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辺境魔法学校 作者:金暮 銀
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第二章 二十二人の魔道師の雛たち(二)

 三階の十五号室のドアに鍵穴はなかった。ドアを回すと、簡単にドアが開いた。念のために向かいの部屋のドアノブを回してみたが、開かなかった。

 立看板の文字通り、どうやら対応する学籍番号の部屋しか開かないらしい。
 改めて十五号室に入ると、部屋は八畳ほどのワンルームで、ベッド、冷蔵庫、学習机に椅子が標準で装備されていた。学習机の上には、PCが載っていた。

 あとは、二畳ほどのウォーク・イン・クローゼットとトイレがあった。トイレの中には、バスルームはないが、洗面台があった。とりあえずは、まともな生活できそうな環境だ。

 学習机の上に入寮の手引があったので、さっそく開いた。寮には一階には風呂があり、男女共同で午後六時~八時が男性、八時~十時が女性と記載されていた。

 寮には他にも一階に食堂、ランドリー・ルーム、談話室、図書室があった。意外だったのは、寮には門限がなく、二十四時間いつでも出入りできると記載されていた点だ。

 ただ、すぐ下に、赤字で注意書きがあった。
『寮は二十四時間いつでも出入り自由ですが、逃亡の意思がある場合、その限りではありません』

 考えることはお見通しですとの、ある意味、素晴らしい注意書きだと思った。
 PCの電源を入れると、インターネットによる外部接続はできないようになっていた。学生用の学内で通用するメールと、学内用のインターネット・ショップが存在した。

 学内ネット・ショップを覗くと、大きなショッピング・センター並に商品が揃っていた。
 利用規約を読むと、クレジットカードや寮内WEBマネーを買ってチャージできる仕組みで、買ったものは二十四時間以内に、寮内にある専用の宅配ボックスに届くらしい。

 だが、WEBマネーのチャージは最低五百円からなので、残金四百円では使えない。
「これは、日直のアルバイトを馘首(くび)になったら、生活できないな」

 入寮の手引によると、メールは主に学内での伝達事項を伝えるのに使われるので、起床後は一番にチェックするように、と注意があった。

 生徒同士のメールのやり取りは一見、自由のようだが、「全てのメールは管理者により見られることがあります」と書いてあったので、真の意味の自由はないようだ。

 メールは、さっそく一通が来ていた。メールの内容は授業開始のお知らせだった。授業は明日の午前十時、教室集合となっていた。

 また、授業は、土日は休みだが、祭日は関係なく授業が行われる、と書いてあった。つまり、ゴールデン・ウィークといった存在は、辺境魔法学校にはなかった。

 さっそく、談話室に行って見た。談話室といっても、個人用ソファーが四席しかない小さな部屋だった。

 談話室には給茶機があり、番茶が飲めた。とりあえず、座って、無料のお茶を飲んだ。
(無料、いい響きだ)

「あの、ちょっと、いいですか」

 女の子の声がした。見ると、入学試験会場の受付でオムツを買った少女が立っていた。
 さすがに、「ああ、あの時、オムツ買っていましたよね」と声を掛ければ、サドッ気たっぷりの変態野郎に見られるので「いいですよ」とだけ答えて、初対面のフリをした。

 少女の指には学生証としてハート型の紋章がついた指輪を左にしていた。番号は十六番なので、隣室だとわかった。

 見た感じは、できる子ではないが、ダメな子でもないようだった。要するに、仲間に引き込めるタイプの人間だ。できすぎる奴は敵を作り易く、ダメな奴は足を引っ張る。

 少女は小清水(こしみず)()()と名乗ったので、神宮寺も名前を教えた。小清水さんは、神宮寺の斜め向かいに腰掛けた。
「実は、歳が近い人がいなくて少し、不安だったんです」

 不安な理由は、それだけではないだろう。小清水さんも死屍累々の試験を受けたのだ。
 人がバタバタ死んでいく様子も、きっと見たし、苦しい思いもしただろう。そんな中、何かに縋りたくて、寮をうろついていたのではないだろうか。

 神宮寺のほうから微笑んで「じゃあ、友達になりませんか」と提案した。
 小清水さんの顔が輝いた。
「ええ、よろしくお願いします」

(俺は卑怯な人間なのかも。俺は友達が欲しいわけじゃない。これから襲い来る過酷な授業の中で、少しでも生き残れるように、同程度の人間と協力関係が欲しかっただけ)

