(10) 仕事
「起きろ竜兵、仕事に行くぞ」
「う、うーん。兄様、おはようございます」
ここは王都城外市の安い宿屋。
哲也がその木窓を開けると空は真っ暗である。
朝というよりまだ深夜の時間帯なのだ。
坊主頭の少年がさも眠たげに、それでもなんとか起きるとモゾモゾと身仕度をする。
「急げ。バイトの初日から兄弟そろって遅刻するわけにはいかないからな」
「はい、兄様」
◇◆◇◆◇
竜兵を丸刈りにした翌日。
俺たちは仕事を探すことにした。
少々の貯えがあるとはいえ、無職のままではすぐに生活が立ち行かなくなってしまう。
「ならこれを売りやしょう」
と高木さんがダンジョンで得た宝石をジャラジャラ出してくれて竜兵が目を丸くしていたけれど、それはスジが違う。
それは高木さんの持ち物である。
たしかに俺たちの中で高木さんが一番の金持ちには違いない。
けれど高木さんに借金をするのはギリギリ最後の手段だ。
だって高木さんに借金をしてしまうと、もう対等の相棒でいられなくなってしまいそうでさ。
「ですが若旦那、これはそもそも……」
「タカギさん、こういうときの兄様は放っておくより他ないと思いますよ」
竜兵と高木さんがまたふたりだけで「分かるわー」の空気になっているが、とにかく仕事探しは最優先だった。
それで竜兵とふたり、朝から職探し、町中探検、屋台食べ歩き、スイーツ探しと大忙しの一日だった。
ちなみに屋台のひとつにオデンに似た物はあったが、シュークリームやプリンやチョコケーキはどこにもなかった。
尋ねてみたところ、そもそも甘いお菓子など高価すぎて、王都の高級店でしか扱っていないとか。
この世界の物価的に砂糖や紙やガラスなんかはやや高級品みたい。
甘いものが気軽に食えないのは残念だがしかたがない。
今日は竜兵のオデン芸を見れたことで満足しておこう。
「兄様酷いッ」
脱線したが仕事探し。
俺は当初、簡単に考えていた。
この異世界を舐めていた。
だって異世界といえばフツーは冒険者ギルドだろ?
酒場みたいなところに入ったとたんに「ここはオメーみたいなガキが来るところじゃねー。とっとと帰ってママのおっぱいでも……」とか絡まれるんだろ?
そんでF級からSSS級まであるんだろ?
最初は薬草採取だろ?
はい。全然違ってました。
道行く人に「冒険者ギルドはどこですか?」と尋ねまくって怪訝な顔をされまくりました。
竜兵に「兄様、兄様、もう止めてッ」と赤い顔で説得されました。
異世界には冒険者ギルドなんてなかったんですわ。
代わりに。
「兄ちゃん、もしかして仕事探してんのか?」
あちこちで声を掛けられたりして。
これがどうも、手配師と呼ばれる斡旋業の人らしくて。
だけど。
「そっちの子ならいい金になる仕事があるけど、どうだい?」
手配師さんたちは決まって竜兵をご指名してくるのよ。
竜兵なんて丸刈りにされてもう女の子には見えないのに。
安物の古着を着ててすっかり庶民っぽいのに。
隣にこんなイケメンがいるのに。
「悪いが、こいつはもう売り先が決まっていてね」
俺はその度に穏便に断るんだけど、「酷いッ、兄様酷いッ!」と竜兵に背中をポカポカやられるの。
それさ、痛いのは高木さんだから止めてあげて。
「ボン、若旦那がボンにそんなことをさせるワケありやせんって」
そう。
たしかに変態ショタマニア相手の商売ならば竜兵はそこそこ稼いでくれそうだ。
バーニラ、バニラと高収入になるかもしれない。
だが俺にも兄としてのプライドはあるのだ!
分かるか?
弟が兄よりも高収入とかありえないのだよ!
そもそもさ。
手配師どもの目はフシアナかよ!
なぜ誰もこのイケメンをスカウトしないのよ!
