(12) 襲撃
「ははは。そりゃきっと集金の人だよ」
飯屋を追い出された俺たちは今、口入れ屋に来ている。
この赤く光ったおっちゃんを、どうにかできないものかとやって来たのだ。
ちなみにハグはもう試し済み。
結果。赤いカルマはちっとも減らなかったし、おっちゃんには微妙な顔をされてしまった。
竜兵に「兄様はそっちに行ってて。あとしばらく黙っててッ」となぜか怒られた。
「あのチンピラみたいなお兄さんが集金ですか」
「ああ、ミカジメ料の集金さ」
「えーと兄様、ミカジメ料って何ですか?」
「お店がヤクザに支払うお金だよ。これを断るとヤクザがお店で暴れちゃうみたいな?」
「ええッ、それって脅迫じゃないですか! 衛兵はそんな悪い人たちを取り締まらないんですか?」
「ははは。リューヘー君、王都の衛兵は城外市には来ないし来ても取り締まりなんてしないよ。僕らは市民権を持っていないし税金も納めていないからね」
「そんなぁ。じゃあこの町の治安はいったいどうやって」
「だからね、ここでは裏組織が治安を守っている側面もあるんだよ。商売人からミカジメをとって、代わりにトラブルから守ってやるみたいなね」
「あのう、それじゃあ口入れ屋さんも?」
「この店は組織の直営だからね。ミカジメでなく上納金ってことになるね」
「ええッ、ここ裏組織の直営店だったんですか!」
「ははは。口入れ屋なんてどこもそうだよ。みんなどっかの組織の末端でやっているんだ」
「知りませんでした……」
「でもさぁ、おっちゃん。トラブルから守ってもらえるにしても、さっきのおばちゃんお金を渡すときすげえ嫌そうな顔をしてたぞ?」
「はあ。それなんだよねぇ」
口入れ屋のおっちゃんの語るところでは、最近ミカジメ料や上納金の値上げが続いているんだとか。
原因はヤクザ同士の抗争激化。
この城外市には現在大きな組織が四つあって、そいつらが縄張りを巡って争っているらしい。
それで抗争のための資金集めで、ミカジメ料もかなりシビアになってきたとかで。
「上納金も痛いけど、組織のケンカに巻き込まれでもしたら堪らないよなぁ」
ため息をついたおっちゃんに礼を言って俺たちは店を出た。
結局、おっちゃんの赤いカルマは減らせなかったし、俺の背中のモゾモゾも減っていない。
「なあ竜兵」
「はい兄様」
「結局さあ、あのおっちゃんがしてもらって嬉しいことって、何か分かったか?」
「まあ分かりましたけど、ボクたちにはちょっと無理といいますか、関係ないと言いますか」
「なんだよ、無理かどうかやってみなくちゃ分からないじゃないか」
「だって口入れ屋さんの場合は上納金の値下げ……」
「竜兵ッ!」
「え?」
「今の、聴こえたか?」
「え。ボクには何も」
「あっちの方向から悲鳴だ。誰かが刺されたらしい」
「え。それってまさか裏組織の抗争ですか」
「分からん。でもあっちには赤い光がいるんだ。飯屋のおばちゃんでも、口入れ屋のおっちゃんでもない赤い光がいるんだ」
「それって、まさかガタナーさんじゃ……」
「行ってくる!」
俺は赤い光に向かって駆け出した。
夜の城外市。
そのゴチャゴチャした細道を駆けた。
歓楽街の女たち、物売り、酔っ払い、ゴロツキどもの間をすり抜けて、走って走って走って。
そうして俺は、その路地裏の暗がりで見つけてしまったのだ。
血を流してグッタリ倒れているガタナーさんを。
「高木さん、頼むッ!」
「へい」
高木さんは俺の相棒である。
普段はみすぼらしい鎧に擬態してもらっているが、実は回復魔法も使えるスーパーミミックなのだ。
「傷は塞ぎやした。少しばかり血は足りてねえようですが安静にしときゃ問題ありやせん」