 小清水さんは友達関係を望んでいるようだが、神宮寺の中では、同盟という表現に近かった。
「私もグループに入れてよ。私は、蒼井。蒼井加奈子」

 唐突に談話室に現れた人物には見覚えがあった、スポーツドリンクとお茶の代金を立て替えた〝恵んでやった気は、一切ない〟蒼井さんだ。

 蒼井さんは、片方の耳に黄金のピアスをしていた。おおかた、寮に入るようになって、色々と中を見て歩いているうちに声がしたので、談話室にやってきたのだろう。

 小清水さんが笑顔で応じた。
「小清水美緒です。仲良くやりましょう。三人で、きっと卒業しましょう」

 蒼井さんはすぐに、小清水さんの横に腰を下ろした。小清水さんには気を許したようだが、なんだか神宮寺とは距離を感じる。
(それでもいいさ。要は同盟として成立するか、しないかだ)

 小清水さんと蒼井さんは女同士であるせいか、女子同士の会話を展開して、友好ムードを高めていく。おかげで、神宮寺は全財産の半分を回収する話を切り出せずにいた。

 神宮寺は人嫌いではないが、やはり女性同士の会話に入りづらいので、無理に入らず相槌を打って、グループの仲間の一員であることを、さりげなくアピールしていく。

 神宮寺の座っている位置からは、談話室の前を通る人物が何人も目に付いた。みな、四人掛けの席のうち三人が占拠して話を弾ませているので、通り過ぎて行った。

 なんだか、悪い気がする。というより、談話室が狭すぎる。入寮案内では二十四部屋あるのだから、談話室が四席は、狭いのではないか。

 談話室の目の前を通り過ぎる嘉納と眼が合った。神宮寺は視線を蒼井さんと小清水さんに戻したが、嘉納は笑みを浮かべて談話室に入ってきて、神宮寺の隣に座った。

 小清水さんと蒼井さんが嘉納を見て、表情を固くした。それはそうだろう、高校生三人が話しているところに、いきなりヤクザ者が割ってきたようなものだ。

 嘉納は場の雰囲気を全く気にすることなく、神宮寺に話しかけてきた。
「神宮寺やないか。こんな綺麗な子たちと仲良くなって、ずいぶん好スタートやんか」

「別に、今さっき友達になったばかりだよ」
「そうか、お前の友達いうことは、わいの友達も同然やな。わい、嘉納憲次いいますけん。よろしゅう頼みます」

 いつから神宮寺と嘉納との間に友情フラグが立っていたのか知らないが、試験室での険悪な雰囲気は、一世紀も前の状況になっていた。

 小清水さんが不安げな表情で「神宮寺君のお友達なの?」と尋ねて来た。
 不安がるのも無理もない。嘉納は一見、堅気には見えない。今まで築いてきた小清水さんの人物データベースの中では、人相からして危険人物に分類されてもおかしくない。

(まずい。せっかく築いた小清水さんや蒼井さんとの友好関係が崩れる。かといって、ここで嘉納を無理に他人扱いすれば、小清水さんに嫌な人に分類される気がする)

 神宮寺は嘉納との関係を、どう説明すればいいか困り、笑顔で冗談めかしく場を逃げた。
「うーん、どうだろう」

 嘉納がニッと笑って好意的に発言した。
「あんまりな言いようやな。同じ試験を潜り抜けた仲やないか。もっと仲ようしようや」

 神宮寺は別に、嘉納を嫌っているわけではなかった。むしろ、同情的に動くタイプなので、そこそこ信頼もできる人間と評価もしていた。

 グループに一人は、こういうタイプを置いてもいい。けれども、嘉納は一人を入れて、小清水さんが離れていけば、蒼井さんも一緒に離れて行くなら話しは別だ。

 嘉納はヤクザでなければ、顔で損するタイプの人間なのかもしれない。現に嘉納は顔を見られただけで、小清水さんや、蒼井さんの態度が硬化している。

 神宮寺はせっかくできた仲良しグループを壊すのを嫌ったが、形成されつつあるグループから嘉納を外すのは、惜しい気もした。

 でも、もし犯罪者なら、小清水さんや蒼井さんのためにも入れるわけにはいかない。

 神宮寺は気さくな態度で、嘉納にカマを掛けてみた。
「小清水さん、蒼井さん。嘉納はこんな顔で、ヤクザかもしれないけど、悪い奴じゃないよ。試験会場で亡くなった人が出た時も、そのままに放置しなかったし、試験会場の階段下で倒れた人間を助からないかもと思っても、ちゃんと上まで運んだ人物だよ」

