(13) トランキーロ
王国リッカ・コターナ。
その王都を守る高く堅牢な城壁。
その城壁の四方には更に堅牢な四つの城門。
そして、それぞれの城門を起点に四方へと延びているのが「王の道」である。
王の道は馬車が並んで四台通れる程にも幅の広い、石と魔法で舗装された幹線道路である。
貴人を乗せた馬車、麦や葡萄酒や地方の物産を満載した荷車、伝令の早馬、異国の商人たちのキャラバン、旅人や巡礼者……。
夜が更けても、この道に人の行き来が絶えることはなかった。
王都が王国の心臓部ならば、王の道は王国の物流を支える大動脈と言っていいだろう。
よって、この大道を塞ぎ通行を妨げる者は国法によって厳しく処罰される。
それは王都をグルリと囲む、ゴチャゴチャの城外市の住民であろうとも例外ではない。
城外市の無法者といえどもこの道の上に小屋を建てることはできないし、この道の上で露店を開くこともできないのだ。
つまり、王都の城外市は不可侵地帯である王の道によって、四つの地区に分断されていたのである。
そして城外市の四つの地区は、そのまま裏社会の勢力圏ともほぼ重なっていた。
すなわち。
南地区のサダナー一家。
西地区のローヒム一家。
北地区のシブー一家。
東地区のイビール一家。
そう。
近年の組織間抗争とは、この四つの組織が互いに互いの縄張りを掠め取ろうとする「パイの奪い合い」であったのだ。
「ボス、確認がとれました。やはりサダナーのとこは襲撃されて壊滅状態みたいです」
「ぐわはははは。やったのは西のローヒム一家か。やるじゃねえか。おい、夜が明けたら全員でカチコミに行くぞ。この機会にサダナーの縄張りを丸ごとぶん盗ってやるぜ」
太鼓腹を揺らしてイビールは上機嫌で酒杯を煽った。
太っちょイビール。この城外市東地区を本拠地とする裏組織のボスである。
「待てよ……、サダナーが壊滅なら襲ったローヒムだって無傷ではないはずだ。この際だ、ローヒムとこも纏めて飲み込んじまうのもいいな」
ぐひひひと酒杯を煽るイビールに。
「気にいらねえ。親父、俺は気にいらねえな」
噛みついた若者がいた。
「南でカタギを刺したのは親父の差し金だろ? 親父、組織の揉め事にどうしてカタギを巻き込んだ?」
「はあ。息子よ、おめえは腕っぷしは強えが、つくづく甘え野郎だなぁ」
太っちょイビールはヤレヤレと首を振った。
「いいか、戦争ってのは敵の一番弱えところを攻めるもんだ。どんな野郎にだって弱点はある。そこを攻めて主導権を握るんだよ」
「親父の言うことは分かる。だが、気にいらねえものは気にいらねえ」
「息子よ、情に流されるな。自分の心を制御しろ。手下どもの心を制御しろ。カタギの心も、敵の心も制御しろ」
「ち。またその話かよ」
「そのためには暴力と恐怖だ。この世の中にはなあ、暴力と恐怖で制御できねえ野郎なんざいねえからな」
「本当にそうか?」
「ああ。この俺様に制御できねえ野郎なんざ……。ん、なんだ、どうした、外がやけに騒がしいな」
「おうコラてめえ、ここをどこだとブヘラッ!」
「兄貴ィ! てめえやりやがっゲハァッ!」
「カチコミだ、カチコミだ! 敵が襲って来やがっゴフォッ!」
「てめえいったいどこのガフォッ!」
「たった一人でケンカに来ただと? 舐めやがっグヒョアッ!」
「くそ、コイツかなり強えぞ、全員でいっぺんに掛かれ」
「ゴフォッ!」
「ガフォッ!」
「グヒョアッ!」
「てめえ……、何者だ?」
外に飛び出したイビールの息子が見たもの。
それは異形の男だった。
全身トゲトゲの黒い鎧の男だった。
その鎧の男が襲撃してきたのだ。
この地区を束ねる組織の本拠地に。
武器も持たずに。