「ありがとう、高木さん」
「兄様ッ」
竜兵がやってきた。
その後ろから、ゾロゾロと子供たちもやってきた。
「ガタナーさん」
「酷い血だ。ガタナーさん……」
知っている顔が多くいる。
ついこの朝に、アーヘンの花摘みに来ていた子供たちだった。
子供たちの一人が、ガタナーさんがならず者に刺されるところを見ていて、救助のために仲間を呼んできたのだという。
「今、治療師の先生を呼んだ。もうすぐここに来るから」
「ガタナーさん、しっかりして」
「あいつら、ガタナーさんのことを」
「いい人なのに。あたしたち孤児にも仕事をくれるいい人なのに」
「くそ、あいつら」
子供たちは泣いていた。
刺されたガタナーさんと同じくらいに痛そうな顔で泣いていた。
商人のくせに、ガタナーさんは利益度外視で子供たちに仕事を回していた人なのだ。
この人のお陰で飢えなかった、この人のお陰で盗みをせずに生きてこれた。
そんな子供たちが大勢いるらしい。
だから子供たちは怒っていた。泣いていた。
でも俺は泣いたりはしない。
俺にとってガタナーさんは、赤く光る厄介な人であるからだ。
「兄様、どこへ行くんですか」
「あー、俺はちょっと寄り道して帰るから。おまえは先に帰ってろ」
「はあ。兄様のことですから心配なんてしませんよ。心配なんてしませんが、それでも」
竜兵はちょっとマジな顔になって。
「お気をつけて」
ペコリとその丸刈り頭を下げてみせた。
◇◆◇◆◇
「おうコラてめえ、ここをどこだとブヘラッ!」
「兄貴ィ! てめえやりやがっゲハァッ!」
「カチコミだ、カチコミだ! 敵が襲って来やがっゴフォッ!」
「てめえいったいどこのガフォッ!」
「たった一人でケンカに来ただと? 舐めやがっグヒョアッ!」
「くそ、コイツかなり強えぞ、全員でいっぺんに掛かれ」
「ゴフォッ!」
「ガフォッ!」
「グヒョアッ!」
それは異形の男だった。
全身トゲトゲの黒い鎧の男だった。
その鎧の男が襲撃してきたのだ。
この地区を束ねる組織の本拠地に。
たった一人で。
「兄さん、強いねえ」
トゲトゲ黒鎧をグルリと囲んだ数十人のヤクザ者。
その後方からダンディーな口髭が声を掛けてきた。
「たった一人で。しかも刃物も持たず素手でやって来たんだ。これはカチコミなんかじゃない。ウチがヨソと揉めてると聞きつけて、兄さんは売り込みに来たんだろう?」
「……」
「ちぃと怪我人は出たが、なぁに、腕のたつ助っ人なら大歓迎だ。報酬はたっぷりはずむぜ?」
「おまえは何か勘違いをしているな」
「あ」
「売り込みなんかじゃない。ケンカを買いにきたんだよ」
「兄さん、アンタ正気なのかい?」
ダンディー口髭の目が細くなった。
この稼業の習いとして、この鎧男を生かして返す訳にはいかなくなったのだ。
「アンタのその鎧、たしかに触ったら痛そうだけどな」
「おりゃあッ、捕まえたぞ!」
トゲトゲが刺さるのも厭わずに、背後から一人が組み付いてきたのだ。
そして鎧男の足に、腰に、腕にと、何人もの男たちが次々と組み付いて身動きとれない状態にしてしまったのだ。
「多少の傷なんて俺たちの稼業じゃ勲章みてえなものさ」
口髭が配下に命令を下す。
「引き倒せ、そのツラを拝んでからどこの組の差し金が吐かせてやる」
「それが、くそ、コイツ、倒れねえ」
十人程の屈強な男たちに組み付かれながら、鎧の男は微動だにしなかった。
「鎧だ! その鎧をひん剥いて切り刻んでやれ」
男たちの手が鎧を剥がそうとしたまさにその時に。
『ベロベロベロベロ、残念でしたぁ~ッ! 鎧じゃなくて、ミミックでしたぁ~ッ!』
突然その鎧が目を剥き舌を出したのだ。
そして次の瞬間。
ドォーン!
