悲痛な声を上げて、サダナーがググッと身を乗り出して。
カツォーリの手がその胴鎧に掛かったその瞬間に。
『ベロベロベロベロ、残念でしたあ~ッ! 鎧じゃなくてミミックでしたあ~ッ!』
薄れていく意識。そして。
「やはり親分でしたか。いやあ、急に窓から入ってきたから驚きましたよ」とボスの声。
ああボス、気づいていたなら早く教え……て……。
◇◆◇◆◇
「改めてこんにちは。俺は哲也です」
「弟のリューへーです……」
「ミミックのタカギでございやす」
「……」
高木さんが自己紹介したところで、ダンディな口髭さんがビクリとなった。
ちょっとからかったくらいでそんなに怯えなくてもいいのにね。
高木さんは人をからかうのが大好きだけど、それ以外は優しい紳士なんだぞ。
ダンディさんが気絶してる間に、その怪我を治してあげてたし。
「あの」
「ん?」
「親分は人間にも化けられたんですね」
「化けるもなにも、俺は人間だし」
「え、トランキーロの親分は魔族でしょ?」
「人間だってば。フツーの人間。あと斎藤哲也が本名ね」
「ちょっと、俺には親分が何を言ってるのかさっぱり……」
サダナーが、なぜかコメカミを押さえて考えて出してしまった。
「だから本名が斎藤哲也。こっちではテツヤ・サイトー」
「いやそこでなく、親分が人間とかいう冗談の笑い所が分からないんですよ」
「冗談なんて言ってないし。そっちが勝手に魔族とか勘違いしただけで、俺は最初からフツーの人間だし」
「そんなワケないでしょ……」
部屋の隅でいじけていたダンディ口髭さんがポツリと溢すけれど、事実だし。
「あー。それで親分、さっきはチンピラがどうとか言ってましたが」
「うん。俺はチンピラになりたいんだけどさ、サダナー様のコネでなんとかならないかな?」
「ちょっと親分、サダナー様って何ですか」
「いやだって、呼び捨てにしたらぶっ殺すぞって」
モヒカンのサダナーにギロリと睨まれたダンディさんがブルンブルンと首を横に振っている。
ええー? だってさっきそう言ったじゃん。
「それで親分、俺らは学がねえもので教えてもらえませんか? そのチンピラって何ですか? 地獄の悪魔とか魔王みてえなものですか?」
「何言ってんの? チンピラはチンピラだよ。組織の下っ端で裏社会の底辺のチンピラだよ。雑魚のくせにやたら威張りちらしてて、下品でガサツで声が大きくて、ケンカで負けたら捨てゼリフのチンピラだよ。とびっきりの嫌われ者のチンピラだよ」
困った顔のサダナーが救いを求めるように竜兵を見た。
「すみません……」
「おい竜兵、そこでなんで謝るし」
あのなあ竜兵、今のすみませんは「ウチの兄が馬鹿ですみません」のすみませんみたいだったぞ?
「本当に、すみません!」
まあ説得には時間が掛かってしまったが。
結果として。
「カツォーリ、おまえが親分の面倒を見てやってくれ」
俺はダンディさんの手下として、無事チンピラに就職することができたのだ。
そのダンディさんは真っ青な顔で胃の辺りを押さえているけど、まだどっか痛いのかな?
うーん、怪我なら高木さんが完璧に回復したはずなのに。
「それじゃあカツォーリ様、これからチンピラとして頑張りますので、どうか末長く、よろしくお願いします!」
あれ、どうしてそこで目を反らすのよ?
どうしてそこで竜兵を見るのよ?
どうしてそんな救いを求めるような目で竜兵を見るのよ?
「本当に、本当に、すみませんッ!」




