(9) 王都
東方大陸の中央部。
歴史ある大国リッカ・コターナ。
その王都は、国境から距離があるために建国以来一度も攻められたことのない「太平の都」なんだそうだ。
そこでは中心部に王城、その外側に貴族の住宅街、更に上級市民の街、そして一般市民の街と、整然と区画されているらしい。
その住民総数はおよそ十万。
高く堅牢な城壁にも守られて、リッカ・コターナの王都は東方大陸でも屈指の大都市なんだとか。
それがこの国の元王子様である竜兵が説明してくれたこと。
しかし城壁の外部にも人の営みはある。
王都に通って働く出稼ぎ労働者や物売りがいつしか城壁の外部に住み着いて、更には郷里から家族も呼び寄せて町を作ったのだ。
それが王都の城外市である。
城外市は長き太平の時代に少しずつ規模を増していき、今ではその面積も住民総数も、城壁内部のそれに匹敵するんだとか。
つまり貴族や一般の商工市民にとっての「王都」とは、あくまでも城壁内側の城内市を指すもの。
その一方で市民権を持たない貧民たちにとっての「王都」とは、城内市と城外市の両方を指すものらしい。
それが飯屋のおばちゃんが説明してくれたこと。
生まれも育ちもこの王都という都会っ子のおばちゃんが、名も知れぬド田舎からやってきた(設定の)俺たち兄弟にやや自慢げに教えてくれたのだ。
まあ、おばちゃんの生まれ育った王都って、貧民たちの城外市なんだけどね。
「あなたたち、田舎と違うんだから、のほほんと油断してちゃダメよ。とくに妹ちゃんみたいなカワイイ子は悪い人に目をつけられやすいんだからね」
「ボクはおとこ……」
「そうだね、せいぜい気をつけるよ」
猛然と抗議しようとする竜兵を遮って、俺はおばちゃんにお礼を言って店を出た。
ご飯を大盛にしてあげるからまた来なさいよと、おばちゃんが手を振ってくれる。
ぼんやりと赤く光りながら。
うーん、なんだろう、赤いカルマって……。
「兄様、また誤解させたままでッ。ボクは妹じゃなく弟なのにッ」
乙女な仕草でウルウルの上目遣いのこいつは竜兵。
サラサラの金髪を肩まで伸ばしているけれど、妹ちゃんではない。
俺の弟である。そしてこう見えてドラゴンである。
「おまえさ、やっぱ目立ちすぎ。自分の立場を分かってんの?」
竜兵は家出王子である。
今はまだいい。
だが王子様がダンジョンで行方不明ということになれば、そのうち形式的であっても捜索はされるはずだ。
そのときに、まるで女の子みたいな金髪ショタボーイがいると評判になっていたらどうなるか。
だからつまり。
俺たちは地味に、慎ましく、ひっそり目立たないように暮らしていかないとならないのだ。
「うぅ、目立つといえば兄様だって……」
「うーん、それも困ったものだよなぁ」
たしかに、全身をマントでグルグルにしていれば多少目立っても仕方がない。
ちなみにこのマントは俺が殺した騎士さんからの頂き物である。
さっきの飯屋の支払いも、騎士さんたちのおサイフだけどね。
飯代から推測して、今の手持ちはたぶん十万円くらいの価値はあると思う。
それでこのマント。
脱ぐと高木さんのキラキラ鎧なの。
つまりマント男よりももっと目立ってしまうのよ。
「若旦那、あっしのせいで申し訳もねえ」
「謝らないでよ。高木さんはちっとも悪くないんだから」
俺たちがここまで無事に来れたのは、この高木さんがいてくれたお蔭なのだ。
その高木さんをこそこそと隠して歩く俺の方こそ申し訳ないくらいだ。
「あの、タカギさんって違う姿には変身できないんですか?」
「たしかに。高木さんが普通の服とかになってくれればなぁ」
「いくらなんでも布切れに化けるのは無理でさ。あっしはミミックでございやすからね、箱のカタチをしてねえと」
「ならタカギさん、もっと地味な鎧にはなれますか?」
「それなら……。こんなもんですかね」
「おおお、高木さんが鉄の鎧になった!」
「ちょ、これはダメですよ。王国騎士団の鎧なんて別な意味で目立っちゃいますよ」
「そうは言ってもボン、あっしが知っている鎧なぞ他には……」
高木さんが変身したのはあの騎士たちの鎧だったらしい。
ダンジョンで一度見ただけの鎧に瞬時に変身できるとか、つくづく優秀なミミックさんである。
「なら兄様、タカギさん、あそこの店を覗いてみるのはどうでしょうか?」
「ん?」
「看板に武器防具の店と書かれています」
そうか、そこの売り物を高木さんに見てもらって、もっと地味な鎧に変身してもらえばいいのか。
「痛い痛いッ、兄様、なんでッ」
俺はナイスアイデアをくれたご褒美に、竜兵のアタマをグリグリしてやった。
ふん、どうせ俺は字も読めない低学歴だよッ!
