(15) 天職
「兄様、何を考えているんですか! ボクたちは地味に、慎ましく、ひっそり目立たないように暮らしていくんじゃなかったんですか!」
「だからちょっとした手違いだってば」
「だから何をどう手違いすれば一晩で裏組織のボスになるんですか!」
俺は今、なぜか竜兵に怒られている。
「だからさ、ガタナーさんを刺したヤクザをトッチメに行ったじゃん?」
それでヤクザさんたちをボコボコのコテンパンにしてやったじゃん?
そしたら散々コテンパンにした後でさ、「やったのはウチじゃなくてイビール!」って言われてしまったじゃない?
いやあ、あのときは焦ったわー。
本当に焦ったわー。
心の中で「焦んなよ、俺、焦っせんなよ」と何度も繰り返していたわー。
だって無実のヤクザさんたちを半殺しにしちゃったんだもの。
ごめんねテヘペロでは済まされないよね?
だから開き直って「おまえにも責任はある!」で押し通すことにしたのよ。
うん。大事なのは理屈よりも勢い。
とくに脳筋系は理屈じゃ説得できないものね。
逆に、ノリと勢いで自信たっぷりに説得すれば、理屈が無茶苦茶でもいけるかなって。
そんでノリと勢いで「今からイビールをシメに行くぞ」ってなって。
こっちだ俺について来い、なんて言っちゃって。
そしたらさ、モヒカンがさ、「そっちは逆方向だ」って言うのよ。
いやあ、あのときは焦ったわー。
本当に焦ったわー。
心の中で「焦んなよ、俺、焦っせんなよ」と何度も繰り返していたわー。
だってさあ、そこで間違いを認めて勢いを止めたらマズイじゃない?
モヒカンが冷静になってさ、「あれ、考えてみたら俺ら別にボコられるほど悪いことはしてなくね?」ってなったらヤバいじゃない?
だから勢いのまま「これでいい、予定通りだ、行くぜチキチキ王都一周マラソン大会だ!」みたいになってさ。
そんでノリと勢いで、まるで無関係のローヒムさんとシブーさんまでやっつけてさ。
かわいそうに。
でもこっちだって内心は焦りまくりだから。
実際、もう何がなんだか分からなくなってたし。
自分でも無茶苦茶だと思ってたし。
勢いで取り敢えずボコって、それらしい理屈を熱く語りながらも心の中では「焦んなよ、俺、焦っせんなよ」ってずっと。
だからヤクザさんに名前を聞かれたときに、口から思わずトランキーロって……。
「兄様! 黙ってないでちゃんと説明してください!」
「だからそれは……」
だからそれは無理ですよぅ。
だってちゃんと説明したらよけいに怒るじゃん?
「もう! ちょっとタカギさんからも言ってあげてください」
「へへへへ……。若旦那、昨夜は本当にありがとうございやした! へへへへ、ウへへへへ……」
「え、タカギさん?」
「ああ、高木さんはまだ余韻に浸っているから」
「余韻ってまさか!」
「だってボン、一晩であんなにたくさん! マヌケ面があんなにたくさん! ああ、今思い出しても……、へへへへ、ウヘヘへへ……」
「からかったんですかぁ……」
まあヤクザさんをボコるついでに、高木さんを接待してみたのよ。
だって高木さんには日頃本当にお世話になっているもの。
「若旦那、ありがとうございやす! いやあ、昨夜のは最高に楽しかったぁ!」
「喜んでもらえて何よりだよ」
「ううぅ、タカギさんまでそっちに行っちゃったら、常識人はボクひとりじゃないですかぁ」
「おいおい、まるで俺が非常識みたいな言い方は」
「自覚してくださいッ!」
「ああ、あのマヌケ面といったら! ウへへへへ……」
そんなこんなで。
宿屋の一室で。
竜兵も少し落ち着いて。
「それで兄様、赤い光はどうなりました?」
「それがさ、消えたのよ、全部! ガタナーさんのも、飯屋のおばちゃんのも、口入れ屋さんのも!」
背中のモゾモゾもキレイに無くなってるし!
