第二章 二十二人の魔道師の雛たち(一)
学生課の建物から離れた場所に、コンクリートで出来た四角い三階建ての寮があった。寮は二mのコンクリート塀で囲われ、塀の上には円形の有刺鉄線輪が乗っていた。
窓には頑丈な鉄格子が填まっている。寮と言うより、収容所みたいな外観だった。
「ウルリミン寮って呼ばれていたけど、ウルリミンって監獄って意味なのかな?」
もっとも、退学権利金を払っていない神宮寺にとっては、寮兼収容所といっても過言ではない。退学する権利がないのに、逃亡すれば、きっと殺されるか連れ戻される。
塀の一部が凹み状になった場所に入口があった。入口横には駐輪場があり、神宮寺が入学試験会場まで乗ったものと同型の自転車が五台、置いてあった。
どうやら、学内に乗り捨て自由の自転車が何台かあるらしい。
凹み状の場所から三mほど進んだところに、真っ黒なガラスのような扉があった。
強度は意外にある気がした。きっと、ハンマーで殴っても割れない素材なんだろうな。
扉には張り紙で『入退出時には、扉の横の目に学生証を向けて開けてください』との注意書があった。横を見ると、本当に人の眼球のような真っ赤な目があった。
マークに学生証の数字を翳すと、眼が鈍く、赤く光って扉が開いた。
寮は入ってすぐの所に、管理人室と書かれたプレートの下がった小窓があった。管理人さんがいるなら挨拶をしようとしたが、中には誰もいなかった。
ただ、少し前まで人がいたのか、テレビが点いていて、NHKの番組をやっていた。
小窓の横には受話器があり、窓の下のカウンターには『管理人不在時に用があるときは電話してください』と書いてあった。
もう一度、管理人室を覗くと、目に入った物があった。名前が記された電光掲示板だ。
電工掲示版には『神宮寺誠 十五番』と記され、青く光っていた。他にも『嘉納憲次 五番』とあったが、嘉納の名前は色が赤くなっていた。
嘉納より先に、学生課で神宮寺が手続きした。神宮寺はまっすぐ寮に来たので、神宮寺が先のはず。電光掲示板は入寮した時点で、明かりが赤から青に変わるのだろうか。
完全に寮への入退を管理されている気がした。
掲示板を見ると『蒼井加奈子 二十二番』と赤字で表示されていた。寮の電光掲示板に名前がある事実から、蒼井さんは、とりあえず受験生控室では死ななかったのだろう。
(どうやら、投資は無駄にはならなかったな。受付に名前を呼ばれたせいで、話せずに別れたけれど、よほどの恩知らずか、猿でもない限り、俺の名を忘れてはいないだろう)
「あとで、四百円を返してもらわなきゃ。全財産の半分だからな」
電光掲示板を見ると、一番から二十二番まで表示されていた。つまり、寮には二十二人が入っている。合格者の正確な数はわからないが、受験者数は百人くらいだったから、合格者は二十人前後のはず。全員が結局、入寮したのだと感じた。
(寮内では、あまり目立たず、少人数に優しく、だな。授業の内容がわからない以上、最初から孤立するのも、仲間を増やしすぎるのも危険だ)
神宮寺は靴を靴箱に入れて、玄関ホールに立った。真っ黒な液晶ディスプレィ製の立看板が、玄関にあった。
立看板には『寮生の部屋は学籍番号と同じです。部屋は一番から十二番までが二階、十三番からが三階です。まず部屋に入って、机の上にある入寮の手引きをご覧ください』と、赤い光で表示されていた。
鍵はどうするんだろう? 神宮寺が疑問に思うと、まるで立看板が神宮寺の思考を読んだかのように、文字が変わった。
『鍵は不要です。学生証が鍵代わりで、正当な学生証を持っていない人間は該当する部屋を開けられないので、御安心ください。では、短い学生ライフの謳歌を、神宮寺様』
神宮寺は辺りを見回した。だが、誰も人がいなかった。カメラらしき物も、玄関ホールに見えなかった。もう一度、管理人室を覗くが、やはり誰もいなかった。
(立看板の文面が変わるのはプログラム制御できるから、問題ないだろう。でも、どうして、立看板を俺に見られていると知ったんだ)
魔法なのか。だとすると、部屋の中の行動も筒抜けで、プライバシーなんて何もないのかもしれない。
(でも、いいさ。三ヵ月なら、余裕で模範生を演じきってやる)
神宮寺が気持ちを固めると、ご丁寧に立看板の文面が消えて、十五号室までの簡単な案内図が表示された。
神宮寺が部屋に移動しようとしたところで、管理人室から笑い声が聞こえた。再度、管理人室を覗くと、笑い声はテレビのCMのものだった。
チャンネルが切り替わっていた。テレビのリモコンも、さっきと少し違う位置にある気がする。だが、どこにも人影は見えなかった。
「なんか、ホラーチックな寮だな。それとも、魔法学校らしいと言うべきなのかな」