区画整理もされていないゴチャゴチャした町の、小さくて汚い武器防具屋である。
やはりというか、その店内もゴチャゴチャしていた。
「兄様、なんか、凄いお店ですね」
「ああ。棚の上のあらゆる物が錆び錆びで、これなんかナイフなのか文鎮なのか判別つかん」
「こっちの鎧も錆びだらけで、というかでっかい穴が空いていますよ」
さすがは貧民街の武器屋さんだ。
たぶんゴミ拾いとかで仕入れた武器防具を手入れもしないで売っている感じなのかな。
店番の爺さんもいかにもヤル気がなさそうだし。
「兄様、兄様、あの鎧とかどうですか」
こんな小汚ない店など初めてなのだろう。竜兵が少し浮かれた様子でトゲトゲの鎧を指差した。
「状態もいいし、あれ、絶対に兄様に似合いますってッ」
「おいコラ。地味な鎧を探しに来たのにあんな世紀末の悪役っぽい鎧を推してくるな」
「絶対似合うのにぃ……」
こいつは俺のことをなんだと思っているんだろう。
「聖天使様の鎧よりも、こっちの方が絶対に似合うのにぃ」
世紀末鎧に未練たっぷりの竜兵は放置して、結局俺は安売りの鎧を買って店を出た。
木製の胴丸みたいな拵えで、傷があったり塗りが剥がれたりでとてもボロっちい。
「若旦那、これでどうでやす?」
「おおお、さすが高木さんだ。買ってきたやつとまるで見分けがつかないじゃん」
「ボロボロの小汚ない宝箱なのに中身は今代の堕神様とは……。ミミックとしては倒錯しすぎて、あっしはまるで変態野郎になった気が致しやすが……」
「え、タカギさん、今なんて?」
「まあそこは我慢してくれよ。じゃあこっちは仕舞っといて」
変態発言に食いついた思春期ボーイは置いといて、買ってきたボロ鎧の方は高木さんに収納してもらう。
高木さんは一目見るだけでその鎧に化けることができる。
だから別に買う必要もなかったのだけど、それほど高い買い物でもなかったので。
だって本屋に来て本を買わずに、全ページを撮影して帰ったらソイツは泥棒じゃん?
そういう感じ。
「よっし、これでマント男は卒業。俺はボロ鎧丸出しの男だぜぃ」
「あっちの方が絶対似合うのにぃ……」
「さあ次は竜兵、おまえの番な」
「え、ボクの鎧ですか?」
「そうじゃねえよ。今度はおまえを目立たなくする番だって」
「はあ」
「喜べ。これでもう女の子に間違えられたりしないから」
「え、え?」
俺はその店へと竜兵の手を引っ張った。
たとえ看板の文字が読めなくても、ハサミの絵くらいは分かるのだ。
「兄様酷いッ、酷すぎですッ! 床屋さんでいきなり丸刈りとか、あんまりですッ!」