「だってタカギさん、兄様がまた変な目をして変なコトを考えていますよ」
「だからボン、それは放っておくより他……」
結論。
この世界には冒険者ギルドなんて便利なものはなかった。
その代わり人材派遣業者が数多くいて、いろいろと仕事を斡旋してくれるシステムらしい。
ある特定の仕事を斡旋する個人業者が手配師で、広く一般業務を斡旋してくれるのが「口入れ屋」なんだって。
それで昼飯のときにあのおばちゃんに尋ねてみたところ、ピンハネの少ない良心的な口入れ屋を教えてくれた。
おばちゃんは竜兵が男であったことを知って、「昨日は女の子と間違っちゃってごめんなさいね」と超大盛にしてくれた。
「兄様、屋台でもいろいろ食べたし、ボクもうお腹一杯で……」
「おばちゃんの好意だ。文句を言わず残さず食え」
また来なさいねとおばちゃんがニコニコと手を振ってくれた。
その赤いカルマが昨日よりも少し強くなっている。
うーん、いい人には違いないんだけど……、ウップ。
それでやって来た口入れ屋。
紹介してくれる業務は本当にいろいろとあった。
しかしいろいろとあったとしても、俺たちにできる仕事なんてやはり限られている。
まず傭兵や護衛や警備員といった武力方面はパス。
経験者優遇でも俺ひとりならなんとか潜り込めるかもしれないが、竜兵がムリ。
今は俺も竜兵もまるで世間知らずの状態だから、目先の収入よりも社会勉強が最優先だ。
そのためにもできれば竜兵と一緒にできる仕事がいい。
次に商店の店番や在庫管理といった帳面仕事。
これもパス。
というか「文字も読めない人には紹介できませんよ」と言われてしまった。
ぐぬぬ……。
あとは武力も知力もいらない単純労働。
未経験者でもできるようなヤツ。
とはいえ工事現場や荷物の積み降ろしなんかの力仕事はパス。
いくらなんでも十二歳の竜兵にはまだムリだし。
それで残るは子供でもできる軽作業。
さすがに賃金はどれも安いけど、その中でも比較的条件の良い仕事が見つかった。
この季節、この一週間の限定だけど割のいい仕事があったのだ。
それが「アーヘンの花摘み」だった。
冒険者ギルドはなくとも、やはり最初は薬草採集からですよ。
「やあおはよう。朝早いのによく起きれたね」
「おはようございます。今日からよろしくお願いします」
集合場所で俺たちは雇い主のガタナーさんに挨拶を返した。
ガタナーさんは人の良さそうなおじさんで、仕入れた商品を王都に卸す商売をしているそうだ。
今日はその商品のひとつであるアーヘンの花を仕入れる日ってこと。
やがてポツポツと他の作業員が集まって来た。
作業員といってもそのほとんどは子供たち。
賃金が工事現場の半分以下だから大人は来ないみたい。
最年長は俺、最年少は小学生くらいかな。
「これで全員揃いましたね。では行きますか」
目的地は郊外の川っぺり。
そこにアーヘン草が群生しているのだ。
アーヘン草は珍しい植物ではない。
どこの川っぺりでもよく見る、ありふれた草なんだとか。
だが、アーヘンの花には特別な薬効があるから、それを王都に持っていけば買い取ってくれるのだ。
だからアーヘンが花を咲かせるこの季節には、花摘みの仕事が出るわけだ。
花摘みには力も知能も経験もいらない。
しかしその採集にはとにかく人手が掛かる。
日の出とともにアーヘンが花を咲かせて、そこから大人数で一気に採集しないと花はあっという間になくなってしまうらしい。
それで集まった二十人程の子供たちとともに移動すること約一時間。
目的地の川に到着して、グループで別れて、日の出を待って、 アーヘンの黄色の花が咲いたら仕事の開始である。
摘む、摘む、摘む、籠が一杯になったらガタナーさんにチェックしてもらってから荷車にバサーと入れて、また摘む、摘む、摘む。
そのうちに。
ピーッ!
誰かがホイッスルを吹いた。
俺は籠を置いて、棒を持って走って行く。
「へえ、これが泥亀かあ」
「兄ちゃん、見てないで早く追っ払って。花が食われちまうッ」
笛を吹いた子に叱られて俺は泥亀に棒を突き立てた。
泥亀は人間の大人くらいのサイズだった。どこの川にも数多く生息している草食動物らしい。
肉は臭すぎて食えないし骨も甲羅もすぐに腐るから、資源価値、商品価値はゼロなんだって。
だけどこの泥亀はアーヘンの花が好物で、花が咲くと岸辺にのそのそ上がってきてはあっという間にこれを食い尽くしてしまうのよ。
だからアーヘンの花摘みは時間との勝負。泥亀に食われる前に摘んでしまわないといけないの。
ゲーム的に言うならば泥亀は攻撃力F、防御力A、スピードFの雑魚みたい。
要は駆除するのがすっごくめんどくさい害獣ってこと。
「ホレ、落ちろ」
だから俺は棒の先で突いてはボチャンボチャンと泥亀を川に落としていく。
ピーッ!
「兄ちゃん、こっちも!」
花摘みの子がホイッスルを鳴らすたびにダッシュで走って行く。
俺や年長の子は棒係だが、追っ払うのは俺が一番早いようだった。
コツとしては棒の先をクイッとさせて泥亀をボチャンと川に落とすのだ。
笛、ダッシュ、クイッ、ボチャン、笛、ダッシュ、クイッ、ボチャン。
やだこれ楽しい。
気がつけば棒係は俺ひとり。他の子は全員籠を持って花摘みに回った様子。
やったぜ、これで泥亀を独り占めぇ。
笛、ダッシュ、クイッ、ボチャン……。
それで。
ピ、ピ、ピーーッ!
昼くらいにガタナーさんが長笛を吹いて、この日の仕事は終了した。
「みんなお疲れさん。いやぁ胴鎧のキミ凄いね。重い泥亀をあんなに簡単にひっくり返す人なんて初めて見たよ。それに足も速いし全然バテないし」
ニコニコ顔のガタナーさんに誉められてしまった。
しかも明日もぜひ来てくれと俺だけ給金を倍にしてくれたのだ。
「うおお、ありがとうございます!」
どうだ竜兵、これが兄の実力だぜ?