 嘉納がぐっと神宮寺の肩を引き寄せ、冗談めかしく発言した。
「顔のことは、ほっとけ。わいも、気にしているんや。それに、わいはヤクザじゃない、自衛隊員や。まあ、元やけどな」

 小清水さんと、蒼井さんの表情が和らいだ気がした。人助けのエピソードと元公務員の肩書きが、良かったのかもしれない。
 嘉納が「もう、お友達だぞ」といった雰囲気で、話を続けた。

「お人好し言うなら、神宮寺かて、同じやろう。第一、人を上に運ぼうとしていたのは、お前や。見てたぞ、そのあと、前の席で、ふらふらになった奴に、水ぅ買うて来て、介抱してやってたろう」

 蒼井さんが驚きの声を上げた。
「え、もしかして、私のためにスポーツドリンクを買ってきてくれたの、神宮寺君だったの。御免。全然、気が付かなかった」

 やっと気付いてくれた。神宮寺は遠回しに、代金の請求をしてみた。
「お茶も買ったけどね」

 蒼井さんは感激したような表情で礼を述べた。
「ありがとう。試験会場を出た途端、急に足元がふら付いて、もう、どうしようもないほど、喉が渇いてしかたなかったのよ。スポーツドリンクとお茶、助かったわ」

 ありがとうはいいのだが、お金は返ってこなかったな。小清水さんも、蒼井さんからのちょっと良い話を聞いて、尊敬の眼差しで神宮寺を見ていた。

 場の雰囲気からして、代金を請求できなくなった。神宮寺は男らしく、四百円で好感度を買ったと、割り切った。打算と計算の賜物だが、男たるもの諦める時は諦めが肝心だ。

 どうせ、金は日給二万円のアルバイトの目処が立ったわけだし、元自衛隊員として働いていた嘉納なら、金欠の財政状態でもないだろう。嘉納から友達宣言も出たので、いざとなったら小額なら金を貸してくるだろう。

 でも、一応そこそこ信頼できるグループは形成できたと感じた。当初の目的は達成できた。試験は過酷だったが、授業の中身が皆目わからない以上、仲間がいるのは心強い。

 授業が競争的な性格を帯びたものでも、同盟を結成しておけば、有利な事態に変わりがない。四人グループになったのも、当初の神宮寺の理想と合っている。

 小清水さんも蒼井さんも嘉納も、友情と言う目線で、他のメンバーを見ている。だが、どうしても神宮寺には、同盟という言葉は浮かんでも、友情という感情は湧かなかった。

「お友達ごっこは、止めがほうがいいわよ」

 談話室の入口に立つ少女が、今しがたできた関係をぶち壊すかのような発言をした。

 少女は丸顔で丸眼鏡を掛けていた。髪はカジュアル・ヘアーで、学生証として黄金のチョーカーを首から提げていたが、チョーカー中央のプレートには一番の文字が輝いていた。

 少女の身長は小清水さんと同じくらい。けれども、小清水さんがリスなら、ジャッカルぐらい違った雰囲気があった。

 少女の服装もまた異質だった。私服で試験を受ける人間が多い中、制服姿だった。
 普通の高校の制服なら問題ないが、少女が着ていたのは、東京魔法高校の制服だった。おそらく、東京魔法高校を卒業した生徒だ。でも、東京魔法高校卒なら疑問も残る。

 東京魔法高校を卒業したのなら、途中で魔法の才能がなかったとわかって、東京魔法大学に行けなくても、東京の有名六大学に進学できるくらい頭がいいはずだ。こんな危険な辺境魔法学校に来るはずがない。

 少女は、なおも冷徹な言葉を続けた。
「京都寺社魔法学院と四国の王子魔術学園では、魔道師の養成期間として十年の年月を掛けているのよ。養成が早い東京魔法大学でも高校大学と併せて七年。なのに辺境魔法学校の養成期間は三ヶ月。短い養成期間のため、辺境魔法学校では、二十人を教えれば十二人は死に、三人は精神か体に重篤な障害を負い、二人が行方不明になると言われているわ」