俺は自由だぜ、ヒャッホーイ。
「口入れ屋さんもですか? ミカジメは値下げしたけど上納金はそのままにしたんですよね?」
「うん。さすがにあいつらの直営店のことまでは口出しできないよ」
「上納金が下がっていないとすると……」
竜兵は木窓を開けた。
「やっぱりそうだ。昨日よりも人通りが増えてる」
外を見て、難しい顔で何やらブツブツ言い出した。
「町に活気が出てるんだ……。裏組織の抗争が終わったことと、ミカジメ料という実効税率が下がったことで有効求人倍率が上昇して失業率も……」
「やめろ、やめてくれ! 竜兵のくせに賢そうなことを言わないでくれッ!」
「ええと、兄様にも分かりやすく言いますと」
「トゲのある言い方ぁ!」
「大繁盛しているんです。兄様のお陰で、今頃あの口入れ屋さんは大忙しですよ」
「本当かよ」
本当でした。
口入れ屋さんの店先にお客の行列ができてるし。
あのおっちゃんなんか昨日まですげえ暇そうで長々と世間話してたのにな。
「しかし竜兵、困ったな」
「何がです?」
「何って仕事だよ、仕事」
「はあ」
「せっかく赤い光が消えたのにさ、背中のモゾモゾも無くなって自由の身になれたのにさ」
「はあ」
「これでまたお世話になったら、またおっちゃんが赤く光っちゃうじゃん」
「はあ」
「そんで紹介されたバイト先がガタナーさんみたいな真っ赤っかの善人だったらさ、親切にしてもらったらさ、俺の背中はまたモゾモゾのゾワゾワじゃん」
「はあ」
「え、なにこれ。なにこの状況。俺、詰んでない?」
「あの、兄様って裏組織の偉い人になったんですよね?」
「ん?」
「じゃあ別に仕事なんて探さなくても……」
「あのなあ、竜兵」
「はい、兄様」
「ヤクザごっこをしてるのは、トゲトゲのトランキーロだから」
「はい」
「俺は哲也だ。斉藤竜兵の兄貴の斉藤哲也だ。働きもしないでヤクザごっことか、兄としてそんなみっともないことできるかよ」
「はい、兄様ッ」
「でも困ったなぁ」
「町で暮らしていくのに誰のお世話にならないとか、誰からも一切親切にされないとか無理ですよぉ」
「だよなぁ」
「そうだ兄様、それじゃあもっと人の少ない田舎に引っ越しませんか?」
「あのなあ。人が少ない分、田舎の方が人間関係は濃密なんだぞ。ドライな都会と違って、只で野菜をくれる爺ちゃんとか、あれこれ世話焼きな婆ちゃんとか絶対いるし」
「うぅ、それじゃあ誰もいない山の中とか……」
「それは却下。サバイバル生活はあのダンジョンで懲り懲りだよ。毎日ドラゴン肉を食うより普通に町の飯屋がいいし、風呂にも入りたいし、甘いものだって食いたいし、それに」
「はい」
「俺さ、この町が結構気に入ってるんだ。貧乏くさくてゴチャゴチャしてて下品な奴が多い町だけど、なんか俺、この町が好きみたいだ」
「はい」
「おまえだって好きだろ、この町」
「はい。毎日がこんなに楽しいのは生まれてはじめてです」
「ならさ、やっぱここが俺たちの町なんだよ。ここが俺とおまえで暮らしていく町なんだ」
「はい」
「まあ、おまえがヘマをして身バレしたら、流石に引っ越しだけどな」
「むう。トゲトゲ鎧で目立つことをやってるのは兄様じゃないですかッ」
「き、気にすんなよッ!」
「正直に言って、どう考えてもボクには無理だと思います。この町で暮らして、仕事を見つけて、なのに誰からも親切にされないでとか無理ですよぅ」
「だよなあ」
「無理ですよぅ。人間、よほどの嫌われ者でもない限り、誰かにお世話になったり親切にされたりするものだし……」
「だよなぁ……。ところで竜兵、さっきからあっちでなんか揉めてないか?」
「あ、あのときのチンピラさんですね」
「上納金の集金だってさ。あいつ、口入れ屋さんがこんなに忙しそうな時間帯に」
「うわぁ、並んでいる人が皆迷惑そうな顔をしてますよ」
「いいなあ、あいつ」
「え」
「だってあんなに嫌われ者ならさ、きっと誰からも親切にされないんだぜ?」
「!」
「いいなあ、嫌われ者かぁ、いいなあ……。あ」
「に、兄様ッ!」
「ん、今なにかナイスなアイデアが閃いた気がしたんだが……。どうした竜兵?」
「そろそろお昼にしませんか」
「まだ早くないか?」
「えーと、えーと、熱々のオデンが食べたいかなぁって」
「おまえ、オデンがそんなに好きなのか」
「はい!」
「じゃあおまえが毎日でもオデンを食えるように頑張って働かないとな。ん、働くといえば……、あ」
「兄様ッ!」
「んんん、今なにか閃いた気がしたんだが……」
「別に兄様が無理に働くことはないと思うんです。ボクが頑張って働けば……」
「馬鹿野郎。弟に働かせて兄がニートとかできるか! それじゃまるでヒモみたいじゃないか!」
「だって!」
「ん、ヒモ……? さっきの嫌われ者……? 仕事……? あああッ!」
「しまったぁッ!」
「そうだよチンピラだよ、チンピラ! 俺も、嫌われ者のチンピラをやればいいんだ!」
「ああああ……」
「ようし、チンピラだ、チンピラだ! 竜兵、俺はこの町でチンピラをやって生きていくぞ!」
「ああああ……、とうとう兄様が気がついてしまったぁ……」
「そうと決まれば! ええと、なあ竜兵、チンピラってどうやって就職すればいいんだ?」
「タカギさん、タカギさん、兄様を止めてぇ」
「へへへへ、あのときのマヌケ面といったら……、ウヘヘヘヘ……」
「タカギさぁん、こっちに戻って来てよぉ」
「やっぱあれか、さっきのセンパイに弟子入りするとか……」
「誰か、誰か、兄様を止めてくださいぃ! 常識人ッ、どこかに常識人はいませんかぁーッ!」