たった一人で。
いや、違う。
あちらから、更に三人の男がやって来たのだ。
「ぜえ、ぜえ、はあ、はあ」
「ダメだ、もう走れねえ」
「俺もダメ、なんか吐きそう」
「そのモヒカン頭……、南のサダナーか! それにそっちのチャラいのは西のローヒム、そっちの覆面は北のシブーじゃねえか!」
イビールの息子は驚愕に目を丸くした。
「まさか、おめえら全員、手を結んだのか! サダナー一家が壊滅したとかガセを広めて、水面下では……」
「そいつは違うぜ、イビールの息子よ」
「サダナー……」
「サダナー一家は本当の本当に、完膚なきまでにヤラれちまった。そんで下ったのよ。そこの黒鎧の親分にな」
「ウチもそうだ。あっという間にコテンパンにされて、ローヒム一家はこの親分の傘下になった」
「ああ、このシブーの一家もな」
「まさか、そんな信じられねえ……」
イビールの息子は今になってブルブルと震えてきた。
この鎧男が恐ろしかったからではない。
この男はたしかに強い。
だがそれだけではない。
南のサダナー、西のローヒム、北のシブー。
いずれも暴力だけで屈する漢たちではないのだ。
その三人が、一夜にして鎧男の子分になった。
それもカタチだけではない。
同じ漢として自分にはよく分かる。
この三人は、今や腹の底からこの鎧男を認めている。心酔しているのだ。
ならばそれほどの漢とは何者だ!
そうとも。
暴力とか恐怖とか制御とか、そんな小せえ、そんなみみっちい話なんかじゃない。
こいつは、この鎧男こそは、もっともっと遥かに巨大な漢なのだ!
だから。だからこそ。
その喜びで、そのワクワクで、全身がブルブル震えて止まらないのだ。
「おい! アンタの名前を教えてくれッ!」
「俺の名前? えーと、それじゃあトランキーロで」
「魔族の親分、それたった今考えたでしょ?」
「サダナー、気にすんなよッ!」
「トランキーロよ、俺と戦ってくれ。そんで俺が勝ったら俺をアンタの子分にしてくれ」
「え、おまえが勝ったら? つか、おまえひとりなの? ここにいる全員で掛かって来ないの? それにおまえは刃物を使わないの?」
「行くぜ、トランキーロ!」
むろん、勝負にもならなかった。
拳も蹴りも、一発入れることさえできなかった。
飛び掛かった瞬間にガツンと衝撃がやって来て、ぶっ飛ばされてしまったのだ。
「ぐ、痛え……。こりゃアバラが何本か折れたな」
「よお馬鹿息子。町のケンカ自慢が一瞬で負けちまったな。今の感想はどうだい?」
「くくく、サダナーか。そりゃ痛えに決まってんだろ。くくく、あちこち痛えけど、痛えけどよ、くくくく……」
「笑っちまうよなぁ」
「ああ、笑っちまう。サイコーだ。俺の親分ときたら、まったくサイコーだぜ」
「ああ? おまえ勝ったら自分を子分にしろとか言っといて、負けちまったじゃねえか」
「あ? 俺が負けたんだから子分になるのは当たり前じゃねえか」
「うーむ、極道として理屈は間違っちゃいねえが」
「だろ?」
「だがおめえはいいとしても、おめえの親父はそれで納得するかね?」
「親父……」
「おう野郎ども、息子の敵討ちだ! 全員総掛かりで行くんだ! 死ぬ気で足にしがみつけ!」
「おりゃあッ! 捕まえたぜ!」
「どうだ鎧野郎、この人数であちこちしがみつかれて身動き取れまい。これからタップリとお仕置きの時間だ。このイビール様が、暴力と恐怖でおめえのことも制御してやるぜぇ」
「おい見ろよ馬鹿息子。ウチの親分にあんなウジャウジャと取り付きやがって。おめえの親父もすっかり勝った気でいやがるな」
「助けなくて大丈夫なのか、サダナー!」
「まあ見てろ」