 少女の言っている言葉は、事実だ。辺境魔法学校では養成期間が短いにもかかわらず、魔道師の資格を取れる人間は毎期、三人くらい出る。

 年齢制限なし、紹介者不要、犯罪歴不問、授業料なし、なのに普通の人が十年を掛けて手にするものを、わずか三ヵ月で手にできる。

 死亡率八割の試験を行っても、毎期百人近くの受験者が来る理由だ。

 だが、心神ともにまともな状態で魔道師になれるのは、おおよそ一人と言われている。他二人は魔道師になれる者の、どこかしらに、異常を抱えるらしい。

 つまり、計算では、仮に脱落者がこのグループ以外から全て出たとしても、一人足りない。四人グループを作れば、卒業時には一人は消えている計算だ。

 データから素直に考えれば、脱落者が今こうして結成したグループ以外からしか出ないと考えるのは異常だ。最悪、四人とも消える事態もあるだろう。

 正直に言えば、四人全滅がなくても、残るのは一人だろう。神宮寺は残る一人に入るつもりで、四人という人数を見積もって、グループを作っていた。

 神宮寺は、冷静だった。だからこそ、仲良しグループを友情と言う概念で捉える状況は受け入れられず、同盟という言葉が心の中に常にあった。

 少女は言いたことだけ言うと、場を去っていた。少女が去ると、良い雰囲気だった場が完全に壊れていた。

 おそらく辺境魔法学校を受けに来ているくらいだから、養成期間の短さと過分な特典に伴う危険性は全員が理解していたはずだった。ただ、皆が忘れていたかったのだと思う。

 不安と恐怖を一時でも忘れたくて、さっきのような流れが作られた。

 嘉納が一番先に口を開いた。
「なんか、白けてしもうたな。食事の時間まで時間もあるし、他も見ておこうか」

 食堂も小さめで十二席しかない。男子の入浴時間が早い規則も考えると、食事は早め早めに摂ったほうがいいのかもしれない。

 ランドリー・ルームも乾燥機と洗濯機が二台ずつしかない。こまめに空き状況をチェックしないと、ここも混雑で使い勝手がよくないだろう。

 図書室に移動した。図書室は八脚の本棚と七席の閲覧スペースで構成され、本には全て持ち出し禁止のラベルが張ってあった。

 変だ。寮の大きさの割に、各種設備が小さすぎる。
 図書室は初日のためか満席だったが、すぐに席を立って本を戻す人が多かった。

 立ち読みしていた嘉納が魔道書のコーナーで声を上げた。
「なんや、これ、子供向けかの絵本か?」

 神宮寺は初めて『ダレイネザルの魔道書』という本を見た。本には文字が書いていなかった。ほぼ全てのページが厚く、絵が描かれていた。

 普通の絵本ならまだわかるが、書いてあるのは抽象画のような意味のわからないものばかり。嘉納は絵本と評したが、これでは抽象画の画集だ。

 魔道書の棚は一脚しかなかった。他の魔道書を何冊か見ても、印象は同じだった。
 他の棚には娯楽本の類は一切なし。心理学や歴史書のような学術書が並んでいた。

 魔術理論という本を見ると、これは一般的な魔術の解説書のようだが、専門用語が多すぎて、何を言いたいのかわからない。

 蒼井さん、小清水さんにも意見を求めたが、同じ感想だったので、どこか安心した。
(本当に三ヵ月で魔道師になれるのだろうか?)

 疑問は神宮寺だけではなかったようだった。他の三人の顔を見ても、三人とも同じ感想を抱いていそうな顔をしていた。

 その後、嘉納はちょっと外を見てきたいと言い、小清水さんと蒼井さんは部屋の片付けや、荷物の受け入れのために準備したいといい、解散となった。

 嘉納に散歩に誘われたが、断った。なぜか、急に眠くなっていたので、食事まで一眠りしたかった。嘉納は「つれないやっちゃな」ぼやいて一人で出ていった。

 神宮寺は部屋に戻る途中、管理人室を覗くと、やはり無人でテレビだけが点いていた。

 電光掲示板の一番が誰かを確認する。
 電光掲示板には『月形弥生 一番』の文字があった。

 神宮寺は月形さんをグループに誘う考えはなかった。入れれば、きっとグループが崩壊するし、月形さんの性格からして、望まないだろう。

 だが、できることなら個人的に友好的な関係を作りたいと思った。
(月形さんは、きっと俺の役に立つ。グループはグループ、個人は個人として、戦略を立て置くのが生き残りの秘訣だろう)

 神宮寺は浮かんだ考えに、少し嫌気が刺した。時々こういう時がある。計算高くあろうとすると、心のどこかで、もう一人の自分が冷たい目で神宮寺自身を見る。
 もう一人の自分が打算的な神宮寺自身を見る視線に、時おり苦しいものを感じていた。
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