アーヘンの花を満載にした荷車を押しながらまた一時間かけて町へと帰還。
道々、ガタナーさんと世間話なんかをしながら。
ガタナーさんは俺と竜兵が田舎から出てきた兄弟と聞いても、手配師のように「兄弟とか嘘だろ、全然似てねえし」とは言わなかった。「そうか、偉いねえ。困ったことがあったら相談に乗るからね」とすごくいい人だった。
カルマも赤く光ってるし。
うん、だんだん分かってきた。赤い人はいい人なんだね。
赤い人、サイコー!
「兄様、大丈夫ですか、さっきからなんかモゾモゾしてますけれど」
「うーん、なんかさ、町に来てから背中がくすぐったいというかさ。あの宿屋に変な虫とかいたのかな?」
もしくは何かのアレルギーかも。
竜兵は首を傾げるばかりであったが。
「それで兄様、あの、このお給料なんですが……」
「だから言ったろ。それはおまえが稼いだおまえの金だ。おまえが好きに使えばいい」
「でも……」
「ボン、そこはもう諦めるしかありやせん」
竜兵は貰った給金を俺に渡そうとするけれど、そんなもの受けとるワケにはいかないだろ?
十二歳の弟に生活費を貰う兄とか格好悪すぎるから!
それで町に到着して俺たちは解散別行動に。
竜兵はさっそく買いたいものがあるとかで。
俺も虫除けとかアレルギーの薬を探したいので。
「しかし、背中がくすぐったいのはなんのアレルギーなんだろう?」
宿屋に戻り、高木さんを脱いで背中を見ようと頑張るが、鏡もないし自分の背中など当然見えるわけなどない。
それでなんとなく、俺はカルマの目を向けてしまった。
たとえ目をつぶっていても、たとえ背後の死角であっても、俺にはカルマが見えてしまうのだ。
それでなんとなく見てしまった俺の背中に。
真っ赤な糸が数本くっついて、モゾモゾ動いていた。
「うわキモッ、なんだこりゃッ!」
「若旦那、どうしやした?」
「赤いカルマが俺にひっついててさ、しかもこれ、くそ、動かせないじゃん」
俺は堕神様の能力で、黒いカルマなら自在に操る事ができる。
イメージするだけでそれを切り取ったり、バリアーや刃物に変えたりすることができる。
なのにこの赤いカルマは操れない。
細い糸のくせに重くて、粘っこくて、とてもじゃないけど動かせないのだ。
「なんなんだよ、赤いカルマって」
「若旦那、それってもしや……」
「あ」
赤いカルマ。
俺はそれを知っていた。
俺はそれを何度も見ていた。
飯屋の世話焼きなおばちゃん、口入れ屋の親切な受け付けさん、善人のガタナーさん。
「みんな赤く光ってた。みんないい人たちだった」
俺が自在に操る事ができる黒いカルマ。
それは俺への害意や殺意が「実行」に移されたときに生じるものだった。
それは俺への迷惑行動。つまり俺から見てそいつへの収支は黒字ってこと。
ならば、俺が自在に操る事ができない赤いカルマ。
それは俺への善意や好意が「実行」に移されたときに生じるものではないのか?
それは俺への親切行動。つまり、俺から見てそいつへの収支は赤字ってこと……。
「若旦那、こいつはえらいことになりやしたね……」
「なんてこった……。俺、人から親切にされる度に、お世話になる度に、背中にこのゾワゾワモゾモゾが増えていくのか?」
俺たちがこの町に来てまだ三日目である。
たったの三日でこれほどの不快感である。
これで果たしてこの先やっていけるのだろうか?
俺は赤いカルマの糸でグルングルンにされてくすぐり地獄の未来図を想像してゾッとした。
ヤバい、これはヤバいぞ、なんとかしないと、俺は、俺は。
「怖い! 高木さん、俺は怖いよ、怖いよ赤い人が! 怖いよ人の優しさが!」
「若旦那……」
「兄様ただいまぁ!」
竜兵である。
「えへへ。兄様が好きなものを買えって言ったから、今日の給金を全部使ってこれを買っちゃいました」
「なんだそれ……、白い紙?」
「はい。これで兄様に文字を教えてあげようかと」
「あああ……、おまえ、なんということを、なんということを……」
こいつときたら……。
まだ十二歳のガキのくせに、はじめての労働、はじめての給料で、よりにもよってこの俺のために……。
竜兵が真っ赤に光った。
そして真っ赤な竜兵から赤い糸がスルスルと伸びてきて。
「く、来るな、こっちに来るなぁッ!」
俺の背中にペタリと張りついたのだ。
「ギャアアアアァーッ!」
「兄様!」
「竜兵……、おまえ、なんてことを……」
「ボン、若旦那になんて酷えことを!」
「え、え、えッ、なんでッ、どうしてぇッ!」




