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辺境魔法学校  作者: 金暮 銀
【誕生編】
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第一章 単純かつ明確な入学試験(三)

 神宮寺は書類に簡単に目を通すと、すぐに書類にサインした。

「死んだらご遺族にご遺体とお荷物をお返しします」と謳っても、辺境魔法学校内には警察も入れないので、当の本人が死んでいれば確認しようがない。ならいっそ、こうスパッと書いてくれたほうが、わかり易くていい。


 辺境魔法学校を受けるのに検定料は不要だが、受験に失敗すれば骨すら返ってこない。

 もう、覚悟はできている。今さら、紙切れ一枚で怖気づくわけにはいかなかった。


 神宮寺は試験会場に降りる前に、当然の質問をした。

「願書は、いつどこで出せばいんでしょうか」


 正式な願書は、まだ出していない。入学案内には《願書は当日持参》となっていた。

 受付嬢は、おかしなことを聞く人だとばかりに、神宮寺を見て発言した。


「入学したいから、ここに来る受験生専用用のバスに乗ったんですよね。だったら、そのまま試験を受ければよろしいのでは」


 受付嬢は、人間らしからぬ笑顔で言葉を続けた。

「願書の提出なんていう紙切れ上の手続きは、ウチでは試験が終ってからになってますよ。だって、これから死んでいく人からの願書を貰っても、事務手続きが無駄になりますから」


 辺境魔法学校の受験生は、五人が受ければ、四人は死ぬ。学校側としては、願書の先に貰ってチェックするだけ、事務作業の無駄というわけか。


(確かに、俺だって念を入れてチェックした書類が、あとで八割ゴミになるとわかっていたら、仕事する気にならない。合理的で、実にいい判断だと思う)


 最後に、受付嬢から応援のエールが飛んだ。

「入学手続きが終わるまでが試験ですから、頑張ってくださいね」


 明るい照明の下、真っ赤な階段を下りると、左右にずらりと、十二室ずつの金属製の扉がある通路に出た。不気味で、まるで、処刑場に続く扉のようだ。


(処刑場に続くような扉でも、生きて出てくる人間がいるなら、それは俺だ。いや、俺しかいない。俺は魔道師になると決めたから、扉はやはり魔道師への入口なんだ)


 通路の奥には、一枚また別の大きな扉があるが、一番奥の扉には受験生立入禁止の文字が大きく書いてあった。神宮寺は十一番と書かれた部屋に入った。


 部屋は六畳ほどで、洗面台と奥にトイレと書いた扉があるのみ。床は食肉工場で使うようなラバー製。大量に吐血しても簡単に洗い流せる作りで、部屋の隅には排水口があった。


 部屋にはすでに他の受験生が四人いた。四人とも皆、神宮寺より年上だった。人員構成を見ると、明らかに全員が訳ありみたいだった。


 そういう神宮寺も、家から勝手に親の金を持ち出し、家出同然に北海道にある辺境魔法学校の受験に来ているので、他人のことは言えないが。


 一番上が六十歳の年配の男性で、次が三十代半ばのサラリーマン風の男性、同じく三十代の水商売風の女性。残り一人が、どことなく、危険な雰囲気を醸し出している二十代の丸刈りの男性だった。ひょっとしたら、ヤクザかもしれない。


 辺境魔法学校では他の魔法学校と違って入学試験さえ通れば、犯罪歴は問われない。

 丸刈り男が犯罪者なら、早めにお亡くなりなって、席を一つ空けてほしい。ただでさえ危険な試験中にちょっかいを掛けられたくはない。女性はスカートなのでわからないが、どうやら男性陣は誰も紙オムツを着用していなさそうなので、ちょっと安心した。


