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辺境魔法学校 作者:金暮 銀
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第四章 飛べない雛は岸壁に打ちつけられ死ぬ(四)

(注:ここから流血シーンが初まります)
 月曜日の実習の前に、剣持が厳しい口調で注意を促した。
「実習は、特別な実習室で行う。実習はマジチェフェルと呼ばれ《王冠へいたる一段目》の意味だ。内容は俺の口からは詳しく言えないが、マジチェフェルは、危険であり、一度、始めると、重篤な怪我を負っても、終了時間まで治療はない。退学権利金を納めた者で、マジチェフェルに参加したくない者は、今すぐに申し出て欲しい」

 実習を辞退する者は、一人も出なかった。
 剣持の口調と逆に、魔法先生がのんびりした声で宣告した。
「では、マジチェフェルを始めます。準備があるので、日直者二名は従いてきてください。あとは、一人ずつ、呼びますから、呼ばれた順に実習室に来てください。以上です」

 魔法先生がにこりと微笑んで付け加えた。
「なに、マジチェフェルは、難しい実習ではありませんよ。死ななければ合格といった、簡単なものです」

 魔法先生の柔和な表情に反して、教室に緊張が薄氷のように張られていく。
 神宮寺は剣持の指示で、医務室にストレッチャーを取りに行かされた。

 医務室の様子が変わっていた。これから重症患者が次々運ばれてきてもいいよう、十床のベッドに取替え可能なシートが敷かれ、緑衣を来た看護婦が六人に増員されていた。

 水天宮先生も緑衣を着て、使い捨ての手術用のガウンをしていた。
 感染性廃棄物といった、血液の付着したシートを捨てるゴミ箱が用意されており、薬剤カートの上に薬や医療器具も揃っていた。いつもは空の中の見える医療用冷蔵室には輸血用のパックが詰まり、多用な薬剤も補充されていた。

 水天宮先生が薬剤を準備しながら、誰に言うでもなく、不吉な言葉を発した。
「今期もまた、流血の時期が来たな。治療に当る身にも、なってもらいたいものだ」

 ストレッチャーを小清水さんと二人で運び、生徒の使用が禁止されているエレベーターの前に移動して地下三階に行った。

 エレベーターを下りた先には大きな金属扉があり、《接近遭遇の間》と金字で書かれていた。《接近遭遇の間》は床が銀色の金属張りで、体育館ほどの広い空間になっていた。

 神宮寺たちが入ってきた入口の反対側にも、扉があった。反対側の扉近くには、受験の時に死体を搬送していた、放射線防具服姿の作業員のペアが二人一組で六人いた。横には死体を運ぶための担架も既に用意されていた。

 今回は、担架の他に、床を掃除するような電動クリーナーも用意されている光景が、いっそう嫌な予感を想像させた。

 作業員から少し離れた所に、ゆったりした大きな椅子と一人用の金属製の机があった。
 ゆったりした椅子から少し離れたところに、パイプ椅子が用意されていた。

 魔法先生は作業員たちに挨拶せずに、ゆったりした大きな椅子に腰掛けた。
 先生の席の前には厚いガラスのような物質で造られた円柱状の空間があった。

 ガラスで覆われた空間は、高さ五m、一周が三十mくらいはあった。ガラスに囲まれた空間の床は黒い金属製、真ん中には直径三mくらいの黄色い円が描かれていた。

 剣持が魔法先生の横に立ち、魔法先生に確認した。
「それでは、番号順に呼んで実習を開始しましょうか」

 魔法先生は「うん、そうだね」と軽く答えて、神宮寺を見た。
「じゃあ、マジチェフェルを始めるから、二番の子から呼んできなさない」

 やはり、月形さんは特別らしい。
 神宮寺は、やってきたルートを逆に辿って、教室に戻り、二番の生徒を呼んできた。二番は、大学生くらいの普通の男性で、剣持が二番に説明した。

「お前は今から、目の前の円柱状空間に入って、ファフブールと接触する。時間が来たら、こちら側から扉を開ける。生きていれば、合格だ」

 二番から質問がすぐに出た。
「時間が来たらって、おおよそ、どれくらいですか?」

 温厚な表情で魔法先生が座ったまま、ガラスの空間を見ながら答えた。
「それは、君の行動しだいかな。充分か、不充分かは、こちらで判断するよ。君は特に気にしなくていいよ。好きにやりなさい」