口髭、組み付いていた男たち、そして周囲を取り囲んでいた男たちが一斉に弾き飛ばされたのだ。
まるで、見えない力で殴られたように。
「グ……、痛え、痛えよ……」
グッタリと倒れ伏した数十人の男たち。
その中心。立っていたのはただ一人。
黒い鎧の男だけであった。
「魔族の旦那」
建家の奥からノソリと出てきたのは、モヒカン頭の巨漢であった。
モヒカン巨漢は地に片膝をつくと、恐ろしい魔物の化身に対して臣下の礼をとった。
「どうかこの通りです。このサダナーは、サダナー一家は旦那に降伏します。ウチはイビール一家の傘下に入ります。ですのでどうか手下の命ばかりは……」
「イビール? なんだそれは?」
「え、旦那はイビール一家からの刺客じゃねえんですか! それじゃ旦那はローヒム一家ですか、それともシブー一家ですか」
「そんなものは知らん。俺はただ売られたケンカを買いに来ただけだ」
「そんな! ウチは旦那にケンカを売ったことなど」
「ついさっき」
黒鎧は遠くを指差した。
「カタギの商人が刺された」
「ガタナーのことですね。報告は受けましたが、アレはウチじゃねえ! イビール一家の仕業です。ヤツラが俺たちの縄張りにちょっかいを掛けるために……」
「サダナーといったな」
「へい」
「おまえの縄張りでカタギが、真面目な商人が、皆から慕われている善人が刺されたんだぞ?」
「く」
サダナーは混乱していた。
突然の襲撃者。
それもたった一人で。
武器も持たずに素手のままで。
しかも襲撃者は強かった。
屈強な男たちが数十人がかりでもまるで歯が立たぬほど、人間離れした強さだった。
だから男の鎧が魔物に化身したとき、恐ろしくもあったが腑にも落ちたのだ。
この者は人間ではない。
だからサダナーは合点した。
力によってここまでのしあがってきた自分である。
その自分よりも遥かに力のある存在ならば、自分はその配下に下るしかない。
たとえその相手が人外の魔物であろうとも。
ところが。
ここに来てサダナーはますます混乱していた。
この強者が、恐るべき人外の魔物が、力ではなく道理でサダナーをねじ伏せようとしている。
サダナーの縄張りでカタギの商人が襲われたことを以て「ケンカを売られた」と主張しているのだ。
まるであたかも、自分がカタギの代表、真面目な善人の代表であるかのように。
「分かるか、こいつはおまえの不始末だ」
「魔族の旦那のおっしゃる通りで……」
「だからこれ以上、おまえには任せておけない。おまえは俺の手下として一から出直せ」
「分かりました。親分、このサダナーは魔族の親分に下ります。渡世の仕来たり通り、一家のシノギの十パーセントを親分にお納めします」
「物分かりがいいな。だがそれでは足りないな」
「そんな!」
「仕来たりというが、おまえたちはこの町の店から何パーセントのミカジメを取っていた?」
「それは抗争のための資金でやむなく……」
「全然、足りない」
「く、分かりました。では二十……」
「足りないから集めに行くぞ」
「は?」
「イビール一家だ。今から行くからおまえは俺に着いてこい」
「へいッ!」
サダナーは、今になって自分がブルブルと震えていることに気がついた。
目の前の黒鎧が、人外の魔物が恐ろしいからではない。
この男の子分になれたことが嬉しかったのだ。
なにしろこの男は圧倒的に強くて、しかも男として圧倒的にデカいのだ。
それが嬉しくて、楽しくて、年甲斐もなくワクワクしている。
しかし、だからこそ、ひとつだけ言わねばならないことがあった。
「でも親分、魔族の親分。そっちは逆方向です。そっちに行くとローヒム一家の縄張りだ」
「し、知ってるし! 別に間違ってねーし! だってホラ、こっちに行っても王都をグルっと回れば最後にイビールに行けるじゃん! 最初からその予定だったし! 嘘じゃねーし! ホントホント、マジで!」