「おいサダナー、てめえ自分の親分が危ねえときに何をヘラヘラ笑ってやがる! おいローヒム、シブー、てめえらも見てねえで早く親分を助け……」
『ベロベロベロベロ、残念でしたぁ~ッ! 鎧じゃなくてミミックでしたぁ~ッ!』
「よし」
「うッし」
「ふむ」
「……はあああぁッ?」
◇◆◇◆◇
王都城外市。
その東地区、イビール一家本拠地の一室で。
只今この俺と、四人の子分希望者とでお話しタイムである。
「サダナーはともかく、別におまえら全員が子分になる必要はないと思うんだけどなぁ」
「魔族の親分、ここに来て仲間外れはナシですぜ」
「そうそう。親分が暴れてくれたお陰でウチの一家は一夜にして壊滅状態だ。今ここで戦争を再開されたら俺たちは黙って死ぬしかねえ」
「はあ」
「ところで親分、俺の親父はやはり……」
やや居心地悪そうにしていたイビールの息子が発言した。
高木さんに治してもらったものの、まだどこか痛むのかもしれない。
ちなみにこいつの親父はここにはいない。
「制御できねえ、俺には制御できねえ、あんな野郎は誰にも制御できねえ……」とマトモに会話できる状態ではないからだ。
「ああ、おまえの親父はこの稼業からスッパリと引退してもらう。何であれカタギに手を出したんだ。組織の長としては失格だ」
「そうですか……」
「幸いにして刺された商人は一命はとりとめた。これがもし死んでいたら、引退だけでは許さなかった」
「へい」
「いいか、もう一度念を押すがイビール一家はおまえが跡目を継げ。さもなくば、この地区の組織は今日を以て解散してもらう」
「分かりました。親父にも、手下たちにもよく言って聞かせますので」
「次に。俺への上納金だ」
「へい」
「一律でシノギの五パーセント。おまえらはそれを上納金として俺に寄越せ」
「へ? たった五パーセントですか? ですが仕来たりでは十……」
「五だ。ただし、条件がある」
四人が、とりわけモヒカン頭のサダナーが驚いている。
「まず、各自の縄張りはそれぞれの地区のみとする。今後トラブルがあればケンカする前にまず俺に言え。国道からはみ出して他所にちょっかいを出した奴は破門してやるからな」
四人が神妙な顔で頷いた。
これで他の地区に得ていた縄張りは失うが、自分の地区の縄張りはそっくり戻って来るのだ。
トータルで損はないはずである。
「次に。今後カタギから徴収するミカジメは五パーセントまでだ」
「そんな! それじゃあ組織の運営資金が半減しちまう!」
「嫌なら別に十でも二十でも取ればいいさ。ただしそのときは俺への上納金も同じく十か二十にしてもらうぞ」
「ぐ……」
ローヒムとシブーはしばらく思案顔であったが、やがて。
「承知しました」
と納得してくれた。
組織として戦闘力を失った今、断ることができないのだろう。
だがそれだけではない。
四つの組織が揃って俺の傘下になれば、揉め事がなくなり経費は大幅に削減できるのだ。
これもトータルで見れば損はないはずである。
「それで最後に」
窓の外。空は白みはじめていた。
長かった夜がようやく明けようとしているのだ。
「俺は今から南地区に行く。これは人としてのケジメだ。おまえたちも着いてこい」
「今から全員で南地区ですか? トランキーロの親分、いったい何を?」
「ん? トランキーロぉ?」
「親分の名前ですよ! さっき自分で名乗っておいて、もう忘れたんですかッ!」
「だいたいねえ、人としてのケジメってアンタは人じゃないでしょうッ!」
「それに何なんですか、鎧に化けてる魔物とかッ!」
「しかも回復魔法を掛けてくれる親切な魔物とかッ!」
「そもそもアンタは一体何者なんですかッ!」
「ト、トランキーロ! そこは気にすんなよッ!」