 気にするなといっても、無理な話だ。ファフブールが何かが、わからないし。せめて制限時間が決まっていれば、危険な事態が起きても、時計を気にしながら逃げ回れるのに。

 二番、円柱状の空間に設置されている扉を開けて、内側に入った。ガチャリという音がして、ガラス扉に自然に鍵が掛かった。

 ファフブールが何を意味して、どんな姿がしているのか、全く不明だった。だが、内部の黄色い円がいかにも意味ありげなので、円から何かが出てくると思った。

 一分が経過するが、何も起きなかった。何も起きないが、神宮寺は嫌な予感がした。
 やがて、二分が経過したが、まだ何も起きない。

 二番が余りにも変化が起きないので、黒い床に描かれた黄色い円に恐る恐る近付いていった。二番が円を覗き込んだとき、事件が起き、二番が倒れた。倒れた後には黒い床に赤い物が広がっていった。神宮寺は、二番が攻撃を受けたと直感した。

 二番は傷が深くなかったのか、立ち上がろうとした。すると、今度は背中が赤く染まって、再び倒れた。倒れた処を背後から攻撃されている。見えない何かが空間にいる。

 これが、戦闘実習なら、とっくに勝負がついている。しかし、止めの合図はなかった。
 二番が完全に動かなくなってから優に三十秒は、魔法先生は黙って見守っていた。

 魔法先生は二番を殺す気なのだろうか? それとも、一度でも入ると、一定時間は出られない仕組みなのかもしれない。

 ガラス扉の鍵が開く音がした。魔法先生は、床に転がって血を流したまま動かない二番を見ながら、平然と感想を述べた。

「二番、まだ大丈夫かな。日直さん。二番を部屋から運び出してください。十五番さんはそのまま医務室に二番を運んで、十六番さんは三番を呼んできてください」

 円柱状空間の中に、まだいるであろうファフブールが襲ってこないか、心配した。だが、急いで二番を医務室に運ばないと、命の危険があった。

 神宮寺と小清水さんが緑衣を血で汚しながら、ストレッチャーに二番を乗せた。
 神宮寺はエレベーターを使って、医務室に運んだ。次の受験生を呼びに行くために一緒にエレベーターに乗った小清水さんは、青い顔をしていた。

 神宮寺は小清水さんの肩を掴んで言い聞かせた。
「落ち着いて、小清水さん。小清水さんは、他の生徒を呼びに行くだけだから。まだ、小清水さんのマジチェフェルは、先だから。他の誰かが成功すれば、攻略法もわかる。だから、気を確かに持って、ね」

 もっと言葉を掛けたかった。だが、エレベーターが地上に到達して、扉が開いた。扉が開いたらグズグズしていられない。こうしている間にも、二番からは血が流れ続けている。

 小清水さんと別れて医務室に二番を運んだ。待っていましたとばかりに水天宮先生が、ストレッチャーのシートごとベッドに生徒を移し替えるよう、看護婦に指示した。

 水天宮先生が衣服を鋏で切って、二番の外傷の手当てを開始した。
「助かりそうですか、水天宮先生」

 水天宮先生は処置をしながら答えた。
「こいつ、最初の生徒だろう。ファフブールも怒っちゃいないみたいだな。傷が浅い」 

 血を見慣れない神宮寺だったが、神宮寺自身の身にもいずれ降り懸かる事態なので、傷を観察した。

 体表面の傷は刃物で切られているようだった。傷の長さからいって、長い刃物か何かで切りつけられたのだろう。

 背面の傷は、面積は小さいのがいくつもあった。まるで、背後からアイスピックや釘で何箇所も刺されたようだ。

 神宮寺が処置を見ていると、水天宮先生の怒声が飛んだ。
「何をボサッと見ている。さっさと、ストレッチャーにシートを敷いて戻れ。助かる奴も、助からなくなるぞ」

 神宮寺は職務を思い出し、ストレッチャーに新しいシートを敷く。
 エレベーターで地下三階の《接近遭遇の間》に急ごうとした。だが、エレベーターが、中々上がってこなかった。

 命に関わる実習中くらいは、生徒の身を思い、他の教職員には《接近遭遇の間》へ繋がるエレベーターの使用を控えて欲しかった。でも、たかだか生徒のために気を使う人間なんて、辺境魔法学校の教職員の中にはいないのかもしれない。
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