 受験生同士の挨拶は、なし。入学案内が本当なら、生きて試験会場から出られるのは一人ないしは二人。五人部屋なら全員死亡だってありえる。


 明らかに、今まで経験してきた中学、高校受験とは違った空気が部屋の中にあった。

 十分くらいして、髪がオールバックの吊り目の男が入ってきた。おそらく、試験官だ。


 試験官は左肩にのみ金属製の肩当が付いた黒い上着を着ていた。上着の胸の部分には金色の天秤の刺繍が施されていた。天秤の下には文字が入っているが、何の言語か読めない。


 試験官に続いて、全身クリーム色の放射線防護服を着た、アシスタントと思しき人物が一人お盆を持って入室してきた。


 神宮寺はさすがに少し緊張して、手に汗を掻いてきた。

(始まる。俺が魔道師になれる第一歩となるか、あの世へ踏み出す第一歩となるかの時が)


 お盆の上には、ビッシリと判別不能な文字書かれた黄金の杯と、水差しが載っていた。

 試験官は事務的に説明を始めた。


「では、これより入学試験を始める。内容は至って簡単。ダレイネザルより賜りし、〝最初の鐘がなる時〟という意味の液体、ラプサッドを飲んで、生きていれば合格、死ねば不合格だ。試験時間は約六時間。終了時刻が来たら、呼びに来る。では、まず五十一番から」


 試験官の声には、聞き覚えがあった。ステルス戦闘攻撃機を操縦していた剣持だ。

 年配の男性が立ち上がると、剣持から杯を受け取った。


 杯に剣持の手からラプサッドと呼ばれる透明な液体が注がれた。年配の男性が震えた手で杯を飲み干して座った。


 次に女性が立ち上がり、杯を受け取ると、同じ杯にラプサッドが注がれた。


 人が倒れる音がした。剣持以外の人間の全員の視線が、先ほどラプサッドを飲んだ年配の男に向けられた。年配の男は、すぐに数回びくびくっと痙攣して動かなくなった。


 最初の死人が出たと思った。まずは一人、脱落だ。神宮寺はなるべく、即死したであろう年配の男性を意識しないように心掛けた。死者は死者を呼ぶ。


 女は倒れた年配の男を見て、杯を持ったまま固まっていた。すると、剣持がラプサッドを注ぎ「どうぞ」と促した。


 女は数秒ほど躊躇ったが、一気に飲み干し、壁を背に座り直した。

 次に三十代の男が、おっかなびっくり、口をつけた後、不味そうにゆっくり、液体を飲む。続いて丸刈りの男が一気飲みして、神宮寺の番になった。


 神宮寺が杯に口を付けると、無色透明なのに、強い苦味と仄かな甘みがあった。

 神宮寺が飲み終わり、杯を返そうとすると剣持は「いい飲みっぷりだ、ささ、もう一杯」と、ラプサッドをもう一杯、注いだ。


 一杯飲んだだけでも、即死した人間がいたのに、神宮寺だけもう一杯、飲まされた。

 どうやら、剣持はステルス戦闘攻撃機の存在を知った神宮寺には生きていてほしくないと思っているらしい。


 神宮寺は二杯目をチビチビ飲みながら思った。体調的に二杯は行けそうだが、三杯目は危ないかもしれない。神宮寺は水差しの体積と杯の容積を、目分量で単純計算した。


(ラプサッドは水差し残っていても後、一杯くらい。よし、三杯目が来たら、咽せる振りしてわざと零してやれ。どうせ二杯目も飲んでいるんだ。飲まなかった理由で、不合格にはできないだろう)


 神宮寺が零す気満々で杯を返したが、剣持は二杯で充分に殺せると判断したのか、三杯目は注いでこなかった。


 全員がラプサッドを飲み終わり、剣持が出ていこうとすると、丸刈りの男が口を開いた。

「この倒れた爺さんは、このままにしとくんですか」


「死後六時間では、そんなに腐敗は進まん。それに、魔道に死体はつきものだ。慣れろ。では、ダレイネザルの鐘の音が、貴方に聞こえますように」


 剣持が出て行くと、外から鍵が閉める音がして、試験室内は静かになった。いよいよ、試験が始まった。

(俺は、ここから生きて出る。生きて出て、必ず魔道師になって帰ってやる)


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